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日本企業の間で再び盛り上がるインドブーム ―腰を据えてビジネスの可能性を探る局面に―(2023年9月)

  • 2023-09-13

日本企業のインドへの関心が2022年以降、改めて高まっている。背景には、特に中国を意識したうえでの、インドのグローバルな政治、経済面での存在感の高まりがある。これまでも日本企業の間でインドブームは起きていたが、必ずしもインド投資の顕著な増加に帰結したわけではない。今回のブームについても、インドでのビジネスの難しさを再確認するだけに終わるといった冷めた声も聞かれる。確かに日本企業の慎重さやインドの投資環境を考えると、投資や進出企業数が継続的に大幅増加することは想定しづらい。しかし、現在のインドを取り巻く外部環境やインド自身が迎えている発展段階といった面での構造的変化に着目すると、日本企業としても、腰を据えてインドビジネスの可能性を探っていく局面を迎えていると言えるのではないか。以下では、インドを投資先として捉えるにあたり認識しておきたい重要な構造的変化と、それが投資環境や競争環境にもたらす影響にも触れつつ、日本企業のインドビジネスについて論じていきたい。

1. 日本の対インド投資は頭打ち

インドは近年、世界における投資先として存在感を高めている。国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告書によると、インドに対する世界の対内直接投資(FDI)は、大型投資案件の有無などによって多少の振れはあるものの徐々に水準を高めており、世界全体のFDIに占めるシェアも同様の傾向にある。2022年の世界全体のFDIが前年比12.4%減となったのに対し、インドへのFDIは同10.3%増の494億米ドルで、前年に続いて国・地域別で8位となった。世界全体に占めるシェアは3.8%に上昇した。これはフランス(同2.8%)、日本(同2.5%)などを上回る(図表1)。

図表1 世界のインドに対する直接投資

一方、日本企業の対インドFDIは世界の傾向に比べると、頭打ち感が鮮明である(図表2)。インドへのFDIの金額、対世界投資全体に占めるシェアは、自動車関連の大型投資や現地企業への出資案件が目立った時期である2008年(55.5億米ドル)、2010年(5.0%)にピークをつけており、10年以上更新されていない。2010年代後半以降は同年代前半よりも金額は増えているが、シェアは横ばいで推移している。2022年も金額は前年比14.2%減の31.4億米ドルで、シェアも1.8%と低水準にとどまっている。2020年以降の金額ベースでの伸び悩みは新型コロナの影響もあるとはいえ、シェアを見ると、インドが投資先としての存在感を高めつつあるとは言えない状況が続いている。

図表2 日本のインドに対する直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)

インド投資が頭打ちの様相を見せている間も、日本企業のインドへの関心は弱かったわけではない。国際協力銀行(JBIC)の製造業企業を対象とした調査を見ると(図表3)、中期的(今後3年程度)に有望な事業展開先として、インドは2013年に初めて中国を上回り、以降も得票率はおおむね40%台で推移し、中国と1位の座を争ってきた。長期的(今後10年程度)な有望事業展開先としては、インドは2007年に中国を抜いて以降、2009年を除いて一貫して1位を維持している。

図表3 日本の製造業企業の有望事業展開先(左:中期、右:長期)

これらを考えあわせると、多くの日本企業のインドビジネスへの姿勢はこれまでのところ、関心もしくは検討の段階で終わっていたということになる1。インドは2000年代後半以降、中期的にも長期的にも有望な事業展開先と捉えられてきたものの、実際の投資については「現段階では時期尚早」と判断され続けてきたとも言える。

