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東京大学大学院教授の越塚登氏とエブリセンスジャパンCEOの眞野浩氏をお迎えし、データ流通の現状と課題、そして今後の展望をお伺いする本対談。後編ではデータ流通を阻害する要因とともに、データの利活用を加速させるうえでPwCコンサルティングが果たすべき役割について伺いました。
対談者
一般社団法人 データ社会推進協議会 会⻑、東京大学 大学院情報学環・教授 越塚 登 氏
一般社団法人 データ流通推進協議会 専務理事/事務局長、エブリセンスジャパン株式会社 CEO(最高経営責任者) 眞野 浩 氏
ファシリテーター
PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス ディレクター 辻岡 謙一
左から辻岡、越塚氏、眞野氏
一般社団法人 データ社会推進協議会 会⻑、東京大学 大学院情報学環・教授 越塚 登 氏
辻岡:
最初に、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)の「データマネタイゼーション実態調査2023」で詳らかになった課題を紹介させてください。データ流通・マネタイゼーションを加速させるための主要課題として顕在化したのが「ユースケースの創出」です。データがあっても、「どのように使うか」「何に使うか」というユースケースを生み出すことに苦戦している企業が多いことが分かりました。お二人は今後データ流通を推進していくにあたり、どのような課題を克服する必要があるとお考えでしょうか。
越塚:
技術的な側面から言うと、ニーズがあればデータを流通させることは難しくありません。前編でも指摘したとおり、現在は国やレギュラトリエリア(法律や規制によって管理・監督された特定の地域や区域)を跨いで勝手に流通させることに対し、規則(ルール)を策定して枠組み作りに取り組んでいる状態です。
データ流通が活発化する以前は「規制の枠組みを取り払い、グローバル規模でデジタル化を推進しよう」という流れでした。現在はそうした方針を修正し、国際的なルールを策定する方向に向かっています。そうした枠組み作りに長けているのは欧州です。自国を中心に考える米国や中国は国際ルールの策定が得意ではありません。
眞野:
国際的なルールの策定を考えるうえでは、マンガを違法にアップロードした海賊版サイト「漫画村」の事件1が分かりやすいでしょう。漫画村のサーバは海外に置かれていたため日本国内の法律が適用されず、刑事訴追までに時間がかかりました。こうしたケースに対応するためにも、国際ルールや協定が重要なのです。
辻岡:
コンテンツ海外流通促進機構(CODA)が2022年に実施した調査によると、日本のコンテンツに対する著作権侵害の被害総額は1兆9,500億円から2兆2,020億円で、4年前の調査の5倍だったそうです。こうした数字を見ると、求められているのは安心してデータ流通させられる環境作りだと感じます。
越塚:
データ流通の対応を一対一の国どうしで話し合うのは大変ですし、非効率です。ですから国際的なルールを策定し、それを「ハブ」にすればよいのです。
辻岡:
つまり、データ流通を推進していくために必要なのは、各国・各レギュラトリエリアが納得できるルールを策定するということでしょうか。
越塚:
「ルール策定“も”必要」だと考えてください。
データ流通が進んでいない背景にはさまざまな原因があります。現在のデータ流通に対する社会の反応を見ていると、30年前のソフトウェアに対する反応に似ています。デジャブといってもよいかもしれません。
1980年代にちょうどパーソナルコンピュータのソフトウェア覇権争いがありました。そのときに、ある大手ベンダーはソフトウェア事業に参入することを検討したものの、最終的には参入しないことを決断したと言われています。その理由は「ソフトウェアは無体物。
そんな怪しいモノに多くの社員の運命をかけることはできない」との考えだったそうです。当時はそうした考えが1つの主流でしたし、1つの見識だったのかもしれません。しかし、結果としてソフトウェアは、怪しいモノという存在を超えて、今や1つの産業となりました。
現在、データが置かれている状況も同様です。データは無体物でコピーされたり、誰が所有しているのか、誰が必要としているかが分からなかったりするという不安がつきまといます。まさに「怪しいもの」として扱われています。
