Web3.0に注目が集まるなか、日本政府も事業環境整備に向けた対応を開始しています。
PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)では、デジタル広域連携により「課題」でつながるまちづくりを促進しています。Web3.0の活用により地域の活性化を目指す萌芽的な試みもあるなか、「課題」を軸とした地域連携が将来的に重要です。
デジタル広域連携では、インクルーシブなコミュニティの創造を目指しています。国と地方、公共と民間など既存の関係を、自律分散型社会の視点でとらえなおし、多様性のある地域の発展を目指すことが求められています。
※本レポート内のドル表記は「1ドル=144円(2022年9月8日時点)」としています。
Web3.0への注目は、2021年に急速に高まりました。
一例としてWeb3.0における主要サービスNFTを見ると、2020年に取引量は2億ドル(約288億円)強でしたが、その後急速に取引は拡大し、2021年2月には3億4,000万ドル(約490億円)と、単月で前年を上回る取引高を記録しました。2021年8月には、トップマーケットプレイスでのNFTの取引量は40億ドル(約5,760億円)超と飛躍的に拡大しています。
こうした投機的なブームは2022年に入って落ち着いてきているものの、進化する技術を基盤とする Web3.0に関する期待は引き続き高いと言えます1。
プラットフォーマーの情報の寡占などWeb2.0における課題を根本的に変えうるとされるWeb3.0は「Read + Write+ Join」の時代と考えられています。政府資料では、Web3.0を「ブロックチェーン技術によって、➀管理者による信用保証が不要、➁改竄されない、➂コピーできない、といった特性が実現し、個々人がデータを所有・管理し、一極集中管理の巨大プラットフォーマーを介さずに自由につながり、交流・取引を行う、多極化されたWeb社会のこと」と定義しています2。
Web3.0の可能性が注目を集めるなか、日本政府も対応を開始しています。
2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」では、「多極化された仮想空間」に関する項目で、「分散型のデジタル社会の実現に向けて、必要な環境整備を図る」としています。また、NFTやDAO(分散型自律組織)の利用等のWeb3.0の推進に向けた環境整備を検討し、メタバースも含めたコンテンツの利用拡大に向け、2023年通常国会に関連法案が提出されることとなっています。
同じく2022年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、「Web3.0の推進」として、ブロックチェーン等を用いたデジタル資産に関する研究開発・利用環境整備に関し、Web3.0は「デジタル化と成長戦略にとって重要な要素となっているが、起業家からは規制による厳しい制約による
人材流出の懸念が指摘されている」とし、誰一人取り残されない安全な利用環境と、技術者や起業家、事業者にとって魅力的な事業環境を両立しつつ、デジタル資産が創出する新たな経済へのアクセスを確保し、経済成長につなげることが目指されています。また2022年7月には、経済産業省に省内横断組織として「大臣官房Web3.0政策推進室」が設置され、Web3.0関連の事業環境課題を検討する体制が強化されています。
このように、日本政府としてはWeb3.0への関わり方を検討し始めた段階です。 Web3.0を取り上げる文脈としては、事業環境の整備に加え「一極集中から多極化」(「経済財政運営と改革の基本方針2022」)であり、地方分権や地方創生といったテーマとも一定の親和性があることがうかがえます。
次に、Web3.0におけるビジネスのあり方を見てみます。
例えば、NBAによるデジタルカードビジネスは、サービス開始1年以内に売上高が7億ドル(約1,008億円)を超えました3。販売経路としては二次流通の割合が高く、投機的な関心も高いことが分かります。
しかし、NFTサービス提供者の動向を見ると、一つの方向性として注目に値するのがUtility型への変化です。NFTの売買差益でリターンを得るといった投機目的の売買から、NFTに限定的なプレミア機能を設けて、保有者に付加価値のある体験を提供したり、一定の条件をクリアした際にNFTを報酬として与えたりといったUtility型へとサービスが変容する兆候が見られます。具体的には、特定のブランドやアーティストのファンコミュニティをベースとした収益化の方向性などです。
