兵庫県養父市では、医療・福祉・介護拠点や交通体制、生活に必要な各種サービスを集約して持続可能な地域づくり目指す小さな拠点整備事業を推進しています。同事業の取り組みは、豊岡市・朝来市・香美町・新温泉町など、養父市以外の但馬地域全域に広げられる可能性があります。
PwCコンサルティングは但馬地域のNPO法人・但馬を結んで育つ会から委託を受け、養父市「関宮小さな拠点整備事業」の支援に参画。地域住民主体でコミュニティスペースの在り方を検討する地域住民会議の立ち上げと運営、自治体との対話をサポートしました。本対談では養父市関宮地域局長 田中貴樹氏、地域おこし協力隊 延岡由規氏、PwCコンサルティング合同会社エクスペリエンスコンサルティングチームの坪井りん、藤尾つぐみが、小さな拠点整備事業と持続可能な地域づくりに欠かせない、地域住民と自治体の新たな関係性構築の経験について語り合いました。
対談参加者
養父市関宮地域局長
田中 貴樹氏
養父市地域おこし協力隊
延岡 由規氏
PwCコンサルティング合同会社
エクスペリエンスコンサルティング シニアマネージャー
坪井 りん
PwCコンサルティング合同会社
エクスペリエンスコンサルティング シニアアソシエイト
藤尾 つぐみ
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)藤尾 つぐみ、延岡 由規氏、田中 貴樹氏、坪井 りん
養父市関宮地域局長 田中 貴樹氏
坪井:
兵庫県養父市では、2026年度末のオープンを目指して「関宮小さな拠点整備事業」を推進中です。同事業の概要についてご紹介いただけますでしょうか。
田中:
関宮小さな拠点整備事業は、医療・福祉・介護施設、日用品を販売する店舗、物流ハブなど生活に不可欠な機能・サービスを集約するとともに、周辺集落と交通ネットワークで結ばれた新たなコミュニティ拠点を整備する事業です。
中山間エリアにある関宮地域では、人口減少や若者世帯の核家族化が進む一方、高齢者単身世帯が増加しており、以前と比較してコミュニティのつながりや生活を支え合う仕組みが脆弱化しています。そこで周囲に郵便局、スーパーマーケット、金融機関が集まる関宮の旧役場付近に、生活に必要なサービスを集約した多世代コミュニティ拠点を整備することで、住民が安心して暮らせる地域を維持するという目標を掲げて同事業を展開しています。
なお同事業では拠点候補地を3エリアに分けて、段階ごとに整備を進めていく計画です。エリア1には高齢者が安心して生活できる医療・福祉施設と子ども・子育て家庭向け施設との橋渡しを図る多世代交流施設、エリア2には子どもたちが自由な時間を過ごし核家族世帯の暮らしの利便性を高めることができる施設、エリア3には地域の担い手の創造的な時間確保や世代間継承に役立つ施設をそれぞれ建設予定です。
坪井:
養父市では小さな拠点整備事業を推進するにあたり、関宮地域に暮らす地域住民を委員とする「地域住民会議」を立ち上げ、新施設のコミュニティスペースの在り方について検討を重ねてきました。地域住民会議は今後、小さな拠点のハード面を担当する建築の専門家で構成される協議体に住民視点の意見を伝える役割が期待されています。まず立ち上げの経緯について教えてください。
田中:
小さな拠点を整備して持続可能な地域社会を実現するためには、これまでの意見聴取会の仕組みや自治体と地域住民の関係性を見直していかなければならないと考えたことが、立ち上げの理由です。
小さな拠点整備事業が決定した時、地域住民の皆様は「医療・介護・福祉施設であり高齢者が利用するもの」「自分たちとは関係ない」というイメージを抱かれていました。同時に利用者の見込みや事業者選定など具体的な情報が届かないため、蚊帳の外に置かれているという意識から不安・不満を募らせていました。
