
これからの病院経営を考える 【事例紹介】北杜市立甲陽病院:看護業務の見直しが生んだ職員の意識改革
山梨県北杜市の市立甲陽病院では、総看護師長のリーダーシップの下、看護業務の見直しを進めています。このプロジェクトを支援したPwCコンサルティングとともに取り組みを振り返り、現場からの声や成功の秘訣について語りました。
甲府盆地の北西部に位置し、八ヶ岳や南アルプスの風光明媚な豊かな自然に囲まれた山梨県北杜市の市立甲陽病院(以下、甲陽病院)では、総看護師長のリーダーシップの下、看護業務の見直しに取り組んでいます。このプロジェクトでは、短期間で着実に成果を上げただけでなく、職員が自ら課題を発見し、知恵を出し合い、協力して解決していく風土が生まれ、まさに「強い看護部」になることに成功しています。本稿では甲陽病院の看護部の方々と、支援にあたったPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)がこの取り組みを振り返り、現場からの声や成功の秘訣について語りました。
登壇者
北杜市立甲陽病院 総看護師長
西 純子氏
北杜市立甲陽病院 療養病棟看護師長
矢巻 美鈴氏
北杜市立甲陽病院 一般病棟副看護師長
淺川 弘美氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
森田 純奈
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)小田原、淺川氏、西氏、矢巻氏、森田
小田原:
一般的に看護業務の見直しは患者サービスの質の低下を招くのではないかという懸念から容易ではなく、一筋縄ではいきません。また、甲陽病院では新型コロナウイルス感染症(以下、「コロナ」)の患者さんを積極的に受け入れ、地域医療を支えた一方、現場の負荷は相当に高まったのではないでしょうか。加えて、患者需要はしばらく増加が見込まれるものの、看護師や看護補助者を募集しても簡単に集まる地域ではないため、これまでの業務を抜本的に見直さなければ看護師1人あたりの作業負荷が高まり続けてしまいます。
西:
おっしゃる通りで、今までと同じことをやっていては、持続可能な医療を提供することはできません。本来やらなくても良い仕事、やり方を変えれば時間を生み出すことができる仕事を明確にし、看護業務を見直すことが必須と考えていました。2024年4月から医師の時間外労働の上限規制が施行され、働き方改革の流れが加速しましたが、医師からタスクを引き受ける側の看護師の業務を見直さなければ、タスクシフト・シェアもままなりません。
森田:
私たちが支援を開始した際、看護部内でも業務改善を進めていくこと、最初に着手すべきは「会議のあり方」であることは決まっていたと伺いました。「会議のあり方」に着目した理由について聞かせてください。
西:
「やり方を変える」というよりも、「業務そのものをなくすことで生み出せる時間はないか」という視点で振り返った時に、効率化の余地が大きい会議が多いのではないかと考えていました。コロナの影響で大きな会議も含めて中止となったり、書面会議の形式を取ったりするようになったのですが、徐々に通常の体制に戻る中でも、会議が再開される期間には差がありました。必要な会議は早くから再開されましたが、そうでない会議は再開が遅く、であるならば、抜本的に見直しても良いのではないかと考えたのがきっかけです。
小田原:
公立病院によっては、書面の内容を読み上げて報告するだけの会議が少なくありません。せっかく皆さんが集まっているのであれば、報告ではなく討議に時間を割くなど、改善の余地は多く残されていると感じます。甲陽病院では、会議の見直しだけでどの程度の時間が捻出できたのでしょうか。
西:
思い切って会議時間を1時間から30分に、病棟からの参加人数を3人から1人に変更しました。時間を短くした分、連絡事項は資料で示し、会議は討議の時間に充てるように見直しましたね。また、集約による効率化という観点では、活動が類似している委員会の整理や、委員会参加者が同じで、かつ、関連する委員会は連続で開催するように変更しました。結果、看護部内の委員会で5つ、看護部外で看護師が出席する委員会の8つが見直しの対象となり、これだけで看護師は679時間/年、医師は37.5時間/年の時間を捻出することができました。1人1日7.75時間で人員換算すると看護師88日分/年、医師5日分/年を生み出すことができたわけです。病院幹部の協力も得て、看護師が出席する16時30分開始の会議は、申し送りの時間と重複するため病棟への影響が大きいことを説明し、16時開始としてもらうなど柔軟に調整してもらいました。
