欧州の企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive;CSRD)の適用がまもなく始まり、欧州内外の多数の企業にその遵守が義務付けられます。CSRDは、初めてサーキュラーエコノミーを報告カテゴリーに含めた規制であり、企業の社会・環境影響の報告のあり方について新たな基準を定めることを狙いとしています。
アジア太平洋地域の企業は、多くの工業製品・商品を欧州に供給しており1、新たなCSRDに基づく報告が自社に求められるのかどうかを確認しなければなりません。報告が必要と判断される場合は、この新要件への対応準備を今すぐ始める必要があります。対策を講じないと、個別企業に対する金融制裁などの罰則、投資家のポートフォリオからの除外、評判の失墜などのリスクが高まります。また、ある地域の多くの企業に報告要件の不遵守が見られる場合には、その地域が欧州連合(EU)と貿易を行う上での障害となりかねません。CSRDは加盟国において国内法制化されるため、具体的な制裁は、それぞれの国・地域で実施されます。
本レポートでは、どんな企業が適用対象となるのか、企業は今後何をしなければならないのか、そして、サーキュラーエコノミーへの移行の世界的広がりが、アジア太平洋地域にとって、ますます重要になってきている理由について調べます。
CSRDは、現行の非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive;NFRD)をベースにしていますが、CSRDの発効により、サステナビリティに関する報告が必要となる企業数は4倍に増えます。NFRDにおいて報告が義務付けられていた欧州内外の企業は11,000社余りであったものが、CSRDの下では、その数が約50,000社に上ります2。
以下のカテゴリーに該当するアジア太平洋地域の企業が対象となり、法人もしくは連結レベルで要件を遵守する必要があります。
EU域外の発行体であってもCSRDに基づく報告義務の適用対象となりえますが、まだ明確になっていない複雑な問題がいくつかあります。
欧州委員会による2022年のCSRDの採択により、2024年から2028年にかけて、新たな法制度が発効します。発効に伴って、以下の通り、さまざまな企業がCSRDに定める項目を報告する必要があります。
CSRDは、サステナビリティに関するガバナンス、戦略、影響、リスク・機会の管理、指標・目標、企業が(直接に、およびサプライチェーンを通じて)人々・環境に与える「ダブルマテリアリティ」(マテリアリティ;影響)、そして、サステナビリティ問題が企業財務に与える影響について検討するよう企業に求めています。また、CSRDには、他のサステナビリティ報告基準で求められるよりも、幅広い報告カテゴリーを設けており、サーキュラーエコノミー、気候変動、汚染、水・海洋資源、生物多様性、労働力といった広範な分野の報告が求められる可能性があります。
気候変動ならびに労働力の状況については、CSRDの対象となる全企業に対して、報告が義務付けられています。他のカテゴリーについては、マテリアリティ評価を実施して文書化することが義務付けられており、その結果に応じて、そのカテゴリーの報告が必要かどうかを判断します。PwCの経験によると、このマテリアリティ評価は、複雑で時間のかかるプロセスであり、何千ものデータポイントが必要になる可能性があります。例えば、サーキュラーエコノミー・カテゴリーのマテリアリティ評価プロセスには、企業における資源の出入り、資源利用の最適化、循環型システム、廃棄物管理の評価が含まれます。
最初期の現段階においてCSRDへの最低限の遵守が可能であったとしても、それで安心してしまうのは、リスクが高いと言えます。というのも、長期的には報告要件が強化される可能性が高いからです。世界各国の政府および民間企業はこぞって、サーキュラリティ(循環性)政策・ポリシーの導入を進めており、2020年以降はサーキュラーエコノミーへ向けた動きが著しく増加しています。こうした機運が急速に高まる中、変化する状況に対応し、新たなリスクや機会をいち早く捉えて行動するために、あらかじめ計画を立てておくことが、ビジネスリーダーに求められています。すでに多くの大手多国籍企業が、サーキュラリティ戦略を導入し、その方向性を打ち出しています。サーキュラリティに関するポリシーをまだ策定していない企業は、競争力を維持し、自社の評判を守る方法を検討するのが賢明でしょう。
CSRDの規則は複雑で、評価範囲や報告要件を考えると、その遵守は企業にとって大きな課題と言えます。CSRDの報告対象範囲は拡大しており、現行のサステナビリティ報告のやり方では、特にサーキュラーエコノミー・カテゴリーに関しては、必要な情報の粒度・精度を確保できないと考えられます。準備期間には、おそらく18〜30カ月を要すると考えられるため、企業は、データや人材、技術、ポリシー、プロセスの準備に今すぐ取りかかることが不可欠です。報告要件の複雑さや範囲が増大していることを踏まえると、リスクや影響に対する理解を深めるとともに、
重要な機会を特定するため、報告エコシステムのデジタルトランスフォーメーションを検討することが肝要です3。これは、報告を効果的に行うために、また、サーキュラーエコノミーの原則に沿って事業を再考するにはどうすべきか理解を深めるために、必要不可欠です。
