自動車業界におけるLCAへの対応 第1回 ―GHG排出量算出の課題―

2022-03-31

はじめに

2015年12月にパリ協定が採択されたことを受け、世界各国・地域は温室効果ガス排出量削減の中長期目標を公表するなど、2050年カーボンニュートラル実現に向けた対応を進めています。投融資先の気候変動に係る事業活動を評価する動きも金融業界を中心に世界的に広まってきており、気候関連財務情報の開示を企業へ促すことを目的として設立された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は2017年6月、投資家が適切に投資判断をできるように、企業に対して気候変動関連のリスクおよび機会に関する項目の開示を推奨する最終報告書(以下、TCFD提言)を公表しました。TCFDは2021年10月には、投資家の意思決定の参考となる情報を企業が開示できるよう、指標、目標、移行計画に関するガイダンスを公表しました。

日本政府も2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言しており、企業に対する気候変動対策に向けた取り組みの実行や情報の開示への要請が高まっています。2021年6月には東京証券取引所より、「プライム市場上場企業は、(中略)国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」という内容で、改訂コーポレートガバナンス・コードが公表・施行されました。このような動きは、今後さらに加速していくことが予想されます。

これらは、全社として取り組むべき活動ではありますが、特に3万点以上の部品で構成される自動車を扱う業界においては、多数の原材料、生産設備、工順が存在することに加え、関連するサプライヤーが多いこと、事業としてではなく製品に着目した温室効果ガス(以降GHG)排出量を算出すること、排出量を予測した製品の企画開発が求められることなどの特徴があることから、対応が容易ではないことが予想されます。

そこで本稿では、カーボンニュートラルに向けた各国・地域の主な動向や、GHGを含む環境負荷の主な評価手法と活用例を紹介した上で、自動車業界におけるGHG排出量算出時の課題について整理します。

カーボンニュートラルに向けた各国・地域の主な動向

パリ協定の採択やTCFDによる最終報告書の公表のみならず、各国・地域ではカーボンニュートラルに向けたさまざまな制度設計が活発に行われています(図表1参照)。

図表1 カーボンニュートラルに向けた各国・地域の主な動向

GHG排出量削減のための政策としてのカーボンプライシングは、1990年12月にフィンランドで炭素税が導入されたのを皮切りに、各国・地域での導入が進められています。日本でも、2012年10月に「地球温暖化対策のための税」という名前で導入されました。

2015年9月には、気候変動への具体的な対策を含む、持続可能な開発目標(SDGs)が国連サミットで採択され、中長期的な企業価値の向上に向けてESG要素を含むサステナビリティが重要な経営課題となるとの共通認識が世界中に広まりました。

2021年7月には、欧州委員会が2030年の温室効果ガス削減目標として、1990年比で少なくとも55%削減を達成するための政策パッケージ(Fit for 55)の素案を公表しました。

日本では2022年4月に東証市場再編が予定されており、改訂されたコーポレートガバナンス・コードに従い、プライム上場企業に対してTCFD相当の気候変動に係るリスクおよび機会の開示が求められることになります。

環境負荷の主な評価手法とその活用

TCFDなど、企業に対し気候変動リスクの評価と対応を促すために立ち上げられた組織・タスクフォースによって、環境負荷の評価手法の確立とその活用が進められています(図表2参照)。

図表2 環境負荷の主な評価手法とその活用

環境負荷の評価手法

最も一般的な環境負荷の評価手法としてLife Cycle Assessment(LCA)という考え方があります。これは、資源の採取から製品の廃棄・リサイクルに至るまで、ライフサイクル全体における環境負荷を定量的に評価する考え方で、ISO14040シリーズによって手順などが規格化されています。

また、GHG排出量を算出および報告するための国際基準がGHGプロトコルによって定められており、ガイドラインとしての利用が進められています。

評価結果の活用

環境負荷の評価結果を活用する方法はさまざまで、企業が成し遂げるべき義務としての活動(MUST)と、企業価値向上やPRのために各社の意思で行う活動(WANT)に分類されます。

前者には、有価証券報告書を介してのTCFD提言に基づいた気候変動リスクと機会の報告義務や、炭素税、排出量取引などの法令として定められるカーボンプライシングが挙げられます。これらを踏まえると、今後、気候変動リスクへの対策は、社会的責任(CSR)を果たすためだけではなく、企業が成し遂げるべき義務として捉えていく必要があります。

