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企業がサステナブル(持続可能)な経営を志向する上で極めて重要な視点の1つとして、人、社会、他の企業などから「選ばれる」企業になるということが挙げられます。企業が販売・提供する製品、商品、サービスの質は当然ながらその一要素になりますが、それのみで企業のサステナビリティが担保されるわけではありません。
企業は、社会を構成する一員である以上、自らの企業活動が社会、そして社会の共通のプラットフォームである「環境」や自然権たる「人権」へ及ぼす影響を理解する必要があります。そしてもし負の影響を与えている場合には、その影響に対して適切な措置をとり、最大限の軽減・防止を図っていく責任があります。このような責任に対して正面から取り組まない企業は、人、社会、他の企業などからの信頼を失い、「選ばれる」企業から外れ、サステナブルな経営を実現することが困難となるリスクに直面します。逆に、このような取り組みに積極的に対応する企業は、一定の「投資」が必要となるものの、サステナブルな経営の実現につながる「機会」を得ることになるものと考えられます。
企業は、サステナブルな経営を実現するために、このような「リスク」と「機会」のベースとなる、社会の期待と求められる責任に関する国内外の潮流を的確に把握し、それらを踏まえた適切な対応を取らなければなりません。本連載では、国内外で極めて重要視されている「ビジネスと人権」に関する潮流と企業の対応について、3回にわたり解説します。
近時、企業による人権尊重の重要性が世界的に叫ばれています。経済活動のグローバル化に伴って企業活動が地球環境や私人の生活に及ぼす影響が拡大していることを受け、国連人権理事会は2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」という)を採択・公表し、「政策等を通じて人権を保護する国家の責任」のみならず、「企業活動から生じる人権課題に適切な対応を取る『企業』の人権尊重の責任」ならびに「国家及び企業双方による人権被害者に対する救済手段の構築・確保の責任」を明示しました。
また指導原則の策定を機に、国際的に企業活動が人権に与える影響に焦点が当てられるようになり、英国現代奴隷法をはじめとするハードローが欧米各国において制定されています。さらに、OECDの「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」やEUを中心としたソフトローなども相次いで公表されています。
日本では、2020年10月に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」(以下「行動計画」という)が策定され、2022年9月には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「政府ガイドライン」という)が公表されました。これらに法的拘束力はないものの、日本で事業活動を行う全ての企業に対して、サプライチェーンなどにおける人権デュー・ディリジェンスの遂行を含め、人権尊重に係る取組に最大限努めることが求められています。2021年のコーポレート・ガバナンス・コードの改訂においても、取締役会は「人権の尊重」の課題への対応を、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、能動的に取り組むべきものと明示されています(原則2-3)。また、企業活動における人権尊重は、ESG投資においても重要な取組の1つと捉えられており、投資家や金融機関からの資金を調達するという観点からも、その重要性が増しています1。
このような潮流の下、企業は企業活動と「人権」の尊重に係る経営課題に正面から取り組むことが必要不可欠となっています。
指導原則や各国の法制など(ソフトローを含む)が求める企業の人権尊重責任とは、企業活動により影響を受ける従業員、取引先、投資家、消費者、地域住民などさまざまなステークホルダーの人権を保護・尊重する責任を意味します。すなわち、「人権リスク」とは、企業にとってのリスクではなく、かかるステークホルダーの人権に負の影響を与えるリスクであることを理解しなければなりません。
もっとも、企業が「人権リスク」に適切に対応しなければ、結果としてステークホルダーからの訴訟提起、輸入差し止め、行政罰の賦課などの法的リスクや、従業員のストライキや人材流出といったオペレーショナルリスク、消費者の不買運動やSNSでの炎上などのレピュテーションリスク(ブランド棄損など)、株価下落や金融機関および機関投資家等の投資の引き揚げ(ダイベストメント)といった財務リスクなど、さまざまなリスクを発現させることとなり、企業経営の存続に重大な影響を及ぼし得ることとなります。
逆に、企業が人権尊重の取組に真摯に対応する場合は、既存顧客との関係強化や、新規顧客の開拓によるサプライチェーンの安定化、採用力や人材定着率の向上などによる人事面での好循環、ひいてはブランド価値や企業価値の向上につながるという「機会」にもなり得ます。このように、人権リスクへの対応、すなわち人権尊重の取組は企業のサステナブルな経営に重大な影響を及ぼし得るといえます。
企業が尊重すべき「人権」とは、「国際的に認められた人権」であり、その権利の内容は多様ですが、国際人権章典2で表明されている人権および、国際労働機関の「労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言」(以下「ILO宣言」という)で表明されている人権を最低限含むものとされています(指導原則12)。
例えば労働関連では、「結社の自由および団体交渉権の実効的な承認」「強制労働の撤廃」「児童労働の廃止」「雇用および職業における差別の撤廃」などの他に、「ハラスメントの防止」や「外国人労働者の権利」などが挙げられます。また、時代や環境の変化に伴い、尊重すべき人権は変化・拡大しています。例えば、「ジェンダーに関する人権」「消費者の安全と知る権利」「テクノロジーやAIに関する人権」「プライバシーの権利」「環境に関連する人権」など幅広いものとなっています。
指導原則では、自社内部で発生しうる人権リスクのみならず、バリューチェーン3全体で発生している人権リスクにも対応することが求められています。例えば、原料調達先や取引先における強制労働や地域住民の権利侵害や、取引先とその下請企業間で納期やコストの圧力に伴う労働関連の人権侵害、自社の製品・サービスおよびそのバリューチェーンにおける人権侵害などが発生し得ることを認識しなければなりません。
企業は、「企業が自らの活動を通じて人権に負の影響を引き起こす場合(Cause)」のみならず、「企業が自らの活動を通じて人権への負の影響を助長する場合(Contribute)」や「自社が引き起こしたり、助長したりしていないが、自社の事業・製品・サービスと直接関連する人権への負の影響が生じている場合(Directly Linkage)」において、その影響に対応する必要があります(指導原則13)。すなわち、企業は自社内の労働者の人権や自社の製品やサービスなどから直接生じる人権への負の影響が生じる場合のみ責任が問われるわけではありません。
例えば、自社の一方的な納期変更がサプライヤーにおける長時間労働を誘発するなど間接的に人権への負の影響が生じるケースや、下請企業がその作業を再委託し、再委託先で強制労働の問題が生じるケースなど、取引関係によって人権への負の影響を生じる場合についても、企業は人権に関する責任が問われ得ることとなります。
第2回では、企業が求められる人権尊重の取組の全体像について概説します。
1 国連は国連責任投資原則(PRI)を公表した後、国連の機関投資家向けの投資行動フレームワーク(投資家が人権を尊重するべき理由およびその方法)、国連持続可能な保険原則(PSI)、国連責任銀行原則(PRB)などを策定しており、投資行動においても人権の尊重を強く求めています。
2 「世界人権宣言」「経済的・社会的・文化的権利に関する国際規約」「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の3つの文書で構成されています。
3 一般に、企業の事業活動に関連する付加価値の創出から費消に至る全ての過程における一連の経済主体もしくは経済行動をいい、原料採掘、調達、生産、販売、輸送、使用、廃棄など、事業活動に関連する一連の行為と主体が含まれます。