
「法の観点から見るプライバシー」デジタルトランスフォーメーションにおけるプライバシー・バイ・デザインの実装
DXとプライバシー保護を両立させる上で有用な「プライバシー・バイ・デザイン」の概念と、その実装方法を紹介します。
2020-10-05
中国や米国など海外を中心にサービスが広がってきていた個人を信用スコアで格付けするサービス(信用スコアリング事業)は、日本においてもサービスが開始されており、近年広がりつつあります。
信用スコアリング事業の実施にあたっては、インターネットの閲覧履歴、ECサイトの購買履歴、決済アプリの利用履歴など、利用者に関するさまざまなデータを収集・分析し、当該利用者の信用スコアを算出することになります。そのため、信用スコア提供事業者は、利用者に関するデータを集積し、利活用し得る立場にある事業者(以下、「デジタル・プラットフォーム事業者」)であるのが一般的です。そして、近時、公正取引委員会(以下、「公取委」)は、デジタル・プラットフォーム事業者に対する競争法の執行事例を増やすと共に、取引実態調査を行うことにより、執行を活発化する姿勢を見せています。
そのため、信用スコアリング事業を展開するにあたって留意すべき法的課題を検討するにあたっては、個人情報保護法やプライバシーの観点からの検討だけでなく、独占禁止法に関してどのような法的課題が生じるかを検討しておくことが不可欠です。
デジタル・プラットフォーム事業者が、取引を行う事業者との間でどのような条件で取引を行うかについては、原則としてデジタル・プラットフォーム事業者の自由です。しかし、デジタル・プラットフォーム事業者が、市場における自由な競争を人為的に制限する行為を行った場合や、取引上相対的に優越的な地位を有している場合にその地位を利用して取引の相手方に対して不当な行為を行った場合には、競争法上問題となる場合があります。
具体的には、信用スコア提供事業者が、競合する他の信用スコア提供事業者を排除する目的で提携先企業に対して自らとのみ取引をすることを義務付けたり(拘束条件付取引、排他条件付取引)、信用スコア提供事業者のサービスを利用せざるを得ない提携先企業に対して、契約内容を一方的に変更するなどにより不当な不利益を与えたり(優越的地位の濫用)、といった行為などが想定されます。
信用スコア提供事業者ではないものの、デジタル・プラットフォーム事業者に対して公取委が調査を行った事例としては、A社が運営するマーケットプレイスの出品者との間のポイントサービス利用規約を変更し、出品される全ての商品についてポイントを付与し、当該ポイント分の原資を出品者に負担させる旨の内容としたことについて、優越的地位の濫用に該当する可能性があるとして公取委が調査を行った事例や、B社が運営するマーケットプレイスにおいて一方的に規約を変更し、一定額以上購入した利用者への送料を無料としたことについて優越的地位の濫用に該当する可能性があるとして公取委が調査を行った事例があります。
優越的地位の濫用の禁止という規制類型は、本来、事業者間の取引規制で、かつ、中小事業者の保護のための規制として用いられてきており、公取委のこれまでの運用も、事業者との取引を中心とするものでした。
しかし、消費者が提供する個人情報等は、金銭と同様に経済的な価値を有しており、消費者はデジタル・プラットフォーム事業者が提供するサービスを利用するにあたり、個人情報等を対価として取引を行っているということができるため、消費者との取引であったとしても独占禁止法の適用が排除されるものでないとして、優越的地位の濫用の禁止が、個人情報の不当な取得・利用という消費者取引の規制手段として用いられ得ます。
係る考え方を明らかにするため、公取委は、2019年12月に「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」を公表し、利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得したり、利用目的の達成に必要な範囲を超えて消費者の意に反して個人情報を取得したりする行為が優越的地位の濫用とされる可能性があることを示唆しています。
信用スコア事業の利用者は、信用スコアが作成されるとそのスコアに応じた条件でサービスの提供を受けることとなるため、信用スコア提供事業者の変更を容易には行うことができないのが一般的です。そのため、仮に信用スコア提供事業者から不利益な取り扱いを受けた場合であっても、利用者は、他の信用スコア提供事業者に変更することは事実上困難であり、利用者は、利用する信用スコア提供事業者による不利益な取り扱いを受け入れざるを得ない関係にあります。したがって、信用スコア提供事業者は、当該信用スコアサービスの利用者である消費者に対して、優越的地位にあると言えるのが一般的です。
そのため、信用スコア提供事業者が、以下の図表2にあるような個人情報等を取得・利用する行為を行った場合には、濫用行為として、優越的地位の濫用に当たり得ることとなります。
また、図表2に記載の行為に限らず、信用スコア提供事業者による個人情報等の取得または利用に関する行為が、正常な商慣習に照らして不当に、利用者に不利益を与えることとなる場合にも、優越的地位の濫用として問題となり得ます。