前回のインドブームは第1次モディ政権が発足した2014年頃に始まった。モディ氏が所属するインド人民党(BJP)は同年5月の下院総選挙に勝利、同氏が首相に就任した。同氏は2001年からインド西部のグジャラート州で首相を務めており、同州の経済運営や外資誘致で示したリーダーシップと親ビジネスの姿勢に強い期待が寄せられた。こうした中、同首相は2014年9月、近隣諸国を除く初の外遊として来日し、日本重視の姿勢を見せた。会談を行ったモディ、安倍の両首相は両国の多方面での連携強化を強調するとともに、経済関係においては向こう5年間(=2019年まで)での日本の対インド直接投資とインド進出日系企業数の倍増を共同目標として掲げた。こうした両政府による機運醸成や冷え込みが続いていた日中関係も背景に、日本企業の間でインドへの関心がにわかに高まった。しかし、先述の通り、直接投資は倍増には至らず、現地進出日系企業数も目標未達で終わった。

進出企業数については近年、撤退や拠点の閉鎖などで減少傾向にある(図表4)。2000年代後半以降、一貫して増加基調で推移してきた企業数は2020年の1,455社で頭打ちとなり、2022年時点では1,400社まで減っている。2020年以降の減少は新型コロナの影響によるところもあろうが、2017年以降の経済減速などを受けて、2018年から2019年にかけても、企業数は横ばいで推移している。

図表4 インド進出日系企業数

日本企業のインドへの関心が実際の投資や事業展開に結実しない背景には、インドのビジネス環境、投資環境に対する厳しい評価が挙げられる。脆弱なインフラ(不安定な電力供給、非効率な物流など)、複雑な労働法制や税制、難しい土地収用、未成熟な裾野産業などがビジネスの阻害要因として指摘される。特に日本企業がこれまで投資を積み上げてきた中国や東南アジアと比べると、インドが見劣りするのは確かである。投資環境の改善が進んだとされるモディ政権下においても、インドに関心を持った日本企業の多くはインドビジネスは難しいと判断し、東南アジアや中国などでの事業に改めて注力する判断に傾きやすい状況にあったと言える。

2. 構造的変化で対インド投資は息の長いテーマに

今回のインドブームについては、これまで同様、関心を持った企業がインドビジネスの難しさを再確認するだけに終わるのではないかといった冷ややかな声もある。しかし、前回インドブームが起きた2010年代中頃とは異なる構造的な変化を見ると、インド投資を息の長いテーマとして捉えた方がよい時期に入っていると思われる。

以下、より重要な変化として、インドを取り巻く外部要因から(1)地政学的追い風、(2)中国経済の成長鈍化、そしてインド自身について(3)本格的経済発展の段階への移行、の3点を挙げておきたい。

まず、構造的変化の1つ目の要因としての地政学的追い風は、西側先進国と中ロの両陣営の対立、分断の進展に起因する。インドは「戦略的自律」を標榜し、いずれの陣営にも与せず独自外交を展開し、地政学、地経学上の存在感を高めながら、得られるメリット(実利)の最大化を図っている。両陣営の対立は容易に解消するとは考えにくく、インドが特に西側陣営から必要とされる地政学的環境は当面は続くと見られる。

中国との対立が激しくなる中、西側陣営にとって、同盟関係にはないが中国と領有権問題を抱えるインドを可能な限り引きつけておくことは戦略的に極めて重要である。そのためにはインドに対し、西側陣営との連携強化によって得られる具体的実利を示す必要がある。日米豪印の協力枠組みであるクアッドはその典型例の1つで、クアッドにおいて協力分野として名前が挙がるインフラ整備、気候変動対応、サプライチェーン強靭化、重要・新興技術(半導体、5G等)、宇宙などは、いずれもインドにとって重要かつ日米豪からの投資や支援を期待するテーマである。インドと西側諸国の首脳会談においても、これらのテーマでの連携強化が確認されるのに加えて、各国企業の対インド投資の促進が俎上に載る。日本については、岸田首相が2022年3月に訪印した際、向こう5年間で5兆円の対インド投融資目標を発表している。また、経済安全保障の文脈におけるデリスキングや企業の中国依存リスク低減の取り組みの加速は、グローバルサプライチェーンにおける存在感を高めたいインドにとっては投資受入れの絶好の機会となる。インド自身も中国との関係が悪化する中で、西側諸国同様に中国への過度な依存からの脱却を図っており、西側企業による重要産業での投資が持つ意味は大きい。

