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企業価値を測る指標としてよく用いられるPBRは、株価(P)の1株当たり純資産(BPS)に対する相対価値を示しており、ROE(1株当たり当期利益<EPS>÷BPS)とPER(P÷EPS)の掛け算で表現することができます(図表1)。2023年3月に東京証券取引所が上場企業へ要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の中では、当時のプライムおよびスタンダード市場に上場している企業の過半数のPBRが1倍割れであることが問題視され、その改善が求められています。PBRが1倍を下回っていることは、株価が解散価値としてのBPSより小さいということであり、市場において企業存続に対する付加価値が認められていないことを意味します。
PBRを改善するためには、ROEとPERの両方を向上させることが理想的です。このうち、ROEについては、2014年に公表された伊藤レポートや、2015年に導入されたコーポレート・ガバナンスコードの効果もあり、多くの企業がROE向上に取り組んでおりその成果も徐々に出てきているものと思われます。
一方、PBRのもう1つの構成要素であるPERへの対応についてはどうでしょうか。PERは主に市場(投資家)が決定するため、企業側でコントロールできないとの認識のもと、手つかずのケースが多いと思われます。このため、せっかくROEが改善しても、PERが想定外に下がるなどして、できあがりのPBRが思いのほか改善されなかったというケースも散見されます。これは、企業のROEが改善されても、投資家がその持続性に不確実性があるものと判断した、あるいは、その他の企業活動に係る取り組みが投資家に評価されなかったことなどが原因となり、ROEの改善効果が減殺された可能性があります。このような想定外の株価の伸び悩みを防ぐためには、投資家の視点を理解することが重要となります。
株価は、投資家の企業に対する集合的な「期待」を反映して決定されるため、資本コストや株価を意識した経営を実践するためには、投資家が企業のどのような活動や成果に注目し、期待形成を行っているのかを理解する必要があります。なぜなら、投資家と企業が同じ視点を持ってこそ、企業が投資家に評価されるための下地ができると考えられるからです。しかし、現状では企業と投資家が同じ視点を持っているとは言い難い状況にあります。
図表2は、生命保険協会が毎年公表している「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果」の一部を取りまとめたものです。直近3年間において、「ROEと資本コストの大小」と「経営目標として重視すべき指標」において、企業と投資家の認識に大きな隔たりがあるという結果になっています。企業と投資家の各々が重要であると認識する経営指標やその値の認識にギャップがあれば、投資家にとっては企業の将来状況に関する不確実性が解消されないため、適切に評価することが難しくなります。
PERは企業にとって全くコントロールできない指標なのでしょうか。図表1からは、PERは配当性向を一定とすれば、分母の資本コストと期待利益成長率*1が重要な構成要素になっていることが分かります*2。資本コストや期待利益成長率は投資家の期待により決定され、かかる投資家の期待は個々の企業の財務および非財務の状況(利益、配当、レバレッジ、研究開発、GHG排出、人的資本など)や、企業を取り巻く経済・ビジネス・市場環境に依存して形成されるものと考えられます。したがって、企業が投資家から適切な評価を受けるためには、投資家の視点を理解したうえで、投資家の期待形成に影響する企業の状況に関する不確実性を解消できるように対応することが重要です。
では、どうすれば投資家の視点を把握できるのでしょうか。能動的に投資家の視点を理解する方法の1つとして、「データ分析」を用いることが考えられます。投資家が用いているものと同様のデータと分析手法を利用することができれば、投資家が株式の価格付けで重視している財務・非財務要因を客観的に推定することが可能となります。そして、特定された要因に関する企業の現状分析を行うことで、企業価値向上に係る経営課題を投資家の視点から把握することができます。このように、投資家の視点から認識された経営課題について企業側で必要な改善措置をとったうえで、各種の開示や直接的な対話などにより投資家と効果的なコミュニケーションを行うことができれば、投資家の期待形成に働きかけて、PERを能動的に改善できる可能性が高まります。
欧米株式市場を対象とした海外の実証研究*3によれば、環境課題への取り組みの評価が高い企業(グリーン株)は、そうではない企業(ブラウン株)に比べて期待リターン(資本コスト)が低いという結果が示されています*4。国内上場企業を対象としたPwCのデータ分析の結果からも、ESGを含む非財務要因の評価が高いことが、企業の資本コストの低減及び期待利益成長率の上昇に繋がることが確認されています。つまり、企業がESGを含む非財務要因を改善し、これが投資家に認知されれば、資本コストの低減や期待利益成長率の上昇を通じて、(他の条件が一定であれば)株価やPERが上昇する可能性があります。
