
課題を機会に転換し長期的な成長に導くトランスフォーメーションの在り方 第4回:変革を実現するためのポイント
ここまでに紹介した事例の総括と視聴者との質疑応答から、変革を実現するためのポイントをさらに深く掘り下げていきます。
2022-04-12
PwC Japanグループは2021年12月、「差し迫った課題を機会に変える~企業変革実行のアプローチ~」と題した経営者向けオンラインセミナーを実施しました。
企業を取り巻く環境は加速度的に変化する中、経営者が重点的に取り組むべき課題はますます多様化・複雑化しています。企業は差し迫る危機をどう機会に転換し、長期的な成長を実現していけばよいのか。同セミナーでは、サステナビリティや企業戦略、M&Aなどを専門とするPwC Japanグループのプロフェッショナルが、ディスカッションと事例の分析を通じてトランスフォーメーションに向けたヒントを探りました。
同セミナーの様子を4回にわたってお伝えする本連載。第4回は、ここまでに紹介した事例の総括と視聴者との質疑応答から、変革を実現するためのポイントをさらに深く掘り下げていきます。
パネル参加者
PwCアドバイザリー合同会社
代表執行役/パートナー
吉田あかね
PwC Japanグループ
サスティナビリティ・センター・オブ・エクセレンス/エグゼクティブリード
坂野俊哉
PwCコンサルティング合同会社
ストラテジーコンサルティング(Strategy&)/パートナー
北川友彦
PwC税理士法人
国際税務/ディールズタックスグループ/パートナー
山岸哲也
(上段左から)吉田あかね、坂野俊哉(下段左から)北川友彦、山岸哲也
吉田:
坂野さんが紹介したSXを通じて変革を実現した事例からは(第3回参照)、短期的な利益にとどまらず、長期的な視点で大きな取り組みを実行していくことの重要性が理解できました。一方で、SXの本質的な難しさも感じます。経営者にはステークホルダーに対して変革の必要性をしっかりと説明していくことが求められますが、それを実行するためのヒントはどこにあるでしょうか。
坂野:
ここではヨーロッパを中心としたサステナビリティ先進企業にインタビューした際のエピソードをお話しします。
私たちはインタビューするにあたり2つの質問を用意しました。ひとつは、「SXのためにどんな取り組みをしているのか」。実はこの質問に対する答えは、日本企業とそれほど着眼点は違いませんでした。ただし、「なぜSXをするのか」という2つめの質問に対する答えがまるで違っていました。
サステナビリティ先進企業は、「将来のプロフィットにつながるから」という、明快な答え、ストーリー、ロジックを持っていました。一方、日本企業からは「いろいろな規制があるから仕方なくやる」という答えが多く聞こえてきます。そこが、大きな違いだと感じています。
事例として紹介したDSMも、1990年代にPeople(人)、Planet(地球)、Profit(利益)の3つを重視する中で、将来的にどう利益に結びつくのかを明確にしていました。そのことが、外部のステークホルダーに対する効果的なコミュニケーションや、社内の説得にもつながりました。
私たちはサステナビリティ活動からプロフィットへのパスを「インパクトパス」と呼んでいます。これをいかに描けるかが、勝負の分かれ目になるでしょう。
吉田:
北川さんには、顧客体験を向上させつつ、同時に業務変革も実現した非常にチャレンジングな企業事例を紹介してもらいました。日本の企業の現場からは、小さい改善はできるけれど、大きなビジネスモデルのシフトを実現するのは簡単ではないという声が聞こえてきます。組織の壁を超えて、社内で変革を起こしていくためのカギはどこにあるでしょうか。
北川:
一言で言えば、トップマネジメントを含めて顧客視点で自社のビジネスを見直せるか否かだと考えています。
顧客の声は現場を通して入ってきますが、組織の中を経過する間に、「自社製品をどう変えるか」など、“自社目線”の声に変質してしまい、トップマネジメントがそれに反応して対策に打って出ることが往々にしてあります。しかし本当にやらなければならないのは、CEMEXの事例のように顧客視点でビジネスを見直すことです。バリューチェーン上で実際には何が起きているのか、顧客は何に困っているのか、さらには自社の製品とは関係ないところで困っていることがないかと問う必要があります。
そしてあらためて顧客視点に立ち、自社だけでは解決できない課題が見つかった際には、インオーガニックなアプローチで他社のケイパビリティを獲得する。またそこから自社のバックエンドの業務改善にもつなげていくべきです。