後者には、カーボンフットプリント(CFP)プログラム参加マークやエコマークの認定取得、評価結果を基にした環境性能の高い製品の開発、自社従来製品や他社製品との比較主張による企業価値向上などが挙げられます。これらは義務ではありませんが、持続可能な社会に順応しながら成長し、他社との競争に打ち勝っていくためには、必要不可欠な活動となってくることが予想されます。

自動車業界におけるGHG排出量算出の課題

GHG排出量の算出方法は、GHGプロトコルによって単純な計算式(活動量×排出原単位)で標準化されていますが、自動車業界において実際にGHG排出量の算出を行うためには、いくつかの課題に対応する必要があります(図表3参照)。

図表3 自動車業界におけるGHG排出量算出の課題

算出の手間

3万点以上の部品で構成される自動車の製造工程には、数多くの原材料、生産設備、工順の組み合わせが存在します。そのため、部品番号ごとに切削加工時間や熱処理時間が異なり、結果としてGHG排出量も異なります。加えて、事業ではなく製品に着目したLCAを考えると、部品番号ごとの細かい粒度に分けた算出を行う必要があると考えられます。また、製造工程にはOEMのみならず関連するサプライヤーが数多く存在するため、自社工程による直接排出(Scope1*1)、他社から供給された電気などの使用に伴う間接排出(Scope2*2)だけでなく、購入した製品・サービスなど事業者の活動に関連する他社の排出(Scope3*3)の算出を行うには、材料メーカーや部品メーカーと連携する必要があります。

また多くのOEMが世界各国で現地生産し、構成部品および材料を現地調達しているため、国内メーカーであっても、グローバルとしてGHG排出量を算出できなければなりません。

GHG排出量を算出するために、新たな業務が発生する可能性があります。加えて、GHG排出量の算出は定常的に発生する業務となるため、定常業務に織り込んだ形で新たな業務プロセスを構築する必要があります。

GHG排出量の算出を手作業で行うことは困難であるため、各社の算出方針や業務プロセスに適した算出ツールを選定する必要があります。必要に応じて、サプライチェーン全体で使用ツールを統一させるなどの対応も必要となります。

情報開示

TCFD提言では、気候変動関連リスクを年次の財務報告書として開示することが求められており、算出結果を年単位で集計し、報告処理を行う必要があります。また、製品にCO2排出量を表示するCFPなどへの対応を考えると、さらに集計・報告の頻度が高まります。

自動車製造工程においては、生産量、生産設備、電源構成の変更などに伴い、比較的高い頻度でGHG排出量に変動が生じます。そのため、生じる変動をタイムリーに反映し、評価期間内における正確なGHG排出量情報を開示できるよう、備えておく必要があります。

真正性の確保

GHGプロトコルによって算出手法は標準化されていますが、活動量の設定や排出原単位の選択は企業に一任されています。そのため、正しい算出を行うためには、必要な知識習得に向けた教育やガイドラインなどの準備が必要となります。

算出にあたっては、実際の条件下で取得できるデータを基に行う必要があります。そのため、これまで管理してこなかったデータの管理が求められる可能性があります。

算出の誤りは、ステークホルダーとの信頼関係を失墜させかねません。したがって、ヒューマンエラーを防ぐための算出の自動化や、第三者認証機関を用いた算出プロセスの評価といった対策が必要となります。

排出量の予測

TCFD提言にある通り、今後は現状のGHG排出量の算出による気候変動関連リスクの評価だけでなく、改善の機会を説明することが義務として求められます。したがって、自動車業界としては、過去の排出量実績の開示だけでなく、排出量を予測して企画段階の評価項目へ織り込むことで環境性能の高い製品開発や、生産プロセスの省エネルギー化など、積極的に改善の機会を評価していくことが必要になると考えられます。

まとめ

自動車の製造工程には数多くの原材料、生産設備、工順の組み合わせがグローバル規模で存在します。その上、製品に着目したGHG排出量を算出することを考えると、各制度に準拠する必要がある一方で、その対応は容易ではないことが想定されます。

これらの課題に対応するにあたっては、義務として各制度に対応するだけではなく、排出量の予測を企画段階へ織り込むことにより環境性能の高い製品を開発することで、今後の持続可能な社会のニーズに応えるための競争力の源泉となると考えられます。

第2回はこちら

注記

*1、*2、*3GHGプロトコルによってGHGの排出源は以下の3つに分類されています。Scope1、2、3を合算した値が、サプライチェーン排出量となります。

Scope1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)

Scope2:他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う間接排出

Scope3:Scope1、2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)

執筆者

渡邉 伸一郎

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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糸田 周平

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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川添 健太郎

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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西山 早帝

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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