なぜキャッシュと運転資本がボードアジェンダであり続けるのか

ワーキング・キャピタル・スタディ2024-2025

  • 2025-01-30

ここ数年の嵐を経て、運転資本管理(WCM)は取締役会におけるトップ議題に返り咲きました。
そして、これは今後も続くだろうと思われます。

1.56兆ユーロ

利用可能な余剰運転資本額

6.6%

過去5年間の売上債権回転日数の増加

4.4%

中小企業の仕入債務回転日数は2021年をピークに悪化

9.1日

現金取引が多いセクターの正味運転資本回転日数が2019年以降上昇

米国、英国、EUの政策金利は今後3年間、高水準で安定的に推移すると予想されており、特に経済成長率が不透明な中、利用可能なキャッシュを効率的に活用することが引き続きカギとなります。キャッシュは柔軟な事業運営を可能にし、運転資本の効率化は利用可能なキャッシュを増やします。運転資本最適化を体系的に推進することは、不確実性から身を守るために依然として必須であると考えられます。

米国、ユーロ圏、英国の政策金利とフォワードカーブ

出所:イングランド銀行金融政策レポート-2024年8月
注:データは全て2024年7月22日現在。5月のカーブは2024年4月29日までの英国15営業日に基づいて推計。8月のカーブは2024年7月22日までの15営業日を用いて推計。フェデラル・ファンド・レートは公表された目標レンジの上限。ECB預金金利は政策金利変更の有効日に基づく。最終データは2027年9月のフォワード・レート。

ところが、資本がバランスシートに縛りつけられたままであり、多くの顧客やサプライヤーがキャッシュを確保できるか否かのゼロサムゲームに陥っているため、運転資本最適化は停滞の危機に瀕しています。このため、新たな解決策が求められています。核となるのは、運転資金の逼迫に対応するのではなく、今すぐ行動することです。多くの場合、これは顧客やサプライヤーとより協力的で互恵的な関係を築き、Win-Winのシナリオを実現すること、そして組織内のサイロを打破し、キャッシュと価値創造を最大化することを含みます。このような「ここぞ 」という時の運転資本に関する喫緊の課題は、適切な運転資本最適化の文化、スキル、テクノロジーを浸透させることであり、それは、与信管理や回収などの専門的な分野と、運転資本最適化がビジネス上の優先課題になるにつれて企業全体に広がっていきます。

世界の上場企業19,000社以上における運転資本の動向を分析した結果、世界にはさらに1兆5,600億ユーロの余剰運転資本があり、業務改革やビジネスモデル改革への投資のために解放される可能性があることが分かりました。私たちは、企業がこの配当をどのように解き放つことができるかを考察しました。

停滞の脅威

運転資本は、流動性と弾力性を強化するだけでなく、価値の創造、提供、実現方法を変革するための資金を捻出することを通じて、あらゆるビジネスが不確実性に備えるための、重要な要素です。

運転資本の観点からは、2023年、多くの主要指標が安定しました。しかし、これほど長い間変動が続いた後では、停滞が訪れ改善が失速する前に行動を起こすチャンスは限られています。立ち止まっている企業は、後戻りすることになるでしょう。

最近の傾向もこれを裏付けています。正味運転資本(NWC)回転日数(売上高に対する、企業が保有する正味運転資本の水準)などの主要指標は、世界的にわずかながら増加を示し始めています。さらに深く掘り下げると、大企業と中小企業との間ではパフォーマンスに大きな差があり、機会損失を示唆しているなど、複雑な様相が浮かび上がってきます。

運転資本管理を改善するためにどのレバーを引くことができるかを理解することは、企業がこの安定期を活用し、将来に向けて守備力を向上させるのに役立ちます。出発点は、運転資本の推進要因とその影響について理解を深めるために、オペレーションの実態を掘り下げることです。

正味運転資本のパフォーマンス

以下の選択肢から、地域別および部門別の結果を探索することができます。

 
地域
セクター
2019201920202020202120212022202220232023001010202030304040505060607070
正味運転資本(日)
棚卸資産回転日数
売上債権回転日数
仕入債務回転日数

出所:PwCによる世界19,000社以上の運転資本分析

セクター別 1年間のDPOおよび対資産日数の変化

出所:PwCによる世界19,000社以上の運転資本分析

支払条件の格差

DPO(仕入債務回転日数)は、大きな変動が続いた後、2024年に入り最小限の動きとなりましたが、大企業と中小企業の間には依然として大きな溝があります。大企業のDPOはコロナ禍以前よりも高い位置で安定的に推移している一方で、中小企業のDPOは2021年をピークに着実に減少しています。