「自社を変えてお客様に何かを提供する」のではなく、「本当に顧客が困っていることを解決しなければいけない」「そのために自社の在り方を変えていく」という発想の転換が、ビジネスモデルのシフトには重要だと思います。
吉田:
北川さんも触れたとおり、自社だけで顧客の課題を解決できない場合には、インオーガニックなアプローチに至ると思います。ただ買収・統合には大きなコストかかります。ディール後の価値向上がはっきりしていなければ、ゴーサインは出しにくいでしょう。社内を説得し、統合にリソースを向けさせるために必要な視点はあるでしょうか。
山岸:
交渉の意思決定前に、価値創造のプランをいかに合理的に定量化できているかに尽きると思います。
日本企業が買収・統合を検討する際には、「シナジーがある」と定性的にメリットを示すケースが多いのですが、それを裏付ける数字は十分に提示されていません。思い込みを脱しきれてないために、高値で買ってしまったり、減損になったりするケースが見受けられます。インオーガニックなアプローチを取る際には、投資・買収・統合が財務的にも有益であることを定量化して見せなければいけません。そして定量化する以上は、現実味のある実行プランが必要です。
加えて、デューデリジェンスではリスクばかりでなく、価値向上の機会を見出していく作業を徹底するという視点も、統合に意識を集中させるためには重要です。
吉田:
なるほど。私から付け加えるとすると、現在、多くの日本企業がサステナビリティやDX、また顧客視点の経営などに真剣に取り組んでらっしゃいますが、ステークホルダーが多様化していく中、そうした変革のプロセスや結果をモニターし、情報開示と対話を重ねて説明責任を果たすという点も、今後の課題になると考えています。これはガバナンス改革においても注目されている問題です。
吉田:
ここで、視聴者の皆様からの質問をいくつかご紹介させていただきます。
「ESG経営やサステナビリティ経営の大切さについてはよく理解しており、現状でできている部分とそうでない部分があります。中期経営計画は3年単位で策定していますが、具体的なプランにどのように織り込めばよいでしょうか。社員に腹落ちしてもらい、意識づけするためにはどんなことが必要でしょうか」
坂野:
3年単位で中期経営計画を作る日本企業は多いです。しかし、サステナビリティを意識するなら、10年後の未来を見据えて、最初の3年、その次の3年というように、長期的な視点で段階的に計画を策定することが望ましいでしょう。
10年先ともなると、サステナビリティは絶対に考慮しなければなりません。規制やテクノロジーのイノベーションはどうなっているのか、消費者・顧客の意識がどう変わっていくかなど、変化の未来シナリオを描く必要があります。同時に、自社が定めた到達点までの道筋の中で、長期的な資源配分のプランや、インパクトパスを具体的に描き出していく方法を模索することも求められます。
SXはトップの問題意識が発端となることが多いですが、それが現場・部門に降りてくると、短期の利益も織り込まなければいけません。いかに現場でインパクトパスを描き、トレードオンを実現できるかが、ESG経営の仕組みを確立する上でとても重要だと思います。
吉田:
北川さんはこの質問についてどう回答されますか。
北川:
ひとつはトランジションではないでしょうか。目指す姿を継続的に提示していく必要がありますが、20年~30年後の未来像だとなかなか本気になってもらえないというのはご質問の通りだと思います。
そこで、変革を実現するためステップを具体的かつ複合的に提示していくことが望ましいでしょう。自社が強みを持つケイパビリティやインオーガニックな成長の可能性など提示しながら、地に足がついた変化だから自分たちも実現できる、もしくは自分たちだからこそ勝てるというビジョンを示し続けることが重要になります。
もうひとつは、実際に変革を主導していく変革リーダーの役割を重視することです。ここには経営トップはもちろん、現場で変革を目指している人たちが含まれます。
大企業になればなるほど、メッセージの発信や取り組みの推進に注力しますが、当初はなかなか人は動きません。ただ使命感に燃えた社員、幹部リーダー、中間層がいるはずなので、適切な人材を見つけたら全面的にサポートしていくべきです。既存の事業に悪影響がない範囲で頑張ってもらえれば、共感者が徐々に増えて、変革の波が広がっていきます。クリティカルマスとなるほど多数の人材の意識が変われば、その後はがらりと変化が起きるでしょう。ただし、変革リーダーの使命感だけでなく能力もしっかりと見極めて、的確に権限移譲していくことが重要です。
吉田:
次に「長期的視点で納得感のあるストーリー作りが大切だということはよく分かりますが、統合となると企業文化も異なります。納得感のある、動機づけにつながるストーリーを作るにはどうすればよいでしょうか」という質問をいただいています。山岸さんはいかがでしょうか。