全世界的なサーキュラーエコノミーへの移行とアジア太平洋地域にとっての意味規制面から見ても、サーキュラリティの勢いは止めることができないように思われます。すでに世界50カ国以上で、ロードマップや戦略が開始されており、さらに今や520ものサーキュラーエコノミー関連政策(プラスチック税の導入、使い捨てプラスチックの使用禁止、拡大生産者責任の強化など)が存在しています。
欧州連合は、現在、世界で最も包括的なサーキュラーエコノミー行動計画4を進めており、設計や持続可能な生産および消費から、循環フィードバック・ループ(再利用、再製造、リファービッシュ)による廃棄物の削減まで、製品のライフサイクル全体を対象としています。
世界のサーキュラーエコノミー規制
サーキュラリティに関する状況は、アジア太平洋地域においても全体的に変化しています。2021年、東南アジア諸国連合(ASEAN)6は、独自のサーキュラーエコノミーの枠組みを発表しました。その枠組みには、移行対象となる主要セクターの特定、循環型の製品・サービスの調和、サーキュラーエコノミーへの資金供給の促進などの施策が含まれています。また、多数のイニシアティブを含む2023〜2030年の実施計画の立案もまもなく完了する予定です。
国レベルでは、日本、中国、ベトナム、インドネシアの4カ国は全て、サーキュラーエコノミー政策/戦略を策定しています。当該地域の他の国々も、資源効率を高めるため、セクター別あるいは製品別の循環型政策を導入しており、サーキュラーエコノミー実現に向けた包括的な規制の策定に取りかかっています。民間セクターでは、大手の国際的なブランドのいくつかが、包装や製品原材料の変更、「product as a service(製品のサービス化)」型ビジネスモデルの開始、副産物や廃棄物を利用した新たな収益源の模索など、サーキュラリティの検討をすでに始めています。
規制当局や消費者からの圧力が高まるにつれて、投資に関する意思決定も、サーキュラリティ評価に影響を受けることが多くなると考えられます。企業は、サプライチェーンを精査するようになり、サーキュラーエコノミー手法を取り入れているサプライヤーが好まれるようになるでしょう。現時点ではCSRDが適用されないアジア太平洋地域の企業であっても、EU企業や国際企業に製品を供給している場合には、時代に遅れないよう事業を見直す必要があります。それほど、サーキュラリティへの注目は世界的な広がりを見せているのです。
サーキュラリティへの移行は複雑であり、規制や買い手企業の要求に不意を突かれないようにするためには、直ちに準備を始めることが不可欠です。受け身のまま後手に回っていると、その企業や地域にマイナスの影響が生じかねません。一方、今すぐ準備をすれば、すなわち、サーキュラーエコノミーの原則に則った報告体制を整え、事業改革を継続的に進めれば、その分、利益を得ることができると予想されます。CSRDは、企業のサステナビリティ標準の新たな指標となるものです。今すぐ準備をすれば、アジア太平洋地域の企業は、将来にわたり、事業を進め、成長し、国際的な競争力を保つための切符を手に入れることができます。
「Community of solvers(課題解決の専門家集団)」として、PwCはクライアントやステークホルダーと協力して、ネットゼロ変革の加速および気候アジェンダ・政策アジェンダの策定を支援することにより、クライアントの信頼構築と持続的な成長を支えています。
PwCのサーキュラー・トランスフォーメーション(循環型ビジネスへの転換)モデルは、サーキュラーエコノミーへの移行を段階的に進めるための枠組みです。この枠組みを利用すれば、サーキュラーエコノミーがなぜ自社事業にとって重要なのかについて理解を深められるだけでなく、そこから生じる環境的・経済的機会を詳細に評価することができます。PwCは、「人」と「テクノロジー」の力を融合してニーズに応え、戦略、試行、実施の各段階を通し、クライアントを支援します。今日からビジネスのトランスフォーメーションを始めましょう。
https://www.pwc.com/circularbusiness
1 欧州委員会『EU trade relations with the Pacific(EUと太平洋諸国との貿易関係)』2023年3月、ウェブサイト
2 欧州委員会『Corporate sustainability reporting(企業サステナビリティ報告)』2023年3月、ウェブサイト
3 PwC『A digital transformation in global reporting is needed(グローバル報告のデジタルトランスフォーメーションが必要)』2022年11月
4 欧州委員会『Circular economy action plan(サーキュラーエコノミー行動計画)』2023年3月、ウェブサイト
5 王立国際問題研究所(チャタムハウス)、circulareconomy.earth、2023年3月、ウェブサイト
6 東南アジア諸国連合『ASEAN adopts framework for Circular Economy(ASEAN、サーキュラーエコノミーの枠組みを採択)』2021年10月
※本コンテンツは、The Circular Economy Transition for Asia Pacificを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。