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兵庫県養父市では、医療・福祉・介護拠点や交通体制、生活に必要な各種サービスを集約して持続可能な地域づくりを目指す小さな拠点整備事業を推進しています。同事業の取り組みは、豊岡市・朝来市・香美町・新温泉町など、養父市以外の但馬地域全域に広げられる可能性があります。
PwCコンサルティングは但馬地域のNPO法人・但馬を結んで育つ会(以下、TMS)から委託を受け、養父市「関宮小さな拠点整備事業」の支援に参画しました。本対談では養父市 広瀬栄市長、TMS代表理事 千葉義幸氏をお招きし、PwCコンサルティング合同会社エクスペリエンスコンサルティングチームの荒井叙哉、坪井りんとともに、小さな拠点整備事業と地域の課題や未来について語り合いました。
対談参加者
兵庫県養父市長
広瀬 栄氏
NPO法人但馬を結んで育つ会代表理事
ちば内科・脳神経内科クリニック院長
千葉 義幸氏
PwCコンサルティング合同会社
エクスペリエンスコンサルティング 上席執行役員パートナー
荒井 叙哉
PwCコンサルティング合同会社
エクスペリエンスコンサルティング シニアマネージャー
坪井 りん
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)千葉 義幸氏、広瀬 栄氏、坪井 りん
兵庫県養父市長 広瀬 栄氏
坪井:
養父市関宮地域では、生活に必要なサービスを集約した多世代コミュニティ拠点を構える「関宮小さな拠点整備事業」を推進しています。まず小さな拠点のコンセプトについて解説いただけますか。
広瀬:
私たちは小さな拠点について、「高齢化や過疎化が進む一定地域において、住民が継続して暮らしていくためのサービスが行き届くユニットとしての場所」と定義しています。
山間部や里山では、医療・福祉が届かなくなったり、自家用車が利用できなくなったりすると、途端に人が住めなくなります。高齢者の方々はお子さんや親族を頼って都市部に出ていくか、集合的に住める施設に入居せざるを得なくなります。その事象が繰り返されることで住人が住む家はなくなり、やがて地域が消滅していきます。
私たちは地域を存続させるために、生活に欠かせないサービスが届く仕組みをつくり直す必要があると考えました。そこで用いることにしたのが、小さな拠点というコンセプトです。
なお小さな拠点という言葉自体はもともと、国土交通省が約20年前にコンパクトシティとともに打ち出したものです。地方の一定エリアに大都市への人口流出を防ぐためのコンパクトな人口ダム機能をつくり、周辺に小さな拠点を配置する構想でした。しかしダム機能ができると周辺地域の人口は結局そこに集中し、周辺の拠点は機能しなくなってしまう。私がイメージする小さな拠点は、それぞれの小集落、旧町単位、校区単位に点在しながら、相互に補う地域拠点です。各エリアが小さな拠点を中心に自立することができ、かつ足りないものは隣の小さな拠点から流通させるような地域の新しい在り方を模索しています。
坪井:
小さな拠点整備事業を立ち上げるに至った背景と、養父市が抱える課題についてお聞かせいただけますか。
広瀬:
今からちょうど20年前、旧養父郡4町が合併して養父市になりました。人口はおよそ3万人です。当時、4町は未来に夢や希望を抱き、住民の皆様にも理解いただいた上で合併を果たしました。しかし大きく速い社会の変化の潮流に、新しい養父市も飲み込まれることになります。
最も大きな問題は急激な人口減少です。合併時に議論した人口規模の推移、将来的な行政のスケールメリットや効率性の見立てを上回るスピードで、高齢化、若者の都市部への流出、少子化が起きたのです。
特に旧役場のあった地域ではその傾向が顕著でした。以前は地域の中心であったため、住民たちも誇りを持ち、にぎわいもありました。しかし合併による本庁舎機能の移転、職員数の減少とともに活力低下が著しい状況となったのです。やがて住民の自信や期待感が薄れ、さらに人口が少なくなる負のスパイラルが始まります。
人口減少や合併でも、希望と誇りを失わない養父市をつくるためにどうすればよいか。そこで構想したのが小さな拠点を整備する事業でした。
なかでも関宮地域は変化の影響を受けた象徴的な場所です。しかも同地域は中山間地域に位置する豪雪地帯。冬季になると高齢者世帯は雪の中で厳しい生活環境におかれます。千葉先生たちと議論を交わし、まず関宮から取り組みを始めようと決めました。
坪井:
小さな拠点は具体的にどのように整備される予定なのでしょうか。
