日本企業が求められる企業活動と人権・環境デューディリジェンスへの対応-EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)の発効を受けて-

【第2回】EUのCSDDDと企業の責任-日本企業は何をすべきか-

  • 2024-10-28

1. 概要

2024年7月25日、EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD:Corporate Sustainability Due Diligence Directive)(Directive 2024/1760)(以下、「本指令」)1が発効しました。本指令は一定の売上高等の要件(以下、「対象企業要件」)を充足する対象企業(以下、「適用対象企業」。EU域外企業を含む)に、自社及び子会社の事業並びに活動の連鎖(Chain of activities)におけるビジネスパートナーの事業に関する人権及び環境のデューディリジェンスの実施や開示等を義務付けるものです。本指令に基づき、EU各加盟国は、2026年7月26日までに本指令の内容を含む国内法を制定することが求められます。

図表1 CSDDDと日本企業への影響

本指令の発効は、EU域内企業のみならず、日本企業を含むEU域外企業においても、その事業活動から生じる人権及び環境への潜在的な又は顕在化した負の影響等を特定・評価し、かかる負の影響等を軽減・防止又は是正するための適切な措置を取る、いわゆる人権・環境デューディリジェンスにつき、どのように対応すべきかを真剣に検討する重要な契機となるものです。企業のサプライチェーンのあり方を含めて、今後の事業活動にも大きく影響を及ぼすものと考えられるため、本コラムで、その概要を紹介します。

2. 本指令の背景・目的

EUは、欧州グリーンディールに則ったグリーン経済への移行、及び人権や環境に関連する事項を含む国連のSDGsの達成を含む持続可能な経済・社会の構築を実現するためには、あらゆる業種の企業の行動が重要であるとしています。すなわち、企業は、人権及び環境の観点からの持続可能性(サステナビリティ)を担保するための責任ある行動が求められており、そのガバナンス、マネジメントシステム及び意思決定においてもかかる持続可能性の観点を組み込むことが重要であるとされています。

本指令は、かかる観点から、グローバルバリューチェーンを通じて、人権及び環境双方の観点から、持続可能で責任のある企業行動を促進することを目的としています。具体的には、企業活動による児童労働や労働者の搾取などの人権への負の影響、及び、環境汚染、生物多様性の損失をはじめとした環境への負の影響を特定し、当該負の影響を防止、軽減、是正するプロセスの構築と実施等を求めています。このような人権及び環境双方の観点からの施策は、EU各国でそれぞれ法制化又はその検討が進められているものの、各国の法整備の状況やその内容は必ずしも同一ではないため、本指令が、法的安定性と公正な競争条件(level playing field)を確保することにも資するものと考えられています。

4. 本指令の適用対象企業及び適用開始時期

本指令の適用対象企業(対象企業要件)は以下のとおりであり、段階的に適用が開始されます。適用対象企業の要件であるEU域内での年間純売上高をどのように把握するか、従業員にはどの範囲まで含まれるのかなど、実務上、適用対象企業を確定する上で、対象企業要件の解釈・適用についても慎重な検討が必要となります。

図表3 CSDDDの適用対象企業及び適用開始時期

5. 本指令で対象とされる人権リスク及び環境リスク

本指令は、後記の「適用対象企業に課される義務」のとおり、適用対象企業に対し、人権及び環境に係るデューディリジェンスの実施等の義務を課しています。

本指令は、かかるデューディリジェンスの対象となる「人権への負の影響」及び「環境への負の影響」を定義しており(3条1項〈b〉〈c〉)、いずれも附属書(Annex)に具体的に列挙された人権リスク及び環境リスクを参照しています。本指令おけるデューディリジェンスを含む各義務を履行する際には、附属書を参照しながら、本指令がいかなる人権リスク及び環境リスクを対象としているのか、これまで自社が自社グループや取引先に対して実施しているデューディリジェンスにおいてこれらの人権リスクや環境リスクがカバーされているのかなどを検討することが必要になります。

図表4 CSDDDで対象とされる人権リスク及び環境リスク

6. 適用対象企業に課される義務

(1)人権及び環境に係るデューディリジェンス義務

①概要

本指令の適用対象企業は、人権及び環境に係るデューディリジェンスを実施する義務が課せられます。適用対象企業は、自らの事業又はその子会社の事業のみならず、活動の連鎖(chain of activities)におけるビジネスパートナーの事業から生じる人権及び環境への負の影響もデューディリジェンスの対象とするものとされています。

ここで、「活動の連鎖」(chain of activities)とは、企業の事業に関する上流及び下流の事業活動であり、具体的には、①原材料、製品又は製品の部品の設計、抽出、調達、製造、輸送、保管及び供給並びに製品又はサービスの開発を含む法人による商品の生産又はサービスの提供に関する企業の上流のビジネスパートナーの活動、及び②製品の流通、輸送、保管(廃棄は含まない)に関連する企業の下流のビジネスパートナーの活動のうち、当該企業のために又は当該企業に代わって行う者3の活動をいうものと定義されています。

適用対象企業が実施すべき人権及び環境に係るデューディリジェンスの内容は以下のものとされています。基本的には、本指令においても、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(指導原則)で求められる、①人権方針をはじめとする方針の策定、②(リスクベースに基づき実施される)リスクの特定・評価、リスクの防止・軽減・是正、モニタリング、説明・情報開示のプロセスを経る人権デューディリジェンスの実施、③人権デューディリジェンスではカバーされない領域を含めて広く苦情の申立てとそれに対する対応を実施する苦情処理メカニズム(グリーバンスメカニズム)の構築・運用、④取り組み全体を通じて求められるステークホルダーとの効果的かつ透明性のある協議(対話やフィードバックを含むエンゲージメント)といった人権尊重の取り組みの全体的な枠組みが維持・適用されています(図表「企業の人権尊重の取り組みの全体像」参照)。なお、本指令においては、かかる枠組みについて人権だけではなく、環境に関するデューディリジェンスにも適用されるという点に留意が必要です。

