
課題を機会に転換し長期的な成長に導くトランスフォーメーションの在り方 第4回:変革を実現するためのポイント
ここまでに紹介した事例の総括と視聴者との質疑応答から、変革を実現するためのポイントをさらに深く掘り下げていきます。
2022-04-05
PwC Japanグループは2021年12月、「差し迫った課題を機会に変える~企業変革実行のアプローチ~」と題した経営者向けオンラインセミナーを実施しました。
企業を取り巻く環境は加速度的に変化する中、経営者が重点的に取り組むべき課題はますます多様化・複雑化しています。企業は差し迫る危機をどう機会に転換し、長期的な成長を実現していけばよいのか。同セミナーでは、サステナビリティや企業戦略、M&Aなどを専門とするPwC Japanグループのプロフェッショナルが、ディスカッションと事例の分析を通じてトランスフォーメーションに向けたヒントを探りました。
同セミナーの様子を4回にわたってお伝えする本連載。第3回は、変革を実現した企業の事例を通じ、危機を機会に変える経営の在り方について考えます。
パネル参加者
PwCアドバイザリー合同会社
代表執行役/パートナー
吉田あかね
PwC Japanグループ
サスティナビリティ・センター・オブ・エクセレンス/エグゼクティブリード
坂野俊哉
PwCコンサルティング合同会社
ストラテジーコンサルティング(Strategy&)/パートナー
北川友彦
PwC税理士法人
国際税務/ディールズタックスグループ/パートナー
山岸哲也
(上段左から)吉田あかね、坂野俊哉(下段左から)北川友彦、山岸哲也
吉田:
パネルディスカッションの前半(第2回)で、坂野さんにはサステナビリティに対する考え方や、企業が危機を機会に変えるために取り組むべき変革の方向性などについてお聞きしました。ここからは、より具体的な事例を見ていきたいと思います。サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を実現し、サステナビリティのリスクを機会に変えて活用・成長した企業の事例としてはどのようなものがあるでしょうか。
坂野:
私が紹介したいのはオランダの元国営石炭企業・DSMの事例です。サステナビリティ経営や社会・環境・経済価値の三価値同時実現は短期的に実現できるものではありません。時間がかかりますし、長期的視点で資源を配分する必要があります。そこで、DSMのトランスフォーメーションジャーニーを振り返ってみたいと思います(図表1)※1。
同社は1902年にオランダ石炭公社として石炭採掘事業を開始しました。その後、石油に対して石炭の優位性がないということで化学産業にシフト。1973年に最後の炭鉱を廃止し、1975年には石油化学の会社になります。さらに1990年半ばに民営化した際、経営陣が長期的な視点から自社がどうあるべきかについて議論を深めました。
経営陣は議論を通じて、「石油化学が本当にこれから投資すべき分野なのか」という問いを掲げました。自社の規模では世界の競争に勝てないということも自覚していたのでしょう。そこで、「3P」というビジョンのもとに、大胆なトランスフォーメーションを実行します。
「3P」は、People(人)、Planet(地球)、Profit(利益)の頭文字を取った略語です。現在の言葉に置き換えると、まさに社会・環境・経済価値同時実現と同じニュアンスになります。DSMが掲げたもうひとつの標語は、「Doing well by doing good」。良いことをして利益を上げるということですが、これも現在のサステナビリティに通じるキーワードです。
DSM は新たに構築したパーパスのもと、2002年に石油化学部門であるDSM Petrochemicalを売却、その資金でヘルスケア企業からビタミン事業を買収し、新しいケイパビリティを獲得しました。また2002年以降も、化学・エネルギー関連事業などの売却を進める傍ら、積極的に健康、栄養、材料分野の企業のM&Aを繰り返しました。
現在の事業ポートフォリオはニュートリション分野が6割以上、機能性素材など機能商品がおよそ3割となっており、ビタミン会社としては世界一です。売上高は約1兆円で利益も7.6億ユーロ(2019年)ほどとなっています。人と地球への配慮と利益を両立させ、トランスフォーメーションに成功した事例と言えるでしょう。
DSMの事例から得られる教訓は、日本の中期経営計画とは異なる非常に長いスパンで自社の成長を考えたという点です。同時に自分たちの独自性を徹底的に掘り下げました。独自性とはすなわち、パーパスとケイパビリティです。そして、自分たちだけでは変革を実現できないため、インオーガニックなアプローチでさまざまなM&Aを行ってきた。そうして、30~40年かけてトランスフォーメーションを実行してきたのです。