一方、意見聴取会が何度か設けられたものの、住民側からは「スケートボードパークを設置するのはどうか」「ラジコンの施設が欲しい」など、想定されている趣旨とは大きくかけ離れた要望が寄せられ収拾がつかない状況になりました。趣旨を理解いただくために市として決定を保留することになったのですが、その間に「これまでの行政主導の事業と同じ。自分たちの意見は反映されない」という感情が膨らむ悪循環が生まれてしまったのです。
そこで私たちは、「医療・介護・福祉に重点を置いた隔離的拠点」から「多世代交流が生まれる包摂的拠点」として小さな拠点のリブランディングを行うことにしました。また検討の進展を実感してもらうことや、整備事業を自分事として捉えていただくマインドを醸成することを目的とし、従来の意見聴取会の枠組みとは異なる地域住民会議を立ち上げることにしました。
坪井:
地域住民会議を発足するにあたり、委員の公募も実施されました。どのような方々が参画されているのでしょうか。
田中:
地域住民会議の定員は15名に設けました。当初、手を挙げていただけたのはそのうち3分1ほど。いわゆる箱物行政や、既存の事業決定プロセスに対する長年の不信感を払拭することは簡単ではありませんでした。そのため何度も重ねて趣旨を説明しながら、並行して自治協から声がけいただいてメンバーを募ることにしました。現在では地域の代表者の方々、子育て世代や働き世代の方々、各居住区の方々に参加いただいています。男女比率も目標近くまで担保することができ、バランスよく体制を築くことができたと考えています。
坪井:
地域住民会議には地域おこし協力隊の延岡さんも参加されています。なぜ延岡さんは地域住民会議への参加を決めたのでしょうか。
延岡:
養父市に来る以前、私は海外で国際協力の仕事に携わっていましたが、途上国と日本の地方部には共通した課題があると感じていました。今後、海外・日本どちらのフィールドを軸に活動するか悩んでいた時期に知ったのが本案件です。
私が惹かれたのは住民主体の会議を立ち上げるという趣旨、そして将来的に住民の方々の力で拠点運営の自走化を目指すという目標でした。自治体と地域住民の新たな関係性やモデルが確立されれば、日本の他地域や世界に向けて発信できるという希望を抱いて応募を決めました。
坪井:
2023年7月に第1回目の住民会議が開催された後、12月までに隔週月2回、合計で12回の会議が行われました。PwCコンサルティングは第1回から伴走・支援させていただきましたが、歩みを振り返ってみていかがでしょうか。
田中:
地域住民会議の進展は「目線合わせ期」「方向性の模索期」「検討の推進期」に区分できますが、初期段階では皆一様に疑心暗鬼でしたね。意見収集を繰り返す目的をなかなか理解いただけない時期が続きました。
延岡:
私も当初はギクシャクした空気感を感じていました。接触回数が増えると本音も出やすくなりましたが、そのために中盤あたりから会議に対する不満・不安も噴出し始めました。特に4~6回目あたりの会合で、方向性を模索・修正する作業に苦労した記憶があります。それでも徐々に委員の皆様のモチベーションが高まり、主体的に地域づくりに取り組む姿勢が確立していったように思います。
坪井:
モチベーションが高まった理由についてはどう捉えていますか。
延岡:
ひとつのきっかけとなったのは、PwCコンサルティングの皆さんがリーダー、サブリーダーなど委員主体で運営すべきだと提案くださった9月中旬の会合だったと思います。当時は委員の皆様の不安・疑心が溜まっていた時期。本音で喋ってもよい会議だと伝わったことで認識が大きく変化しました。それに、11月の市長報告会も大きなターニングポイントになりましたよね。
田中:
そうですね。市長報告会を目指して、検討の範囲や意見を成果物として最終化するというゴールが明確になったことで、委員のモチベーションが一気に高まった印象です。
また報告の結果もモチベーションや空気をがらりと変えました。自分たちが検討を重ねてきたことを直接市長に伝えられたこと、さらには自分たちの思いと市長の思いに差がないと理解できたことが、整備事業を自分事として捉えるマインドをさらに醸成したと思います。
坪井:
藤尾さんは住民の皆様の意識が変化したポイントについてどう分析していますか。