ロシアの2022年2月のウクライナ侵攻も、インドにとってある意味で追い風になっている面もある。インドはロシアと伝統的な友好関係にあり、侵攻後も基本的にはその関係性を維持している。こうした中、欧米諸国はインドがロシアに依存している兵器調達やエネルギー関連の分野を中心にインドとの連携強化を打ち出し、両国関係の希薄化を図っている。EUは2022年6月、約9年ぶりにインドのFTA交渉を再開したが、ここにもロシアを念頭にしたEUの対印関係を重視する姿勢が見て取れる。

いわゆる「グローバルサウス」(新興国・途上国の総称)の重要性の高まりも重要な要素である。2023年のG20議長国を務めるインドはグローバルサウスの声をG20の議論に反映させる必要性を訴え、2023年1月には「グローバルサウスの声サミット」を開催するなど、グローバルサウスの盟主、代表としての振る舞いを強めている。インドがグローバルサウス諸国に実質的な利益をもたらすことができるか、同諸国がインドの立ち位置をどこまで支持するかは未知数だが、両陣営のいずれにも属さないグローバルサウスにおける影響力やつながりは、インドが特に先進国に対する交渉力を強めるうえで重要なてこの1つとなろう。

インドを取り巻く外部環境の構造的変化の2つ目として、中国経済の成長鈍化と先行き期待の剥落が指摘できる。中国の2023年1-6月の実質GDP成長率は前年同期比5.5%増と大方の予想を下回る結果となり、ゼロコロナ政策解除後の景気回復が力強さに欠けることが鮮明となった2。これは単に景気回復に想定よりも時間がかかっているということではなく、不動産市場の低迷、過剰な債務、先行き不安に伴う企業の設備投資の抑制や消費者の購買意欲の減退、若者の雇用不安、さらには人口減少と少子高齢化の進展など、より構造的な要因を反映したものと言える。

中国政府は足元で各種のてこ入れ策を打ち出しているが、景気を強く下支えする大型刺激策には消極的と見られている。そもそも共産党や国家による経済、市場の統制を重視する習近平政権においては、経済成長そのものの優先順位は下がっているとの見方が強い。また、政府は外資系企業の投資誘致に力を入れる一方、2023年7月に改正反スパイ法を施行するなど国家の体制の安全、安定をより重視する姿勢を示している。中国の中長期的な経済成長やビジネス環境についての不透明感は相当に強まっている。

インドがかかるタイミングで中国を抜いて世界最大の人口大国となったことは、両国の勢いを象徴的に示すイベントであろう。人口減少局面に入った中国では少子高齢化が急速に進行し成長の阻害要因となる一方で、人口増が続くインドは当面は人口ボーナスを享受できる環境にある。中間年齢(2022年)を見ても、中国が38.5歳で、インドは27.9歳と、インドの“若さ”が目立つ。

国際通貨基金(IMF)の向こう5年間(2028年まで)の実質GDP成長率予測を見ると、インドは中国を上回って推移する(図表5)。中国の1970年代末からの改革開放以降、インドが継続的に中国を上回るのは初めてである3。印中それぞれの発展段階と成長余地を勘案すれば、インドの成長速度が中国を上回ることに違和感はない。2022年時点の1人あたりGDPでは、インドは2,379米ドルで世界銀行の基準で低位中所得国に分類されるのに対し、高位中所得国の中国は12,800米ドル超と、高所得国入りが目前というところまで到達している。

インドの2023~28年の成長率予測は6%程度で、同国の過去の成長率と比べても決して高いとは言えない。中国が2000年代に見せたような毎年8%を上回る速度でインド経済が伸長するのも容易ではなく、印中のGDP成長率の逆転は中国経済の成長鈍化を受けた相対的なものではある。それでも、主要経済国の中で最も高い成長率が見込めるインドは、世界経済の新たな牽引役の1つとして期待と注目を集め続けるであろう。

