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データサイエンスの隆盛やAI(人工知能)の実生活への活用の進展に加え、IoT(Internet of Things)やドローンの普及などにより、これまで取得困難だったデータ収集が可能となる中、データ利活用のニーズはかつてないほど高まっています。このような状況下、世界では各国・地域レベルでデータ活用戦略が策定されています。しかし、ビジネスにおいて国や地域、そして企業組織の枠を超えたデータ利活用には克服すべき課題も山積しています。本稿では東京大学大学院教授の越塚登氏とエブリセンスジャパンCEOの眞野浩氏をお迎えし、データ流通における現状と課題とともに、PwCコンサルティングが果たすべき役割について伺いました。(本分敬称略)
対談者
一般社団法人 データ社会推進協議会 会⻑、東京大学 大学院情報学環・教授 越塚 登 氏
一般社団法人 データ流通推進協議会 専務理事/事務局長、エブリセンスジャパン株式会社 CEO(最高経営責任者) 眞野 浩 氏
ファシリテーター
PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス ディレクター 辻岡 謙一
左から辻岡、越塚氏、眞野氏
一般社団法人 データ流通推進協議会 専務理事/事務局長、エブリセンスジャパン株式会社 CEO(最高経営責任者) 眞野 浩 氏
辻岡:
PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)では2023年3月、企業が保有するデータの活用状況に関する調査「データマネタイゼーション実態調査2023」1の結果を公表しました。同調査によると、回答者の半数超が「データマネタイゼーション」の検討に着手し、そのうちの約57%が「外部データ購入・活用などのデータ流通を伴うデータマネタイゼーションを検討している」と回答しています。
調査結果からも分かるとおり、データ流通に対する企業の関心は高まっています。最初にお伺いしたいのですが、データ流通は企業や社会に対してどのような恩恵をもたらすとお考えですか。
越塚:
身も蓋もないのですが「データ流通でイノベーション」という発想はやめたほうがよいです。イノベーションは確率論であり、100回の挑戦で1回上手くいけば成功という世界です。「データがあるからイノベーションの確率が高くなる」ことは全くありません。
イノベーションを誘発するのに重要なのは、「数多く撃つ」ことです。現在は、実世界で実験するよりも小さいコストでシミュレーションしたり、データ上で実験したりできます。しかも、現在はデータやそれを扱う技術のコストが下がっていますから、以前よりもさまざまな施策に挑戦できる回数を増やすことができます。従って、データは「間接的にイノベーションを誘発するもの」と捉えた方がよく、企業や社会のイノベーションを加速させるためにはデータの取得や連携にかかるコストをいかに下げて、試行回数をどれだけ増やせるか、ということが重要です。
眞野:
企業がデータを使用して実現できることは「効率化」と「最適化」であり、データ自体をマネタイズに活用できることは少ないです。
辻岡:
「効率化」と「最適化」とは、具体的にどのようなことでしょうか。
眞野:
例えば多くの国際空港の入国管理ゲートでは、パスポート確認と顔認証を行っています。しかし、入国管理ゲートから税関にはデータが連携されていなければ、税関に到着するともう一度パスポート確認と顔認証を行う必要があります。もしも両者がデータを連携していれば、顔認証は1回で済みますよね。つまりデータ連携によって業務が効率化され、生産性が上がります。
最適化の分かりやすい例は医療です。これまでは同じ病気であれば、基本的に患者は一律の医療サービスを提供されていました。ここに、これまで以上に詳細なデータを使用することができれば、データをエビデンスとして個々の患者さんの症状や状態に応じた最適な医療サービスを提供できるようになります。これまで前例の踏襲や勘と経験で決めていたことを、データを使用して最適化できれば、効率も上がります。これがデータ流通の恩恵です。
以前は「さまざまなデータを掛け合わせると、化学反応(ケミストリー)が起こってイノベーションができる」と考えられていました。しかし、これは事前の仮説があってこそです。仮説を立てるのは人間です。つまり、イノベーションを起こすのは人間なのです。
越塚:
最近の学生たちの研究では、「データを取得して機械学習で最適化する」というテーマが流行しています。アウトプットするアプリケーションや扱うデータは異なるので、一見新しく見えます。しかし実際のところ、最適化される“モノ”は異なるものの、学問的な視点で見れば分野は異なっても、やっていること自体は同じであり、新規性はありません。