藤尾:
小さな拠点に求める機能や役割は、管理者である市、利用者である住民、また医療従事者や配送事業者などの各ステークホルダーによって異なることに加え、住民の方々の間でも異なりますので、建築物・空間などハード面の機能性や実用性で議論を交わすとどうしても意見がぶつかることになります。そのため地域住民会議では「どのように過ごしたいか」というソフト面、言い換えれば人々の体験起点で話し合いを重ねていきました。
結果として会議や市長報告会では意見を互いにぶつけ合うのではなく、対話のキャッチボールが可能となりました。その実感が住民の皆様の手応えとなり、その後のモチベーションや主体性向上につながっていたのではないでしょうか。
養父市地域おこし協力隊 延岡 由規氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 坪井 りん
VRを活用した小さな拠点のイメージ
坪井:
これまでは自治体と地域住民の方々の間に情報量や論点の違いがあり、意思疎通が断絶された状態があった。ただ地域住民会議を通じて共通した対話の土壌や意見を膨らませる方法が見つかることで、住民の皆様に主体的に行動していく意思が芽生えてきたということになりそうですね。なお田中局長、延岡さんのお2人は、PwCコンサルティングの支援についてどのような印象を抱かれましたか。率直な意見を伺わせてください。
田中:
地域住民会議の発足直後は、住民の皆様にとってPwCコンサルティングは「市の意向に沿うコンサルティング会社」という認識でした。ただ今でははっきりと「自分たち地域住民会議の立場だ」と捉えています。その心境の変化は、PwCコンサルティングの皆さんが会議に真摯に向き合ってくれた結果だと思います。
養父市の立場としては、対話の場をつくりあげるためにさまざまな手法を取り入れてくれたことに感謝しています。人材育成やディスカッションに関する専門性を踏まえた方法論を導入いただけたおかげで、意見の出しやすさを担保できたと思います。
延岡:
たしかに対話の土壌を培ってくれたPwCコンサルティングの役割は、小さな拠点整備事業を前進させるうえで大きかったです。例えば会議では「付箋で意見を表明する」「90秒で話をまとめる」など議論のルールや手法を取り入れてくれました。初期の会合では、皆一様に戸惑っていましたね。ただ現在では、委員の皆様の対話スキルと姿勢は驚くほど向上しています。
またPwCコンサルティングの皆さんが「私たちは支援する立場であり、ずっと一緒にはいない」と最初から表明してくれたことも、委員の意識変化につながったと思います。支援がずっと続くという意識を持っていたら、また違った結果になっていたかもしれません。
そして小さな拠点のイメージを膨らませるために、VRを活用いただいた効果も大きかったです。直近の会議では「VRで見たらこれぐらいの大きさだった」「配置はこっちの方がいい」など体験が直接的に意見に反映されていました。それこそ市役所や私たちでは用意できないもの。コミュニケーションのみならず、デジタル技術に精通した知見があったからこそ実現できた施策だったのではないでしょうか。
坪井:
お2人からは、対話の手法やデジタル技術の導入に好感触を得たという評価をいただきましたが、PwCコンサルティングとしては会議や対話の設計にあたってどのような点を意識しましたか。
藤尾:
立ち上げ当初は会議の設計や資料作成を私たちが担当していましたが、途中からはリーダーや委員の皆様の“黒子”に徹することを強く意識していました。住民同士の言葉で語り合う方が互いに納得しやすいですし、PwCコンサルティングが伴走を終えた後に会議運営を自走できることを目標に置いていたからです。
また会議では委員の皆様にさまざまなワークに取り組んでいただきましたが、「やらされ感」が生じないように留意しました。自然かつ楽しく意見が膨らんでいく感覚が得られれば、より主体的に会議を推進いただけると考えていたからです。