図表5 インド、中国の実質GDP成長率

インドと中国の差は、現地に進出している日系企業の事業拡大意欲でも大きくなっている。ジェトロが現地進出日系企業を対象に実施している調査(2022年度版4)によると、向こう1~2年における事業の方向性について、インド進出日系企業の72.5%が「拡大」と回答している。これはアジア・オセアニアの調査対象19カ国・地域の中で最も高い。他方、中国の日系企業のうち「拡大」としたのは33.4%で、比較可能な2007年度以降で最低水準となった。中国政府がゼロコロナ政策を維持していた時期の調査であることも勘案する必要はあるが、近年、現地の日系企業の拡大意欲は総じて低下傾向にある。日本企業にとって中国が引き続き重要な事業展開先であることに変わりはないが、インドと中国の事業拡大意欲の差は現地における成長余地への期待を分かりやすく示したものと言える。

最後に、構造的変化についてのインド自身の要因として、1人あたりGDPが2,500~3,000米ドルに差し掛かり、本格的な経済発展を迎える段階に入ってきている点に注目したい。先述の通り、インドの2022年時点の1人あたりGDPは2,379米ドルで、2023年には2,500米ドル、2025年には3,000米ドルに到達すると予測されている(IMF。図表6)。このペースが続けば、2030年には4,000米ドルに届いてくる5。一般的に、1人あたりGDPが3,000米ドル近傍まで伸びるとモータリゼーション期に入り自動車が普及し始め、家電においては、先んじて売れ始める冷蔵庫や洗濯機のみならず、エアコンのような非必需家電にも手が伸び始めるとされる。同時に、経済・産業・消費の近代化を下支えするインフラの整備も進んでいく。

上記の1人あたりGDPはあくまでも全土14億人の平均であり、都市部に限定すればさらに高くなる。例えば、デリー、ムンバイなどの中核都市は4,000~5,000米ドル水準にあるとみられる。この段階になると、モノ消費も基本的な機能だけでなく付加価値が重視されるようになり、コト消費(サービス)に対する需要も立ち上がってくる。インドでは都市化が着実に進展しており、2022年で35.9%の都市化率は2030年には40%に届く(国連予測6)。インドは都市部を中心に一定の購買力を有する中間層が厚みを増し、消費市場としての裾野が広がりつつあり、中間層を主要ターゲットに据えた事業も十分に検討に値する段階に入ってきている。

図表6 インドの1人あたりGDP

インドの現在の発展段階について、1人あたりGDPや都市化率、中間年齢といった指標で中国の来歴と比較してみると(図表7)、インドはちょうど中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年頃から北京五輪を開催した2008年までの段階にある。つまりインドの現在地はおおよそ15~20年前の中国に近いと見ることができる。日本越えという観点では、インドは2022年に自動車販売台数で日本を抜いたが、中国が日本を上回ったのはその16年前の2006年である。GDP総額ではインドは2027年に日本(およびドイツ)を抜くと見られているが(IMF予測)7、中国が日本を逆転したのはその17年前の2010年である。

もちろんインドと中国では政治、経済、社会など、さまざまな面において前提条件が異なり、インドが中国の発展のあり方をそのまま後追いすることはないだろう。例えば、中国はWTO加盟後に「世界の工場」と呼ばれるまでの一大製造業拠点となったが、インドが製造業の多くの分野でプレゼンスを示すということは考えにくい。しかし、上記のような時間軸の比較から、国の発展がある水準に到達し、国際的にも存在感を増していく際のモメンタムという点で考えると、インドは注目に値する段階に入っていると見ることができる。インドで事業展開してこなかった多くの外資系企業もインドビジネスを新規に検討し始める局面とも言えるだろう。

