2022-04-11
休眠預金の指定活用団体である一般財団法人日本民間公益活動連携機構(JANPIA)は、地域で活動する公益法人に対して、休眠預金を活用した資金助成を行っています。また、公益法人が各地域における深刻かつ多様な課題に取り組み、その役割を十分に果たすためには、企業との連携が効果的であると考え、企業との連携も支援しています。PwCあらた有限責任監査法人はこの企業連携活動に参画し、公益法人に対するプロボノ支援を実施しました。
その最初のプロジェクトが、2021年5月から取り組んだ、JANPIAから資金助成を受けた「長野県みらい基金」への経営基盤強化支援活動です。
約3カ月間のプロボノでは、オンラインによるディスカッションを通じ、長野県みらい基金のミッション・ビジョン・バリューや中長期計画の策定を支援しました。「とても進めやすかった」と口を揃える、長野県みらい基金の高橋潤氏とPwCあらたのシニアマネージャーの大久保穣が、プロジェクトを振り返りながら公益法人と企業の連携がもたらす相乗効果について語り合いました。
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公益財団法人長野県みらい基金
理事長 高橋 潤 氏
PwCあらた有限責任監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部シニアマネージャー 大久保 穣
※本文中は敬称略。
(左から)長野県みらい基金 高橋氏、PwC大久保
大久保:
まずは、長野県みらい基金の成り立ちと、資金分配団体として感じていた課題をあらためて教えていただけますでしょうか。
高橋:
長野県みらい基金は、特定の地域コミュニティに対して活動資金を分配するコミュニティ財団です。出発点は2013年に長野県がつくったクラウドファンディングの仕組みにあります。このクラウドファンディングを通じて集まったお金、そして企業や団体などからの寄付金を長野県内のNPOなどが行うプロジェクトに効率的に分配するため、県内のいくつかの中間支援団体が集まって長野県みらい基金は生まれました。いわば「資金に特化した中間支援団体」が出自です。ただ、支援を続けていくうちに「もっと大きな資金を持ってこないと解決できない」課題にぶつかるようになりました。加えて、効果的に活動してもらうためには、NPOなどの実行団体に資金を提供するだけではなく、組織の基盤強化や環境整備に踏み込んだ「伴走支援」にこそ力を入れていくべきではないか、といった意識も芽生えてきたのです。
大久保:
何事も資金がないと始まらないので、まず資金を増やすということは重要です。ただ、世の中から善意で提供される資金を適切に活用して、持続可能な取り組みにするためには、組織運営がしっかりしていることも重要ですよね。
高橋:
そうですね。そもそもNPO活動に携わる方の多くは、当事者意識が極めて高い人が多く、組織の強化になかなか手が回らない遠因となっています。例えばNPOを立ち上げてひきこもり支援のフリースクールを運営しているある方は、実際にご自身のお子さんがひきこもりで、行政に支援を求めたものの、満足のいく対応をしてもらえない憤りがきっかけとなって支援活動を行っています。社会課題が自分ごとであるがゆえ、モチベーションも高く、専門知識も情熱もあふれるばかりです。ただ、それだけに課題解決に直結する領域以外の組織としての基盤、例えば経理や人事などのバックオフィス業務、経営戦略などは脆弱で、このようなケースは多々散見されます。
だからこそ中間支援団体である私たちが、それを補い、指導するような伴走支援をする必要がありました。民間企業などを含めた他のセクターとNPOをつなげて、そうしたリソースを補完するなど、資金以外の支援にも尽力していくべきだろうと。特にJANPIAから助成される休眠預金のように、より責任のある大きな資金を動かすとなると、なおさらこのような基盤整備が不可欠です。使途と成果を明確にして、持続的な支援を確実に行っていくためにも、細かな書類や帳簿の提出が必要になりますからね。そこで現場の実行団体、ひいては私たち中間支援団体もふくめて、地域の公益法人に足りない経営基盤強化の知見をもったPwCのプロボノ支援をぜひ受けたいと早くから希望していたのです。
大久保:
当初は、長野県みらい基金が助成している実行団体や特定のプロジェクトを支援するという案もありました。
高橋:
はい。ただ彼らに伴走する長野県みらい基金こそが先に経営基盤を盤石にするべきだと考え、「むしろ私たちをまず支援してもらえますか」とお願いしました。長野県みらい基金こそ、「長野の地域課題を解決したい」「NPOのみなさんを手助けしたい」と目の前の課題に奔走してはいても、未来を見据えたビジョンやミッション、あるいは組織としての中長期計画などは曖昧な状態でしたからね。立ち上げから10年弱が経過し、公認会計士の先生にも「そろそろ短期的な目線だけではなく中長期的な目線と方向性を打ち出さないと、実行団体の方々も不安になるのでは」と言われたことも、モチベーションの1つでした。
高橋:
大久保さんはどのような経緯で、今回のプロボノに参加されたのでしょうか。
大久保:
このプロジェクトの責任者である、PwCあらた有限責任監査法人パートナーの辻信行から話を貰い、プロジェクトのリード役という立場で参加しました。私は普段、辻と同じシステム・プロセス・アシュアランス部というところで経営管理や組織管理に関するアドバイザリーサービスを提供しています。本件に関しても、通常の業務と変わらず、自分の力が役に立てられればという思いを持って臨みました。
高橋:
民間企業ではなく公益法人、しかも地域に根付いた公益法人への支援だったことに不安はありませんでしたか。
大久保:
民間企業とは異なる価値観や想いが行動の源泉となっているケースが想定されるので、相手のことを丁寧に理解することがより重要であると思っていました。このプロジェクトは、ヒアリングを通じて相手を理解するところから始めました。価値観や考え方の違いから話がうまく噛み合わない、あるいは質問に対する回答が上手く得られないなどの可能性は意識していましたが、それは全くの杞憂に終わりました。
ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の策定支援にあたっては、組織の過去、将来、現在を軸に、長野県みらい基金の成り立ちから、将来ありたい姿、今感じているもどかしさなど、たくさんの言葉を引き出すことに注力しました。心の中に想いはあっても、それを言葉にして表出するのは意外と難しいものなのですが、高橋さんたちからはスラスラと言葉が出てきました。
高橋:
私は創設時から在籍していますが、もちろん途中から参加したメンバーもいます。初期の思いや途中の苦労話などは言葉にしたことがなかったので、私が語るのを聞いて驚いていましたよね。自分からはなかなか話しにくいですが、プロボノとして参画していただいた外部の方に聞いていただいたことで、むしろ素直に語ることができ、いい機会をいただいたと感じています。インタビューセッションを終えてから、私たちが語った言葉のポイントをかいつまんだ備忘録を大久保さんがつくってくれましたね。
大久保:
「地域の見えない課題を可視化する」「さまざまなセクターを巻き込み、課題解決や地域発展の機会づくりやファシリテートをできるようになりたい」「資金分配対象となる団体だけでなく、その先にいるNPOの支援者への想い」など、長野県みらい基金が重要視している価値観やありたい姿を示すキーワードが数多くありました。こういったキーワードをある一定の軸で整理し、可視化することで、MVVのイメージを共創していきました。
高橋:
拝見したときは、「僕たちが思っていることがなぜわかるんだろう」と衝撃を受けましたよ。
大久保:
皆さんから出た言葉が全ての源泉ですので、不思議なことではないんですよ。
私の方で素晴らしいなと思ったのは、ドラフトしたMVVで使っている言葉を、高橋さんたちが自分たちの言葉として反芻してくださったことです。言葉の持つ意味やその背景をあらためてひも解き確認しあって、皆さんのMVVとして「自分ごと化」されていました。
高橋:
大久保さんがまとめてくれたヒアリング内容を整理したシートからは、自分たちがしてきたこと、またその先に続くであろう未来がリアルに感じられたんですね。大久保さんの頭の中で紡がれたものを自分たちの中でもう一度理解し直して腑に落とさないと、他のスタッフやあるいは外部のステークホルダーには伝わらないと考えたのです。「この“潜在的な社会課題“とは、僕らにとっては“〇〇のような課題”のことだね」とか。そうやって翻訳したり注釈をつけたりすることが、自分たちの内面にさらに迫ることにもなった気がします。
大久保:
この「自分ごと化」するための行動やマインドが、今回のプロジェクトを円滑に進めることができた要因の1つだと思います。また同時に、長野県みらい基金の強みの1つだと感じました。社会課題と向き合う高い使命感を持った組織には、強いパッションがあります。想いや情熱と比較して、「実現のためのアクション」への視点が後回しになりがちなケースがありますが、高橋さんたちは、「どうすればアクションにつながるか」を常に念頭に置いて私たちのヒアリングやワークセッションに臨んでくださいました。その姿勢はとてもすばらしいと感じました。
高橋:
3カ月後に完成したMVVがこちらです。
長野県のいろいろな人とともに未来を生み出したい。私たちが表舞台に出るのではなく頑張っている方を前に出して、それを支えて地域の力になることこそが、自分たちの役割だと。うっすらと自分たちの中にあったその思いを、PwCの方々にしっかりと汲んでいただき、形になったと感じました。
大久保:
「社会課題に直接向き合っている実行団体があり、長野県みらい基金は彼らを支援する立場である」という点は、ヒアリングの時から一貫したスタンスであると感じていたため、明快に伝えるべきだと思いました。一方で長野県みらい基金がさまざまなプレイヤーを結び付けることで、今まで単独では解決が難しかった地域の課題に向き合える。その担い手であるという自負も伝わるといいと考えました。
高橋:
今回ご一緒したことで、長野県みらい基金の側が超えなくてはいけない課題も明確になったのではないかと思います。気になったところを教えていただけますか。
大久保:
「関係人口を増やす」必要性ですね。ビジョンを実現するためには、自分たちの取り組みに対する認知度を上げることが重要だと思っています。多くの人に良い認知のされ方をすることで、「長野県みらい基金さんと一緒にやろうよ」と声をかけてもらえる存在になるべきだと思いました。これは、新しい取り組みを通じた協業先、長野県みらい基金と共に働くサポーターの両者を増やしていくためにも必要なことだと考えています。中長期計画では、ビジョン実現に向けた事業や組織の発展イメージを最初に議論しましたが、このような課題認識を話し合いましたよね。その後、今後の取り組み施策の3つの柱として「資金提供事業の強化と将来への準備」と「みらい基金の機能拡充と業務効率化」、そして最後に「認知度向上に向けた広報機能強化」を掲げました。
高橋:
実現のための5カ年のロードマップも一緒に作成できました。MVVを練り上げたあとだったのでとてもスムーズでしたね。もう1つ、「業務効率化」のアイデアもいただきました。実行団体から上がってくる精算書類のチェック、経理処理の効率化などは、僕らだけでは困難な上に苦手な作業だったので、PwCからは「副業者の活用」というアイデアを頂きました。その頃にタイミングよく「シルバー人材センターなどに優れた方がいるので活用してみたら」という話が出てきたので、すぐに実行しました。
大久保:
PwCから参加したメンバーの中には、デジタルツールの活用や会計、外部人材の活用などの知見に長けた者もいましたので、解決案をお伝えすることができました。
高橋:
的確かつスピーディに提案していただけましたし、後半はプロジェクトメンバー全体の「チーム力」も感じるようになりましたね。いずれにしても、PwCのプロボノ活動によって成果物のみならず、プロの仕事ぶりの面でも得るものは極めて大きかったです。
大久保:
それは私たちも同じです。地方活性化、地域課題の解決を考える上での視点や価値観、登場するプレイヤー、資金調達と活用の課題など、首都圏を中心としたビジネスでは得られないインプットが多くありました。ファームのビジネスを通じて、自分たちが社会に対してどんな役割を担えるか、担うべきかをより考えることに繋がる大切な経験を積むことができました。今後のサービス開発に活かしたいと思っています。また若手のメンバーにとっても仕事を通じた社会貢献となり、いちコンサルタントとしての大きな学びの機会になったと思います。
高橋:
その意味では、PwCの若いスタッフの方がミーティングの中で「自分の故郷をあらためて振り返る機会になった」「何か自分でもできないか考えようと思う」とおっしゃっていたことがうれしかったです。すばらしいプロフェッショナルが地方の課題にどんどん踏み込んでいかれることはメリットしかありません。プロボノだと、こちらから「どこまでお願いできるか」「甘えではないか」と距離感が難しい面もありますが、PwCが普段のプロジェクトと同じスタンスを保ってくれたことは、その距離感もつかみやすかったですね。
大久保:
長野県みらい基金は今後、多様なセクターが参画してコンソーシアムを組むようなプロジェクトに取り組まれるとうかがっています。今回のMVVや中長期計画の策定を通じて得た知見やアイデアを活用し、多くの協働実績を積み上げることで、コレクティブインパクト実現のための良いスパイラルができ上がってくると考えています。
長野県みらい基金の取り組みが、コミュニティ財団の1つのロールモデルとなる。今回のプロジェクトが、そんな未来の第一歩を後押ししていれば嬉しい限りです。
高橋:
そうですね。今後もMVV、中長期計画を生かして、積極的に活動していきます。また折に触れてPwCの視点をうかがう機会があれば嬉しいです。