広瀬:
関宮の場合、郵便局や金融機関、商業施設が集まる役場跡地に、医療・福祉・介護施設、薬局、日用品を購入できる店舗、物流ハブなどを集約しながら、周辺の集落と交通システムでつないでいく構想です。ただ高齢者のための医療・福祉・介護関連施設だけ建設しても、未来に明るさを見出すことは難しい。そのため、地域の子どもたちや若い方々も有効利用できる多世代拠点にしたいと考えています。
整備にあたっては、旧役場を取り壊した後の広い土地、隣接する農地や国道9号などを上手く組み合わせて活用していく計画です。加えて関宮には兵庫県で最も高い氷ノ山があり、麓には豊かな雪が降ります。グリーンシーズンの地域資源も豊富ですので、それらを小さな拠点と一体化させて持続可能な地域づくりを進めていきます。
坪井:
千葉先生が代表理事を務めるTMSは、但馬全域の課題に危機感を持って設立されたNPO法人です。今回、養父市とは連携協定を結び小さな拠点づくりに協力・参画されていらっしゃいます。まずTMSについてご紹介いただけますでしょうか。
千葉:
私は豊岡市で開業している臨床医です。認知症の専門医ですが、脳卒中なども含めて高齢者の方々の診療にあたっています。開業前の2年間は在宅支援診療所の所長を引き受け、往診や在宅医療に携わっていました。その際、医療・福祉・介護施設の関係者の皆様とお話しさせていただきながら、但馬地域の医療の現状や今後について考えてきました。また医師会にも所属し、地域の先生方の年齢や事業承継の現状についても知る立場にありました。
そのなかで体感的に気づいたことは、医療側の担い手がどんどん減っていることでした。但馬地域は兵庫県の北側にあり面積は県全体の4分の1を占める一方、人口割合は5%ほどです。どの地域も少子化や若者の流出が起きています。ただ高齢者人口は、20~30年は維持されることが分かっています。確実に医療のニーズよりも供給が先に減ってしまう。そう問題意識を持ち始めたのです。
地域の医療・福祉の問題は私ひとりでは解決できません。行政や企業と手を取り合うべきだと思い立ちましたが、地方には巻き込みが難しい実情がありました。そこで実際に現場で肌感覚を共有している医療・福祉・介護の担い手たちが先に協力し合う目的で、2019年にTMSを発足しました。現在では行政や企業との取り組みも視野に入れて、NPO法人化も済ませています。
養父市では個人的に医療福祉アドバイザーという肩書きをいただきながら、これまで但馬全体の課題について議論させていただきました。その結果としてたどり着いたのが関宮小さな拠点整備事業および市との連携でした。
坪井:
連携協定について、それぞれどのような期待を寄せていますか。
広瀬:
持続可能な但馬づくり、養父市づくりのためには、さまざまなステークホルダーが一緒になって取り組まなければなりません。TMSではそのことに早くから気づいていて、共感した仲間を集めて地域医療の課題に取り組んでいらっしゃいます。とても素晴らしいことです。
高齢者が多い養父市の立場からすると、TMSと連携することで医療・福祉・介護に強い小さな拠点づくりを進めることができます。TMSも養父市をフィールドとしてご活躍いただけるでしょう。協力関係を築くことで、互いに大きな成果を収めることができると期待しています。
千葉:
私は地域の医療・福祉・介護に携わっている者と行政、そしてさまざまなステークホルダーが同じ目線で需要・供給の推移を理解し、今後の見通しを立てながら協力していくべきだと考えています。
行政の皆様も養父市や但馬のために動いてこられましたが、住民や医療・福祉の現場とうまくリンクできていない側面もありました。TMSには養父市に居住する、もしくは拠点を構えるメンバーが多く在籍しています。医療従事者であると同時に住民という立場から、同じ目的に向かって協力できると考えています。
連携協定は「1+1=3」の効果を生み出す可能性を秘めたもの。また関宮が動き出すことで、企業など他のステークホルダーを巻き込むことができる大きな流れが生まれることを期待しています。
NPO法人但馬を結んで育つ会代表理事 ちば内科・脳神経内科クリニック院長 千葉 義幸氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 坪井 りん
坪井:
小さな拠点整備事業は、自治体である養父市、TMSが主導する「地域包括ケア会議」、タクシー会社やバス会社が参画する「交通・配送会議」、そして住民の意見を集約する「地域住民会議」などさまざまな協議体が連携して進められています。同取り組みは、日本の多くの自治体にとって貴重なスタディーケースになると思われますので、経験をぜひご共有いただきたいです。小さな拠点整備事業を進める上で、最も難しかったことを教えていただけますか。
