
医彩―Leader's insight 第8回 病院長と語る病院経営への思い―小田原市立病院 川口竹男病院長―
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
2025年1月20日にドナルド・トランプ氏が米国大統領に就任し、早速大統領権限を行使して不法移民の強制送還、関税強化を打ち出しています。この背景には、共和党が大統領職と上下両院の過半数を占める、いわゆる「トリプルレッド」を達成し、トランプ新政権の政策実現が容易になっていることがあります。
今後は、3月に一般教書、予算教書、大統領の要望書を提出、減税と歳出削減の計画を公表し、当面の財政政策の具体的な内容や規模が判明すると思われます。
「米国第一主義」「対中強硬」を基本方針に、トランプ大統領は忠誠心重視で閣僚を指名し、歯止め役不在のまま政権運営の不確実性が上昇していくと予想されます。
高関税支持の強硬派登用により、経済の不透明感が増大していく中で、保健福祉省長官にロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が指名され、今後の医療政策はより一層予測不能になると考えられます。
本稿では、トランプ新政権の医療政策を概観し、医薬品産業への影響について考察します。
トランプ第1期政権からバイデン政権、トランプ新政権までの医療分野における政策スタンスを大まかに整理すると次のようになります。
トランプ第1期政権(2017~2021年)
バイデン政権(2021~2025年)
トランプ第2期政権(方針)2025年~
出所:Agenda47、共和党政策綱領、The White House、各種資料よりPwC作成
今後はトランプ新政権の優先政策である米国第一主義、保護貿易への転換により、サプライチェーンの混乱リスク上昇が予測されます。トランプ新政権の医療・ヘルスケアの優先政策を踏まえると必然的に薬価引き下げ圧力は強くなると考えられ、それに伴い医療の効率化も推進されるでしょう。米国製造業回帰を重要視し、米国内での生産・販売・雇用創出を優遇する見通しであることから、生産・投資においては米国を中心とした提携やM&A案件が必然的に増える可能性があります。製薬企業は、米国を中心市場として意識しているため、米国において想定通りの薬価がつかない場合、薬価低下→米国第一主義+医療効率化→収益低下→R&D費回収難化→関税を含めた全体コスト上昇につながります。つまり今後の製品戦略における投資回収シミュレーションは患者数を中心としたマーケット概観に加え、今以上に財務インパクトを重要視しながら、全体的なコストを鑑みて考察する必要があります。
トランプ新政権の優先政策
経済・産業などへの影響
出所:Agenda47、共和党政策綱領、The White House、各種資料よりPwC作成
医療分野における基本的な政策は「規制緩和および医療の透明性向上によるアクセス改善と医療費削減」が優先される見通しです。2024年11月にPwC米国が公開した「President Donald J. Trump’s healthcare agenda: flexibility and choice, fiscal conservatism, public health reform and deregulation」では、トランプ政権の医療政策は「規制緩和」「フレキシビリティと選択肢の拡大」「医療アクセスの改善」「国家安全保障」の4つのカテゴリーで医薬品産業に影響を与えると推察しています。
医薬品企業においてプラスの影響が出ると考えられる項目は規制緩和です。バイデン前政権の政策撤回の対象として、AIの安全性規制に関する大統領令等が考えられます。トランプ新政権は、規制やガイドラインへの対応にかかる企業負担の軽減を目的に、AIガバナンスは業界の自主規制へと転換する方針であり、AIやデジタルヘルスを活用した創薬および医療技術の開発の進展や、革新的な製品やサービス投入の迅速化などが期待されます。これに伴って、競争とイノベーションの促進、医薬品の市場投入の迅速化、米国製造業回帰と相まったM&Aの進展およびM&A市場の活発化などのシナリオが十分に考えられます。
