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食糧安全保障はグローバルにおいて重要なアジェンダとして認識されています。将来的な世界人口増と食糧需要の増大に加え、不安定な世界情勢や気候変動の影響による生産量の減少により、その重要性は一層増しています。
九州大学では産学官が共創する拠点を形成し、農業の多様な課題について研究開発を進めており、社会インパクトを生み出すことを目指して活動しています。持続可能な農業生産社会について九州大学の専門家と議論する連載の後編では、プラズマ照射による作物の成長促進・環境適応性付与と、環境記憶種子について研究をしている九州大学の石橋勇志教授をお招きし、PwCコンサルティング合同会社で農業分野を専門とする齊藤三希子、九州エリアを中心に産官学連携をリードする草野秀樹が、その仕組みの構築や社会実装に向けての課題などをうかがいました。
(左から)齊藤 三希子、石橋 勇志氏、草野 秀樹
登場者
石橋 勇志氏
九州大学大学院農学研究院 資源生物科学部門 作物学分野 教授
齊藤 三希子
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
草野 秀樹
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
齊藤:
日本では現在、人口減少およびそれに伴う労働生産人口の減少ばかりが取り沙汰されますが、世界に目を向けると、人口の増加と食料の増産という真逆の課題があります。
世界人口は2050年に97億人に達するとの予想がある中、世界の農地面積は1960年からほぼ横ばいの16億ヘクタールのままです。増え続ける人口に対応するためには、現状の1.7倍の食料を生産しなければなりません。
ところが、気候変動によって作物の収穫量が不安定になっていることに加え、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる経済活動への影響や、世界情勢の不安定化によるシーレーン(海上航路)の崩壊といった国際貿易停止のリスクも抱えています。
石橋:
日本に目を向けると、GDPがマイナスとなり、経済力が低下していることが懸念されます。食料の多くを輸入に頼っている中、他国に購買力で負ける「買い負け」の事態に陥ると、イモ類ばかりを食べて命をつなぐような生活になってしまうかもしれません。
こうした課題を解決すべく、私たちの研究室では「人々が豊かな食生活を送る」というビジョンを掲げ、地球環境に極力悪影響を与えない技術を活用し、食料の増産を実現したいと考えています。
九州大学大学院農学研究院 教授 石橋 勇志氏
齊藤:
歴史を遡ると過去にも食料危機はあり、人類はそれを乗り越えてきましたが、その代償として環境破壊を進めてしまいました。1960〜70年代に起こった「緑の革命」は農業技術革新が起きて作物の収穫量が大幅に増えた一方、化学農薬や化学肥料によって土壌汚染が進んだり、温室効果ガスを排出したりするなど、環境に大きなダメージを与えてしまいました。いまの食料難を乗り越えるためには、石橋先生がおっしゃる「地球環境に悪影響を与えない」ということが不可欠ですね。
石橋:
気候変動による農作物へのダメージはすでに表出しているので、これからの農業生産は、農薬や肥料を減らしながら収量を1.7倍にし、かつ美味しい作物を作るという大きなチャレンジになります。既存の農業技術だけでは乗り越えられない課題なので、新しい技術であるプラズマ技術を農業に活用する研究を進めています。
齊藤:
最近ではオレンジが世界的な不作で輸入量が減っていますし、カカオも不作による価格高騰が起きていて、農作物がダメージを受けていることを身近に感じるほどになっていますね。石橋先生の研究は、この危機を打破する大きな意味があると思います。
齊藤:
石橋先生のプラズマ技術を活用する研究内容について、詳しく解説いただけますでしょうか。
石橋:
大きく2つあります。1つは、作物の種を蒔いて収穫するまでの一連のプロセスにおいて、プラズマを活用して収穫量を安定的に増やす研究です。
これまでも種にプラズマを照射すると発芽が促進されたり、生育が良くなったりする現象は見られていたものの、そのメカニズムが解明されていませんでした。
一方、農学分野の研究では、登熟期に高温環境にさらされると、収穫後の種子の発芽が遅くなることが分かっていました。DNAの高メチル化が起き、遺伝子の発現が抑制されることが原因です。
そこで、気候変動でダメージを受けた種子にプラズマを照射すると低メチル化となり、発芽遅延が回避できるのではないかという仮説を立て、研究を進めました。その結果、プラズマ照射により高温ストレスを受けた種子の遺伝子発現のスイッチを変化させていたことが分かり、発芽の遅延を改善できたのです。種子にプラズマを当てると、遺伝子を組み替えるのではなくDNAの修飾を変え、遺伝子発現を調節できるエピジェネティクス制御ができるということが解明されたことは、大きなブレイクスルーでした。
これまで品種改良の際にはDNAの設計図を変えることで環境適応させてきましたが、プラズマを活用すればゲノム配列を変えずに実現できます。これにより、高温環境への適応性が高い、虫に強い、肥料の吸収が良いなどの機能を種に意図的に付与できるのです。