デジタル・プラットフォーム事業者に対する規制は、これまでは不公正な行為が行われた後、つまり事後的な規制にならざるを得ませんでした。しかし、反競争的な行為が行われデジタル・プラットフォーム事業者が市場支配的な地位を獲得してしまった後に事後的にこれを排除しようとしても十分な効果が得られず、適時に効果的な救済が図られないという懸念がありました。そのため、デジタル・プラットフォーム事業者に対する何らかの事前規制の必要性について、かねてより議論がなされてきました。
係る議論の結果、制定されたのが2020年5月27日に国会で可決成立した「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」です。同法では、デジタル・プラットフォーム事業者のうち、特に取引の透明性および公正性を高める必要性が高いものを提供する事業者を「特定デジタルプラットフォーム提供者」として政令に基づき指定し、(1)特定デジタルプラットフォーム提供者の取引条件等の情報の開示、(2)自主的な手続・体制の整備、(3)運営状況の報告および経産省の評価を求めることとしています。
近時、デジタル・プラットフォーム事業者に対する公取委の執行事例が増加しているだけではなく、デジタル・プラットフォーム事業者の事業活動に関する実態調査が多数行われています。このことからすれば、公取委のデジタル・プラットフォーム事業者に対する執行傾向は、今後も同様の傾向が続くものと考えられます。そのため、デジタル・プラットフォーム事業者は、今後の公取委の執行状況を注視すると共に、信用スコアリング事業に限らず、違反行為が生じないよう留意する必要があります。
なお信用スコアリング事業を含む「プロファイリング」について、「信用スコアリング事業を題材としたプロファイリングの法的課題 ― 個人情報保護、プライバシーの観点から」で、個人情報保護法やプライバシーの観点から法的課題を考察しています。併せてご覧ください。
戸田 謙太郎
TMI総合法律事務所 弁護士
平岩 久人
パートナー, PwCあらた有限責任監査法人
篠宮 輝
マネージャー, PwCコンサルティング合同会社
DXとプライバシー保護を両立させる上で有用な「プライバシー・バイ・デザイン」の概念と、その実装方法を紹介します。
実臨床から収集した膨大な医療情報である「医療ビッグデータ」の利活用にあたっては、個人情報保護と研究倫理に関するそれぞれのルールに留意する必要があります。「サービスベンダーによる医療情報の外部提供」と「大学病院との人工知能(AI)の共同研究」の2つの想定事例を取り上げて、データ利活用の観点から法的問題点を解説します。
個人を信用スコアで格付けするサービス「信用スコアリング事業」が、日本でも近年広がりつつあります。同時に、公正取引委員会が、デジタル・プラットフォーム事業者に対する競争法の執行を活発化する姿勢を見せています。信用スコアリング事業を展開するにあたって留意するべき、独占禁止法の観点からの法的課題を考察します。
ビッグデータと人工知能(AI)を用いて個人の性向や属性などの推測を行う「プロファイリング」は、プライバシーの侵害につながる可能性があります。日本でも広がりつつある信用スコアリング事業を取り上げながら、日本における個人情報の取り扱いの法的課題について、個人情報保護法やプライバシーの観点から解説します。
人材マネジメントに「ピープルアナリティクス」を活用するケースが増えてきています。特に活用が期待される領域や活用事例、プライバシー上の懸念事項を紹介します。
Society5.0を実現する上で、ユーザーのオンライン、オフラインの行動履歴に基づいてパーソナライズされた体験を提供することが鍵となります。この行動履歴を活用するにあたっての注意点を解説します。
企業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが加速するのに伴い、事業効率化・高度化に向けたデータ利活用が浸透してきています。本稿ではデータ利活用の新たな可能性としてのデータマネタイズ(データ外販)およびその課題に関して説明します。
ECサイトのレコメンデーションは、消費者の購買意欲を大いにかき立てるものになっています。レコメンデーションの進化とそれに伴う弊害、今こそ企業に求められるレコメンデーションの在り方を解説します。
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズの第5回目として、ブラジルのデジタル戦略と組織体制、セキュリティにかかわる政策や法令とその動向などについて最新情報を解説します。
プライバシーガバナンスは、プライバシー問題に関するリスクを適切に管理し、消費者やステークホルダーに対して責任を果たすことを指します。この見直しは、社会からの信頼を得るとともに企業価値の向上に寄与します。企業のプライバシーガバナンスへの取り組み状況として2社の事例をご紹介します。
昨今の製品セキュリティを取り巻く規制や制度への対応に伴い、企業では脆弱性開示ポリシーの整備が進んでいます。脆弱性を迅速かつ効果的に修正し運用するための、脆弱性を発見した報告者と企業との協力関係の構築と、報告者に対して企業が支払う報奨金制度の活用について解説します。
2025年3月末より、IoTセキュリティ適合性評価及びラベリング制度(JC-STAR)の運用が開始されました。行政機関や地方公共団体、民間企業に向けてさまざまな政府機関が発行するガイダンスについて紹介、解説します。