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近年、中国では大規模言語モデルや生成AIサービスの開発・実装が進むとともに、AIの社会実装にともなうリスクをふまえた制度整備が加速しています。これまで中国では、アルゴリズム推薦(推薦アルゴリズム)、ディープシンセシス(AIを用いた画像・音声・動画などの生成・合成技術)、生成AIサービス、データ安全、個人情報保護などを対象とする規制枠組みが整備されてきました。
本稿では、国家インターネット情報弁公室(CAC:中国のインターネット・データ・AI分野を所管する中央当局)などが公表した「AIエージェントの適正な利用およびイノベーション発展に関する実施意見」1(以下、「AIエージェント実施意見」)をふまえ、中国におけるAIエージェントガバナンスの特徴と、日本企業が留意すべき実務上のポイントを整理します。
前回記事:中国におけるAI関連規制
2025年以降、中国では「人工知能+」の国家方針を起点に、データ基盤の整備、重点分野での応用、データとモデルの協同を進める政策文書が相次いで公表されています。これは、「国家戦略—データ基盤—重点分野での実装—データとモデルの協同—ガバナンス」という流れを通じて、AIの発展と安全を両立させようとしている点が特徴です。2
背景には、AI技術の焦点が、コンテンツを生成する生成AIから、外部ツールや業務システムを利用してタスクを実行するAIエージェントへと広がりつつあるという技術発展があります。さらに、ロボットやスマート端末などと連携して物理空間で動作するエンボディードAI、いわゆるフィジカルAIも、今後の重要領域として注目されています。
「AIエージェント実施意見」は、こうした政策展開の中で、AIエージェントの活用促進とリスク管理の方向性を示す政策文書として位置づけられます。
図表1:中国AI政策の全体像(2025年以降)
また、中国AIエージェント関連政策のタイムラインは、以下の通りです。
図表2:中国AI政策のタイムライン(2025年以降)
以下では、まずAIエージェント(中国語で「智能体」)の概念と「AIエージェント実施意見」の主要論点を整理したうえで、日本企業が実務上確認すべきポイントを解説します。
「AIエージェント実施意見」では、AIエージェント(智能体)を、自律的な知覚、記憶、意思決定、対話、実行能力を備えた知能システムであり、AI製品・サービスの重要な形態と定義しています。一般にAIエージェントまたはインテリジェントエージェントに相当する概念と考えられます。
従来の生成AIが主にユーザーからの入力に対してテキスト、画像、音声、コードなどを生成することに重点を置いていたのに対し、AIエージェントはユーザーの目的に応じてタスクを分解し、必要な情報を取得したうえで外部ツールや業務システムを利用しながら複数ステップの処理を実行し得る点に特徴があります。
図表3:生成AIとAIエージェントの違い
観点 |
生成AI |
AIエージェント |
主な役割 |
コンテンツを生成する |
目的達成のためにタスクを実行する |
主な処理 |
入力に応じて文章、画像、音声、コードなどを生成 |
目的理解、計画、情報取得、ツール利用、実行、結果確認 |
管理対象 |
学習データ、モデル、入力、出力、サービス運用 |
生成プロセスに加え、権限、実行範囲、外部システム操作、ログ |
主要リスク |
違法・有害情報、虚偽情報、著作権侵害、個人情報漏えい |
誤操作、権限濫用、不正実行、システムへの影響、情報流出 |
ガバナンスの焦点 |
生成内容と生成プロセスの管理 |
行動プロセスと実行結果の統制 |
実務上、AIエージェントは単にコンテンツを「生成するAI」にとどまらず、目的達成のために一定の処理を「実行するAI」として捉えることができます。そのため、企業のガバナンスにおいては、出力内容の管理だけでなく、AIにどのような権限を与え、どの範囲まで実行を認めるのかという行動管理が重要です。
前述の政策動向をふまえると、「AIエージェント実施意見」は、中国の「人工知能+」政策を支える重要な要素としてAIエージェントの応用促進とリスク管理を整理する文書といえるでしょう。同文書は、AIエージェントを単なる技術トレンドとしてではなく、人工知能製品・サービスの重要な形態として捉えています。
同文書では、企業実務に関連する論点として、特に以下の点が重要と考えられます。
図表4:「AIエージェント実施意見」から読み取れる主な論点3
論点 |
原文・キーワード |
AIエージェント実施意見における考え方 |
「AIエージェント(智能体)」の定義 |
「自律的な知覚、記憶、意思決定、対話、実行能力を備えた知能システム」「人工知能製品・サービスの重要な形態」 |
