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住友化学株式会社(以下、住友化学)では、2019年度から「DX戦略1.0(AI、IoT、RPA活用などによる既存の業務プロセス改善)」、「DX戦略2.0(顧客接点強化・満足度向上に着目したデータドリブン経営)」による生産性向上と既存事業の競争力確保に資する取り組みを展開しています。2023年度からは、データ利活用に関する多様で豊富なビジネスアイデアを蓄積し、有望なアイデアを素早く実現することを目指したDX戦略3.0(データマネタイゼーションプロジェクト)を推進。PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)は、クライアントへのDX実現支援を通じて培った知見とノウハウを活かし、同社のDX戦略3.0の円滑な立ち上げと自走化に向けた伴走支援を行いました。
両社のメンバーがこの取り組みを振り返る座談会の前編では、DX戦略の狙いや検討を進める上で直面した課題、今後の展望などについて語り合いました。
(本文中敬称略)
(左から)米山敏広氏、青木幹雄氏、西野信也氏、木下尚悟、荒井叙哉、青木博信
登場者
西野 信也氏
住友化学株式会社 デジタル革新部 部長
博士(工学)
青木 幹雄氏
住友化学株式会社 バイオサイエンス研究所 研究グループマネージャー(生体解析)
博士(理学)
米山 敏広氏
住友化学株式会社 技術・研究企画部 主任部員
博士(薬科学)
木下 尚悟
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
荒井 叙哉
PwCコンサルティング合同会社 エクスペリエンスコンサルティング パートナー
青木 博信
PwCコンサルティング合同会社 エクスペリエンスコンサルティング ディレクター
ファシリテーター
宿院 享
PwCコンサルティング合同会社 アナリティクスインサイツ シニアマネージャー
まず初めに、住友化学が2019年度から推進しているDX戦略について、簡単に説明していただけますでしょうか。
西野:
当社のDX戦略は1.0、2.0、3.0と段階を踏みながら進めています。2019年にスタートしたDX戦略1.0は、AI、IoT、RPAといったデジタル技術の活用により、R&D、生産プラン、サプライチェーン、バックオフィスの生産性を飛躍的に高めることを目的としました。続くDX戦略2.0は2021年にスタートし、既存事業の競争力強化を目的として、DXによる顧客接点の強化、顧客体験の向上、顧客満足度の向上、マーケティング活動の高度化を狙っています。これらの成果を踏まえ、2022年度から新たにスタートさせたのがDX戦略3.0です。いわゆる「データマネタイゼーション」と呼ばれる、当社が持つデータを利活用し、新たなビジネスや価値を創出することを目的とした取り組みです。
木下:
DX戦略3.0では、スタート当初から専門組織を立ち上げられました。PwCコンサルティングではこれまでも多様なDXプロジェクトを支援してきましたが、最初から専任のメンバーを集めて組織を作るケースは珍しいといえます。どのような効果を狙ったのでしょうか。
西野:
データやデジタルを活用した新規事業開発は、社内にはほとんど知見がなく、障壁の高い取り組みでした。そのため、インキュベーターとして活動を支える組織が必要と考え、その必要性を経営層に訴えかけました。そうして2023年1月に立ち上がったのが、DX戦略3.0を推進する専門チーム「Value-nauts(バリューノーツ)」です。
専門組織を作る効果は、メンバーがDX戦略3.0プロジェクトに注力できる点にあります。データマネタイゼーションに限らず、いわゆる新規事業開発は不確実性が高く、高い機動力でスピード感のあるタスク遂行が求められるため、既存業務と並行して取り組むことは非常に困難です。専任の組織を作ったことで、メンバーはDX戦略3.0プロジェクトに100%コミットでき、自由度高く取り組むことができました。また、経営層の後押しを受けることができ、プロジェクトの体制構築の面でも取り組みやすかったと思います。
木下:
Value-nautsチームのメンバーはどのように集めたのですか。
西野:
社内公募で集めました。一般的なプロジェクトではさまざまな部署から人を集めて組織を作ることが多いと思いますが、DX戦略3.0は新しい取り組みであるため、既存事業の知見やノウハウを生かせるとは限りません。むしろそれらにとらわれることなく、新しい視点や発想で取り組むことが大事だと考え、新規事業開発に強い思いを持って取り組める人に手を挙げてもらいました。最終的に、データサイエンティスト、ストラテジスト、エクスペリエンスアーキテクトなど、データマネタイゼーションを推進するうえで必要な専門知識を持つメンバー5名でスタートしました。特に立ち上げ時においては、素早く意思決定を行うために組織をコンパクトにすることも重要だと思います。
