2022-04-11
10年以上出し入れの動きがない、金融機関の「休眠預金」。国内に700億円ほどあるこのお金を社会課題の解決に活用し、地域社会で活躍するNPOなどに助成金として分配しているのが、一般財団法人日本民間公益活動連携機構(JANPIA)です。
JANPIAは行政の手が行き届かないような社会課題に向き合う団体を支える指定活用団体です。深刻で多様な課題に取り組む団体がその役割を十分に果たすためには、企業との連携が効果的であると考え、資金助成だけでなく企業の専門性を団体の活動に活かす企業連携の活動にも取り組まれています。
2021年春、PwCあらた有限責任監査法人(以下、PwCあらた)も企業連携に参加し、団体の組織の基盤づくりや業務プロセスの改善をプロボノ活動で支援しました。
そのチャレンジは、企業の専門性と公益法人の役割が補完し合う、新しい連携の形を示唆するものとなりました。協働の背景とともに、企業と公益法人の連携の理想的な未来像を、JANPIA 事務局長 鈴木均氏とPwCあらた有限責任監査法人パートナー 辻信行が語りました。
関連記事:MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定から見えてきた、地域に根ざす公益財団法人とPwCの役割
JANPIA(一般財団法人日本民間公益活動連携機構)事務局長 鈴木 均 氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 辻 信行
※本文中は敬称略
(左から)PwC 辻、JANPIA 鈴木氏
辻:
国民の大切な資産である休眠預金を活用して、社会課題を解決する――。JANPIAでは、社会実験ともいえる挑戦的な取り組みをされていますね。
鈴木:
JANPIAは、そもそも経団連が主導して設立された組織です。経済界はもとより、NPOなどの非営利セクター、大学などのアカデミア、あるいはジャーナリズムや労働界の関係者など、多様なセクターが連携し、日本が直面しているさまざまな社会課題の解決に貢献するのがミッションです。10年以上出し入れの動きがない金融機関の口座に残る「休眠預金」は、日本国内で年間700億円ほど発生するといわれます。その一部を、それぞれの地域で社会課題の解決に奔走しているNPOなどの団体に、助成金として分配するのが大きな仕事です。
辻:
資金活用の流れをあらためてご説明いただけますか?
鈴木:
資金の流れは三層構造になっています。
JANPIAは、預金保険機構から交付された休眠預金をいったん預かる「指定活用団体」で、これが一層目にあたります。この休眠預金を公募で選定された「資金分配団体」という二層目の中間支援組織に助成します。ここからさらに三層目にあたる実際に地域で活動を行うNPOなどの「実行団体」に資金分配される仕組みです。
現在、私たちが支援している実行団体はNPOを中心に約600にも及びます。しかも日本中の地域社会の課題に真摯に、細やかに取り組んでいるところばかりです。それだけに指定活用団体が直接、実行団体の取り組みを精査して支援するにはリソースが足りず難しい面があり、制度上三層構造になりました。
その意味で、二層目にあたる「資金分配団体」の存在は極めて大きいです。例えば、コミュニティ財団と呼ばれる組織が多いのですが、彼らは都道府県などの自治体ごとに、各地域の特性を理解した上で地域の課題を地域の関係者を巻き込んで解決を進めるなど、地域に根ざした活動にまで細やかに目配りできていますからね。
辻:
三層目の実行団体は、生活困難な若者や、家庭内に課題を抱える子どもたちへの支援をされるなど、政府や自治体が隅々までフォローできていない課題の現場に入り込んで活動されていますよね。適切な活動団体に適切な資金を回すには、こうしたリアルな現状をつかめるコミュニティ財団のような中間支援組織の役割が重要なわけですね。
鈴木:
私たちは休眠預金という国民の大切な財産を預かっているわけですから、「誰ひとり取り残さない持続可能な社会作りへの触媒に」と掲げたビジョンを実現するためにも、適切な運用と運営をしていく責務があります。そのためのバリューチェーンがこの三層構造だということです。休眠預金等活用の仕組みも団体も、2019年に立ち上がったばかりですが、2020年には「新型コロナウイルス対応緊急支援助成」が立ち上がり、想定以上の助成応募がありました。喫緊の課題に取り組む団体が多く、その実効性を高めるには助成金と同時に企業の専門性を活かした企業連携も必要とされていると感じました。
辻:
私たちもCOVID-19の影響下にあるNPOやNGOに何かできないかと考えていました。JANPIAの企業連携のお話をうかがってその考えに賛同し、参画させていただくことを決めました。