この格差の一部は、EUが主導する、支払い条件の設定における大企業の影響力を制限することを目的とした規制1の導入によって、間もなく是正される可能性があります。これは、この問題に対するEUのアプローチが大幅に強化されたことを意味します。

商取引における支払延滞対策として提案されているこれらのEU規制の影響は、DPOを減少させると予想されます。また重要な点として、この規制は企業にキャッシュフローの他の側面を改善するよう圧力をかける可能性があり、売上債権と棚卸資産にもスポットライトが当たることになります。このような複雑な規制変更をうまく乗り切り、活用するためには、企業は積極的に行動し、運転資本を前面に押し出す必要があるでしょう。

興味深いことに、EUの規制案にもかかわらず、EUにおけるDPOは2022年の大幅な減少の後、2024年は1.5日増加しています。DPOは依然として、提案されている最大規制日数を上回っており、これは大きな変化が訪れることを示唆していると考えられます。

欧州委員会は中小企業向け支援のための政策パッケージの一環として、商取引における支払期限の上限を請求書の受領から30日に設定するなどの規則案を公表している。

5年間のDPO動向(EU)

出所:PwCによる世界19,000社以上の運転資本分析

売上債権回転日数への圧力の高まり

売上債権回転日数(DSO)は、いかに早く支払いを回収できるか、であって、正味運転資本回転日数の重要なドライバーとなります。支払期間の短縮は、より予測可能な事業計画と流動性の向上につながります。延滞債権の増加は、市場心理の変化の早期警告サインとなる傾向があります。金融危機や新型コロナウイルス感染症のパンデミックの際、資金繰りの難しさを最初に露呈したのは、支払いに対するモラルでした。

DSOは過去5年間で6.6%増加し、正味運転資本回転日数増加の主な原因となっています。この増加は、売上債権に対する規律が効いていない業務プロセスと逐次的アプローチによって引き起こされており、その結果、多くのキャッシュがテーブルの上に放置されているのです。

支払期限規制の施行により、業務プロセスを厳格管理し、債権回収を強化することが急務となっています。真の勝者となるのは、この規制を手がかりに回収プロセスを最適化し、インテリジェントオートメーションを活用して取引相手の行動を早期に予測できるような企業でしょう。

5年間のDSOトレンド

出所:PwCによる世界19,000社以上の運転資本分析

資産集中型の足かせ

金利上昇が借入コストと資本の利用可能性に影響を与える中、特定のセクターは運転資本がビジネスに与える影響をより痛感しており、また、より良い運転資本管理から得るものも大きいと考えられます。現金取引がより多いセクター(平均44.1日以上の正味運転資本回転日数)を分析すると、これら8セクターの正味運転資本回転日数は2019年以降、9.1日増加していることが分かりました。

これらのセクターの大半は、世界的な傾向と一致して、過去5年間でDSOが大幅に増加した一方で、2019年以降、8セクター中6セクターで棚卸資産回転日数(DIO)が悪化し、2日上昇しました。2023年はDIOに反転の兆しが見られたものの、依然として多額のキャッシュが在庫として滞留しています。

「念のため」から「なぜなら」へ

このことは、パンデミックから生まれた「念のため(ジャスト・イン・ケース)」の在庫管理アプローチが逆転したのではなく、むしろ「なぜなら」という倫理観へと進化し、運転資本により大きな制約を課していることを示唆しています。その結果、単に滞留在庫や陳腐化する可能性のある在庫を抱えるだけでなく、投資と収益性を圧迫しているのです。このことは、DIOを管理し、組織全体の意思決定が財務業績に与える影響に対する認識を高めるために、より管理され定量化されたアプローチが必要であることを浮き彫りにしています。

流動性ショックアブソーバー

主要な 運転資本管理指標以外を見ても、キャッシュ回転日数(事業が営業費用を賄える期間を示す指標)は、依然として コロナ禍以前の水準を上回っており、減少傾向にはあるものの、過去 2 年間で減少幅は縮小しています。このことは、ほとんどの企業が些細なショックや事業の中断を乗り切るための手元資金を維持していることを意味し、レジリエンスをより重視していることを示しています。

流動性とレジリエンスの5年間のトレンド

出所:PwC による世界 19,000 社を超える企業の運転資本分析

しかし、製造業、航空・宇宙、エネルギーなど、伝統的に資本集約的な産業の多くでは、2020年以降キャッシュ回転日数が減少しています。これは、インフレに対抗するためにキャッシュからリターンを得たいという願望と、貸し手からの要請とキャッシュフローのボラティリティを緩和するために流動性を維持する必要があることとの間の葛藤を反映しています。