木下:
なるほど。実際に集まったメンバーも、営業職や研究職、データサイエンティストと多様なバックグラウンドを有していましたね。組織の役割はどのように設定したのですか。
西野:
「Value-nauts」は「価値を探究する」という意味なのですが、その名のとおり、DX戦略3.0によって創出する価値を探り、見つけ出すことを役割としました。具体的な役割は3つあります。1つ目は、データ利活用による新たなビジネスアイデアの探索。2つ目は、事業とプロダクト開発による新規事業のローンチ。3つ目は、DX戦略3.0を推進する人材育成と体制整備です。
図表1. 住友化学DX戦略3.0の取り組み
住友化学株式会社提供
DX戦略3.0の推進にあたっては社内に知見がなく、障壁の高い取り組みであったと伺いました。今回の取り組みを立ち上げるために複数の外部パートナーを検討されたと思いますが、その中でPwCコンサルティングを選んでいただいた理由を教えてください。
西野:
専門的な知見や経験が少ない私たちのような企業にとって、コンサルティングファームによる支援は重要で、そのおかげでスムーズな立ち上げを実現できました。そもそも私たちは将来的には、DX戦略3.0プロジェクトを自走できる組織にしたいと考えていました。その点、PwCコンサルティングからは、「伴走型支援」という形でDX戦略3.0の取り組みに伴走し、最終的には手を離して自分たちで組織と事業を大きくしていってほしいという提案をもらいました。これは私たちの価値観に合うと感じました。
木下:
PwCコンサルティングは、顧客の「Sustained Outcomes」と「Trust」を重要なニーズと捉え、それらに応えることを目指しています。顧客がステークホルダーや社会からのTrustを獲得し、持続的な成長を実現していくためのSustained Outcomesを生み出す支援をするという意味です。自立と自走はSustained Outcomesの視点に立つ考え方で、成果を出し続けるビジネスを顧客自身に作ってもらうことを重視しています。そのために必要な技術や発想方法などを顧客の文化として根付かせていくことが私たちの支援のあり方であり、やりがいを実感する部分でもあります。
西野:
特に立ち上げ当初のDXの現場や実態に関する知見は非常に有益でした。教科書的な知識は自分たちで習得できますが、現場で実際に起きている課題や失敗事例といった話は、数多くのDXプロジェクトを支援しているPwCコンサルティングのような企業しか持ち得ておらず、私たちにとっては価値のあるものでした。
荒井:
確かに、実際のクライアント支援実績に基づく助言や現場知見の提供は、私たちの強みを発揮できる領域の1つですね。日々の打ち合わせの中でも、チーム作りの課題、プロジェクトが頓挫する原因、メンバーがコミットできなかった事例など、その時々のテーマに応じて、考え方や他社事例などをもとに具体的な現場知見に基づく生々しいお話をしながらご支援をさせていただきました。
西野:
加えて、顧客体験を高めるビジネスの知見が少なく、仕組みも持っていなかった中で、PwCが提示したデータマネタイゼーションプロジェクトの具体的なアプローチ「BXT Works」も、将来的な自立・自走に大いに役立つ考え方だったと思います。
荒井:
BXTは、「Business(ビジネス)」「eXperience(顧客体験)」「Technology(テクノロジー)」の3つを組み合わせた造語で、私たち独自のイノベーション創発のアプローチです。今回は「BXT Works」という新規事業開発・デジタルプロダクト開発の方法論に基づき、3分野それぞれに専任チームを作り、網羅的かつ複合的にアイデアを検討し、具体化しながらデータマネタイゼーションプロジェクトを推進しました。
西野:
3分野の中では、eXperienceに含まれるCX(Customer eXperience)とUX(User eXperience)を深掘りする必要性を感じていました。ただ、1つずつ深掘りしていくと時間ばかりかかってしまいます。BXTは、3つの主要な分野をちょうど良い塩梅で進めていくアプローチで、効果的かつ成功確度を高めながらプロジェクトを推進できたと思います。
青木(博):
新規事業は、顧客が求める体験を提供できなかったり収益性が伴わなかったりすることが原因で世の中に出ていかないことがあります。その点、Value-nautsのメンバーはDX戦略3.0の実現に強くコミットしていました。その結果、複数の課題に同時に取り組みながら、短期間で企画のフェーズを走り抜けることができたのだと思います。
DX戦略3.0の第1弾サービスとして、2024年7月から「Biondo」がスタートしました。サービスが立ち上がった背景について、教えてください。
西野:
元々はDX戦略3.0のプロジェクトを立ち上げる時点で、データマネタイゼーションに関するアイデアの社内募集を行っていました。今回サービス提供が始まったBiondoも、その際にエントリーされたアイデアの1つでした。
青木:
Biondoは、私たちバイオサイエンス研究所が企画したアイデアです。バイオサイエンス研究所には、テクノロジー分野においてこれまで蓄積してきた知見と技術があります。しかし、それらをどうやってソリューションにするか、ビジネスにしてマネタイズしていくか、お客さまへの価値提供に結びつけるかといったことを考える機会が不足していました。その点を課題に感じていたタイミングで、Value-nautsによるDX戦略3.0がスタートし、外部のコンサルティングファームと一緒に新規事業開発に取り組んでいくことを知りました。そこで事業案を応募してみようと考えて社内応募したことがきっかけです。
荒井:
Biondoが提供する価値について、改めて詳細を教えてください。
青木:
Biondoは、住友化学が保有する天然素材に関する高い分析技術、分析によって蓄積してきた豊富な化合物のデータ、およびこれらの技術・ノウハウを生かしたデジタルプラットフォームです。機能性素材の原料である天然資源のうち、その価値を十分に活かすことなく廃棄されるものの有効活用を目的として、循環型社会の実現に寄与することを目指しています。
米山:
具体的には、Biondoでは3つのサービスを提供します。1つ目は、分析サービスです。私たちが提供する網羅分析技術と解析アルゴリズムによって、天然素材が持つ複数の価値を簡単に見つけることができます。2つ目は、専門情報の提供です。プラットフォーム上では、化合物、成分、機能性などをキーワードとして、数ある素材の中からユーザーが求めている情報を効率良く検索できます。3つ目は、天然素材の売り手と買い手のマッチングです。素材の売り手が成分分析で見つけた機能性情報をプラットフォーム上で発信し、効率的に新たな買い手と出会うことができます。
荒井:
循環型社会の実現という社会性の高いテーマを取り扱っているのが、住友化学ならではですね。
青木:
当社は住友グループとして大切にしている「自利利他 公私一如」の考えに基づき、自社視点の経済価値の向上と、利他視点での社会価値の創出を目指しています。また、その考えに紐づく社会課題の解決に取り組む原則(サステナビリティ推進基本原則)を踏まえて事業を拡大してきました。その方針の下で考えたのがBiondoです。
青木(博):
解析したデータをマネタイズする、という発想はもともとあったのですか。
米山:
発想と構想はあり、上層部とのコミュニケーションの中でもマネタイズの議論は以前からありました。ただ、実現方法までは具体化できていませんでした。バイオサイエンス研究所は分析する技術、情報を扱う技術、さらにはデータベース化する技術などBiondoのベースとなる技術を持っていました。ただ、それらは私たち自身の素材開発に使うものという認識で、外に出してビジネスにしたり、マネタイズしたりするという発想は持っていませんでした。
既存事業は、石油を起点とする触媒や精製などの技術を強みとして素材の開発と提供を行っていますが、DX戦略3.0においては、固有のデータやノウハウといった無形資産を、データ解析のノウハウやサイエンスによる理論を強みとしながら、ソリューションとして提供していくことが目的でした。そのような背景のなかで、デジタル革新部、バイオサイエンス研究所、技術・研究企画部の3つがマネタイズを検討し、「天然素材の循環を促すマッチングのような使い方ができるかもしれない」という話に発展させることができました。
木下:
DX戦略3.0の大きな波があり、現場では新規事業開発のチームができ、それらがタイミング的に重なったところで私たちとの接点も生まれてBiondoにつながっていったのですね。
米山:
社内利用ではなく、外向けに提供することを前提としてデータや技術を整理したことは私たちにとって大きな変化だったと感じます。研究者の立場としても、アイディエーションでデータのマネタイズの可能性を検討していく中で、業界外から発想をもらうことが良い経験となりました。
青木(博):
自社が持つデータをマネタイズしていくためには、その価値を市場が理解できなければなりません。このような情報の価値を誰もが理解できるようにする取り組みを、私たちは「情報の民主化」と呼んでいます。Biondoによるデータマネタイズでは、物質の効能、効果、データの価値を伝えることなどが不可欠であるという話をミーティングでお伝えしました。
木下:
市場価値の視点でデータなどを整理すると、アセットとケイパビリティが相対的に見えるようになります。とくに素材はハイプロファイルでユーザーフレンドリーではないものが多いのが特徴です。市場の大きさを知っている私たちは、ぜひ住友化学が持つ資産を民主化する支援をしたいと思いました。
(左から)西野信也氏、青木幹雄氏、米山敏広氏