解説「我が国のAIガバナンスの在り方ver1.1」【後編】

2021-07-16

本コラムでは前編に続き、経済産業省より公表された「我が国のAIガバナンスの在り方ver1.1」について、その概要を解説し、意義を考察します。

概要(前編つづき)

ガバナンス・イノベーションでの議論から得られる示唆として、AIの利活用の促進とイノベーションの推進のためには、非拘束的で中間的なゴールベースのガイドラインが求められる、ということが挙げられます。

ガバナンス・イノベーションでのルール形成に関する議論においては、社会や技術の変化の速さや複雑さに法が追いつけないという問題に対して、細かな行為義務を示すルールベースから、最終的に達成されるべき価値を示すゴールベースへと転換することが求められていると論じられています。

しかし、ゴールベースのルール形成においては、示されたゴールと企業などの取り組み手段との間に大きなギャップ(ガバナンスギャップ)が生まれてしまうというデメリットがあるとも指摘されています。そのため、このデメリットを解消するために、ゴールと企業の取り組みを繋ぐガイドラインのような中間的ルールの策定が求められました。ただし、この中間的なルールに法的拘束力が付与された場合には、ルールベースと同様に、イノベーションを阻害する可能性がある点に注意すべきと促しています。

以上の議論を踏まえて、報告書ではAIの利活用の促進とイノベーションの推進のためには、非拘束的で中間的なゴールベースのガイドラインが求められているとしています。

図表2 ガバナンスギャップ(報告書を基にPwCが作成)

また、報告書では日本にとって望ましいAIガバナンスとして、法的拘束力のない企業ガバナンス・ガイドラインの策定を提案しています。これは、ガバナンス・イノベーションの議論から得られる示唆に加えて、産業界の意見、検討会での議論と企業ヒアリングの結果、さらに消費者の視点を考慮したものです。

これまでに公表されている原則やガイドラインなどは、AIの利活用に伴うリスクと対策を例示している点でとても有用です。一方で、原則であるがゆえに企業実務への落とし込みが困難であること、リスクの評価や対策の選択には一定程度の専門的な知見が求められること、潜在的なリスクを強調するあまりかえってAIの利活用促進を阻害する可能性があることなどが指摘されています。そのため、AIの利活用に伴うリスクとその対策において、AI利活用の経験の有無や企業規模などに応じた柔軟な対応を支援するためには、リスクベースのマネジメントに関する一定のガイダンスを提供することが有効だとしています。

すなわち、法的拘束力のない企業ガバナンス・ガイドラインは以下の各項目を考慮することが想定されています。

  • 特定の利活用経験レベルを基準にしない
  • すべての企業に一律に適用されるものとはしない
  • 先進的な取り組みをしている企業の自由な取り組みを妨げない
  • AIに関するリスク管理等の改善を支援する
  • 企業間取引におけるAIシステムの信頼評価で参照されうるものとする
  • AI利活用を始めたばかりの企業でも役立つグッドプラクティスを含める
  • 消費者等への説明を促すものとする
  • 日本企業のガバナンスの特徴を考慮すること
  • 「DX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブック」などデジタル時代のガバナンスに関する他のガイダンスと整合的であること など

なお、法的拘束力のある横断的な規制、つまりAIに対する横断的な義務規定は、現時点では不要であるとの見解が示されています。仮に将来、そのような議論が必要になった際にも、潜在的な利益を考慮したリスクアセスメントを実施し、さらなる技術の進展によって特定のリスクが解消される可能性を考慮することが必要であると指摘しています。

また、AIの利活用を含む特定の技術については、それ自体を義務的規制の対象とすべきではないとされています。これは、当該技術の使われ方次第で社会に与える便益や損害の可能性が大きく異なるからです。この議論は、個別分野などにフォーカスした規制のあり方と関連しており、例えば自動車分野や医療分野では、従来の規制に対する考え方などを活かして、各分野でのルール制定を尊重することが望ましいとされています。

最後に、今後の課題として次の4点が掲げられています。

  1. 非拘束の中間的なガイドラインを利用するインセンティブの確保
    法的に非拘束であるがゆえに、ガイドラインが利用されない可能性があります。そのため、企業などがガイドラインを利用する意義を周知したり、その利用が利益につながるような仕組みをつくったりすることが求められます。
  2. 政府のAI利活用に対するガイダンスの導入
    デジタルガバメントの進展とともに、政府情報システムなどにAIの導入が進んでいくと思われます。そのため、今後は政府に対するガイダンスも必要になることが考えられます。
  3. 他国のガバナンスとの調和
    AIを利活用したサービスやプロダクトのユーザーは、国内に限られるわけではありません。そのためAIガバナンスの設計にあたっては、他国との調和が求められます。
  4. 政策と標準の連携
    先述のとおり、AIガバナンスの各要素は各階層間で重層的に関連しています。そのため、各階層間での一貫性を確保するために、政策と標準策定の緊密な連携が重要です。

またこれらに加えて、上述のモニタリングの観点から、企業などがゴールに則した行動を取っていることを誰がどのように確認し、その客観性と実効性を確保していくのかという点も今後の課題となるでしょう。

これらの課題への対応はもちろんのこと、AI原則の実践と社会実装を促進するためには、企業などが実施しているプラクティス事例を広く収集すべきです。AI原則の実践に関わる多様なステークホルダーと、先進的な取り組み事例、実践にあたっての阻害要因を克服するために工夫した点、要望や期待などを共有し、お互いの共通理解の促進や信頼の醸成のために、継続的に対話することが重要になるでしょう。

意義

報告書の意義は大きく2つあると筆者は考えます。

まず、欧州で検討が進められているような法的拘束力のある横断的な規制を定めるのでもなく、米国のように潜在的な利益を考慮しながら民間の自主規制を比較的重視するのでもなく、ガバナンス・イノベーションの議論を踏まえて「AI原則を尊重しようとする企業を支援するソフトローを中心としたガバナンス」という対案を提示したことは、現在、世界中で行われているAIガバナンスの議論の進展に大きく貢献すると考えます。それは同時に、人間や社会が守るべき価値としてのAI原則というゴールの達成と、AIを利活用したイノベーションの促進、ひいては日本が目指す経済発展と社会課題の解決を両立するSociety5.0の実現に向けても、大きな意義を持つと考えます。

次に、AIを利活用して自社のデジタルトランスフォーメーションを進め、新たな価値創造を試みる企業などにとって、現在世界各地で行われているAIガバナンスをめぐる議論やその動向を俯瞰できるという点、それらを踏まえた日本のAIガバナンスの方向性を知ることができるという点において、この報告書はとても有用であると思われます。また、ガバナンスギャップを埋めるための法的拘束力のない企業に対してガバナンス・ガイドラインの策定が提案されていることは、企業側にとっても歓迎すべきことでしょう。

執筆者

宮村 和谷

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

平岩 久人

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

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