2021-12-21
特定非営利活動法人 おっちラボ
代表理事 小俣 健三郎 氏
理事 白石 章二 氏
PwCコンサルティング合同会社
代表執行役 CEO 大竹 伸明
金融サービス事業部 シニアアソシエイト 伊藤 弘晃
(左から)PwC大竹、おっちラボ白石氏、おっちラボ小俣氏、PwC伊藤
人口減少が進みつつある日本では今、「地域社会の持続可能性をいかに⾼めるか」が大きな社会課題の1つになっています。PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)が、2020年9月から2021年8月末にかけて行った島根県雲南市でのプロボノ活動は、まさに「持続可能な地域社会づくり」において、企業にできることは何かを考える貴重な機会となりました。今回はPwCコンサルティングの大竹伸明と伊藤弘晃が、このプロボノ活動の協働相手であり、雲南市で人材育成や地域振興事業に取り組んでいるNPO法人おっちラボの小俣健三郎氏、白石章二氏と山々に囲まれた谷あいに佇む築150年の古民家でトークセッションを実施。今後地域社会が目指すべき将来像や、企業が社会課題の解決に臨む際のあり方などについて、意見を交わしました。
おっちラボ白石氏
PwC大竹
――地域社会の今後のあり方について、また、地域社会の持続可能性を高めていく上で必要だと思うことについて、皆さんの考えをお聞かせください。
白石:
地域のことは、やはり地域でやっていくのが大事であると、改めて感じています。雲南に人が住み始めたのが何千年前なのかはっきりは分かりませんが、当時の人たちは誰に頼ることもできないため、自分たちであらゆることをやっていたはずです。それがいつしか社会の仕組みが整えられていく中で、効率化を求めて役割分担が進み、例えば多くの地域で、電気は外から買うようになりました。地域の中で全てが完結していた状態から地域の外に依存する状態へと変わっていったわけです。
それで何が起こったかというと、地域の人たち一人ひとりがやることや、できることが限られるようになりました。経済の効率はよくなったかもしれませんが、それで本当に皆が幸せになれたのか、地域は維持できているのかといえば、どうやらそうはならなかったようです。ではこの先、地域社会はどうあるべきかというと、外に依存する今のような状況から脱却し、もう一度、いろいろなものを地域に引き戻す必要があると思っています。つまり、地域の特色や資源を生かした経済の仕組みを改めて作り出し、地域の自立を取り戻すということです。
そしてそのためには、その仕組みづくりを担ってくれる人たちの存在が不可欠であり、今は早急に人を育てていく必要があると考えています。地方の人口は今もどんどん減っているので、小俣さんのように外からやって来てくれる人たち、さらにはそういう人たちが気づいてくれる地域の魅力も、地域社会の今後を考える上では重要な要素です。外に依存はしないけれど、外の人を巻き込む仕掛けはこれからもますます必要になってくると思います。
小俣:
私が雲南市に移住して今年で6年になりますが、その間だけでも人口が約40,000人から36,000人まで、4000人近く減り、高齢化率も全国平均の25年先を行く40%近くに達するなど、過疎化・高齢化が急速に進んでいます。買い物すら困難な高齢者が増え、山林や農地の管理は難しくなり、若者の流出はなかなか止まらない。そのように課題が山積する中、おっちラボでは、地域に住む人たちの思いに寄り添いながら、これから先、新たな町の担い手になってくれる人材を育てる活動を続けてきました。
今回、PwCコンサルティングには林業分野の人材育成に関わる支援をお願いした*わけですが、当初、私たちが掲げたテーマは「山の民主化」でした。というのも、日本における林業はその昔、専門家に任せっきりで、住民たちもそれを当たり前と考えていましたが、結局、高齢化などで構造自体が立ちゆかなくなってしまったのです。民主化というのは、それをもう一度自分たちの手に取り戻す、つまり自治による山林管理をしようという試みで、先ほど白石さんが説明されていた「地域の自立を取り戻す」ことの具体的な事例と言っていいと思います。
ちなみに雲南市は、2004年に6町村の合併により誕生して以来、住民自治によるまちづくりに力を入れて取り組んできた自治体としても知られています。自治を林業の分野にも広げていくこのやり方は、とても雲南らしいアプローチだと自負しています。
大竹:
大きなサプライチェーンの構造でも同様のことが起きていて、どんどん分業化が進み、その中に組み込まれている人や組織は限られた仕事だけ上手くなっていきます。その仕事は供給活動の1つではあるけれど、果たして生産活動かと問われたら、そうとは言えそうにない。すると自分が社会にどれだけ貢献しているかも分かりにくくなってきます。さらに資本主義のロジックでは、一番早くて安いところでサプライチェーンを組みますから、地域の特徴や特色といった価値は重視されにくく、多くの地域はこうした大動脈からも外れやすくなります。