一方でネガティブな影響として、薬価の価格透明性に関する政策が挙げられます。薬価に価格透明性を求めることは確かに重要ですが、一方で医薬品企業から見れば、薬価の低下が起こり、適正な価格に付加価値をどのように反映させていくかが、より難しくなると推察されます。
また現時点でアプローチは不明ですが、薬価の最恵国待遇(Most Favored Nation:MFN)政策も注目です。2020年にトランプ大統領はメディケア向けに、国内の処方薬価格を海外の水準と連動させることで引き下げを図るための大統領令に署名しました。2021年に連邦裁判所は大統領令の発行を阻止し、その後当時のバイデン大統領がトランプ大統領の薬価の最恵国待遇を撤回しましたが、新政権において、インフレ抑制法(Inflation Reduction Act, IRA)からより踏み込んだ薬価交渉に関する政策として修正される可能性もあります。
参考までに、トランプ新政権はメディケアおよび薬価に対する政策スタンスとして、メディケアの資金削減は行わないこと、透明性を高め、処方薬の選択肢と競争を拡大することを表明しています。トランプ新政権も薬価引き下げの方向であり、バイデン前政権下のIRAによるメディケア薬価制度改革を大筋で維持すると予想されます。
2026年 | 2027年 | 2028年 | 2029年以降 | |
対象 | パートD | パートD | パートBまたはD | パートBまたはD |
追加品目数 | 10 | 最大15 | 最大15 | 毎年最大20 |
※後発品やバイオシミラーとの競合がなく、上市から一定期間が経過した特定の高額医薬品が対象。メディケアパートAは、病院やその他の高度看護施設(SNF)、ホスピスなどといった施設での医療介護を規定し、メディケアパートB(医療保険)は、医師のサービス、その他のさまざまなサービスおよび医薬品について規定している。処方薬の規定は、メディケアパートDで示され、2006年1月1日から施行された。
出所:The White House、Centers for Medicare & Medicaid Services、各種資料よりPwC作成
IRAにおいて、米国政府は1月17日、2027年の価格引き下げに向けてメディケアとの価格交渉の対象となる15の医薬品を公表しました。最も影響が大きい薬価交渉については、対象となる医薬品の特許切れが近いことから、医薬品企業への影響は短期的であり対処可能と想定しているようです。具体的には各社は「対象薬は特許切れも近く、価格交渉の影響は対処可能である(A社)」、「影響はあるが、パイプラインの成長はIRAの影響を十二分に相殺する(B社)」、「対象となった製品は今後の成長を牽引する製品ではない(C社)」、「影響は最大1億ドルと予想するが、業績は好調。通期予想を上方修正したとして、概ね影響は限定的である(D社)」とコメントしています。
トランプ新政権では医薬品などの重要品目の外国依存度を引き下げ、医薬品不足を緩和するために、税金と関税の活用を提唱しています。これらに伴いサプライチェーンの安全性強化と不公平な貿易の是正、貿易赤字の解消を目指すと想定されます。
トランプ新政権の減税・追加関税措置方針について解説すると、まず減税については個人減税の恒久化と法人税の引き下げが挙げられます。前者は2025年末に期限を迎える、いわゆるトランプ減税(2017年に成立した税制改革法:TCJA)の延長・恒久化で、後者は法人税率を現行の21%から20%に、米国内で製造する企業に対しては特別に15%まで引き下げるというものです。
追加関税措置は一律10~20%のユニバーサルベースライン関税の導入、相互関税を課す大統領権限の強化、輸入品に対し外国と同率の関税を課す相互貿易法の創設、対中関税の60%への引き上げ、中国の最恵国待遇の撤回、重要品目の中国からの輸入の段階的廃止(4年計画)を謳っています。
しかしながら、米国への医薬品輸入額は過去10年間で約2.8倍に急増しており、これを牽引しているのはインド、中国です。*1
*1 出所:TRADING ECONOMICS、OEC World、Coalition for a Prosperous America、各種資料より
追加関税については特に不確実な部分が多いですが、中国依存の解消が最優先と予想され、原材料の調達網強化など、リスクシナリオも想定した多角的な備えが重要になると考えられます。
追加関税措置が医薬品産業に与え得る影響は、概ね下記の5つです。