北川さんと山岸さんがこの後に紹介する、ケイパビリティの見直しやインオーガニックな成長の事例と通じる部分もあると思います。
※1 坂野俊哉・磯貝友紀(2021)『SXの時代~究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営』(日経BP)より
吉田:
ありがとうございます。次に北川さんから、ケイパビリティを起点とした変革の事例を紹介してもらえますでしょうか。
北川:
私が紹介するのは、メキシコを拠点にグローバル展開する大手セメント会社、CEMEXです。変化がとりわけ難しいと思われる業界において変革を実現した事例と言えます※2。
セメントはかなり標準化された製品であり、差別化が難しい、いわゆるコモディティです。そのため、どうしてもコスト競争になりがちですが、CEMEXは他社と差別化したビジネスモデルを作り上げることで成長を続けてきました。
CEMEXはもともと、メキシコで地場の建設業者や政府、代理店、販売店、エンドユーザーにセメントを販売するビジネスを展開していました。しかし、ある程度の規模が確立された段階で、このままだと自社のビジネスがコスト勝負だけで終わってしまうということに危機感をおぼえました。そこで、自社が優位性を持つケイパビリティに着目していきます。
CEMEXが見出したケイパビリティは、「地場における顧客との関係性」でした。最終的に顧客視点で解決策を提供しようという考えに至り、これが変革の原点になっていきます(図表2)。
CEMEXは、自社の営業や代理店などあらゆる接点を利用し、「バリューチェーン上で顧客が本当に何を求めているのか」を徹底的に分析しました。そしてその知見を新製品の開発に生かすとともに、インフラ保守や24時間・週7日配送対応など、それまで他社が提供していなかったサービスを形にしていきます。
さらには、顧客がセメントをどう使えばいいか、実際の工事をうまく進めるためにはどうしたらいいのかといった悩みを抱えていることに気づき、踏み込んだコンサルティングサービスや顧客との関係構築に打って出ます。これはサービス提供領域の拡大とともに、競合参入を防ぐことにもつながりました。
CEMEXはまた、国際展開を視野に他社の買収にも意欲的に取り組みました。時間を買うという観点からです。自社のビジネスの型を買収した会社に展開していく「One CEMEX」というアプローチでグローバル展開を高スピードで実現し、自社ケイパビリティを拡張していきました。
昨今ではデジタルに注力し、DXでケイパビリティを飛躍的に進化・向上させています。デジタルプラットフォーム上で提供する「CEMEX Go」というサービスでは、購入や発注支払、配送状況確認など顧客が求める機能・サービスが全てオンラインで完結できるほか、携帯、タブレット、PCなどデバイス別に最適化されています。
CEMEX Goの特徴は顧客体験や利便性を飛躍的に高める一方、裏側ではERP、EC、CRMのシステムや、オペレーションテクノロジーなどバックエンドの業務と連動していることです。顧客の体験を自社のオペレーションに完全に連動させることで、アナログでのやりとりやタイムラグを減少させ、顧客のニーズや現場の課題・トラブルを生産現場までリアルタイムでつなげることに成功しています。
※2 唐木明子(2021)『PwC Strategy&のビジネスモデル・クリエイションー利益を生み出す戦略づくりの教科書』(中央経済社)より
吉田:
ありがとうございます。では、山岸さんからは、事業入れ替えや企業統合などを通じて、新しい価値を生み出した事例についてお話しください。
山岸:
自動車部品サプライヤーの統合再編案件についてご紹介します。近年、複数の関連案件に比較的長期にわたって関与する機会があり、それらを念頭にお話しいたします。
自動車部品メーカーを取り巻く事業環境は大きな変化の中にあります。象徴的なのが、「CASE」と呼ばれる潮流です。Connected(コネクテッド化)、Autonomous(自動運転化)、Shared & Service(シェア/サービス化)、Electric(電動化)の頭文字を取った略語です。
CASE は「ADAPT」(第1回参照)が与えている同業界への影響です。その進展は急速であり、全ての完成車メーカー(OEM)、自動車部品メーカーが一様に対応に迫られています。
自動車の開発においては、サプライヤーの技術開発力がOEMの開発能力に大いに影響を与えるようになっています。また、グローバルメガサプライヤーと呼ばれる資金力が非常に強い大きなプレイヤーも登場し、技術開発に多額の投資を行うことで技術優位性を生み出し、競争力を高めています。