その中で逆に感じたことは、「データを使用して最適化をしている分野は少ない」ということです。比較的ビジネス経験の乏しい学生ですら「この分野はデータ分析により最適化できる」と思いつくのですから、いくらでもビジネスチャンスはあると思います。
眞野:
それはビジネスとアカデミアの視点の違いですね。学術的に見ればデータの整理手法や分析手法は確立されており、各要素部品には新規性はないかもしれません。しかし、例えばITシステムは異なる複数の要素を組み合わせて構築します。仮に各要素が新規性に乏しかったとしても、新たな組み合わせにより、これまで市場に存在しなかったソリューションを生み出せます。同様に、これまで誰も目を付けていない分野で、データを組み合わせて最適化するアイディアに新規性があるとしたら、イノベーションと見なしてほしいです。
辻岡:
アカデミアとビジネスとの間でスタンスが異なる点はありますよね。イノベーションに対する捉え方以外に、データの取り扱いに関する違いはありますか。
越塚:
アカデミアの世界は100年以上前からデータ駆動型(データをエビデンスとした意思決定のアプローチ)です。ですから、社会やビジネスの世界が最近までデータをエビデンスにしていなかったことに驚いています。データを使用して知見を得るには科学的なアプローチが必要ですが、これまでは多額のコストを要するため、限られた組織しか実行できていませんでした。しかし、ITの進化によってデータを使用するコストが下がり、誰でも場所を選ばずサイエンティフィック(科学的)な手法を扱えるようになったのです。
ただし、サイエンス(科学)に関心がない人にとっては、こうした変化は関係ありません。「エビデンスを基に物事を捉えられるようになる」ためにも、データを使用する全ての人にとってサイエンス教育は重要です。
PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス ディレクター 辻岡 謙一
一般社団法人 データ社会推進協議会 会⻑、東京大学 大学院情報学環・教授 越塚 登 氏
辻岡:
次に、国際的なデータ流通について見解をお聞かせください。欧州ではIDSA(International Data Spaces Association)2、GAIA-X3などの組織を構成し、データ共有やデータ利活用の促進に務めています。こうした取り組みをどのように捉えていらっしゃいますか。
越塚:
ご指摘のとおり、欧州はデータ流通の仕組み作りに積極的です。しかし、その取り組みを単純に日本と比較して論じるのは難しいでしょう。なぜなら欧州と日本ではデジタル分野の産業構造が異なり、IT人材の配置が違うからです。
例えば、日本にはIT関連企業が多く存在しているため、日本の理系学生の多くは卒業後の選択肢としてIT関連の企業に就職します。「日本のIT産業は停滞している」といった声もありますが、国内にはハードウェアや各部品、スーパーコンピュータを開発・製造している企業は複数存在します。しかし、欧州は日本と比較してIT関連企業が極端に少ない。ですから、理系の学生はIT関連企業以外の企業に就職するケースが多いです。
辻岡:
内閣府のデータによると、欧州では日本と比較して非IT産業におけるIT人材の比率が高い4ですが、そのような理由があるのですね。
眞野:
越塚さんが指摘されたとおり、日本と欧州、そして米国におけるIT業界の位置づけは異なりますから、データガバナンス戦略も違います。米国は基本的に政府としてのデータ集積・利用への限定的な「放任主義」のスタンスを取っています。
日本と米国のIT業界で大きく異なるのは、「システムインテグレーター(SIer)の目線」です。日本のSIerは顧客企業の要望に合わせて徹底的にカスタマイズします。カスタマイズされることによってシステムは使いやすくなりますが、企業ごとにカスタマイズされるため、データの持ち方は企業ごとに異なり、企業間でのデータ共有が難しくなっています。一方、米国では標準化を重視します。顧客企業に対しては「標準的なシステムを導入したほうが将来も柔軟に対応でき、違う企業でも同じような業務であればデータの持ち方は同じ」と言って説得します。そうして市場を拡大していく戦略です。つまり、カスタマイズによって利益を上げようとする日本のIT企業と、顧客側に標準化を迫って市場を作り出す米国のIT企業では、データに対する考え方が異なります。
眞野:
米国の情報産業は標準化を迫って市場を伸ばしてきました。しかし、欧州の企業は米国の標準には素直に従いたくはありません。ですから対抗戦略を打ち出しました。その典型例が2011年にドイツ政府が発表した「インダストリー4.0」です。