眞野:
越塚さんが指摘されたように、データは無体物でコピーが容易です。ですから「財」として確立しづらいのです。現行の日本の法律でデータを保護するには「知財」「著作物」「企業秘密(情報)」「限定データ」のいずれかに当てはめる必要があります。
しかし、ここにも難しさがあります。例えば「データは知財や著作物である」と主張するには、データ自体が知財であったり、著作性を擁していたりすることが前提です。また、企業秘密だと主張するには、自社にとっての企業秘密が何であるかを定義し、そのデータが秘密に該当することを明確にしたうえで、しかるべき管理をしなければなりません。同様に限定データについても何をもって限定とするのかを定義する必要があります。こうして考えると、データを「財」として所有するという概念は成立しません。
辻岡:
そうした課題を棚上げしたまま「データオーナーシップ」を論じるのは無理がありますね。
眞野:
さらに言えば、データに対する価値が一定ではないことや、データ収集や提供にインセンティブがないこともデータ流通を阻害する要因です。例えば、きちんと説明を受けて両者が納得してデータをやり取りしても、データに対する価値は主観です。ですから提供した側は「価値あるデータを粗末にあつかって……」と思い、受け取った側は「こんなデータで100万円も取るのか」と思うかもしれません。
また、誰かにデータを提供したくてデータを生成する人はいません。ですからデータの収集・提供にインセンティブがないのです。どんなデータが誰のとこにあるか分からなかったり、自分のデータを使いたい人がどこにいるか分からなかったりする状態でデータを流通させようとしても、それは無理な相談です。こうした課題を解決しない限り、データ流通をビジネスに結びつけることは難しいでしょう。
辻岡:
データ流通を推進するためには、「データの価値」に対するコンセンサスが不可欠です。では、どのような仕組みがあれば、コンセンサスを得られるのでしょうか。
眞野:
データを同じ物差しで評価できる市場が必要です。市場が「Trust Anchor(信頼の土台)」となることで、「あのベンダーが提供しているデータなら安心だ」というバリデーション(妥当性の検証)がなされます。例えは悪いですが、闇市にはTrust Anchorの要素はなく、完全に需給バランスだけで成立していますよね。そのような状態では、ユーザーの不安は解消されません。
越塚:
データ流通に対する不安要因を解消するには、企業が所有するデータの資産価値を認める仕組みが必要です。そのためには、「いつでもすぐに」価値に応じて換金できる制度、つまり信用できる取引市場が必要です。
辻岡:
データの価値はどのように決定されるとお考えですか。
眞野:
データを基にした付加価値は、アウトプットするアプリケーションで決まるので、その価値は人によって異なります。一方、データ自体の価値については、ある程度共通の相場観が形成されていくと考えています。例えば、成人の血圧データは1人当たり0.1円程度が相場となれば、それを必要とする人と提供できる人の間でやり取りできますよね。
ただしデータの価値で難しいのは、「Quality(品質)」と「Assurance(保証)」の担保です。例えば「温度データを±0.1℃の精度で欲しい」という要求に対し、提供されたデータの小数点以下が全てゼロだったらどうでしょうか。受け取った側は「±0.1℃のデータがない。要求を満たしていない」と感じるはずです。しかし、実は全てのデータの小数第一位はゼロであり、要求を満たしているデータなのかもしれません。提供する側は要求された「品質」のデータを提供していますが、受け取る側は「品質が担保されていない」と不満を持ってしまうのです。
「保証」についても同様です。「全国市町村の人口データを網羅している」と謳われたデータがあるとしましょう。しかしその中に「計測不能」と書かれた項目が10もあったら「網羅されていない」と思いますよね。そうしたレベルですら、品質や保証の物差しが決まっていないのです。
辻岡:
少し話は脱線しますが、現在は自治体もデータ流通に積極的ですよね。これまで伺った課題を考えると、自治体のデータ流通でも課題が山積していると感じます。
眞野:
データ流通に積極的な自治体は、「データプラットフォーム基盤を構築してデータ流通を推進し……」と青写真を描きます。実際、私のところにもそうした相談はあります。その際、私は必ず「データの主権者は誰ですか」と質問します。自治体が第三者にデータを提供するのか、それともデータ流通の仲介役をするのか。「自分たちが主権者になる場合には、提供データに対する責務は全うするのですよね」と確認します。
辻岡:
その質問に「イエス」と答えられる自治体はありますか。
眞野:
「自治体がデータを提供する」のであれば、ここまで考えなければいけません。データを受け取る側は「自治体のデータだから間違っているはずがない。品質は保証されている」と思いますよね。しかし「自治体から提供されたデータを基に作物の植え付けをしたら、データが間違っていたため全て枯れました」となったら、自治体は責任を取れるのでしょうか。
そうした考えが欠如したまま「とりあえずデータ流通で課題解決」というムーブメントに乗ろうとしている自治体は少なくありません。これは非常に問題であると、この場を借りて警鐘を鳴らしたいと思います。
一般社団法人 データ流通推進協議会 専務理事/事務局長、エブリセンスジャパン株式会社 CEO(最高経営責任者) 眞野 浩 氏
PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス ディレクター 辻岡 謙一
辻岡:
最後に今後の展望を聞かせてください。お話しいただいたようなさまざまな課題はありつつも、データ活用に対するニーズが増加することは間違いありません。社会が安心してデータを流通させ、企業が負荷価値を創造できるようにするには、コンサルティングファームはどのような役割を果たすべきだとお考えですか。
越塚:
コンサルティングファームに期待するのは「最初に変わること」です。そして変化の方向性を示し、社会をリードしていく役割を担うことです。
辻岡:
いきなりの高いハードル、ありがとうございます。
越塚:
データの利活用が社会に浸透するには人々の価値観やコンセンサスが必要であり、受け取る側、つまり社会の側にも変化が必要です。ここが技術の進化と決定的に違うところです。社会の趨勢を見ながらデータ利活用の優良事例を見つけ、積極的に紹介していく必要があります。ときにはギリギリセーフといった領域を積極的に攻める必要もあるでしょう。こうした役割を大手ベンダーが担うことは、さまざまなしがらみがあり難しいでしょう。
眞野:
コンサルタントには、ビジョナリー(先見の明のある人)であってほしいと考えています。データを所有している企業が自社の視座で「このデータをこうやって活用すれば、新しい付加価値の創出が可能だ」と判断できれば、コンサルタントの力を借りずに取り組むはず。しかし、そこまで実行力のある企業は少数で、多くの企業はデータ活用がもたらす価値に気付いていません。
そうした企業に対し、「御社のデータとこの外部データを掛け合わせ、この状況で活用すれば新規顧客の獲得につながります」といったプランを提示し、そのためには何をすべきかを指南してくれることが求められます。さらに、ビジョニングしたときに利用したフレームワークが優れていれば、フレームワーク自体がコンサルティングファームの商材になりますね。
越塚:
コンサルティングファームが打ち立てるビジョンは、社会の中で10%ぐらいの人がついてこられる程度のものが丁度よいと思います。100%の人がついてこられるビジョンは大抵は既出のもので、面白くありません。ちなみに大学では、1%の先端を目指してしまいます。それでは、学術的価値はあっても、ビジネスにするには時間がかかります。
眞野:
前編で越塚さんが説明したとおり、イノベーションは確率論です。まずは失敗を恐れず挑戦し、データ流通市場をプロービングして感触を確かめてみること。こうした挑戦を積極的に行うこともコンサルティングファームに期待する部分です。
特にPwCコンサルティングには若くて柔軟な発想を持ったコンサルタントが多いのですから、失敗を恐れずにチャレンジしてほしい。それが期待するところであり、課せられた役割ではないでしょうか。
辻岡:
PwCコンサルティングはデータ提供者と利用者の中間に位置する存在です。データ流通でそれぞれが価値を享受できるような支援をしていきたいと考えています。越塚先生には高いハードルを設定していただきましたが、ご期待以上の成果を挙げられるよう精進いたします。本日はありがとうございました。
1 2018年4月、日本の漫画を無断で配信していたサイト「漫画村」の運営者が著作権法違反で逮捕された事件。2021年6月に有罪判決が確定している。