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世界のM&A市場は活況を呈し、2020年の第4四半期だけで総額1兆米ドル以上の取引が行われました。その勢いは止まらず雪だるま式に増えていき、ロイター通信によると2021年第1四半期には1.3兆米ドルに達しました。これらのディールはどこで行われていたのでしょうか。モルガンスタンレーの調査によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック以降に発表されたディールの5分の1以上(22%)がテクノロジー業界に関連したものであり、これは同業界が過去に占めていた割合の2倍にあたります。
このことから、テクノロジー業界のM&Aはパンデミック後も勢いを保ち、衰える気配は見られないと言えるでしょう。実際に、民間調査会社のVerdictは、2020年第4四半期のテクノロジー業界のM&A取引額は世界全体で2,433億7,000万米ドルに達し、過去4四半期の平均値を107%上回ったと推定しています。
テクノロジー業界のM&A案件に日々携わっている私たちは、2020年8月以降、市場が非常に慌ただしくなっていることを肌で感じています。買い手の需要によって案件数が飛躍的に増加し、倍率も非常に高くなっていることから、すぐに市場が冷え込む気配はありません。そして、特にこの市場の関心の高まりを利用したいと考える売り手に対して言えることですが、英国内外で進行中のディールを見ると、ディールメーカーが優先すべき事項をいくつか挙げることができます。
今後の優先事項を考える前に、現在の状況に至った経緯を振り返ってみましょう。テクノロジー業界のM&AはCOVID-19が発生する前から好調だったものの、COVID-19ショックの初期にディールの完了が激減しました。しかし、ほとんどのディールは完全に中止されたわけではなく、ある程度の確実性が戻るまで単に後回しにされただけだったという点に着目する必要があります。
実際に、状況が元通りに戻るまでそれほど時間はかかりませんでした。数カ月のうち、つまり2020年の半ば頃には、テクノロジー業界が受けた打撃は、旅行やホスピタリティなどの業界が受けたそれとは全く異なる状況にあることが明らかになったのです。プライベート・エクイティ(PE)の多額の資金、低金利、企業による戦略的野望の追求を背景に、投資家たちはハイテク産業はCOVID-19ショックの後の波にも耐えうると判断し、投資を倍増させたのです。
テクノロジー業界の中でも、景気回復が特に早かった分野があります。リモートワークへの移行などを背景に、取引先企業がクラウドへの移行を加速させたため、クラウドおよびSaaS(Software-as-a-Service)プロバイダーは注目を集めました。逆に、コンサルティング会社やITサービス会社は、取引先企業がビジネスに不可欠とまでは言えないプロジェクトを延期したため、あまり好調ではありませんでした。2020年後半には、パンデミックの影響を受けたリモートワークなどの分野に限らず、ソフトウェアのあらゆる分野で取引が活発化しました。
実際にオンラインマーケットプレイスや比較ツールなどのデジタルプラットフォームは、買収の対象として注目度がますます高まっており、その背景には消費者行動の変化、また人工知能(AI)やクラウド化(アプリケーション、接続性、セキュリティ)、モノのインターネット(IoT)などの分野でケイパビリティを高めようとする戦略的な買い手の影響があります。
このような成長の原動力となった要因として、以下の3つが考えられます。
1つ目は新規顧客の獲得です。コロナ禍においては人と人との間にソーシャルディスタンスが生じ、人間関係の構築が困難になり、新規顧客への販売は常に困難を極めました。しかし、企業は迅速に対応し、2021年には多くの企業が「新しい革新的な技術への投資をこれ以上抑えることができない」と判断したため、新規顧客の獲得件数が急増しました。
2つ目は新機能、追加モジュール、製品のクロスセルによる既存顧客のアップセルです。COVID-19をきっかけに一部の企業はリモートワークのためのテクノロジーに投資するようになったものの、多くの企業は今あるものでしばらく我慢することを決めたため、ハイテク企業はアップセルの収益が減りました。しかし、今では需要の滞留が解消され、こうした企業も必要なアップグレードの検討を進めています。
3つ目は価格の上昇です。値上げを許容する契約となっていない限り、パンデミックの不確実性を踏まえた状況下で値上げを実施することは困難でした。しかし、現在の危機的状況下において、多くのサービスやソフトウェアはビジネスにとって不可欠であると証明されたため、再び容易に値上げできるようになってきました。
このような変化の結果、テクノロジー業界では収益が「V字型」に回復しています。また、多くのハイテク企業がパンデミックの間にコストを削減したため、利益率も高くなっており、これがM&Aの急増に拍車をかけています。
英国では、いくつかの地域的な要因によっても案件の動きが活発化しています。2021年3月の首相発表以降、起業家の減税措置が縮小されるのではないかという予測が広まり、売却を検討するオーナー企業が短期的に殺到しました(最終的には大きな変化はありませんでした)。また、ブレグジットの移行期間が終了し、英国とEUの間に新たな貿易協定が施行されたことで、不確定要素が減少しました。さらに、海外への渡航が制限されていることから開発業務を英国に移管する動きが見られ、またワクチン接種プログラムが継続的に展開することで、中期的には楽観的な見方ができるようになっています。