図表3は、日本サステナブル投資フォーラムが実施しているサステナブル投資残高アンケートの結果の一部をまとめたものです。2023年までの直近8年間においてサステナブル投資残高は約9.6倍に伸びており、全投資残高に占めるサステナビリティ投資残高割合は2023年度で65%となっています。この結果は、機関投資家の半数以上のポートフォリオで、何らかの形でESG要因が考慮されており、株価やそれを構成する資本コストや期待利益成長率にもESGを含む非財務要因が反映されている可能性を示唆するものです。
PwCでは、企業価値向上を目指す企業が市場を意識した経営を実践するために、投資家の視点を理解して市場と効果的なコミュニケーションを行うためのソリューションを提供しています。
本ソリューションでは、2,000社超の上場企業の過去10年以上にわたる財務・非財務・市場データから構成される大規模パネルデータを活用し、投資家視点の分析を行うことで、株式の価格付けの観点から市場全体として重視されている財務要因および、ESGを含む非財務要因を明らかにします。そのうえで、それらの重要な財務・非財務要因の中からクライアント企業の課題や弱みを識別し、その改善策を提案します。同時に、市場(投資家)の期待を踏まえたうえで各種媒体・報告書による開示や、投資家との直接対話などを通じて市場とコミュニケーションを図る方針の策定や実行を支援することで、クライアント企業が投資家の期待に応えられるようサポートします。
個々の投資家の投資スタイルはパッシブ/アクティブなどのカテゴリーをはじめ、千差万別で個性があります。しかし、市場全体としては、財務、非財務、市場テクニカル、業種、地域、企業規模など多種多様な企業の属性に関する企業間比較のもとで銘柄選択が行われており、これらを含むさまざまな要因について分散化されたポートフォリオが構築されていると考えられます。したがって、個別企業の資本コストや期待利益成長率といえども、一部の企業のデータのみに依存するだけでなく、上場している全ての企業のデータとの比較衡量の上で決まると考えられます。本ソリューションにおいて、2,000社を超える上場企業のデータを(個々の企業単位の分析ではなく)同時に取り込んでいるのは、このような市場(投資家)全体の集合的な意思決定プロセスの結果を分析に反映させるためです。
本ソリューションの分析では、機関投資家や証券会社における株式市場の数理計量分析担当者であるクオンツが用いているのと同様の大規模データセットや、伝統的な分析手法である残余利益モデルやファクター・プライシング・モデルなど、金融財務理論で確立している資産価値評価モデルおよび統計的分析手法を用いています。これにより、市場価格から投資家のフォワードルッキングな「期待」を推定し、より投資家の視点に近い形で市場での価格決定要因を抽出することを可能としています。
社外データを活用した分析を弊社側で行うため、企業側でのデータ収集・整備・分析のためのリードタイムを節約することが可能となり、分析結果に基づく課題認識と対応策策定に専念できます。
大規模パネルデータを用いたデータ分析により、市場(投資家)が株式の価格付けで重視している企業属性を把握することで、企業の現状の取り組みが市場の期待と相違ないかを確認します。
(1)で特定した企業属性に係るプレミアム/感応度と個別企業の属性値を用いて、個別企業の資本コストと期待利益成長率を計算します。同時に、それぞれを企業属性ごとに要因分解し、各属性が資本コストと期待利益成長率に与える影響度を定量化・可視化します(インパクト分解)。
資本コスト(期待利益成長率)
=業種要因+財務要因+非財務(ESG)要因+市場テクニカル要因+その他要因
(2)で実施したインパクト分解に基づいて、財務・非財務の各属性に関して競合他社との比較を行うことで、自社の「優位点」と「劣後点」を把握し、価値創造につながる潜在的な改善点を特定します。
*1 ここで推定される期待利益成長率および資本コストは、投資家が企業のゴイングコンサーンを前提として、将来長期間にわたるキャッシュフローの見積りや割引に用いるパラメータであり、個別企業の財務や非財務の状況に応じて企業間で異なる値をとります。1~3年程度後までの比較的短期間の期待成長はアナリスト予想から推測可能であるため、ここの期待利益成長率はアナリスト予想期間を超えたキャッシュフローの「期待」成長率を意味しています。
*2 当期利益が定率で成長すると仮定した配当割引モデルを前提として導出しています。
*3 Pastor, L., R.F. Stambaugh and L.A. Taylor [2022] “Dissecting Green Returns” Journal of Financial Economics, vol.146 (2), etc.
*4 主に次の2つの要因による: (1) グリーン株はブラウン株に比べて市場下落時の下落率が低く、市場下落時のヘッジとして機能する、(2) 投資家が環境課題解決に選好を持っており、投資リターンを犠牲にしても(ブラウン株よりも)グリーン株を選択する傾向がある。