図表5 CSDDDにおいて適用対象企業に課される義務
図表6 企業の人権尊重の取り組みの全体像

②適用対象企業に課されるデューディリジェンスに関するアクションの概要

適用対象企業は、人権・環境に関するデューディリジェンスについて、具体的に以下の措置を講じる必要があります。実際に企業において本指令への対応を検討していく際には、さまざまな実務的課題を検討していくことが求められます。

図表7〈a〉のデューディリジェンス・ポリシーについては、例えば、何を、どの程度の粒度で、誰を名宛人として意識すべきか、既存の行動規範、規程、ガイドラインとの整合性をどのように取るべきかなどの検討が必要となります。

図表7〈b〉については、「活動の連鎖」について自社のバリューチェーンにおいてどのように捉えるべきか、バリューチェーン分析やリスクマッピングなどが適切に行われているか、すでに実施されている人権・環境デューディリジェンスと本指令で求められるデューディリジェンスの内容にギャップがないかなどの検討が必要です。

図表7〈e〉の情報開示においては、年次報告書をウェブサイトに掲載することが必要となりますが、EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)対応との関係をどのように整理すべきか(CSRDとCSDDDの開示の関係については、CSDDDの16条などを参照)、その記載内容としてどの程度の粒度で開示すべきかなどの検討が求められます。

これらについては、明確な正解が必ずしも存在する訳ではないものもありますが、本指令の目的や人権・環境デューディリジェンスを実施する目的を見失わず、当該目的に照らしながら、自社のリソースなども踏まえて、ロードマップを策定した上で、専門家とも協力しながら、計画的に検討や実施を進めていく必要があります。

図表7 適用対象企業に課されるデューディリジェンスに関するアクションの概要

③グループレベルでのデューディリジェンス支援の概要

本指令では、親会社が、適用対象企業となる子会社(以下、「適用対象子会社」)が実施すべきデューディリジェンス義務について、当該子会社に代わって履行することが認められています(16条)。その場合には、以下の条件などを充足する必要があります。

図表8 グループレベルでのデューディリジェンス支援のための主要な条件

(2)気候変動への対応義務

適用対象企業は、企業のビジネスモデルや戦略について、持続可能な経済への移行やパリ協定に基づく1.5℃の地球温暖化の抑制に適応するための、気候変動緩和のための移行計画を採択し、実施する義務を負うものとされています(22条1項)。かかる移行計画には、2030年まで、及び2050年までの5年ごとの気候変動に関する期限付き目標やスコープ1、2、3の温室効果ガスの排出削減目標など所定の事項を含めるものとされています(同項〈a〉~〈d〉)。

7. 本指令所定の義務の不遵守(制裁など)

本指令の監督当局は、適用対象企業に本指令所定の義務の違反が認められる場合、以下の措置を取る権限が認められています。また、適用対象企業が、本指令所定の義務を遵守しない場合、以下のとおり、加盟国当局により、金銭的な制裁や企業名などの公表の対象となります。金銭的な制裁としては、違反した企業の全世界の年間純売上高の5%を上限とする制裁金が科される可能性があります。また、本指令では、適用対象企業は、潜在的な負の影響の防止・軽減及び実際の負の影響の是正に関する義務に(故意又は過失により)違反し、その違反の結果として、自然人又は法人の法的権利が侵害された場合などに、民事上の損害賠償責任を負うものとされています。

図表8 CSDDD所定の義務の不遵守があった場合の制裁・罰則等

8. おわりに

本指令は、日本企業にも大きな影響を及ぼすことが想定されます。冒頭で説明したとおり、本指令は、EU企業のみならず、EU域外企業も適用対象とするものであり、日本企業も一定の要件を充足した場合には直接適用されることが考えられます。また、日本企業としては、自社がEU域外企業として本指令の適用対象企業になる場合はもちろんのこと、直接の適用対象企業にならない場合であっても、ビジネスパートナーである欧州企業のバリューチェーンの一部を構成するものとして、デューディリジェンスの実施やグリーバンスメカニズムの構築など、人権及び環境のリスクへの対応を求められることが考えられ、これらが契約上の義務として要求されることも想定されます。

それ故、日本企業においても、本指令の適用を見据えて、現状の把握や今後の取り組み方針の策定、社内体制の整備などについて、弁護士を含む専門家のアドバイスを受けながら、適時に対応していくことが必要となります。

1 本指令の原文については、EUの公式ウェブサイト(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=OJ:L_202401760)を参照。また、本指令に関するFrequently asked questions(FAQ)(https://commission.europa.eu/document/download/7a3e9980-5fda-4760-8f25-bc5571806033_en?filename=240719_CSDD_FAQ_final.pdf)(以下、「本指令FAQ」)が欧州委員会から公表されています。

2 当初指令案から複数の点で改訂がなされているため、本指令の内容については最終的に可決され、発効した「本指令」を確認する必要があるという点に留意が必要です。

3 なお、2021/821/EU規則に基づく輸出管理の対象となる製品または武器、軍需品もしくは戦争資材に関連する輸出管理の対象となる製品の流通、輸送および保管は除くものとされています。また、本指令FAQ5.3では、「当該企業のためにまたは当該企業に代わって行う者」の例として、衣料品メーカーであれば、完成した衣料品を消費者に販売する小売店が含まれるであろう(might be)とされています。

執筆者

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

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