Web2.0ではコンテンツに対するアクションは主にデジタルマーケティングの材料として活用されてきました。一方、Web3.0ではコミュニティの創出とそこからの収益化がビジネスとして成立する可能性が示されています。
背景には、世界的な物価高に対して欧米が政策金利を引き上げ、投機目的での NFT売買が減少したこともありますが、この「コミュニティの形成の促進」という要素は、デジタルを活用した地域の課題解決という方面においても活用・展開が可能であると考えられます。
そこで第2章では、PwCコンサルティングのデジタル広域連携の取り組みとともに、あるべきコミュニティの将来像について考察していきます。
前章では、Web3.0の興隆と日本政府のビジネス環境整備方針、NFTビジネスにおける自律分散型のコミュニティ創出とその収益化の潮流を概観しました。さまざまな分野でデジタル技術を核とした課題解決や、コミュニティの形成が同時進行で試みられている状況です。
こうしたなか、PwCコンサルティングは2021年6月から始めている国立大学法人筑波大学(以下、筑波大学)との共同研究で、「デジタルガバメント、スマートシティ連携」を活動領域としています。
具体的なテーマは「未来投資フレームワークの開発」と「デジタル広域連携モデルの開発」という活動を通じた「デジタルガバメント人材の育成のための教育カリキュラムの開発」です。
これら3つの研究活動は相互に関連しており、構想から実証検証の準備段階に移行しつつあります。とりわけ「デジタル広域連携モデルの開発」は、地域が抱える課題を軸に、遠く離れた自治体同士がデジタル空間でつながることで広域連携を実現し、ともに課題解決を図ろうという取り組みです。
また、デジタル広域連携モデルの特徴は図表3の4点であり、Web3.0で想起される世界観と近いと考えています。
「デジタル広域連携モデルの開発」の発想の起点は、自律分散型社会の到来に備えた準備の必要性にあります。「地域の良さを深く理解し、よりよい地域の未来を作りたいという想いを持った人たちが集い、コミュニティがデジタル空間で形成され、出資を募ってよりよい未来のための投資をしていく」という取り組みが増えることを想定しています。
次の図は、PwCコンサルティングが構想しているデジタルガバメントに関するデジタル空間で形成されるコミュニティのイメージです。自治体、大学等学術機関、個人等のデジタルガバメントに係るナレッジはDAOに集積され、データに基づく実践例として「What works(何が役立ったのか)」を共有することを目指しています。
PwCコンサルティングと筑波大学が行う共同研究の他にも、デジタル空間を活用した新しい暮らしはさまざまな形で構想されています。
地域や自治体がWeb3.0の活用を試みている事例として、新潟県長岡市山古志地域におけるNFT活用による地域活性化が挙げられます。
新潟県長岡市の山古志地域は、2004年の新潟県中越地震で被災し、2,200人程度だった人口は、現在は約800人にまで減少しています。住民や行政だけでは地域課題の解決が難しくなるなか、住民や支援者からなる団体「山古志住民会議」は復興に向けてさまざまな活動を行ってきました。2021年12月、山古志住民会議は、国の交付金や長岡市の補助金を得て、地域の名産品である錦鯉のデジタルアート「Colored Carp」をNFTとして販売開始しました。これは、デジタルを通じて関係人口を増やす狙いで、エストニアの「e-Residency」をイメージしているといいます。販売しているNFTは電子住民票の意味合いもあり、山古志の「デジタル村民」より、地域を存続させるためのプロジェクト案を募集するなど活動しています。
さらに、実際の山古志住民へのNFT無償配布もデジタル村民の投票で決定し、高齢化率が5割を超える山古志地区の実際の住民もNFTを徐々に所有し、デジタル村民との融合を進める取り組みがなされています4。
また、盛岡市の南に位置し、人口は約3.3万人の紫波町では、2000年代より、町有地活用による公民連携事業「オガールプロジェクト」を実施しているほか、降雪時の雪捨て場を活用して2011年に岩手県フットボールセンターを誘致しました。さらには図書館や産直マルシェ、子育て応援センターなどが入る官民複合施設「オガールプラザ」、2013年にエコ住宅街「オガールタウン」の分譲など、極力国の補助金に頼らない形で、地域活性化を実現しています。
2022年6月、岩手県紫波町は新たに「Web3タウン表明」を行いました。多様な人材にまちづくりへの参加を可能にするWeb3.0の技術を活用し、どこからでもまちづくりに参加できるDAOを設立するといいます5。その「Furusato DAO(仮称)」のイメージとしては、DAOに集まる人々による地域課題の解決、新型地域通貨(トークン)の発行、新型地域通貨を使ったふるさと納税の実現、Web3.0関連企業誘致といった取り組みが想定されています6。