こうした環境の中で、生き残りをかけて統合に踏み切った企業のケースをご紹介しましょう。
自動車部品サプライヤー業界は、パワートレインやステアリングに強みを持っているなど、伝統的に専業メーカーが多いのが特徴です。ただCASEの潮流の中では、それだけでは立ち行かなくなるという現実が迫ってきました。
私が支援に携わった企業では、コア技術を結集し、次世代技術を着実に、かつスピード感を持って開発・製品化していかなければならないという認識に達しました。同時に、技術開発を支える財務的基盤とスケールメリットを確保することを狙いとし、再編を実行に移すことになりました(図表3)。
この事例に携わりながら感じたことが3点あります。
まず、合併・統合を実行するためには、納得感のある、中長期の戦略と適合したストーリーが必要だということです。
大規模な統合再編には、時に数十億円規模の大きなコストかかります。また経営陣、従業員の統合にかかる労力は甚大なものになります。業務プロセスの統合が必要なだけでなく、異なるカルチャーを持つ企業が一緒になるからです。再編の目的は価値創造ですが、それを実現するまでの2~3年は生みの苦しみのプロセスであり、コストや労力をかけて乗り越えていかなければなりません。
その際に重要なのは、「事業戦略の統合や再編に意味があるのか」「自社のパーパスとどうつながっているのか」「中長期戦略とどう適合しているのか」などの問いに答えることができる、腹落ちできるストーリーテリング(ストーリーを語ること)です。ここが欠けてしまうと、従業員のエンゲージメントが高まりません。エンゲージメントが高まらなければ、組織文化の統合の失敗を招き、結果として価値創造に至ることはできないでしょう。そのため、マネジメント側がメッセージやストーリーを強く打ち出しながら、従業員のエンゲージメントを高めていく必要があります。
次に価値創造は自然には起きないということです。統合を実行する際にはシナジーが期待されるさまざまな項目が挙げられますが、価値創造を実現するためには実行プランや裏付けが必要です。しかもそれらを統合後に考えていては間に合いません。統合を決める以前から、統合による価値創造を見据えたデューデリジェンスや議論を行うべきです。
ちなみに、ここ最近はESGデューデリジェンスがよく行われるようになってきました。ESGは事業の将来性や価値そのものに影響を及ぼすので、今後さらにそうしたケースが増えていくだろうと考えています。
最後は、価値創造に向けた経営者のリーダーシップの重要性です。今回お話ししている事例では、統合再編の前後に事業売却を行う一方、追加でM&Aを実施し、ポートフォリオを入れ替えています。ここに、経営者の選択と集中に対する強い意志、またCASEの時代において「生き残っていくためにやるべきことをやる」というリーダーシップを感じました。
吉田:
ありがとうございます。ここまで、それぞれの専門領域の観点で変革を実現した事例を紹介しました。この後、質疑応答という形でさらに理解を一歩深めていきたいと思います。
ここまでに紹介した事例の総括と視聴者との質疑応答から、変革を実現するためのポイントをさらに深く掘り下げていきます。
変革を実現した企業の事例を通じ、危機を機会に変える経営の在り方について考えます。
サステナビリティ経営の実現、自社ケイパビリティの再考、インオーガニックな成長という3つの観点からの変革へのアプローチを紹介します。
PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役の吉田あかねが、日本企業を取り巻くマクロ環境とそこでの課題について整理します。
PwCリスクアドバイザリーは2020年~2023年に上場企業が開示した不正行為に対する調査結果について、2024年4月末時点の公開情報を基に集計、分析しました。その集計結果から不正の概要と調査形態について解説します。
2025年のプライベート・キャピタルにおけるM&Aは、業界を統合するような取引や業界の再編によって2024年来の世界的に活発な活動が継続し、加速すると予想されます。
M&A市場の成長の足枷となっていた経済的、地政学的な不確実性が解消されつつあり、世界のM&A市場は再び上昇基調に戻る兆しを見せています。しかし、今後1年間、ディールメーカーはいくつかのワイルドカード(不確実な要素)を注視する必要があります。
2025年の産業・サービス分野におけるM&A活動は、企業がポートフォリオの拡大、再編、洗練に向けた取り組みを強化していることから、成長へ向かうことが見込まれます。