2017-03-29
これからの2年間にかけて行われる交渉は先例のないものです。EUを離脱した加盟国はこれまでなく、またEU基本条約(リスボン条約)第50条のメカニズムそれ自体が試されたこともありません。テリーザ・メイ首相の書簡は2年間のスタートを告げる合図であり、その2年間に英国と残りのEU加盟27カ国、そしてEUの機関(委員会、理事会、議会)が英国の離脱条件を交渉することになります。同じ期間に新たな「包括的な自由貿易協定(FTA)」についても交渉することを英国政府は強く望んでいますが、その実現が困難なことは過去の多くの例が示しています。
交渉は正式には2年間ですが、実際には、欧州各国および英国での最終的な批准手続きを考慮すると、交渉は18カ月ほどで完了する必要があります。期間内での交渉完了を実現するためには、欧州・英国双方ともこの2年間を通して建設的で前向きな議論を行う必要があります。全当事者がこの時間枠内で交渉を完了したいと考えるでしょうが、第50条には、加盟国と欧州議会の全会一致の支持があれば交渉延長可能とする規定があります。延長によって交渉に賢明な結論が出せるとなれば、これは魅力的な選択肢かも知れません。2年間を経ても合意がなされなければ、あるいは締め切りの延長が支持されなければ、英国は自動的にEUを離脱することになります。
特に今後2年間の欧州政治が予想不可能であることを考えると、英国が新たな合意なしにEUを離脱する可能性があることを企業は認識すべきです。2017~2018年には少なくとも14の加盟国で選挙が行われます。これらの選挙のうちのいくつか、特に間もなく行われるフランスとドイツの選挙には、交渉の様相を大きく変える力があります。このことは、何が起こるか正確に予測することをさらに難しくしています。ただし、第50条発動の書簡の文面や欧州委員会の反応は今のところ建設的なものとなっています。私たちの経験や議論の当事国双方の専門家や政策立案者との話し合いに基づき、企業の皆様が次に何が起こるかを理解し戦略計画を立てられるよう、以下にまとめました。
英国側とEU側それぞれ、交渉関係者は多数存在します。下図にその概要を示します。EU側では、欧州委員会がブレグジット首席交渉官ミシェル・バルニエ氏の下、交渉の日常業務を扱います。27の加盟国から直接的および欧州理事会経由で強力な政治的指示を受け、専門的事項に焦点を当てます。バルニエ氏のチームは大規模になる予定で、メンバーはすでに30名前後になっています。
英国側は、通常はUKRep(EU内における英国代表部)が関係省庁の細かな指示により大きな役割を担うと考えられます。しかし、EU離脱は通常の交渉ではないため、おそらくEU離脱省が、必要に応じて他の省庁から情報を得て、より多くの役割を担うことになると思われます。英国政府はまた、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各自治政府や王室保護領などの内部ステークホルダーとの緊密な連携確立に努力を払う必要があります。解決を要する大きな問題がある場合は、各国の指導者が解決を推進する必要があるということは認識しておいてよいでしょう。交渉の会合の大半はブリュッセルで行われるものと予想されます。
公式の対話に加え、数多くの非公式な2国間交渉がプロセスを通して行われる可能性があります。英国とバルニエ氏はすでに多くの加盟国を訪問し、優先課題や問題の共有を図っています。このことは特に個々の加盟国の相対的利益や強みを考えると、交渉プロセスを通して続くはずです。例えば、英国の債務について懸念を持つ国もあれば、ブレグジット後の安全保障や貿易協定について懸念している国もあるでしょう。
同様のレベルの接触が欧州委員会と欧州議会の間で行われ、バルニエ氏が定期的に(ストラスブールで月1回となる見込み)議会に報告し、さらに欧州議会側のブレグジットの担当者であるヒー・フェルホフスタット氏との間で非公式の接触が持たれるでしょう。バルニエ氏はまた、交渉をオープンで透明性のある方法で行いたいとしています。環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)の交渉が示したように、完全な透明性は望めないでしょうが、欧州委員会の立場を裏付ける文書は当然公表されると思われます。これに加えて、欧州委員会と加盟国間で非公式なやり取りが行われると思われますが、これまでの経験からすると、これらはすぐに公になるでしょう。
英国がEU離脱の通知を提出したため、双方の担当者は英国の離脱に関する正式な話し合いを開始できるようになりました。欧州委員会の最優先課題は交渉の「行動規則」を確立することです。4月29日に加盟27カ国の会合が開かれ、そこではブレグジット交渉に関する交渉権限について合意する予定です。この第1段階には数カ月を要すると思われ、すなわち、交渉そのものは2017年の夏までは開始されないということになります。