千葉:
TMSでは関宮を含む養父市4地域の住民説明会に参加させていただきましたが、そこで目の当たりにしたのは、「人口減少で町の活気がなくなるのは仕方ない」とするマインドや、自治体が新たな取り組みを持ち掛けた際、「要望を出してつくってもらう」という受け身の姿勢でした。しかも住民の方々の意見は必ずしも一致しません。小さな拠点が完成した時に同じ目線を共有していないと、どんな箱物ができてもどこかで不安・不満が募り、持続可能な地域づくりという目標は達成できないと危惧しました。
小さな拠点は住民のためのものです。その言葉を理想で終わらないためにも、住民自身の変化と主体的なマインドの醸成が課題となったのです。
坪井:
PwCコンサルティングのメンバーが千葉先生とお会いしたのは、ちょうどその課題を感じられ始めている時期でしたね。荒井さんは本事業の意義についてはどう考えていますか。またPwCコンサルティングとしてプロジェクトに参画することになった理由を教えてください。
荒井:
関宮小さな拠点整備事業には3つの論点があると考えています。ひとつは「自治体の挑戦」であること。養父市の課題は日本全国に共通する課題です。高度成長期や人口が増える時代には、画一的な行政サービスで人々の生活をサポートすることができました。しかし現在では、少子高齢化や医療・福祉サービスの逼迫など社会課題が浮き彫りになり、またデジタル技術が人々の生活の質を激変させています。そのため、自治体にも限られた資源を有効活用するネットワークづくりが求められています。
2つめの論点は「人間中心」の思考です。効果・効率を上げていくことは人口減少時代には大切です。しかし効率だけ追い求めても人間は幸せになれないでしょう。人間には故郷に対する思いや、自分を育んでくれた文化やコミュニティに対する愛着がある。効率が悪いからと、すぐに移住を決断できる訳でもありません。人間の尊厳をベースに、デジタル技術を掛け合わせていかに持続可能な地域をデザインできるかが今、問われています。
最後の論点は「住民参加」です。手放しで評価する訳ではありませんが、欧米諸国は日本と比べて行政への住民参画が積極的で、通常なら行政がやることも住民がどんどん行い、結果的に行政のコスト削減や、社会的、経済的な価値創出につながるケースも多いです。
まちづくりと住民参加の課題としては、20年ほど前から「主体性」「専門知識」が課題であると国土交通省によって指摘されてきました。その現状は今もそれほど変わっていないでしょう。住民主体でアイデアを出し、それを行政や専門家が具現化していく。本事業は、20年来の住民参加の課題を払拭するアプローチをとっていることが極めて先進的だと私は思います。
その先進性は、PwCが掲げる「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というパーパスにも合致します。またエクスペリエンスコンサルティングの「人間中心」「デジタル技術を駆使して変革を支援する」という提供価値とも符合することから、支援させていただくことになりました。
坪井:
PwCコンサルティングは2022年のリサーチフェーズからプロジェクトに関わり、2023年7月から地域住民会議の立ち上げと運営に伴走させていただきました。私たちの支援についてどう評価されていますでしょうか。
広瀬:
千葉先生がご指摘された通り、地域住民のマインドの在り方はとても大きな課題でしたが、今回、PwCコンサルティングの皆さんに地域住民会議の運営を支援いただくなかで、その課題の解決が実現したと考えています。
小さな拠点は行政の基準に見合うものであると同時に、従来のような箱物ではなく、住民にとって使いやすいもの、長く使えるものでなくてはならない。その難しい問題を住民の皆様が建設的に議論できる対話の土壌を築いていただきました。私は11月に地域住民会議の報告を聞かせていただきましたが、今では自治体と住民が一緒になってまちづくりができると確信を得られています。
千葉:
住民の皆様のマインド醸成が実現しないと小さな拠点整備事業はうまくいかないと危惧していましたが、PwCコンサルティングを初めて紹介いただいた時、「私たちの思いを補っていただける」と直感的に感じました。しかも課題を解決するにとどまらず、その経験や知見が市や住民に残るようにしていただいた点がとてもありがたかったです。