図表7 インドと中国の発展段階の比較

3. 構造的変化は日本企業の競争環境にプラスの影響も

ここでは上述の構造的変化がインドの投資環境、競争環境にもたらす影響について、特に日本企業が考えるインドでのビジネス展開上の課題や問題を念頭に(図表8)、認識しておきたいポイントを挙げる。(1)インフラ整備のさらなる進展への期待(JBICの調査の3位「インフラが未整備」に関連)、(2)厳しい競争環境における日本企業への追い風(JBICの調査の2位「他社との厳しい競争」、ジェトロの調査の4位「競合相手の台頭(コスト・価格面で競合)」に関連)である。

図表8 日本企業が挙げるインドの課題、問題点(2022年)

まず、脆弱なインフラについては、これまで日本のビジネス関係者から「遅々として進む」とされてきたインフラ改善が加速することが期待される。脆弱なインフラは日本企業、特に製造業企業がインド事業を実施する上での大きな阻害要因となる。JBICの2022年調査でも「インフラが未整備」は事業上の課題の3位に挙げられており、同項目では中国やASEAN諸国と大差がついている。同年調査では、インドの32.8%に対し、ベトナム21.5%、インドネシア16.4%、タイ5.3%、中国2.3%となっている8。実際にはインドのインフラ整備も徐々に進展しており、JBICの同調査における「インフラが未整備」との回答率は、特にモディ首相の2014年の就任以降は改善傾向を見せている(図表9)。しかし、2000年代にインドとほぼ同水準であったベトナムの回答率が顕著に改善していることに比べると、インドの改善速度は見劣りする。

ただ、特に新型コロナ禍の2020年以降、インド政府がインドへの関心を高めつつあった西側諸国からの投資誘致を強化するにあたり、インフラ改善の必要性を強く認識するようになったとの指摘も現地のビジネス関係者から聞かれる。モディ政権は同年、コロナ禍からの復興と経済振興に向け、「自立したインド(Self-reliant India)」のスローガンを発表した際、グローバルサプライチェーンにおける存在感向上に向け製造業振興に改めて注力する姿勢を示し、2021年には国家レベルでの大型インフラ開発計画「ガティ・シャクティ」を発表している。地方レベルでは、海外からの投資の有力な受け皿となる州の間で競争原理が働き、インフラ整備を含む投資環境の改善が進みやすくなるとの見方もある。

足元ではインドと米国や日本、台湾などの間で有力協業分野となっている半導体で、対インド投資の具体的な案件が複数出てきている。インドにとって半導体の国産化は長年の念願であるが、過去に挫折した主要因の1つは安定稼働を確実に支えるだけのインフラの整備が不十分であった点である。インド政府も地政学的状況も追い風に今回こそは国産化を実現したいとの思いは強く、進出先の地方政府とも連携しつつ、迅速に関連のインフラ整備に動いていくとみられる。こうした動きは半導体以外の製造業にも裨益するものであろう。

図表9 JBIC調査における「インフラが未整備」の回答の比率(インド、ベトナム、中国)

構造的変化がインドの競争環境に与える影響のうち、特に前向きに捉えられるものとして、次の2点が挙げられる。

第1に、多くの分野で日本企業の競合となりうる中国企業にとって、インドが選好しづらい投資先になっている点である。印中関係は両国軍が国境係争地において死傷者を伴う衝突を起こした2020年以降、目立って悪化しており、インドは同年から中国の投資や企業活動に厳しい規制をかけるようになっている。中国企業の投資に対し事前審査制を導入したほか、政府調達や入札からの中国企業の排除や中国製電力設備に対する検査厳格化、中国企業が開発、運営するスマートフォンアプリの禁止などが挙げられる。こうした中、従来決して多くはなかった中国の対インド投資は減少傾向を鮮明にしている。インド側統計で見ると、中国による投資は2019年は174億米ドルであったが(インドの対内直接投資に占めるシェアは0.37%)、2020年は97億米ドル(同0.15%)、2021年は12億米ドル(同0.02%強)、2022年は10億米ドル(同0.02%弱)と極めて小さくなっている9。中国企業がASEAN諸国において積極的な投資で存在感を増し、現地の日系企業にとって手強い競合となっているのとは対照的である。

