
DXに取り組んでいるものの、思うような成果をあげられていないと感じるビジネスパーソンは少なくありません。DXの成功には、単なるデジタル技術の導入にとどまらず、組織・人材、プロセス、さらには企業文化そのものを変革することが重要です。本稿では、アジャイルとクラウドをキーワードに企業変革を推進するPwCコンサルティングのAgile & cloud transformation CoEのメンバー3名が、DXの本質的な課題や解決策、今後の展望について語り合いました。
左から川俣 友、岡田 裕、佐野 友則
PwCコンサルティング合同会社 ET-ISディレクター 岡田 裕
川俣:
現在、多くの企業がDXに取り組んでいますが、思うように成果をあげられてないと感じる企業が多いと言われています。実際、PwCコンサルティングが実施した「2024年度DX意識調査- ITモダナイゼーション編 -」によると、約60%が「期待通りの効果が出ていない」と回答しています。では、企業が直面している主な課題はどこにあるのでしょうか。
岡田:
DXの議論の際に、どの業務にデジタル技術を適用するかといったやることを変えることに焦点があたりがちです。しかし、実際には、「計画至上主義から仮説検証型へ」「外部依存型から内製化へ」といったように、やり方を変える議論も重要です。それにもかかわらず、多くの企業は、既存のプロセスや考え方を踏襲し、変化する時代に適したやり方に変えられていないと考えます。例えば、新規サービスの企画がまとまりシステム化を進めようとした際に、システムの開発環境準備に数週間かかり、サービスリリースのスケジュールを変更せざるを得なかったといったケースがあります。この環境準備では、申請フォーマットへの転記、セキュリティルールのチェック、オペレーションの承認など、従来のオンプレミスのやり方が踏襲されていることが多いです。
このような状況を避ける方法として、環境調達における申請から承認までの作業を自動化することが有用です。例えば、申請内容をもとに、環境設計のパラメータを自動生成して設計作業を自動化することや、インフラリソース構築や承認ロジックをコード化して構築・確認作業を自動化することが考えられます。このような自動化により、環境調達のリードタイム短縮だけでなく、作業ミスも削減されます。さらに、今後の申請増加を見越して、社内のセキュリティルールをあらかじめ設定した自動化テンプレートを用意しておくことで、承認ルール自体を簡素化することも可能です。
佐野:
他にも、サービスリリース直前で業務部門とIT部門の認識齟齬が発覚し、手戻りが発生してしまい、リリースが遅れてしまったというケースがあります。このような事象は、要件を最初に出し切り、システムに落とし込んでいくアプローチ(計画駆動型アプローチ)でサービスを開発するといった従来の“やり方”を踏襲しているケースで起きてしまいがちです。このような状況には、業務部門とIT部門が一体となったチームを形成するとともに、利用者のニーズを都度確認しながら、短いサイクルで開発をしていくやり方(仮説検証アプローチ)が有用です。コミュニケーション上のミスやロスも少なくなりますし、顧客の反応を見ながら開発することにもつながるため、使われないサービスとなってしまうリスクを避けることが可能となります。
川俣:
DXの議論はデジタルテクノロジーを活用するといったやることを変える視点だけでなく、新しい時代に即したやり方に変えていく視点を持つ重要性がよく分かりました。それでは、やり方を変えていくために、求められることは何でしょうか。
岡田:
大切なのは、新しいやり方を通じて、小さくても良いので成果を残すことです。成果が出ることで意味があることと認知され、企業内で固執したやり方を変えていく意識を徐々に柔軟にするきっかけになります。
そのためには、徹底的に顧客視点を持ち、仮説検証型アプローチを高速に実践する組織能力の構築が重要です。私たちは、そうした組織能力を高めていくために、アジャイルトランスフォーメーションとクラウドトランスフォーメーションという2つのソリューションを提供しています。
川俣:
アジャイルトランスフォーメーションは具体的にどのような支援を実施しているのでしょうか。
佐野:
アジャイルトランスフォーメーションは、伴走型の支援を通じてトライアル&エラーを繰り返しながら、成功体験を積み重ね、自社独自のアジャイル文化の醸成と早期のビジネス貢献を支援するソリューションです。近年では、基幹系システムの刷新のような大規模なプロジェクトでのアジャイル採用や、製造業の中でもハードウェアが関わるシステム開発分野でのアジャイル採用、システム開発プロジェクトに限らず、組織の意思決定のアジリティを向上しようという組織のアジャイルオペレーティングシステム構築への取り組みも増えています。
例えばPMO(Project Management Office)の領域でのアジャイルプロジェクトマネジメントおよび内製化支援では、個々のスクラムチームは自律的に活動ができているものの、経営層からはバラバラに動いているように見えてしまうため、それらを分かりやすくまとめる活動を行っています。デジタル人材の内製化を進める際の評価制度やスキル体系の見直しなども支援します。この場合、スキルに合わせて、評価制度と整合性が取れるように区分や段階分けを再定義する必要性があり、これが、前述の課題で取り上げたやり方を変える部分に関わります。特に難しいのは、今まで社内になかった役割をどのように評価して、さらには育成していくかであり、クライアントとともにチャレンジしています。