山岸:
統合が自社のパーパスにとってどのような意義があるか、自社の戦略にどう適合しているか、さらには統合したが先にどんな明るい将来が待っているかを、ロジカルに説明するだけでなく、エモーショナルに伝えていくことが必要だと思っています。
私たちは価値創造の中でも組織文化の統合が非常に大事だと考えています。従業員のエンゲージメントなくして価値創造はあり得ません。組織文化の統合にあたっては、ロジカルなストーリーと、エモーショナルなストーリーの2つが必要です。
ロジカルなストーリーは、戦略に基づいて、統合や買収にどういう意味があるかを合理的に説明するので比較的理解しやすいでしょう。ただ、それだけでは行動変容にはつながりません。行動変容を起こすためには、気持ちに響くストーリーが不可欠なのです。
統合の最初の2~3年は従業員の方々にも不安があります。かつ、その中でシナジー実現のために尽力いただかなければなりません。エンゲージメントを高めるエモーショナルなストーリーは、統合時には特に必須だと思います。
吉田:
統合再編では、たしかにエモーショナルなアプローチで企業文化をひとつにしていくことがとても重要ですね。私はそれに加えて、ダイバーシティを積極的に活力に生かしていくことも大切ではないかと思います。
最後に、「顧客価値を最大化する上で、自社にしか提供できない真の顧客価値を理解するためにはどのようなアプローチが必要でしょうか」という質問をいただいています。
北川:
顧客価値となると、どうしてもまず顧客調査をすべきというような発想になりがちなのですが、私は「自分たちは誰に何を提供したいのか」をあらためて考え直すことが必要だと思います。
その前提で実際に顧客を知る作業が始まりますが、私はクライアントの皆様に「N=1,000ではなく、N=1から始めましょう」と申し上げています。
このNは顧客サンプル数です。「N=1」とは、自分たちがサービスを本当に提供したいお客様を想像し、1社もしくは1人を選んで、徹底的に深く知るという意味です。
例えば、消費者が顧客であれば、商品の認知・購入・使用・買い替えといったカスタマージャーニーを理解するために、徹底して1人の顧客を追究する。産業材の分野であれば、1社もしくは1工場、さらには1ラインで何が起きているのかをしっかり見る。数を集めるのではなく、逆に絞って深くまでとことん突き詰めることが、顧客価値を知るための効果的なアプローチです。
N=1で顧客を捉えることで、必要なデータが見えてきます。その上でテクノロジーを活用してデータを独自に集めれば、N=1,000、N=10,000を捉えることができます。このような顧客理解のための二段階のアプローチも積極的に利用すべきでしょう。
吉田:
今回のセミナーでは、サステナビリティ、顧客視点、企業統合という観点から、課題を機会へと転換するための方法を探ってきました。PwC Japanグループではこれからも、クライアントの皆様の長期的な視点に立った変革を支援させていただければと考えています。本日はありがとうございました。
ここまでに紹介した事例の総括と視聴者との質疑応答から、変革を実現するためのポイントをさらに深く掘り下げていきます。
変革を実現した企業の事例を通じ、危機を機会に変える経営の在り方について考えます。
サステナビリティ経営の実現、自社ケイパビリティの再考、インオーガニックな成長という3つの観点からの変革へのアプローチを紹介します。
PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役の吉田あかねが、日本企業を取り巻くマクロ環境とそこでの課題について整理します。
PwCリスクアドバイザリーは2020年~2023年に上場企業が開示した不正行為に対する調査結果について、2024年4月末時点の公開情報を基に集計、分析しました。その集計結果から不正の概要と調査形態について解説します。
2025年のプライベート・キャピタルにおけるM&Aは、業界を統合するような取引や業界の再編によって2024年来の世界的に活発な活動が継続し、加速すると予想されます。
M&A市場の成長の足枷となっていた経済的、地政学的な不確実性が解消されつつあり、世界のM&A市場は再び上昇基調に戻る兆しを見せています。しかし、今後1年間、ディールメーカーはいくつかのワイルドカード(不確実な要素)を注視する必要があります。
2025年の産業・サービス分野におけるM&A活動は、企業がポートフォリオの拡大、再編、洗練に向けた取り組みを強化していることから、成長へ向かうことが見込まれます。