この傾向とは対照的に、純有利子負債水準は、2年間の削減を経てEBITDA対比で増加していますが、依然として2倍未満を堅持しています。これは、売上高に対する設備投資と営業キャッシュフローの増加と一致しており、収益性向上の推進がますます困難になっていることを示唆していると考えられます。

停滞期を避ける

運転資本は依然として重要であり、焦点がブレないようにすることが肝要です。金利の定常的な水準が高まったことで、運転資本を最適化する必要性がさらに高まりました。資金を自由にし、資本コストを削減し、不確実な時期にも投資を拡大する機会がかかっています。

PwCの調査によると、運転資本は安定しているものの、大半の企業は運転資本の最適化をさらに推し進め、その可能性を完全に実現することは難しいと感じています。

では、どうすればこの難局を乗り越え、1兆5,600億ユーロの配当をつかむことができるのでしょうか。そのための優先事項は5つあります:

今後に向けて

支払遅延規制の影響に積極的に備える

EUにおける、中小企業との商取引の支払期限上限を請求書受領から30日に設定することを軸とした新たな規制は、サプライヤーにとってより良い条件をもたらし、支払いの長期遅延を防ぐのに役立つと思われますが、短期的な運転資本最適化のテコとして支払い期間延長を利用している企業にとっては、脅威にもなるでしょう。複雑な変化や市場の成熟度の違いを乗り越えるには、専門知識と先見の明が必要となります。

回収強化の先を見越す

回収プロセスの最適化と支払い条件の改善も解決策の重要なパーツですが、企業は、信用リスク管理に対して、より情報に基づいた集中的なアプローチを取り、過払いを発生源から食い止めるとともに、債権をモニタリングし支払いに対する障害を迅速に解決し、支払い遅延に厳格に対応するなど、顧客に対してより良い干渉を行う必要があります。

サイロ化を解消して在庫管理の効率を高める

多くの企業はいまだに過剰な在庫を抱えており、運転資金が使えず、投資とリターンを抑制しています。この課題への取り組みは、多くの場合、在庫水準を最適化し、運転資本需要とサービスレベル目標とのバランスを取るためのデータ主導のアプローチから始まりますが、これは単独で行うことはできません。むしろ、運転資本最適化と業績との相互作用を認識するために、サイロ化した機能別組織における優先順位を打破し、キャッシュカルチャーを根付かせることが重要です。

より良い運転資本分析とガバナンスの必要性を認識する

手っ取り早い解決策ではありませんが、組織全体に適切なキャッシュカルチャーと運転資本管理のガバナンス体制を浸透させることが、絶対的な拠り所となるはずです。

運転資本最適化目標に対する意識を高め、意思決定の最前線に立つための有効な手段は、利用可能な運転資本分析システムを強化することにあります。これは多くの場合、企業が取る最初のステップであり、あらゆる種類の運転資本ガバナンスの枠組みを確立するための前提条件でもあるのです。

変化とリスキリングへ投資する

これら全てに共通するのは、運転資本の改善を実現するための事業体制を確保することです。私たちが最も繰り返し目にしている課題の1つは、企業が実践的なチェンジマネジメントやスキルアップへの投資を怠っていることにあります。

他の多くのバックオフィス業務と同様、買掛金管理や売掛金管理といった機能も、単に管理すべきコストや、自動化またはアウトソーシングすべきプロセスとみなされることがあります。ですが実際は、投資、リターン、成長を促進するカギの1つを握っているのです。これらの機能が十分に能力を発揮し、専門化されていなければ、企業の価値を破壊することになりかねません。

運転資本の最適化に最も成功している企業は、人材に改めて焦点を当てることで、それを実現しています。重要なステップには、基礎的スキルの見直し、データ主導の意思決定、部門横断的な関与の確保、既存のオペレーティングモデルの変革などが含まれます。

PwCによる支援

PwCの運転資本最適化専門チームは、企業の経営陣をサポートしてキャッシュの改善を迅速に実現し、業務プロセスを改善し、テクノロジーを導入し、組織変革を推進します。

  • データ分析と洞察
  • 運転資本運用モデルの設計
  • キャッシュカルチャーの導入とトレーニング
  • 業務プロセス改善
  • 交渉と条件の最適化
  • 実現可能なテクノロジーの選択と統合
  • 資金予測プロセスとレポーティング
  • 短期的なキャッシュ化
  • マネージドサービスの提供

主要メンバー

森野 智博

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

Email

野村 泰史

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

Email

池田 道生

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

Email

大西 裕佑

ディレクター, PwCアドバイザリー合同会社

Email

佐藤 永織

ディレクター, PwCアドバイザリー合同会社

Email

濵 宏祐

シニアマネージャー, PwCアドバイザリー合同会社

Email

インサイト/ニュース

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