これらの点は全て、2021年以降の英国におけるテクノロジー業界のM&Aが好調であることを示唆しています。では、売り手候補企業はどのようにしてこの機会を最大限に生かすことができるのでしょうか。
買い手に売り込む際の優先事項としては以下の2点が考えられます。いずれも評価を高めるために、収益面での持続的かつ強力な成長を証明することが重要です。まず1点目としては、顧客獲得を目的とするスマートなGo-To-Marketのシステムおよびプロセスを明確にし、アナリティクスを用いてカスタマージャーニーとカスタマーエクスペリエンスを検討することで、新規獲得、アップセル、価格上昇という3つの成長要因全てを最大化することです。もう1点は、ビジネスの収益増加が、パンデミック後の販売遅延による単なる跳ね返りによるものではなく、将来にわたって持続可能な真の成長であるということを示すことです。
この2つを証明できれば、企業のビジネスがレジリエントであることが示され、買い手にとって魅力的なビジネスであると理解されるでしょう。
英国におけるM&A情勢と同様に、2021年以降の日本におけるテクノロジー業界のM&Aも好調を維持するとPwCでは予想しています。COVID-19が引き起こした急激な社会様式の変化は、それ以前の社会状況を前提とする事業体制、生産体制などに不可逆的な変化をもたらしました。各企業は短期的な影響の把握と対応、中期的な影響の評価と対応計画の策定に続き、2021年以降は具体的なアクションを起こす局面にシフトしていくと考えられます。
次節では、活性化するM&Aによる業界再編の一例として、さまざまな再編の可能性が見込まれる印刷機器業界について、オフィス印刷の領域を中心に分析します。
複写機やプリンタなどの印刷機器業界は長らく、デジタル機器の増加に伴う印刷機会の減少という構造的縮小にさらされてきました。そして、COVID-19による行動様式の変化により、3つの長期的影響を受けると見られています。
(1) デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速:DXは単なるトレンドではなく不可逆的な変化として進行しており、紙中心の業務プロセスからデジタル化された業務プロセスへの移行に伴って、印刷需要を漸減させてきました。COVD-19によって多くの企業がDXを加速させると見られ、オフィスでの印刷機会の減少も今後さらに進むと思われます。
(2) リモートワークの普及によりオフィスでの印刷機会が減少:DXと並行し、リモートワークの普及拡大によってもオフィスでの印刷機会は失われます。
(3) 家庭での印刷機会の増加:COVID-19は印刷機器業界にネガティブな影響を及ぼすばかりではありません。在宅勤務や在宅学習への移行を背景に、家庭での印刷機会は増加しており、印刷機器メーカー各社はCOVID-19の外出自粛期間前後で家庭用プリンタの販売台数が増加したとコメントしています。しかし、各社とも家庭用需要の増加ではオフィス需要の減少は補えないと見ています。
PwCではこのような状況を受け、業界再編が次の3つの観点から活発化すると見ています。
(1) メーカーやディーラーの再編:COVID-19以前から大型再編の動きは出ていました。COVID-19の影響を見極めた上で、このような大型再編の動きが再開する可能性は高いと考えます。競争力の要となるディーラーをめぐるM&Aも継続すると思われます。
(2) ITソリューション強化を目的とするM&Aの増加:印刷機器業界の成長ドライバーはオンライン文書管理などのITソリューションに軸足が移っています。COVID-19を受けてこの動きが加速する可能性があり、財務余力の高いうちに積極策を講じる企業が出てくると見られます。
(3) 生産体制の再編:収益性の高いハイエンド機が伸び悩み、ローエンド機に需要がシフトすることを踏まえて生産体制の見直しが具体化すると考えます。EMS企業への工場売却やBCP(事業継続性)の観点からの拠点整理など、さまざまなケースが出てくることが見込まれます。
このように経営環境が急激に変化する中、企業の成長・効率化を目的とする経営判断としてM&Aの活用が効果的です。複写機やプリンタといった成長が見込みづらい事業については、セルサイド(売り手側)に立ち、一部機能の売却や他社との協業により、コストを削減していくことも有効です。例えば複写機の生産キャパシティを見ると、アジアを中心に400万台以上の生産力があると推察されます。今後複写機の需要は継続的に縮小すると思われますが、各社は製造固定費の削減を避けられないため、ディールを活用した企業価値向上に向けた動きが出てきてもおかしくありません。
またM&Aの実行にあたっては、ディール後を見据えたバリュークリエーション型のアプローチが今後は必要となってくるでしょう。案件が成立した後に、双方のケイパビリティを活かして、どのように戦略・オペレーション・組織を再構築し、さらなる大きな価値の創造を目指していくのかを、案件が成立する前に深く洞察しておくことが求められています。PwCではこのような課題を解決し、M&Aを成功に導くアプローチをVCiD(Value Creation in Deals)と称し、ディールを通じたトランスフォーメーションを支援しています。
※本コンテンツは、PwC英国が公開した「Why tech M&A is firing on all cylinders – and set to maintain the pace throughout 2021」を翻訳したものに日本企業への示唆を加えたものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
『日本企業への示唆』執筆担当:宮本 武郎