こうした萌芽的な取り組みが始まるなか、課題を軸として地域が連携しながら解決を進め、将来的に全国規模での連携が進むことで、より課題解決の効果と効率を増すことができると考えられます。
Web3.0の世界観では、条約、法令、雇用の枠組みにとらわれることなく、人とコミュニティがフラットにつながることができます。そのため、雇用者と雇用主、事業家と投資家、製造者と消費者が、透明性の高い対等な関係を築ける可能性があります。
国、地方自治体のあり方も例外ではなく、政府と国民、中央と地方、公共と民間の関係を自律分散型社会の視点でとらえなおすべきです。社会の仕組み、組織が多様な組み合わせで構成され、今までは接点すらなかったコミュニティ同士がつながり、インパクトを与え合えるようになると考えられます。そうした社会が到来することへの備えとして、私たちは一人ひとりがインクルーシブなマインドを今まで以上に重要視することが求められます。インクルーシブなマインドがコミュニティに参加する人にとっての価値の最大化に寄与し、コミュニティ全体が生み出す価値の源泉となります。
インクルーシブなコミュニティには、「参加者から正確かつ即時にフィードバックを受け取ること」「フィードバックを新たなあり方に即時に反映できること」が求められます。そのためには、インクルーシブ・フィードバック・ループを構築することが有効です。
現在、政府が推進する「デジタル田園都市国家構想」では、「多様性ある地方の発展」を達成する手段としてデジタルを位置づけており、都市のアーキテクチャはデジタル庁で検討が進められています。国や自治体間などでのデータ連携を実現するものとして「公共サービスメッシュ」、民間サービス間などでデータ連携を行う「エリア・データ連携基盤」を構築し、行政事務の効率化と同時に各地域のデータ連携基盤とも接続しながら、さまざまなサービスを実現する全体像が描かれています。
インクルーシブ・フィードバック・ループの実現とは、データ連携基盤の整備により各種データの連携、参照が可能になる将来像とも重なり合う部分が大きいと言えます。
Web3.0の興隆を受け、政府がその活用・環境整備に着手し始めるなか、いち早くそれを活用し、地方創生を図る自治体も現れています。
PwCコンサルティングは自律分散型社会の到来に備え、地域が抱える課題を軸として、地理的な制約を受けず、遠く離れた自治体同士がデジタル空間で広域連携を実現することを目的とし、デジタル広域連携モデルの開発を行っています。デジタル広域連携の実現は、地域課題の解決とともに、インクルーシブなコミュニティの創出にも貢献することが望まれています。そこにおいては、参加者から正確かつ即時のフィードバックを受け取り、すぐに反映することができるインクルーシブ・フィードバック・ループを構築することが重要です。
地域課題の解決を軸として各自治体のデジタル広域連携を推進することは、現在、萌芽的に見られる自治体におけるWeb3.0の活用とも、意図や効果の面で共通する要素があると考えます。少子高齢化や人口減などの課題に直面している自治体が多いなか、デジタルによる地域のエンパワメントにより、複雑化した課題を解きほぐすことが望まれており、その結果として、より自律的かつ多様性のある地域が実現することが今後重要であると言えます。
1 CoinBase, “The Coinbase Ventures Guide to NFTs”(2022年9月5日閲覧)
https://blog.coinbase.com/the-coinbase-ventures-guide-to-nfts-db1ad58b4e0d
2 内閣官房、「第6回新しい資本主義実現会議」、資料1(2022年9月7日閲覧)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai6/shiryou1.pdf
3 山古志住民会議、「デジタル村民のススメ/限界集落とNFTとDAO」(2022年9月5日閲覧)
https://note.com/yamakoshi1023/n/n6560e0bf425f
4 岩手県紫波町、「Web3タウンの表明について」(2022年9月5日閲覧)
https://www.town.shiwa.iwate.jp/soshiki/4/2/13/9609.html
5 岩手県紫波町、「Web3タウンの表明について」(2022年9月5日閲覧)
https://www.town.shiwa.iwate.jp/material/files/group/26/web3town_shiwa-iwate_doc_20220610.pdf