住民の主体的なマインドという中核が磨かれた今であれば、医療・福祉・介護だけでなく、デジタル、交通、物流、建設、農業など他の産業の専門家や企業が参画した時に、より多くのつながりや建設的な対話ができるはず。支援を相談させていただいた自分の目に狂いはなかったと自信を持つことができました。
坪井:
中核となる課題に寄与できたという評価をいただくことができましたが、今後、PwCコンサルティングとしてはどう支援に関わっていくことができると思いますか。
荒井:
これまで、住民の皆様の想いや希望、誇りに寄り添い、私たちが持つアイデア創発やコミュニケーション、コラボレーションの専門性を用いて、住民の皆様が主体的にアイデアを生み出していくことを、側面から伴走支援させていただきました。PwCコンサルティングはデジタル技術、医療・介護、モビリティなど他にも多様な専門性を有しています。また民間企業やアカデミアともつながりも豊富です。今後も多様な専門性を駆使し、掛け合わせていきながら、養父市や但馬地域の先進的な取り組みが実現するよう継続的に支援させていただきたいです。
(画面)PwCコンサルティング合同会社 上席執行役員パートナー 荒井 叙哉
坪井:
もともと千葉先生と初めてお会いした際、地域の患者サポートケア領域で相談いただいた経緯もあります。地域住民の皆様の主体的なマインドが醸成された今、そちらのプロダクトやサービスの実装支援に本格的に取り組ませていただけるかもしれませんね。最後に広瀬市長、千葉先生のお2人から今後の展望をお聞かせください。
広瀬:
国の法律が基準を定める過疎地域と呼ばれるエリアは、国土の約60%を超えます。自治体の数で言えば約半数です。また過疎地域のほぼ全域を含む中山間地域は、国土の約70%を占めます。そこに住む人口は全国民の8~9%ほど。言い換えれば、国土の大半を10%に満たない国民が守り、誇りを持って生活しているということになります。
中山間地域の山林、田畑は水源の涵養、生態系の保全、観光資源の保護などの公益的機能を保持し、日本国として失ってはならない大切な財産です。しかし自治体の合併などを経て、刻一刻と失われつつある。私は人口減少など数字から見えるネガティブな議論だけを繰り返してもダメだと考えています。住民と自治体がともに前向きに進めば、未来は少しずつでも拓けていくと信じて疑いません。
なお小さな拠点というコンセプトが生まれておよそ20年が経過しましたが、その間にテクノロジーは飛躍的に進歩を遂げてきました。現在では、複数の小さな拠点を革新的なテクノロジーで結ぶことで、過疎地域の制約である物理的な距離を超えた生活基盤やネットワークを構築できる可能性も拓けてきました。
養父市関宮のようなエリアは日本にたくさんあるでしょう。地域×テクノロジーという試みにおいても試行錯誤を繰り返し、但馬地域全体、そして全国に勇気を与えられるようなモデルを、ここ関宮から生み出していきたいです。
千葉:
私はまず関宮の皆様が幸せになること、養父市の他の地域の方々が幸せになること、そして養父市全体が幸せになることを願っています。そしてその取り組みを豊岡市・朝来市・香美町・新温泉町など但馬全域に広げ、そこに住む住民の方々に同じように幸せになってほしいです。
2025年は団塊世代が、2050年には私たち団塊世代ジュニアが後期高齢者となり、高齢化が加速する時代です。それ以降は高齢者も減り、テクノロジーも変化して、社会の仕組みが大きく変わっていくでしょう。遠い未来に対して私たちは直接的には何もすることができません。それでもせめて、私たちが75歳になるまでは地域社会に責任を持つ義務があります。
社会のリソースは徐々に枯渇しようとしています。10年後に動き出すとしたら、その分だけ生き残れる地域は減っているはずです。まず養父市関宮の小さな拠点整備事業を成功事例として確立し、但馬全域や日本の他の地域にも波及させていける取り組みとして昇華できるよう邁進していきたいです。
広瀬:
養父市はじめ過疎化が進むエリアの住民数は限られているので、たとえモチベーションを醸成できたとしても息切れすることがありえると思います。ましてや小さな拠点づくりは息の長い話であり、定期的にエネルギーを注入しなければなりません。きっと長期的に伴走し、要所で支援してくれるコンサルタント、もしくは“マインドのホームドクター”のような立場の人が必要になるでしょう。養父市はもちろん、さまざまな地域で、PwCコンサルティングの皆さんがその役割を果たしていかれることを期待しています。
坪井:
貴重なご指摘に身が引き締まる思いです。本日はありがとうございました。