川俣:
私も必要なスキルの選定や、組織文化の醸成に向けて、クライアントと相談しながら、プロジェクトを進めています。その中で、全社員が納得できる仕組みを作る難しさを感じていますが、その点を佐野さんはどのように進めているのでしょうか。
佐野:
私の場合、重要になるのは伝える人、つまり中間管理職の方々の役割だと考えています。現場で成果をあげ、実務者として実績を積んだ結果として管理職に就く方が多いですが、マネージャー業務はそれまでの実務とは大きく異なり、ある意味でジョブチェンジと言えるほど実務内容が変わります。1からマネジメントの勉強をしなければならないにもかかわらず、多くの企業では管理職としてのマネジメントスキルを学ぶための教育体制が整備されていないケースが目立ちます。ベースのマネジメントスキルを学ぶことと同時に、アジャイルのような適応型のマネジメント手法も新たに学ぶ必要があります。具体的には、計画との乖離は失敗ではなく学習の機会として捉え、計画を常に見直し続けるスタイルです。管理職がこれらの考えを理解していないと、評価を受ける従業員に対して納得のいく説明をすることは困難です。そのため、こういった伝える人の育成も、DX推進における大事な要素として捉えています。
PwCコンサルティング合同会社 ET-ISマネージャー 佐野 友則
PwCコンサルティング合同会社 ET-ISアソシエイト 川俣 友
川俣:
クラウドトランスフォーメーションは、どのようなソリューションを提供しているのでしょうか。
岡田:
「クラウド」というと、特定のクラウドに関するシステム導入や移行をイメージされるかもしれませんが、私たちは、クラウド(最新技術やそれに関連する考え方)を活用して、企業のやり方を変革することに主眼を置いています。
具体的には、モダンエンジニアリング、自動化、ガバナンス整備などを通じて、効果的なクラウド活用を推進していきます。例えば、自動化についていえば、ITインフラ構築のコード化による環境調達リードタイム短縮、運用業務のコード化による運用コスト最適化、SRE(Site Reliability Engineering)の考え方を適用していくことによる運用業務の近代化や人材育成などを行っています。冒頭でも述べたとおり、DXを新技術導入で完結させず、クラウドを起点にしながら経営視点での変革を促進することを目指しているからです。
昨今では、製品のソフトウェア化やコネクテッド化などが進み、ITに求めるサービスレベルが格段に向上しています。その一方で、技術の進化にともなったSaaSやPaaS、生成AIの普及によりシステム運用はさらに複雑化してきています。このような状況下で、デジタル技術を用いたサービス開発の前線にいる開発者が安全かつ迅速な開発が可能となるデジタルプラットフォームの構想や、レガシーなIT運用の近代化を支援しています。
この際、重要になるのは、IT組織全体が、提供者視点に陥らず、徹底的に従業員や開発者といった「顧客視点」を持つことです。例えば、デジタルプラットフォームを構想する際に、将来使うかもしれないといった憶測で過度な機能を具備してしまい、利用者が使いこなせずに、無駄な投資になってしまうことも少なくなりません。そのため、IT部門全体で、DXの前線にいるデジタル人材のニーズを理解するとともに、継続的に改善する仕組みづくりを行うことが肝要です。なお、この際、私たちの支援が終わった後にも、継続的に改善していけるよう、伴走型でスキル育成や仕組み化を進めることを大切にしています。
川俣:
このような変革の活動は、社外の立場では困難な点もあると考えます。支援する際のポイントはどのようなところなのでしょうか。
岡田:
そうですね。企業によって根付いている文化はさまざまですから、私たちが一方的に解決案を提示するだけでなく、一緒に答えを考え、相手から課題と解決への道筋を引き出すことが重要であると考えています。例えば、検討の初期段階では、経営層を含めたリーダーの方々との議論を合宿形式で何度も行うこともありました。実行フェーズでは伴走支援しながら、クライアントの現場の方々が自分事につなげられるよう、1on1でのコーチングを行うこともあります。時には、意見がぶつかることもありますが、納得を大切に、対話を重ねながら進めていくことを意識しています。
また、新しい取り組みを企画したとしても、「現行業務に追われて新しい取り組みに割く時間が確保できない」という課題に直面する企業も少なくありません。そのため、業務自体の削減や、徹底的な自動化による定常業務の工数削減、組織運営の改善などにより、新しい施策にリソース集中できる環境を整えることも支援の重要なポイントです。
川俣:
DX支援として、アジャイルやクラウドを軸としたソリューションは市場に数多く存在している認識です。Agile & cloud transformation CoEの強みはどのようなところでしょうか。
岡田:
まず、アジャイルやクラウドというと、テクノロジーにフォーカスしているととらえられがちですが、ソリューション概要でも述べたとおり、組織・人材・プロセスの変革までフォーカスした伴走型支援を提供している点は大きな特長であり、強みだと自負しています。