ではどうすれば今後、そうした地域社会が活力を取り戻していけるかというと、やはりお二人がおっしゃるように、まずは地域の中で自治の能力を持つ人材が育つこと、そしてその人材が自分たちで新しい経済を回そうとチャレンジしていくことが正しい方向なのだろうと感じました。それらは大きな熱量も生み出すでしょうから、外の人たちを惹きつける仕掛けにもなっていくと思います。
(左から)おっちラボ白石氏、小俣氏
(左から)PwC伊藤、PwC大竹
(左から)おっちラボ白石氏、おっちラボ小俣氏、PwC伊藤、PwC大竹
――今回のようにNPOや自治体と企業が連携しながら地域づくりや新たな事業創出を進めていくケースにおいて、それぞれに求められる役割についてどのようにお考えでしょうか。
大竹:
今回のおっちラボさんとの取り組みを通じて、私たちがこれから先も社会課題の解決に向けて行動し続ける会社であるためにどうあるべきかを考えていました。私たちのプロボノ活動は、プロフェッショナルスキルを社会に還元したいといった思いから2017年に始めたわけですが、それからしばらく経ち、プロボノを受ける側の皆さんが実際に必要としている支援、私たちに求める役割というのがかなり変わってきたと感じています。例えば、以前は課題を解決しようとする際に、どうやって走り出したらよいか方法を検討したいとか、とりあえず走るか泳ぐかの選択はしてみたけれど、それが本当に正しいのか確かめたいといった、解決の方向性を決める段階でのご相談が多くありました。このフェーズでは、私たちが従来から持つ情報収集力や、課題を構造的に整理するスキルといったコンサルティングのアセットが役に立つと考えています。
ところが最近では、このフェーズをご自身たちで終えているケースも少なくありません。その次のフェーズで、一緒に走りながらコンサルタントの目線で考えてほしいというご要望が増えています。もちろんまだ手前のフェーズのご相談もたくさんあるのですが、私たちとしては、より多くの課題や要望に対して役割を果たしていきたいので、自分たちのアプローチも見直す時期に来ているのだと考えています。
小俣:
今回、私たちはどうやって走り出せばいいかわからない段階で相談しましたので、PwCコンサルティングさんの圧倒的な情報収集力や物事を整理する力にはずいぶんと助けられました。ここから先はどんどん走り続けていかなければいけないので、引き続きサポートをお願いするとなれば、今度は自分たちと一緒に考え、時には失敗もともに経験してもらえるような伴走型の支援を期待することになると思います。
白石:
確かに私たちが必要とするサポートは、難題に直面したときに自分たちとは違う感性やスキルをもった人たちから意見や考えを聞かせてもらうというものになっていくのだと思います。プロボノというと、コンサルティングファームや専門家の領分というイメージがありますが、これからは広く一般の企業も含めて、日本の社会全体で促進していくことも必要なのかもしれません。
リモートワークや多拠点居住が広がっている今だからこそ、大企業に勤めているような人たちでも副業で地域創生にコミットできる仕組みが作れると思います。そうすれば地域社会としては関係人口を増やしていくことにつながりますし、企業にとっては新しい事業を興したり、社会課題の解決に取り組める人材を社内で育てていけることになります。持続可能な支援という観点からも、こうした好循環を作り出していくのは大事なことだと考えています。
伊藤:
今回のプロボノ活動を通して、おっちラボさんをはじめ地域の皆さんからお話をうかがう中で、これまで知らなかった山林の可能性や魅力に気づき、地域の皆さんの課題や解決の方向性に強く共感しました。ここからスタートして課題解決に取り組むことは、持続可能なまちづくりに大きく貢献すると感じています。
――今後の協働で互いに期待することなど、展望を教えてください。
大竹:
もともとこのプロボノ活動には、社会課題に関心のある若手社員に対して、共感や体験を通していろいろなことを学べる場を提供するという意味合いもあります。ですから、人材育成の枠組みとして今後もこの活動を一定程度続けていく必要があると考えています。しかし先ほども話したように、社会課題に向き合い、私たちのサポートを必要としてくれている皆さんが、次のフェーズに進んでいることがわかりましたので、プロボノに限らず自分たちの体制を進化させる必要があると思っています。先日、おっちラボ創業者の矢田明子さんにお会いした際にも、「日本の企業は1億円の案件と500万円の案件があったら絶対に1億円の案件を取りにいくけれど、500万円の仕事の方が社会により良い大きなインパクトを持つこともある。これから企業はそういった仕事も選んでいくべきなのではないか」とおっしゃっていました。それを聞いて、確かにその考えを持たなくては、市場が私たちを必要としなくなるときが早晩やってくるかもしれないと、つい恐ろしくなってしまいました。