「AIエージェント(智能体)」は、自律的な知覚、記憶、意思決定、対話、実行能力を備える知能システムであり、人工知能製品・サービスの重要な形態として整理されている |
規範的応用とイノベーション発展の両立 |
「規範的応用」「イノベーション発展」 |
AIエージェントの活用を促進しつつ、適切な利用秩序を形成することが重視されている |
発展と安全の両立 |
「発展」「安全」「信頼可能」「制御可能」 |
技術・産業の発展を促進する一方で、安全性、信頼性、管理可能性を確保する方向性が示されている |
応用領域の拡大 |
「産業応用」「公共サービス」「企業業務」など |
AIエージェントは、特定の行政利用に限らず、企業業務、産業分野、公共サービスなど多様な場面での応用が想定されている |
主体責任の明確化 |
「開発」「提供」「応用」「管理」「責任」 |
AIエージェントの開発、提供、利用に関わる主体が、それぞれ適切な責任を負うことが重要となる |
データ・セキュリティ・個人情報保護との接続 |
「データ安全」「個人情報保護」「ネットワーク安全」 |
AIエージェントの利用にともない、データの安全管理、個人情報保護、サイバーセキュリティなどの既存規制との関係が重要となる |
継続的なガバナンス |
「評価」「監督」「管理」「リスク防止」 |
AIエージェントの能力や利用範囲は運用中に変化し得るため、継続的な評価・管理が求められる |
以上のように、「AIエージェント実施意見」はAIエージェントの利用を抑制するものではなく、活用促進とリスク管理を一体として進める方向性を示す政策です。企業にとっては、AIエージェントの利便性だけでなく、利用目的、対象業務、処理データ、付与する権限、関係者の責任分担をあらかじめ整理することが重要となります。
「AIエージェント実施意見」は、AIエージェントの開発、提供、利用全般を視野に入れた包括的な政策文書です。
したがって、中国国内でAIエージェントを提供する事業者はもちろん、中国拠点においてAIエージェントを業務利用する企業、中国のユーザーや顧客にAI機能を提供する日本企業も、実務上の影響を受ける可能性があります。
特に、以下のような企業は留意が必要です。
中国では、サイバーセキュリティ法、データ安全法、個人情報保護法に加え、アルゴリズム推薦、ディープシンセシス、生成AIサービスに関する規制が整備されています。AIエージェントの導入にあたっては、「AIエージェント実施意見」だけでなく、これら既存規制との関係を整理することが重要です。
また、上記の政策動向は、AIエージェント対応を単なるコンプライアンス上の課題にとどめず、中国におけるAI実装・事業機会の観点からも捉える必要があることを示しています。特に、「人工知能+製造」、「国家データインフラ」および「模数共振(AIモデルとデータを連携させ、産業応用を促進する考え方)」といった政策は、製造業、データ活用、業務自動化、産業向けAIサービスと密接に関係します。そのため、中国で事業を展開する日本企業は、規制適合性を確認するだけでなく、自社の中国事業においてAIエージェントをどの業務・サービスに活用できるかを検討することも重要です。
AIエージェントは、外部ツールや社内システムにアクセスし、ユーザーに代わって操作を実行する場合があります。そのため、どのデータにアクセスできるのか、どの操作を自動実行できるのか、どの段階で人間の承認を必要とするのかを明確に定めることが求められます。
特に、メール送信、契約書作成、発注、決済、顧客対応、データベース更新など、企業活動に直接影響を与える操作については、最小権限の原則、人間による確認、操作ログの保存が不可欠です。
AIエージェントは、社内文書、顧客情報、従業員情報、営業秘密などを処理する可能性があります。入力データが外部モデルや第三者サービスに送信される場合、個人情報保護、データ安全、越境移転の観点から慎重な確認が必要です。
特に中国では、重要データや個人情報の越境移転に関する規制が存在するため、中国国内データをAIエージェントに処理させる場合には、データの所在、送信先、保存期間、再学習利用の有無を確認する必要があります。
AIエージェントがユーザーに代わって情報を生成・発信する場合、違法・有害情報、虚偽情報、差別的表現などを生成・拡散するリスクがあります。
中国向けサービスでは、生成AI規制やコンテンツ管理に関する要求をふまえ、出力内容のフィルタリング、禁止事項の設定、ユーザー通報窓口、問題発生時の削除・停止措置を整備することが必要です。
AIエージェント固有のリスクとして、プロンプトインジェクションやツール悪用があります。例えば、AIエージェントが読み込むウェブページ、メール、文書に悪意ある指示が含まれている場合、本来実行すべきでない操作を行ったり、機密情報を外部に送信したりする事態が想定されます。