上記の影響を避けるための医薬品企業の対応としては以下が考えられます。
しかし米国は中国製の医薬品(原薬)に依存しており、米国の原薬輸入額に占める中国の割合は17%(過去10年平均)に達しています。直近2022年までの4年間の原薬輸入額に占める割合はほぼ横ばいで、一部有効成分(ビタミンB6、B12、B1、C、Eなど)では70%以上を占めています。米国輸入の40%を占めるインドは原薬の70%を中国から輸入しており、間接的な対中依存は17%よりも高いといえます。*2
*2 出所 AtlanticCouncil
トランプ新政権の米国内生産回帰は功罪入り混じると思われますが、多くの医薬品企業にとってはマイナスの影響が想定されます。生産、サプライチェーンなどの見直しの是非を冷静に見極める必要があると考えられます。医薬品など重要品目の国内生産回帰促進の狙いは、医薬品不足と医薬品などの重要品目の国内生産の欠如によって引き起こされる国家の脆弱性の軽減、国内雇用の創出と地域経済の活性化、国内製品の競争力強化にあります。
次に、想定される施策と医薬品産業への影響について考えます。まず施策として下記の3つが想定されます。
これら3つの施策が実施されることによる医薬品産業への影響・リスクは以下のとおりです。
しかしながら中長期的に見れば、法人税率の低下によるメリットと重要原材料の調達リスク低減の恩恵は得られるため、上記のリスクとメリットをどのように判断するかは企業ごとの状況によって変わると思われます。
また、バイデン政権下の2024年には中国系バイオ企業と契約を行う企業を連邦政府調達から排除することになるバイオセキュア法案が議会に提出されました。この法案は連邦資金を受け取る企業・団体が敵対国に関連する企業からのバイオテクノロジーを使用することを禁止するもので、重要性の高い医薬品製造における中国企業への依存や知的財産、ゲノムデータの保護に関する懸念を理由に提案されたものでした。下院を通過したものの結局立法には至らなかった同法案ですが、今後、米中デカップリングの加速を進めるトランプ新政権において再度類似の立法が試みられるか注目されます。このような法制の影響は各大手医薬品企業に波及し、創薬の遅延や生産の混乱などの悪影響を及ぼす可能性があります。
以上、トランプ新政権における医療政策変更のポイントを見てきました。その上で日本の製薬企業はどのように対処すべきなのでしょうか。
結論から述べれば、米国は日本の製薬企業にとって引き続き重要市場である事には変わりはなく、トランプ新政権に振りまわされない、中長期的な視点に立った対応策が肝要です。日本の医薬品輸出額は年々増加しており、特に米国は全体の3~4割を占める大きな存在です。トランプ新政権による負の影響が懸念されるものの、引き続き米国市場の優先度は高いと考えられます。*3
*3 出所:財務省 普通貿易統計
トランプ新政権の政策が日本の医薬品産業に与える主な影響については、日本市場特有の影響は少なく、他国同様、薬価引き下げ圧力、追加関税、対中デカップリング、国内生産回帰促進の影響が最大の懸念材料となります。トランプ大統領は特に中国を標的にしているため、中国企業との提携関係に影響を及ぼす可能性があり、とりわけバイオセキュア法案のような立法はリスクであると考えられます。
これらを踏まえ日本の医薬品企業が考えるべきポイントは下記の2点です。
最後に、医薬品企業が取るべき優先事項を下記に示します。
1、2に関してはトランプ新政権の影響からくるもので、速やかに考察すべきことですが、3、4、5はトランプ新政権の発足以前から指摘され続けている課題です。サプライチェーンやバイオセキュア法案においては、対中制裁によってバイオ医薬品やCRO(医薬品開発受託機関)/CDMO/CMO分野における日米欧企業との提携関係が打撃を受ける可能性があり、予断を許さない状況です。投資回収シミュレーションにおいて各社の状況にあった項目、変数を綿密に議論し、今までのような患者数を中心としたマーケット概観のみならず、今以上に財務インパクトを重要視しながら、全体的なコスト・地政学リスクも鑑みて考察することが一層重要になっています。
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
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