白石:
新しい「物差し」、つまりお金とは別の価値基準をつくる必要があるということですね。監査法人もメンバーにをお持ちのPwC Japanグループが、そうした「物差し」を世の中に提示するのは理にかなっていると思います。これまでのお金による基準は、それはそれで持っていればいいわけです。「ソーシャルインパクト」というか、「社会の信頼」と言えばいいでしょうか、お金と同じように蓄積していける「信頼」という価値。「金額ではなく信頼という物差しで測ったら、どちらを選ぶべきだろうか」などといった議論ができるようになるとよいですね。
伊藤:
新しい物差しという話には、とても共感します。今回、実際にプロボノ活動に取り組んでみて満足感はとても大きかったですし、地域と関わる中で山林の持つ可能性や魅力にもどんどん惹き込まれていき、目の前の課題に対しても正面から向き合うことができました。その結果「山林活用の自治」とおっちラボの役割の明確化というテーマに対して1つの答えを出せました。ただその一方で、プロボノとして関われる範囲には限りがあります。小俣さんや地域の方たちが熱のこもった議論をされているのを見ると、本当はさらに深くコミットしたい気持ちもありましたが、時間的に難しいというもどかしさも感じました。
白石:
皆さんはなかなか言いにくいことだと思いますが、そろそろ日本のシェアホルダーの意識も変わらないといけない時期にきていると思います。機関投資家も含めて、世の中の流れは、相当変わり始めていると感じます。
私たちも最近、新しい取り組みを始めていて、「森あそびラボ!研究プロジェクト」を立ち上げました。これまでの「素材生産のための山林」ではなく、これからは「楽しめる空間としての山林」をつくっていくというコンセプトで、雲南特有の新しい経済価値を生み出していきたいと考えています。まずは面白いアイデアを持った人たちをアントレプレナーとして育成し、彼らを山林の所有者たちや自治体につなごうとしています。そしていつの日か雲南で山林活用のムーブメントを起こし、それが日本全体へ広がり、そんな日本の森で遊ぶことを目的に世界中から人が集まってくるという未来を夢見ています。
小俣:
この先は、限られたリソースを最大限活用するためにも、人手が足りていないところをデジタルで補うことも真剣に考えていかなければと思っています。デジタルトランスフォーメーションで街の未来を変えるスーパーシティ構想ならぬ、スーパー田舎構想みたいなことが実現できたら良いのではないかと考えています。
大竹:
私たち自身が変わらなければいけないという話をしてきましたが、新しい取り組みでも協業できることはたくさんあると思っています。森を空間として考えるというのも実に面白いですね。このプロジェクトを成功させるには、サービスをいかにアウトバウンドに持っていけるか。そして担い手たちや協力者、つまり人をいかにインバウンドに持ってこられるか。この両方を併せ持つことが大事だと思います。デジタルの力を駆使した仕組みづくりは私たちの得意分野なので、すぐにでも具体的な提案ができそうです。
それから、インバウンドに関してもPwCではソーシャル・インパクト・イニシアチブ(SII:Social Impact Initiative)という取り組みを推進しており、「社会課題解決を進め、経済的価値と社会的・環境的価値の両立を目指しながら、ビジネスで優位性を示すモデル構築を支援する」というミッションを遂行しています。そして、それらを実現するためには複数プレイヤーが同じ目標に向かって協働する仕掛けと推進力が欠かせません。
今後、雲南に合うモデルを提案することもできると思います。
伊藤:
まずは伴走に向けて、またお声がけいただけるよう、しっかり準備しておきます。できれば雲南市に拠点を構え、本腰を入れてスーパー田舎構想の実現に向けて邁進していきたいですね。
小俣:
もちろん大歓迎です。これからも引き続き、一緒に雲南市を盛り上げていきましょう。
大竹:
白石さんがおっしゃった「日本はシェアホルダーも含めて意識改革が必要な時期にきている」という指摘は、私たちにとって確かにセンシティブな内容です。しかし自分たちが今後も、社会課題の解決のために行動し、市場でも存在感を示す企業としてあり続けるために、決して目を背けてはいけない課題だと認識していきたいですし、それが日本全体の意識変革につながるといいですね。