最後にもうひとつ、会議内容に対する理解度は人によってさまざまです。理解の進捗を汲み取りながら、歩調が合うようにサポートしつつ、発言から大事な要素が失われてしまわないよう、委員自身に会議中に出た意見をまとめてもらうことも意識しました。
坪井:
多くの成果を残した地域住民会議のプロセスでしたが、この経験を共有・活用したいと考える自治体も少なくないと思われます。何かアドバイスがあればお願いします。
田中:
実際に地域住民会議を立ち上げて気づいたことは、とても時間がかかる取り組みであるということです。市が計画して、パブリックコメントを募り、反映できる部分は反映するといった従来の方法を踏襲すれば、時間はそれほどかからずに済みます。しかし、これからの時代は住民の主体性や意識がなければ、持続可能な憩いの場をつくることは難しいでしょう。住民が主体的な意識を育むための時間といかに向き合えるかが、ひとつのポイントになると考えています。
また地域によって課題や風土は当然のように異なります。議論の成果物としての小さな拠点を真似ても意味はありません。住民と自治体が膝を突き合わせて対話するプロセスや、地域住民の声を引き出すことに重きを置き、各自治体に合った答えを模索していただきたいです。
延岡:
個人的には、今回の地域住民会議のリーダー、サブリーダーを若い方々が担ってくれたことが良い結果をもたらしたと考えています。地域性にもよるとは思いますが、関宮の場合は若い人たちの頑張る姿や未来を応援したいという雰囲気が強かった。きっと他の地域でも同じような気持ちを持つ住民は多いのではないでしょうか。
坪井:
支援させていただいた立場としては、初期の段階の“ボタンの掛け違い”をよりスムーズに解決する方法があったのではないかと振り返っています。地域住民の皆様にすべて委ねるのではなく、主体性をしっかり発揮いただけるように、話し合いの内容や方針の大枠をしっかり定めることが重要になると学びました。今後はこの学びをしっかりと生かしていきたいと思います。最後に今後の展望についても教えてください。
延岡:
整備エリアは3つありますので、まだまだ長い道のりが続きます。ただエリア1について考えた経験やノウハウはしっかり残っていくはずです。また実際に整備が始まることで、より多くの住民の方々に注目してもらえるチャンスになると思います。これを機に、委員の皆様と一層の情報拡散に努め、誰もが拠点について話し合える対話の機会をつくっていきたいです。
なお11月中頃には委員と一緒に高校生向けワークショップも開催しました。10代の若者が考えていることは、地域住民会議の意見と似ている部分もあればまったく異なる部分もあります。今後も若者や子どもたちの意見をより広く反映できる仕組みづくりも進めていきたいです。
田中:
おそらく10~20年後には、各建物に求められる機能や社会的なニーズは変化しているでしょう。そのため、地域住民会議では未来の変化を含めた話し合いも進めています。関宮は人口が3,000人を下回りましたが、将来的に小さな拠点がどのような役割を担うかまで見据えていかなければならないと考えています。目の前の利便性や楽しさではなく、いかに長期的に関宮を守っていくか。その観点から住民の皆様と対話を重ね、私たちの小さな拠点をしっかりとつくりあげていきたいです。
藤尾:
私もより多くの住民の皆様に「自分たちの拠点」だと思っていただけたらうれしいです。ボランティアである15人の委員の方たちは、隔週の会議だけでなく会議外でも集まって地域の未来のため一生懸命に役割を果たしてきました。その頑張りが報われ、思いが波及していく機会が生まれることを期待しています。
坪井:
私は市長と住民の対談時、時代や社会のニーズに適応しながら、運営する人々も含めてアップデートできる拠点であるべきだと意見が一致したことに強く感銘を受けました。主体的な意識から長期的な未来を見据える。そんな視点こそ、これからの地域づくりには欠かせなくなるはずです。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 藤尾 つぐみ