森田:
看護部発信の取り組みが、医師や他職種の会議時間削減にも波及したのは病院全体にとっても良い効果ですね。
北杜市立甲陽病院 総看護師長 西 純子氏
一般病棟副看護師長 淺川 弘美氏
森田:
今回のプロジェクトでは、まず現場ヒアリングをしながら課題の洗い出しや解決案を議論しましたが、その次の会議の際には、そこに新たに院内で検討された改善案を加えた状態で、何から着手すべきなのか、見直すのか見直さないのかの意思決定まで実施し、非常に迅速に改善の「実行」までこぎつけました。このスピード感の秘訣を教えてください。
西:
「難易度×効果」の判断軸を持って整理し、まずは効果が低いと想定される箇所は手を付けないことにし、ある程度の効果が期待される業務のうち、①看護部内だけで解決できる業務、②他部署を巻き込む必要があるもののそこまで時間を要さないだろうと考えられる業務、の順で検討を進めることとしました。
小田原:
当時の会議の場で印象的だったのは、見直すのか見直さないのかの判断時に少しでも迷われたら、西さんが「保留」と言って、次に次にと進めていた点です。ここで時間を使わずに決め切ったのがとても大きかったと思います。
森田:
その後、現場の看護師さんも交えてどのように実行に着手されたのでしょうか。
西:
私たちは、新しい委員会を立ち上げるのではなく、今ある看護の委員会に業務改善の役割を落としていく方法を採りました。関連するタスクごとに既存の適切な検討体制の中で進めることで、なるべく新たな負荷をかけないようにしたかったのです。
小田原:
具体的にどのような業務を見直したのか教えてください。
西:
時間的な効果が大きい業務としては、これまで時間をかけて実施していた申し送りの方法です。一般病棟から療養病棟への申し送りは5分以内を目標とすること、夜勤帯から日勤帯看護師への申し送りは患者さんの容態変化時、必要時のみに限定すること、という方針としました。また、記録の重複記載が多かったものを、経過一覧表に統一化することで無駄な記載を省き、効率化を図りましたね。従前から当たり前と認識して基本的に毎日実施していた全患者さんへの清潔ケアなども実施方法を見直しました。
淺川:
特に現場としても一番改善を実感したのは、記録方法の見直しです。これまで電子カルテの中で、さまざまな画面を開き、記録し、保存するという作業を繰り返す必要のある記録業務があり、とても時間を要していました。時間外に実施することも多かったのですが、業務委員会で記録を集約するためのテンプレートを作成し、その画面を1つ開いて記録するだけで完了するように見直したことで、大幅な時間短縮につながりました。カンファレンスの時間も短縮でき、すぐに次の業務に移行できるようになったので、本当にみんな感激しました。
森田:
私も以前看護の現場で働いていた頃は、そもそも大きいルールは変えられないと思いがちでしたが、甲陽病院では現場も含めて、慣習で継続しているルールなどもゼロベースで見直していくことができるようになってきたという印象を受けました。
森田:
看護業務見直しに関する取り組みにおいて、PwCコンサルティングの考え方や進め方の中でバリューを感じた部分や変化が生じた部分があれば教えてください。
西:
まずは「数値(ファクト)で示す」ことの重要性を納得感ある形で助言してもらったことですね。私自身、頭では分かっていることでも、それを他者に説明、説得するにあたっては、客観的な数値がものを言うことを実感しました。それゆえ、業務改善の提案や改善後の結果に関しては必ず定量情報を把握するようにしています。単に数値を示すだけではなく、他者から見て分かりにくいと思えば、日数換算や1日あたり時間数に換算するなど、示す数値の見せ方自体も工夫することを心がけています。また、外部の支援を入れることで、自分たちが進めている作業が、もう一回り大きい組織的な取り組みとなり、推進力がついた点も非常に大きかったと思います。
矢巻:
業務の見直しを検討する際に、闇雲に改善点をアドバイスするのではなく、そもそもどのような検討の視点があるのか、といった考え方の分類を示してもらえたので、整理しながら進めることができましたね。例えば「やらなくても良いが不安からやっている業務」、「必要な業務」といったように。これは、実施してみて分かったのですが、全員が共通言語を持って進めることができたという発見もありました。抽象的な言葉や考え方を共通言語で整理し、認識を揃えていくことで、改善活動そのものが推進できたと感じます。
淺川:
患者さんにとって必要なことだからしょうがない、大変だけれども見直すべきではないと、ずっと妥協して実施していた業務に対して、他病院での取り組み方法や新たな考え方の視点を提示してもらったからこそ、私たちだけが抱えている悩みではないということに気付けましたし、若い人を巻き込んで皆でやれば、改善できるということが分かったので、とても良い機会だったと思います。
森田:
私自身、現場でヒアリングもさせていただきましたが、西さんのリーダーシップを始め、皆さんの熱量の高さを感じました。私たちの知見をお伝えし、皆さんの改善活動の促進に多少なりとも寄与できたと感じていただけたのであれば嬉しい限りです。
北杜市立甲陽病院 療養病棟看護師長 矢巻 美鈴氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
小田原:
業務改善は従来のやり方を変えていくことになるので、現場からの不安や懸念の声から頓挫してしまうケースも少なくありません。甲陽病院では、業務改善に対する抵抗などはなかったのでしょうか。
矢巻:
多少の戸惑いはあったかもしれませんが、現場からの抵抗はありませんでした。2つポイントがあると思っており、1点目は、関係者間で業務改善への「共通認識をしっかり持てた」という点です。総師長、病棟師長、副師長および関連する委員会のメンバーが集まり、課題についての共通認識がしっかりとなされたため、反対というよりも協力して進めることが可能になったのだと思います。患者さんへのサービスの低下を望んでいるわけではなく、全体の業務の中で良い方向に進めていきたいということなので、その共通認識を持ったうえで、知恵を出し合いましたね。2点目は、「実践結果を必ず評価した」という点です。やりっぱなしではなく、必ず評価をして、問題ないよね、この方法が良いよね、というのを現場の共通認識の下で次に進めていく。1つ成功すると、では次に、という意識を醸成できたのが良かったのではないかと思います。
小田原:
看護部の中で共通認識をしっかり持てたという点で、以前から工夫されていることはありましたでしょうか。
矢巻:
看護部全体の課題に関しては、マネジメント層から現場に問いかけて意見を出し合い、それを集約したうえで、再度マネジメント層で討議するというような、縦と横の情報共有を重視しています。100床規模の病院だからというのもありますが、そういった風土が業務改善を着実に進めるうえでの土壌になっていたのかもしれませんね。
淺川:
私は一般病棟で勤務していますが、比較的若い看護師を多く抱えています。そのため、最初はそもそも業務改善とは何か、という点から戸惑う看護師も多かった印象です。ただ、矢巻さんからも言及があったように、例えば、清拭ケアのやり方や回数を変えるにしても、まず1カ月やってみよう、それで結果はどうだったのかを必ず確認し、夏場にも試してみようといった形で現場からの意見を確認しながら、問題が生じていないのであれば、次はこういうことを変えていこうというプロセスを1年間継続して、ようやく現場にも業務改善の考え方や進め方が浸透したように感じます。患者さんに良い看護を提供しようという思いは誰しもが一緒なので、清拭ケアの回数を減らしたり、方法を変えたりすることには不安がありましたが、結果として、現場からも「患者さんと話す時間が増えた」「勤務時間内に看護記録を記載できるようになった」といったプラスの声がとても多く聞こえてきました。それ以外にも「業務を前倒しで実施できるようになり、早く帰れるようになった」「家にいる時間を多くとれるようになった」という声も耳にするので、本当に1年間取り組んできて良かったなと思います。
西:
看護師の年休取得日数も増加し、令和5年は15.4日でしたが、令和6年は19.7日となりました。自分たちのウェルビーイングの向上により、心理的にも余裕が生まれます。これが、結果的に患者さんへの看護サービス向上につながっていると感じます。
小田原:
自分たちで課題を発見し、解決まで導ける強い組織になっていると思います。まさに、私たちがコンサルティングを通して目指している姿なので、とても嬉しいですね。
森田:
「結果の評価」について、やらなければならないことを頭では分かっていても、業務の繁忙さなどを理由に確認できずに終わってしまうという場合もあろうかと思います。甲陽病院で留意されていた点を教えてください。
西:
業務を見直す中で、この見直しをして本当に大丈夫なのかという不安は当然ついて回るわけです。ただ、そこで何もしないと結局何も変えられない。大事なのは、いつ、どのように評価するかを決め切ることだと思います。例えば、委員会の場で議論する際には、次にいつ開催される委員会で結果を評価するのか、評価する際のポイントは何か、誰が評価するのかを明確にして決めてしまうのです。そこで、大丈夫だったよね、となれば次に次にと進めることができる。
淺川:
意外とみんな納得感を持って、すんなりと決まりましたね。誰が評価するかという点では、現場でリーダーシップを持って仕事を進めている主任クラスにお願いすることが多かったですね。
森田:
曖昧にせず、何月何日に評価するのかを決めることが重要ですよね。主任はそれまでに現場の声を集めておくとか、逆算して動くこともできる。看護部が変わってきたと実感した際のエピソードがあれば教えてください。
西:
結果が出ようが出まいが、管理職だけでなく現場の主任クラスが相手を説得し、納得させるための進め方や資料作りができるようになってきた時に、上手くいっているなと実感できましたね。
矢巻:
数字の力を自分たちも実感できるようになったと思います。なんとなく感じている業務の課題を定性的な情報だけではなく、数字で示すことによって、成果も数字で示すことになる。そうするとお互い納得感もありますし、医師を始めとした他部署も説得しやすい。これがテクニックとして身に着いたということなのだと思います。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 森田 純奈
森田:
業務改善がスタートでしたが、お話を伺っていて、結果として人材育成にもつながったのだと感じました。多くの病院が看護業務の改善に取り組んでいますが、最後に、何かアドバイスできることや今後の展望を聞かせてください。
矢巻:
業務の見直しによって、やりたい看護の実践が可能になった点は間違いなくあります。今後は、タスクシフト・シェアの流れが進む中で、各職種が業務の見直しを行い、捻出できた時間を活用しながら、それぞれがカバーし合い、より専門性を発揮していけるような組織になってくると良いなと思います。
淺川:
こういったプロジェクトを取り仕切るリーダーがいて、主任や現場の看護師に浸透させていく、皆で取り組めるような仕掛けができると進めやすくなると感じます。最初の一歩を踏み出すためにも、私たち管理職が、業務改善の実践方法を現場に対しても分かりやすい言葉でかみ砕いて伝え、結果を確認し、納得感を持って進めていくことが重要と感じます。
西:
自分たちの業務を見直す中で新たな課題も出てきました。今後はこういった課題に取り組みながら、より多職種を巻き込んだ改善に着手していければと思っています。また、私自身、今回の業務改善の取り組みが人材育成にもつながっていることを改めて実感しました。個々が育つことで、自分たちで問題を発見し解決できる集団が育つ。これは患者さんに対する看護サービスの質向上にもつながってくる。そういった地盤作りにもつながるということをお伝えしたいですね。
小田原:
継続的にこのサイクルを回してみるというのも良いですね。皆さんの視座が高くなっているので、新たな気づきが出てくるのではないかと思います。
西:
多職種間の業務改善余地や連携に関する気づきが生まれているのは確かです。これを徐々に病院全体に波及できると良いですね。
森田:
本日は示唆に富むお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。
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