従来型のサイバーセキュリティ対策に加え、AIエージェント特有の脅威シナリオを前提としたテスト、監視、ガードレール設計が求められます。
AIエージェントがどの入力に基づき、どのような判断を行い、どのツールを利用し、どの操作を実行したのかを記録できなければ、問題発生時の原因究明や責任分担が困難になります。
企業は、プロンプト、参照データ、出力結果、ツール実行履歴、承認履歴、エラー履歴を適切に保存し、監査可能な体制を整備することが望まれます。
以下のチェックリストは、「AIエージェント実施意見」に示されたAIエージェントの規範的応用・安全管理の方向性をふまえ、中国の生成AI、アルゴリズム、ディープシンセシス、データ安全、個人情報保護、サイバーセキュリティ関連規制、およびAIリスク管理に関する実務上のベストプラクティスをもとに整理したものです。実際の対応にあたっては、サービスの提供形態、対象ユーザー、処理データ、利用地域、外部委託の有無などに応じて、個別に適用法令を確認する必要があります。
図表5:企業対応チェックリスト(例示)
項目 |
確認ポイント |
1. 適用範囲・提供形態 |
中国国内ユーザー向けの提供、中国拠点での社内利用の有無を整理しているか |
2. 既存規制への該当性 |
生成AIサービス、アルゴリズム推薦、ディープシンセシス、個人情報保護、データ越境移転などの既存規制に該当するか |
3. 役割・責任分担 |
AIエージェントの開発者、提供者、利用企業、外部委託先、利用者の責任分担を契約・規程で明確にしているか |
4. データ・個人情報管理 |
個人情報、重要データ、営業秘密、機密情報をAIエージェントに処理させる場合の管理措置を定めているか |
5. 越境移転・学習利用 |
中国国内の個人情報・重要データが国外に送信・保存・アクセスされるか、また入力データが外部モデルの学習・改善に利用されているか |
6. 外部モデル・API・クラウド管理 |
利用するAIモデル、API、クラウド、プラグインなどの提供者について、安全管理体制、データ利用条件、再委託、障害時対応を確認しているか |
7. 権限・実行範囲の管理 |
AIエージェントがアクセスできるデータ、利用できるツール、実行できる操作を定義し、必要最小限の権限に限定しているか |
8. 人間の関与・承認 |
メール送信、発注、決済、契約、申請、データ更新などの重要操作について、人間による確認・承認プロセスを設けているか |
9. コンテンツ安全管理・表示 |
違法・有害情報、虚偽情報、差別的表現などの生成・拡散を防ぐ仕組みを設け、AIによる生成・実行であることを適切に表示しているか |
10. セキュリティ対策 |
プロンプトインジェクション、権限昇格、不正なツール呼び出し、情報漏えい、外部システムの不適切操作への対策を講じているか |
11. ログ管理・監査可能性 |
入力、出力、参照データ、判断過程、ツール実行、承認、エラーなどの履歴を保存し、問題発生時に追跡できる体制を整備しているか |
12. 運用ルール・継続的改善 |
社内利用ルール、利用者対応、苦情・通報窓口、インシデント対応、定期的な性能・安全性・法令適合性の見直しを整備しているか |
「AIエージェント実施意見」は、中国の「人工知能+」政策の流れの中で、AIエージェントの活用促進とガバナンスを両立させる政策文書として位置づけられます。
日本企業は、中国国内でAIサービスを提供する場合、中国拠点でAIエージェントを利用する場合、中国の個人情報や業務データをAIで処理する場合に、既存の生成AI規制、データ安全法、個人情報保護法、サイバーセキュリティ法、データ越境移転規制との関係を整理する必要があります。
今後はAIエージェントを単なる自動化ツールとして捉えるのではなく、どの業務に利用し、どのデータと権限を与え、誰が責任を負い、どのように監視・監査するのかを明確にすることが求められます。企業としては、今後の関連細則、標準、監督実務の動向を継続的に確認しながら、自社のAIガバナンス体制に反映していくことが重要です。
1 国家インターネット情報弁公室(CAC)国家発展改革委員会 工業情報化部、2026年5月8日公布、「智能体规范应用与创新发展实施意见」、2026年5月閲覧、
https://www.cac.gov.cn/2026-05/08/c_1779979789523320.htm
2 CERNET(China Education and Research Network)掲載資料、2026年5月28日掲載、
https://www.edu.cn/xxh/focus/zc/202605/t20260528_2738385.shtml
3 図表中の原文上のキーワードは、「AIエージェント実施意見」の関連表現を筆者が日本語訳したものです
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