例えば、エアバス社はドイツ、フランス、スペイン、英国の企業連合ですが、ドイツ国内だけでは航空機の機体を製造できません。ですから欧州域内のサプライチェーンをつないでデータを流通させ、効率化を図ろうとしました。IDSAが提唱されたのも、インダストリー4.0を推進するためです。
ところがデータ流通は産業だけに留まりませんでした。例えばゴミ回収車にIoT(Internet of Things)機器を備え付け、移動経路や回収のタイミングを最適化するといった施策が勃興しました。こうしたクライアントサービスを提供するためのデータには、パーソナルデータも包含されます。そのためIDSAは、“Industrial” Data Space Associationから“International” Data Space Associationに名称を変更しました。
こうしたサービスを拡充させるには大量のデータが必要ですから、クラウドが不可欠です。しかし、その選択肢はMicrosoft AzureやAmazon Web Services、Google Cloudといった米国企業が運用するプラットフォームしかなく、データの主権が脅かされる可能性がありました。その対策として構築されたデータ流通基盤に対するコンセプトをまとめているのが「GAIA-X」です。
辻岡:
欧州にとってデータ流通の枠組みを構築することは、米国に対する防壁を作るようなことなのでしょうか。
眞野:
そうですね。こうした枠組みを理解するうえで重要なのは、「各国が主権国家である」ことを前提とすることです。当然ですが各国やレギュラトリエリア(法律や規制によって管理・監督された特定の地域や区域)には独自のルールがあります。
日本もGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)を適用すべきだとの意見も一部にはありますが、これは論外です。欧州は「適合性の認定をする」と言っているだけで「適用しなさい」とは言っていません。全ての国やレギュラトリエリアは「防壁」があります。GDPRもその1つに過ぎません。ただし、その防壁にドミナントルール(支配的なルール)を設けると、それは“障壁”だと言われるのです。
辻岡:
5月に広島市で開催されたG7サミット(主要7カ国首脳会議)において、河野太郎デジタル大臣は「DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)」5の必要性を訴え、官民が参加する新たな国際組織の設立を提案しました。こうした動きをどのようにご覧になっていますか。
眞野:
DFFTを実現するには、各国・各レギュラトリエリアのルールを整理したうえで合意を得なければなりません。個人的見解ですが、DFFTは各国の思惑があるので、組織の設立には時間がかかると考えています。
例えば「Free Flow:自由な流通」としている部分は、何に対しての「自由」なのかが明確ではないと感じています。データの「自由な流通」とは、データ主権者が自らの主体性を持ってデータを収集したり、提供したりできることを指します。独占的な企業や組織が強制的にデータを収集し、その立場を利用して好き勝手に流通させることは「自由な流通」ではありません。
さらに言えば、「Trust:信頼性」についても課題は多いと感じています。例えば、共有・提供されるデータが「Trustworthy(信頼できる)」かどうかは、「データの真正性や完全性」に左右されますが、「データの真正性や完全性」とは何か、について明確な定義はなされていません。まずはそうした現状を整理する必要があると考えています。
辻岡:
ありがとうございます。後編ではデータ流通を推進していくうえでの課題や、今後の展望についてじっくり聞かせてください。
1 データマネタイゼーション実態調査2023 | PwC Japanグループ
2 ドイツのフラウンホーファ研究機構が立ち上げた産業データ交換に関する構想とソフトウェア技術である、IDS(International Data Spaces)の推進団体(出所:デジタル庁、包括的データ戦略)。
3 ドイツ政府とフランス政府が2019 年10 月 29 日に発表した、 EU 規模でのデータの共有や利活用を支援するためにクラウドサービスのインフラを構築する構想(GAIA-X プロジェクト)。GAIA-X は、認証や契約手続に基づいてデータへのアクセスを制御し、データ主権を保護しつつ、さまざまなクラウドサービスとの相互運用性を確保する技術的な仕組み(出所:デジタル庁、包括的データ戦略)。
5 DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)とは、「プライバシーやセキュリティ、知的財産権に関する信頼を確保しながら、ビジネスや社会課題の解決に有益なデータが国境を意識することなく自由に行き来する、国際的に自由なデータ流通の促進を目指す」というコンセプト(出所:DFFT|デジタル庁)。