加えて、今後の強化テーマとして、Industory solution組織内の連携を強化し、自動車を中心とした、R&D領域、コネクテッド関連でのクラウド活用(インダストリークラウド)を掲げています。組織内のビジネスプロフェッショナルと連携し、クラウド活用をさらに推進する取り組みは、私たちの特長の一つと言えるでしょう。
佐野:
ソリューションそのものの魅力だけでなく、事業会社やスタートアップ、SIer(システムインテグレーター)出身者、コンサルティング会社など、多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成されている点も特長です。それぞれが業務経験を活かしながら、新しい分野にも積極的にチャレンジしていますし、組織としてチーム内の育成にも力を入れている点は魅力であると考えています。川俣さんからみたAgile & cloud transformation CoEの魅力や特長はどんなところですか。
川俣:
一番の魅力は、新しいことやチャレンジングなことに対する受容度が高いところだと思います。例えば、直近ではチーム内の組織運営にアジャイルな働き方を適用しました。チーム内の全てのタスクをバックログで管理する方針とし、1カ月単位でタスクの振り返りや次のスプリントに向けた計画立てをチーム全員で行う運用に変更しました。これまでのチーム内の活動管理方法が大きく変わる出来事でしたが、自分たちがアジャイルを率先して実践していく、という思いのもと、日々試行錯誤しながら運用方法をアップデートしています。
個人としても、挑戦してみたいと声を上げたことに対しては、裁量権をもってチャレンジできる環境が整っています。実際に、社内ポータルの刷新活動に手を挙げた際には、私を含めた3人のメンバーで戦略立てから実際の刷新、その後の社内へのナレッジ共有活動まで任せてもらえました。このように、新しいことへの需要度が高く、若手でも裁量権を持って取り組める環境は、自分自身の成長にも大きくつながっていると感じています。
また、活動する上での心理的安全性が高いところも魅力の一つです。現在参画しているプロジェクトでは、参画時にワーキングアグリーメントを設定したり、日々の活動に対する定期的な振り返り活動を実施したりしています。これによって、自分が働きやすい環境を主体的に選択することや、日々感じていることをチームメンバーに共有する機会が与えられており、心地よく働くための仕組みが整っていると感じています。
川俣:
Agile & cloud transformation CoEとして、今後取り組みたいことや、チャレンジを教えてください。
佐野:
アジャイルというと、ウェブの小規模開発向けで、基幹系システムのような大規模には向かないと思われています。まずはその認識を変えていきたいですね。さまざまなプロジェクトが進んでいく中で、アジャイルでやる理由を説明するのではなく、アジャイルでやるのが当たり前となり、アジャイルでやらない理由を探す世界を作りたいです。そのために、ソリューション開発やメンバー育成を推進するだけでなく、世の中への情報発信も積極的に行っていきたいと考えています。
岡田:
そうですね。私たちチームは、アジャイルとクラウドの知見を軸に、企業の俊敏性と弾力性を向上させていくことを目的としています。今後は、同じET-IS(Enterprise Transformation-Industry Solutions)部門の専門家と連携しながら、ソフトウェアプロダクトやサービスの開発プロセスの変革を支援し、企業のイノベーション創出を図っていきたいです。
また、私たちは、クライアントのDXを支援していく立場でありながら、自分たちをDXの実験室として捉えています。そのため、先進的なソリューション開発や組織運営に積極的にチャレンジし続けていきたいです。その挑戦が、クライアントにより良い価値を提供する原動力になると信じています。
川俣:
実は私がこの部署を希望した理由の一つが、Agile & cloud transformation CoEが掲げるミッションと、そのミッションを実現するために自らが実験台となって取り組む姿勢に強く惹かれたからでした。本日はお二人からお話を伺うことができ、大きなモチベーションになりました。ありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 ET-ISディレクター 岡田 裕
外資系パッケージベンダー、日系コンサルティング会社を経て、PwC合同会社に入社。一貫してITを軸としたコンサルティングに携わり、戦略から実行に至るまでのプロジェクトデリバリーを数多く実施。現在は、UXデザイン、アジャイル、クラウドを活用したデジタルトランスフォーメーションを推進するコンサルティングに従事。
PwCコンサルティング合同会社 ET-ISマネージャー 佐野 友則
システム会社、電気通信事業会社を経て現職に至る。システム会社ではウェブ開発、アジャイル開発手法の導入プロジェクトなどに携わり、電気通信事業会社ではアジャイル開発チームの立ち上げを経験。現在はアジャイルを活用した組織変革に従事。
PwCコンサルティング合同会社 ET-ISアソシエイト 川俣 友
新卒でPwCコンサルティング合同会社に入社。クラウドサービスを活用したシステム移行や、UI/UXデザイン関連 のコンサルティングに従事。直近では、公共系のクライアントに対する4つの主要クラウドサービスを活用したシステム標準化支援や、組織活動のアジャイル化およびコミュニケーション基盤改革の支援に携わる。