交渉には2つの段階があります。1つは英国離脱の条件への合意(そして企業にとって重要なこととして、その実施段階)、もう1つは将来の貿易関係についての合意です。交渉の順序についてEUと英国の間で意見の相違があります。英国は離脱と将来の貿易関係について同時並行で交渉することを希望していますが、欧州委員会はこれら2つの問題を順番に議論したいと考えています。欧州委員会は、最優先すべきは英国が離脱にあたり対EU債務を清算することに合意するための手切れ金を含む「離婚調停」であり、両者が新しい関係についての議論に移ることができるのはその後であるという立場を明確にしています。
離婚調停、続いて新しい合意と交渉が逐次的アプローチをとる場合、離脱交渉にはおそらく2017年末までかかると考えられます。好ましい結果とは、将来の貿易関係に関する議論に最大限時間を費やせるよう、異論ある離脱債務問題を含む「離婚準備」に英国とEUが早期に合意できることでしょう。逐次的アプローチを想定し、どのような問題がどの段階で議論されるかを下表にまとめました。
離脱問題(2017~18年) |
将来の関係(2018年~?年) |
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英国の債務‐「手切れ金」 |
財やサービスの貿易条件および市場アクセス |
英国内のEU加盟国の国民の権利、およびEU加盟国内の英国民の権利 |
規制上の監督および紛争解決に関する合意 |
アイルランドと北アイルランド間の国境の取り決め |
非経済分野での協力(例:安全保障、研究開発) |
EU機関に雇用されている英国人の年金および雇用の権利 |
実施取り決め? |
EUが資金提供しているスキームからの離脱 (例:農業補助金、地域開発基金) |
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離脱実施に関する取り決め |
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漁業権 |
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その他の第三国とのFTAの状況 |
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もし将来の貿易協定の詳細が離脱協定の合意後に初めて議論されるとしたら、予定期間内の完了は困難になると思われます。大抵の貿易協定は取りまとめに平均5年かかりますが、英国政府は、英国とEUはすでに共通の規制環境を共有しており、そのため「焦点は既存の障壁を取り除くことではなく…新たな障壁が出現しないようにすることだ」としきりに強調しています。英国政府は、短期間のうちに「大胆かつ包括的な」FTAを実現可能であるとの考えです。
英国とEU加盟27カ国が最終合意に達すれば(最良のシナリオでは2018年の晩秋頃ですが)、協定は批准される必要があります。離脱協定はQMV(特定多数決方式)による承認、すなわち欧州連合理事会において、加盟国(英国を除く)の65%以上の人口を代表する72%に相当する支持、および欧州議会の過半数による承認が必要とされます。しかし、新たな貿易協定はいわゆる「混合協定」と呼ばれるもので、各国の憲法上の要件に沿って加盟全27カ国の承認が必要となります。このことは、カナダとのFTA(CETA)の承認を遅らせたワロン議会のように、地方議会も重要な役割を果たすようになることを意味しています。
EU加盟27カ国と英国による批准の準備が整うであろう2018年秋に先立って私たちが合意の正確な形を知る可能性は極めて低いと考えられます。ただしそれも、交渉がかつてないスピードで進むこと、また最終合意が欧州議会や加盟国、あるいは各国の地方行政当局によって拒否されないことが前提です。最善のケースで、今後の方向性や重要事項に関する決定の感触を企業が得られるのは、2018年初頭以降となりそうです。
しかしながら英国政府は、可能な場合は、企業に確実かつ明確に通知するとしています。また、取り決めの一部要素は、最後に全て一緒にではなく、交渉の途中でまとめられ、決定されると予想されます。例えば、英国政府は英国内のEU市民およびEU内の英国民の権利について、早期の合意を目指すとしています。もしこれが早い時期に実現できれば、英国の立場を即時に発表し関連法制整備でき、2019年以前に雇用主や市民に確実な通知ができることになります。この2年間を通じて、EUと合意した変更を実行に移すための法案が多数審議されると予想されます。
また、企業は英国の国内政策にも注視しておくべきでしょう。「EU離脱法(Great Repeal Bill)」や関連する多数の省令案は、雇用法や環境保護に関する既存のEU規則を国内法に置き換えることになります。そのため、交渉がたとえ「ノーディール」に終わった場合でも、これらの分野の規則は一夜にして変わることはありません。このことは、ブレグジットから生じる変更全ての実施に短い期間しか許されないというリスクを低減する意味で、企業にとってプラスに働くでしょう。