インドは中国に対しても、関係悪化以前はインフラやエネルギー、テクノロジーなどの重要分野における連携を期待していた。2019年に開催された印中戦略経済対話では、インフラ整備やイノベーションのほか、エネルギー分野では再生可能エネルギー、スマートグリッド、電気自動車(EV)、ハイテク分野ではAI、先進製造業、次世代通信などでの協業を推進で合意している。しかし、2020年以降、同経済対話は開催されておらず、協業の具体化も全く進んでいないと見られる。現在の地政学的状況を踏まえ、インドは重要性の高い分野であるほど中国依存を回避し、西側諸国に連携を求めるようになっている10。インドと二国間やクアッドの枠組みなどで経済関係の強化を図る日本にとっては追い風であろう。

中国勢が世界的に強みを有するEVを例に取ると、東南アジアでは、内燃機関車を軸に約9割のシェアを取っている日系企業に対し、中国企業はEVをゲームチェンジャーと捉え、EVの輸出や現地生産、さらに関連原材料への投資などをてこに、現地での存在感を高めようとしている。しかし、インドにおいては2020年以降、中国の複数の完成車メーカーがインドでの現地生産に向けた投資を計画するも、インド当局の承認を得られるめどが立たず、計画撤回に追い込まれている。インドのEV市場においては、中国企業は思うように市場開拓を進めることができない状況にある11

第2に、インドが1人あたりGDP3,000米ドルを視野に入れるまでに経済発展したことで、価格最優先ではなく製品やサービスの付加価値を重視する市場が拡大しつつあることを挙げておきたい。インドでは従来、B2B、B2Cのいずれにおいても顧客の低価格志向が強く、価格競争が激しいことに加え、制度が複雑な税務、労務面での対応が煩雑である中で、概して品質には強みを持つがコスト競争力の弱い日本企業が一定の収益、利益を上げるのは難しいとされてきた。しかし、経済発展により、製品やサービスの価格以外の差別化要素となる付加価値が受け入れられる余地が広がっている。現地のビジネス関係者からも、価値のある製品やサービスであれば多少の割高感は受け入れる企業や消費者が増えているといった声が聞かれる。

これにより、日本の製造業企業にとっての新規進出の間口も大きくなっている。日本企業の多くにとってアジアの輸出拠点は中国や東南アジアであり、インドではない。インドで生産拠点の新規設立を検討する際、市場は海外(輸出)ではなくインド国内であり、国内市場の規模感が極めて重要になる。これまでは価格に極めて敏感な顧客が太宗を占めていたが、付加価値分のコストを受け入れられる企業や中間層が拡大していく中で、日本企業もインドの内需で一定の収益を上げる見通しが立てやすくなる。

この点について、インドと中国、ASEANは対照的である。中国、ASEANの日系製造業企業においては、進出当初は投資先を日本や欧米市場への輸出向けの低コスト生産拠点として捉えていた企業が多い。進出するにあたり、消費者の所得の低さは問題とならず、むしろ安価な人件費が進出動機の1つであった。こうした企業は中国やASEAN諸国の経済発展を受けて、輸出で事業継続に必要な収益、利益を確保しつつ、既存拠点を活用して国内・域内での販売に乗り出すことができた。ジェトロの調査によると12、進出日系企業の売上に占める輸出の比率(平均値)は2005年度調査時点では中国は48.4%、ASEANは52.0%であるのに対し、インドは14.8%と低くなっている13。2022年度調査でも中国は31.3%であるのに対し、インドは18.3%にとどまっている14。あくまでも内需狙いが中心となるインドでの生産事業においては、現地の経済発展や所得が一定程度の水準まで上昇していることが、他のアジア拠点以上に重要な要件であることが分かる。