JANPIA(一般財団法人日本民間公益活動連携機構)事務局長 鈴木 均 氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 辻 信行
辻:
加えて、私たちPwCあらたとしても、プロボノを通じて社会に必要とされているサービスを作り出していきたいというニーズがありました。そのためにも日本の各地域に、具体的にどのような課題があるのか、解決の糸口がどこにあるのか、そうした地域の実情を知って本業に活かしたいと考えました。特にコロナ禍で地方の実情がつかみづらい面もありましたから。
鈴木:
今回、PwCあらたにぜひ参画していただきたかった理由は、非常に豊富な人材を揃えたプロフェッショナルサービスファームであることがポイントでした。というのも、NPOなどの民間公益団体の多くが「経営基盤の脆弱性」を課題としているからです。目の前の社会課題に強く問題意識を抱いてアクションに移している方が多く、極めて実務的でパッションにあふれている反面、どうしても経営基盤のほうにリソースを割きづらい傾向があります。
そのため、JANPIAは「休眠預金を民間公益団体に分配する」という大きな役割を果たすと同時に、資金面のみならず、経営や人的な基盤整備などの非資金的支援を伴走型で行うこともミッションとして掲げています。「資金分配団体」や「実行団体」の経営基盤を強くするために、寄り添って支援する。そうして経営的にも自立した強い民間公益団体を増やすことが、「誰ひとり取り残さない持続可能な社会」を実現することにもなるからです。
とはいえ、こうした伴走型支援こそ、スキルとノウハウを含めたリソースが不可欠です。すでに多くの企業への監査やアドバイザリー業務で実績があり、多様な人材を持っていらっしゃるPwCあらたには、私たちのパートナーである資金分配団体、実行団体のニーズに合致したサポートをしていただけるだろうという期待がありました。
辻:
私どもとしても、民間公益団体などの公益法人とはとても良い関係が築けると感じていました。理由は2つあって、まず1つは、監査法人も「世の中のため、社会のために何かできないか」と公共性への高い意識を持っているメンバーが多いことです。監査業務そのものや、企業へのアドバイザリーも世の中に役立つ仕事だという自覚はありますが、肌感覚でそれを実感する機会は多くはありません。プロボノの形で社会課題に取り組む方たちに伴走することは、「社会のために」というモチベーションにつながりますし、存分に力も発揮できます。もう1つは、私たちは監査という仕事をするうえでとりわけ高い客観性が求められますので、パッションを持ちながらも冷静に物事を見極める習慣があるということです。
鈴木:
確かに監査は、冷静な視点、判断力が必要な業務ですね。アドバイザリー業務も、中長期的な経営戦略やビジョンなど、先を見通した高い視座が不可欠です。
辻:
「社会のために」と内に秘めた情熱はありながら、やはり業務では冷静さと長期的な視点を強く求められます。その意味では、いま目の前にある課題に取り組む行動力とパッションを持つ公益法人の方々と、先々を見越したビジョンを基に計画を組み立てる私たちのスタンスには違いがある。その違いを生かして貢献できる余地が十分にあると考えました。また公益法人の方々が、「点ではなく面で、もっと大きな社会的インパクトを出したい」と感じるフェーズも必ずあるはずです。そのときにはビジョンや中期長期の経営計画などが必要で、その点ではお役に立てる自負もありました。
鈴木:
私たちが休眠預金を助成する団体に求めるのが、まさに「社会的インパクト評価」です。3年のタームで、定量的・定性的に社会にどのようなインパクトを与えられるのか。その計画と実行を求めています。数字面、計画面、組織のあり方もふくめて、中長期的な視点で事業を設計できる事業体であることが必須条件になります。裏を返せば、やはりそれくらいの経営基盤がなければ、持続可能な社会課題の解決はできませんし、社会に大きなインパクトを残すのも難しいのです。
辻:
その意味では、私たちも高い意識で参画させていただきました。日本の公益法人の位置づけをさらに高め、持続的でさらに大きなインパクトを残す一助になればと考えています。
辻:
実際に今回、JANPIAからのご紹介のもとお手伝いさせていただいたのは、資金分配団体である長野県みらい基金への伴走支援でした。2021年5月〜8月の期間に、プロボノメンバー9人で組織の中長期計画の策定やミッション・ビジョン・バリュー(MVV)設計などを支援しました。
鈴木:
長野県みらい基金は、すでに自身が抱えている課題感を可視化されていたんです。設立から10年ほど経っている団体ですが、走り続ける中で規模もステークホルダーも拡大していて、さらに休眠預金の助成も入ってきました。次の10年を進むためには、中長期的な視点を持って経営基盤も強くしていく必要がある。そうした思いをすでに発信していたので、PwCあらたとマッチングすることで、まさに彼らの課題解決になると考えました。