今後明らかにしたいのは、プラズマ照射によるエピジェネティクス制御が、どういった環境でどういった効果をもたらすのかというメカニズムです。プラズマの種類や種子の状態によっても変化するので、品種ごとに最適な条件を解明する必要があると考えています。
石橋:
2つ目の研究は、環境記憶種子といって、種子が生育する環境を人工的にコントロールすることでエピジェネティクス変動を誘発させ、同じ品種でも開花が早くなったり、バイオマスを大きくしたりすることができる技術です。
種子に環境を記憶させると気孔が増え、その植物はより多くのCO2を取り込んで光合成することになるので二酸化炭素の抑制につながりますし、肥料の導入効率も上がります。
現在は数週間かけて種子に環境を記憶させていますが、これをプラズマ照射で実現できれば、数分間の照射だけで環境記憶種子を作れます。植物が記憶したものは次世代に受け継がれるので、実現できると大きなインパクトがもたらされます。
さらに、ドラッグデリバリーシステム(DDS)という、人間の投薬において薬物を体内の特定部位にピンポイントで送り届ける技術を、農業に適用する研究も進めています。
DDSと環境記憶種子の技術を組み合わせれば、農薬の導入効率も植物の吸収効率もアップさせられるのです。これらの技術は特許を取得し、大学発ベンチャー企業を立ち上げようとしています。
齊藤:
現在はゲノム編集に注目が集まっていると思いますが、石橋先生が研究するエピジェネティクス制御は、こうした既存技術とどう棲み分けされるのでしょうか。
石橋:
ゲノム編集や遺伝子組み換えはDNAの配列を変えて新たなものを作り出すので、0を1にする技術といえます。一方、エピジェネティクス制御は遺伝子発現のスイッチを制御するので1を10にするような技術であり、活用方法が異なると考えています。むしろその掛け合わせで、ゲノム編集した種子に環境を記憶させることも可能です。
齊藤:
石橋先生の研究が社会実装されるメリットとして、消費者へ安心感を与えられるという点が挙げられると思います。現在は遺伝子組み換えやゲノム編集が品種改良の主な手段となっていますが、ゲノム編集は人体への影響が解明しきれていない点もあり、消費者の需要形成が難しい状況です。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 齊藤 三希子
冒頭で話があったグローバルでの食料安全保障の観点でも、この新技術が課題解決に寄与すると思います。エピジェネティクス制御とゲノム編集技術を掛け合わせた農作物生産が社会実装されれば、世界の食料難は大きく改善しそうです。
草野:
DDSの応用研究は、生産だけでなく、農作業の効率化に大きなインパクトをもたらしそうです。例えば開花促進剤を塗布することで、いちごの開花と結実のタイミングを同時にできれば、収穫作業が効率化できると思います。同じ時期に一斉に収穫できるので、スマート農業になった際にも作業負荷が軽減できます。
齊藤:
今後の社会実装に向けた課題についてはどのようにお考えですか。
石橋:
基礎研究から応用(実装)研究のフェーズにあり、今後はコストを下げることが求められます。環境記憶種子を作るために、どこまで精密な環境が必要かを明らかにしていくことがまず必要です。この壁を乗り越えないことには、生産者が活用できるコスト水準を実現することができません。
現在は、生産者や植物工場に環境記憶種子を配布して実証実験を行い、良好な結果が得られつつあるので、今後さらにその再現性を高め、解析を進める必要があると思っています。
草野:
研究者がコストを下げるチャレンジまでを担うのは負担が大きい。アグリテックや研究者だけで社会実装を目指すのではなく、産学官が連携するから障壁を打破できるような施策や、地域の人と一緒に取り組むことで経済合理性が見えてくるといったケースも出てくるのではないでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 草野 秀樹
齊藤:
同意です。研究者には研究開発に集中していただき、私たちコンサルタントはルール形成や国の予算確保、技術の認知をサポートするといった観点で尽力していきたいと思います。PwCコンサルティングは国との強い関係性があるので、先生方の思いも汲み取りながら社会実装を目指していきたいです。
石橋:
農業は予算が付きにくい産業であることに加え、私たちの研究分野はベンチマークが少なく、資金面でも苦戦しているのが現実です。グローバルユニコーンが出てくれば風向きが変わるかもしれませんが、悩みの1つではあります。
草野:
産官学連携をサポートしている身としては、研究者である先生方と一緒に社会実装を目指すスタンスで、私たちも勉強しながら動くことで未来が開けると考えています。
私個人としては、一次産業で日本が100兆円市場を作り出していくことは可能だと思っています。海外では第一次産業が成長産業ですし、先生方は普段からグローバルの学会にも参加されているので、大学初スタートアップは海外との親和性が高いと思います。社会実装を日本に閉じず、アドバンテージを生かして海外を起点に進めるのも一案です。そうすることで、グローバルファームであるPwCがもつネットワークや知見を活用できますし、大学発スタートアップの海外進出に貢献していければと思います。