4. インド活用の可能性を腰を据えて検討する局面に

インドは2024年5月に下院総選挙を迎え、向こう5年の任期を務める首相が決まる。現状を見る限り、モディ首相のBJPを核とする与党連合、国民民主同盟(NDA)が勝利する公算が大きい。インドには首相任期の上限規定はないことから、2期目終盤ながらも高い支持率を誇る同首相が3期目を務めるとの見方も強い。2024年以降も政策の継続性は担保されうる状況である。

インドは政治の安定性も追い風にしながら、グローバルな政治、経済における存在感を高めていくであろう(図表10)。こうした中にあっても、日本からインドへの投資額や進出数を総体として見れば、日本企業のリスク認識の強さや慎重姿勢もあり、漸増程度で推移する可能性も決して低くはない。しかし、個社としては、インドの投資環境上の課題や問題点に気を配りつつも、自社ビジネスにおいていかにインドの勢いや活力を取り込むかという視点を持つことが重要である。従来のインドブームにおいてはあまり検討の俎上に載らなかったような、新たなインドの活用のあり方やビジネス機会に意識的に目を向けることも必要であろう。例えば下記のようなテーマがありうるだろう。

  • 輸出:(欧米先進国に加え)アフリカ市場などに向けた、インドで生産した製品の新興国・途上国への輸出。(製品に加え)インドで開発されたサービスやビジネスモデルの新興国・途上国への展開
  • 旧来型産業:ロジスティクス、農業や伝統小売り店舗に対するDXの持ち込みによる変革
  • 現地企業との協業:(財閥などの従来型プレイヤーに加え)スタートアップとの連携
  • エネルギー:従来型大規模集中発電に代わる、分散型電源やクリーンエネルギーの活用
  • 人材:(労働集約型産業に加え)マネジメント人材やデジタル人材の供給地としての活用
  • 日本からのサービス輸出:インバウンド観光客の取り込み

日本企業としては、インドへの関心を一過性のもので終わらせるのではなく、腰を据えて定常的にビジネスの可能性を探る姿勢でインドと向き合うようにしたい。

図表10 インドの2030年までの主要イベント(予定・予測含む)

1 同じくJBICの調査で有望事業展開先として上位に並ぶ中国やASEAN各国への日本からの投資額は、インドを大きく上回っている。新型コロナのパンデミック前年である2019年の投資額は、中国の120億米ドル、ASEANの319億米ドルに対し、インドは41億米ドル。2022年は中国が92億米ドル、ASEANが212億米ドル。

2 2023年上半期の中国経済の状況と今後の展望については、PwC Intelligenceのレポート「内憂外患の中国経済、容易でない 5%成長-2023 年上半期の経済指標を踏まえた今後の展望」を参照のこと。

3 名目GDPの金額で見ると、インドは中国の2割弱である(2022年時点で中国は18.1兆米ドル、インドは3.4兆米ドル)。実質GDP成長率でインドが中国を上回っても、GDPの増額分は中国がインドを大きく上回る点は認識しておく必要がある。

4 ジェトロ「2022年度 海外進出日系企業実態調査 アジア・オセアニア編」。回答時期は2022年8~9月。

5 実際の値は当該年の米ドルとルピーの為替レート次第で大きく変動しうる点には留意が必要である。

6 国際連合「World Urbanization Prospects 2018」

7 GDP総額において、インドは旧宗主国である英国を2021年に上回り、現在は世界5位に位置する。

8 JBIC「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」(2022年版)

9 インド商工省「FDI News Letter」

10 加えて、コロナ禍において中国との間で物流が混乱した際、インドの重要物資における中国に対する高い依存度と脆弱性が表面化したことも、インドが対中依存の低減に注力する背景の1つとして指摘できる。

11 インドでの日系企業の合計シェアは約5割。

12 ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」(各年版)。アジア各国を横並びで比較できる最も古い年は2005年。

13 また同年度調査によると、売上に占める輸出比率が70%以上の企業は中国で全体の40.9%、ASEANで45.1%、インドで9.1%。

14 同年のASEAN全体の平均値は入手不可だが、各国ごとの数値から推察すると、インドを大きく上回ることは確実である。

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執筆者

岡野 陽二

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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