辻:
長野県みらい基金が強いパッションを持って事業にあたっており、私たちとしてはとても進めやすいプロジェクトだった、というのが素直な感想です。コロナ禍もあり、プロボノ活動はオンラインで、3カ月の間に週1~2回のオンラインミーティングを重ねて、MVVと中長期計画を策定しました。長野県みらい基金は、ヒアリングでも理事長をはじめとしてスタッフの方々が率直にお考えを話してくださいました。「こんな思いを抱いていた」と本音の部分を語っていただくことで、その場で共感の輪が広がることが多々ありました。
鈴木:
プロボノで外部の方に入っていただく大きなメリットでもありますよね。仲間内だけなら少し恥ずかしいと感じるようなことも言葉にするきっかけがもらえる。
辻:
理想的だったのは私たちがまさしく「伴走」できたことですね。みなさんが自分の言葉で話し、私たちはそれを整理する、という循環でMVVを作ることができました。特に印象に残ったのは、長野県みらい基金の方々が、私たちが整理した言葉を自分たちで一度咀嚼して、自分たちの言葉に直してくださったことです。「コレクティブインパクト」という言葉が出たら、「我々の基金でいえば、こうした意味ですね」と翌週に返してくれる。こうしたプロセスそのものが、MVVや事業計画を「自分ごと」にする貴重なプロセスになっていたと思います。
鈴木:
そもそもパッションを持つ実務家である長野県みらい基金の良い部分が引き出されたと感じましたね。当初から自分たちのこれからの課題感を持っていたからこそ、PwCあらたの方々とも積極的なミーティングができ、すばらしい結果も生まれた。さらに業務効率化の施策も実装していただきました。
辻:
ドキュメントのデジタル化や、経理のBPOなどの話に及んだ際に、「ここは効率化できそうだ」と感じた部分を伝えると、すぐにアクションに移行されていて、その実行力には感銘を受けましたね。
鈴木:
今回のプロボノ活動によって長野県みらい基金はしっかりとしたMVVと中長期計画を策定し、次のフェーズに向かうための経営基盤を盤石にすることに近づけたと思います。加えて、このベストプラクティスは、他の資金分配団体、実行団体のいいお手本になると実感しています。JANPIAや他の資金分配団体の皆さんに情報共有したところ、注目度も高いです。プロボノの受け入れを含めて、MVVづくりなどに乗り出し始めた団体も少なからずありますからね。
辻:
とてもうれしいです。私たちにとっても今回のプロボノ活動は、地方の課題をリアルに理解する機会になったと思います。資金分配団体の方々が抱いている思いと課題、また実行団体の方々との関係性などを、肌触りとともに知ることができました。プロボノ活動は続けていきますが、本業の監査やアドバイザリー業務のほうでも、地域活性化を支援するソリューションを提供できるのではないかと考えるきっかけをいただきました。
鈴木:
そうした大きな潮流が生まれるのが狙いの一つでもあります。例えば同じような社会課題に対峙しているNPO法人でも、課題解決のアプローチが異なると連携が難しい場合があります。パッションが強いだけに、プロセスにも思い入れがあることが多いので、なかなか相容れないわけです。だからこそ資金分配団体は包括や連携の起点になって、多くの実行団体をつなげ、さらに民間企業やアカデミアも含めて、社会課題解決のために最適な新しいエコシステムを生み出していくことが重要です。そのためにも、資金分配団体は経営基盤をしっかり持った強い組織になる必要があります。
辻:
私たちを含めた民間企業も、もっと社会課題を「自分ごと」にしていくフェーズにあると思っています。個人的には「プロボノ」という言葉も、どうしても企業活動の外側にある支援活動のように聞こえてしまうので、悩ましいですね。しかし、企業活動も必ず地域社会の中にあって、社会課題と地続きです。企業のプロフィットとNPOの活動がもっと直接的につながって、資金が循環していくような仕組みをつくる余地がまだまだあると感じています。またそこを起点に生まれたソリューションが、ビジネスや社会に大きなインパクトを残すイノベーションにつながることも大いにありえるかと。
鈴木:
さらに、大きくなりうる活動結果を政策提言につなげていくことも考えています。政府、自治体が取りこぼしている現実を変えていく力にできるかもしれません。いずれにしても、あらゆる面で持続可能性を探る方法はあると感じています。SDGsが叫ばれている今、表層的に社会課題に向き合うのではなく、あらゆるセクターが一歩を踏み出して、包括的に解決に向かうような未来。今回の取り組みは、少なからずその足がかりになったと思いますね。