
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズ(4)メキシコ
各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズの第4回目として、メキシコ政府のデジタル戦略と組織体制、セキュリティにかかわる法律とその動向などについて最新情報を解説します。
通信衛星の小型化、多数打上げによるコンステレーション化(衛星ネットワーク化)により、衛星通信は現代社会において重要な社会インフラとして期待され始めています。その背景には5G(第5世代移動通信システム)社会やIoT(モノのインターネット)社会といった通信インフラを前提とした社会ビジョンの形成が世界で浸透してきたことがあると考えられます。世界ではいまだに約50%の地域でインターネットへの接続が難しく※1、この社会課題を受けて名だたる起業家がデジタルデバイド解消のための衛星通信の普及に乗り出してきています。衛星通信は市場規模としても大きく、2030年には約5,400万ドルになるとまで言われています※2。
通信衛星の主要なプレーヤーの条件として、豊富な資金力があげられます。これはコンステレーションを前提とした衛星の製作、配備、運営には莫大な初期投資が必要とされ、資金回収(利益化)までに一定の時間を要するためです。資金の重要性に関して記憶に新しいのが、2020年3月の衛星通信ベンチャー「OneWeb」の破産申請です。OneWebはコンステレーション衛星を活用した衛星通信のパイオニアでしたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックの影響もあり、日本でのサービスローンチを目前に破産申請となってしまいました。現在ではSpaceXやBlue Origin(Amazon)といった莫大な資金力を有するプレーヤーが通信衛星の市場獲得の動きを加速させています。また、旧来グローバルで衛星通信事業を行っていた大手企業も収益性が低迷しており、衛星通信業界はビジネスモデルの変革が求められています。
上述の通り、衛星通信事業にて衛星の開発からサービスの運営までを1社で担うには莫大な資金力が必要であり、現時点ではグローバルのビッグプレーヤーが市場の主役となっています。一方で、実際に衛星通信をサービス化するにあたっては、サービスを利用する地域のプロバイダーが必要であり、アンテナなどの拡充もサービス普及の重要な要素となってきます。このため、日本では通信衛星の開発・運営以外の領域でも当該市場に参入する余地が大いにあると考えられます。具体的には以下の3つの市場が日本企業の参画するフィールドになると想定されます。
5G社会やIoT社会の到来でネットワーク量はますます増加し、2020年の世界の通信量は59ゼタバイト(59兆GB)にも及ぶといわれています※3。将来的に地上回線がひっ迫することは必至であり、特に都市部では深刻な問題になりかねません。通信衛星は近年、高速・大容量化が加速しており、地上ネットワークを補完する役割が期待されています。地上ネットワークと衛星通信を同時に活用していく要素技術の一つとして重要な役割を果たすのが「ネットワークスライシング」です。
この技術は従来の地上ネットワーク回線と衛星通信回線を組み合わせて回線混雑を緩和することを可能とします。例えば、地上回線の混雑状況を判断して衛星回線へと切り替えるなどの対応が考えられます。そのため、回線の高速化、大容量化、安定化を求める企業からのニーズは大きくなると想定されます。
2030年には1万機以上の通信衛星が低軌道上で稼働することが見込まれますが、その際に重要となるのがスペースデブリの問題です。小型衛星の寿命は3年程度であるため、多くの衛星がデブリ化する可能性があり、衛星通信事業では安全性の点からデブリ除去が大きな課題となります。日本では小惑星などへの接近技術など、この分野での技術レベルが非常に高く、有望なスタートアップも出てきています。デブリへの接近など特殊技術が必要とされる領域での技術アドバンテージをしっかりと発揮できれば、日本企業が衛星通信分野で大きな存在感を示すことが可能となります。
一般的な通信事業においては、ローカルプロバイダーはオーソドックスな参入方法です。ただし、日本では通信事業者としての登録などさまざまな法規制との関係もあり、通信事業者が既存事業の延長として実施する可能性が高いと言えます。また、あくまでも通信衛星を運営する事業者のリセラー(販売代理店)となるため収益の規模は限られますが、確実に必要とされる事業です。
衛星通信の重要性が増すにつれ、通信停止やデータの改ざん・漏えいなど、事業継続性に関するリスクが高まる恐れがあります。PwC Japanグループでは、宇宙関連システムに対する脅威について調査分析を実施し、「衛星への脅威」「地上局への脅威」「アップリンク、ダウンリンク信号への脅威」の3つに分類しています。
分類 |
主な脅威 |
衛星 |
悪意のあるソフトウェア・部品による乗っ取り・改ざん |
宇宙天気 |
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デブリ衝突 |
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衛星攻撃兵器(ASAT) |
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電磁パルス攻撃 |
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地上局 |
サイバー攻撃による停止・改ざん・漏えい |
自然災害 |
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物理テロ |
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パンデミック |
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運用要員による内部犯行 |
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信号 |
ジャミング |
スプーフィング |
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ミーコニング |
特に、ソフトウェアなどの民生品の活用、地上局のクラウド化などによって、サイバー攻撃の対象となる脆弱性が飛躍的に高まっています。具体的なサイバー攻撃の事例として、2014年にはウクライナで通信衛星の遮断が、2017年にはラトビアで携帯電話サービスへのジャミング攻撃が発生しています。また、国内でも、2012年と2013年に不正アクセスによるサイバー攻撃が報告されています。
また、衛星通信に用いられる通信機器へのサプライチェーンリスクも考慮する必要があります。2019年、米国政府はセキュリティ上の懸念を理由に中国製の5G通信機器の使用を禁止しましたが、衛星通信においても同様の政策を行う可能性があるため、通信衛星ビジネス参入の際に考慮する必要があります。
デジタル化が進む世界において通信環境は不可欠なインフラとなり、その中でも世界中に通信環境を提供できる衛星通信は日に日に重要性を増してきています。将来的には欠かすことができないインフラとなることは想像に難くありません。巨大資本が中心となっている衛星通信開発の競争の中で日本の企業が存在感を示していくには、その技術の独自性を活かした領域の発掘がカギとなります。そのためにもネットワークスライシングやスペースデブリ除去といった領域でいち早くビジネスモデルを確立し、サイバーリスクに対処しながら、世界の衛星通信市場でポジションを確立することが求められます。
※1 UN Secretary-General’s High-level Panel on Digital Cooperation,“The Age of Digital Interdependence Report”
※2 Morgan Stanley, “Space: Investment Implications of the Final Frontier”
※3 IDC, “IDC's Global DataSphere Forecast Shows Continued Steady Growth in the Creation and Consumption of Data”
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