
ルワンダにおけるPoC事業:PPPによる医療施設サービスデジタル化
ルワンダ国に向けた「デジタルイノベーション促進プロジェクト」のPoC事業として実施した医療施設ライセンス管理プラットフォームの開発について、背景から開発の流れの詳細を紹介します。
GovTechという言葉をご存じでしょうか。GovernmentとTechnologyを掛け合わせた造語で、公共サービスのDXを主導するスタートアップ企業などを指します。業務の効率性やサービスの利便性が民間に劣後しがちな公共サービスを改革するGovTech企業が、世界各地で台頭しつつあります。
そうした動きと呼応するように広がる新たな官民連携方式が、Digital PPP(Public Private Partnership)です。これは、民間資本・技術を活用して公共サービスDXを推進する調達・契約方式です。先進国のように制約やレガシーの少ない途上国において、Digital Leapfrog*1を進めやすいことから急速に普及しました。中でも目立つのが、アフリカ随一の「ICT立国」であるルワンダです。
そこで本稿では全3回にわたり、国際協力機構(JICA)によるルワンダへの技術協力プロジェクト「デジタルイノベーション促進プロジェクト」において、PwCコンサルティングの支援経験・実績[過去記事リンク①、②、③]を例に、公共サービスDXやDigital PPPの先進事例を解説します。さらに、先進諸国の取り組みにも触れつつ、日本の公共サービス改革に向けた示唆や日本・途上国間の新たな協創関係の可能性を展望します。
第1回: デジタル領域の官民連携が拓く次代の公共サービスと、広大なGovTech産業の可能性
第2回: デジタル領域におけるPPP実現の障壁と、ルワンダに学ぶ突破口
第3回: 国際連携によって加速化する、「先進国」におけるデジタル領域の PPP未来図
第1回ではまず、PPPによる公共サービスのデジタル化事例に加え、行政DXを推進するGovTech産業の可能性(規模)について見ていきたいと思います。
PwCコンサルティングは2022年から、ルワンダを支援対象とした「デジタルイノベーション促進プロジェクト」に参画しています。JICAをはじめとする国際機関の資金・技術支援を活用しつつ、現地GovTech企業の技術でルワンダ政府の公共サービスをデジタル化し、行政DXとGovTech産業創生を推進するのが狙いです。そうした新たな官民連携に必要な法的枠組みであるDigital PPPを通じ、公共調達法の改正や、省庁横断型のCIO組織、官房機能の設置などの支援に取り組んでいます。
日本は、政府主導でマイナンバーの発行や情報連携基盤である公共サービスメッシュの整備に取り組んでいます。ただ、住民基本台帳のような基幹業務についてもデジタル化が十分に進んでいない状況です。背景には、自治体ごとに独自で改修を重ねてきたレガシーシステムや法的制約などがあります。自治体ごとに個別の要件や価格を指定してIT事業者に開発を委託せざるを得ず、人材不足に悩むIT事業者の負担が増大しています。
これに対してルワンダは、民間技術を最大限に活用するため、公共調達法の改正を含むDX推進に取り組んでいます(図表1)。2024年までに1,519の公共サービスを全てデジタル化する目標を達成しました。自治体や公社は事業経営権の一部をGovTech企業に提供し、目的やKPIを指定する成果・成功報酬型での委託方式を採用することによって、GovTech企業のイノベーションと成長を促進しています。
図表1:日本とルワンダの公共サービスDXの特徴
Digital PPPによって公共サービスがデジタル化された例として、医療施設サービスと公共水道サービスの例を紹介します(図表2)。
「デジタルイノベーション促進プロジェクト」の一環として、ルワンダ現地企業のOrion Systems & Design社(以下、Orion社)は、医療施設ライセンス管理のデジタル化を実現しました。医療施設運営のためのライセンスの発行・管理や登録料の収受といった業務は従来、保健省(MoH)が紙ベースの手作業で対応していました。同社がライセンスの発行・管理をデジタル化するプラットフォームを開発したことで、業務の効率性とデータの管理方法が改善されたのです。
今回の取り組みでOrion社はPoC(概念実証)事業としてプラットフォームの開発までを担当しました。今後は同社が政府の規制のもとでプラットフォームを運営し、ユーザーである医療施設からライセンス登録料を徴収して継続収益を得ることも視野に入れています。
先進国で従来から官民連携により実施されてきた事業においても、民間技術を活用したDXが進められています。フランスの広域リヨン市では、Veolia社の技術を活用した水道管理のデジタル化が進行中です。この取り組みでは、水質の監視や漏水のリアルタイム検出を可能にするセンサーを水道管網に6,000個以上取り付けます。収集されたデータは総合オペレーションセンターで分析され、迅速かつ効率的な現場対応が可能となります。さらに、エンドユーザーである市民は、水道使用量の異常時や凍結の恐れについての警告を即座に受け取ることができます。
図表2:PPPによる公共サービスデジタル化の事例
公共サービスのデジタル化を推進するGovTech産業の潜在的な規模がいかに広大であるかは、次の2つの観点から考えられます。
例えば、ルワンダ政府は公共調達予算の10%をスタートアップに割り当てる目標を掲げています。仮に各国政府が同様に公共調達予算の10%をGovTechに投じた場合、アフリカ全体のGovTech市場規模は少なくとも年間500億米ドルに及び、これは50社以上のユニコーン企業を生み出すのに十分な規模です。また、同様の計算を仮に全世界に適用すると、GovTech市場規模は年間1兆米ドルに達し、1,000社以上のユニコーン企業が誕生する可能性が考えられます。これは、世界的なメガテック企業に比肩する規模のGovTech企業が誕生しても不思議ではない数字です(図表3)。
図表3:GovTech産業の潜在的な年間市場規模(各国が公共調達予算の10%をGovTechに投じた場合)
公共サービスや行政事務の多くは、国や地域ごとの差異が大きくありません。したがって、公共サービスDXで成功を収めた特定の国や地域のGovTech企業が世界を席巻する可能性があります。他国に向けてデジタル公共サービスの輸出を始めれば、GovTech産業の規模は急速に拡大するでしょう。
第1回では、公共サービスのデジタル化を加速する新たな官民連携方式であるDigital PPPの事例と、GovTech産業の広大な規模について解説しました。次回は、Digital PPPを実現する上での課題に焦点を当てつつ、ルワンダがどのように課題を克服しようとしているのかを紹介します。
*1: Leapfrog = 開発途上国が、従来の技術インフラを段階的に整備する中間プロセスを飛ばして最新のデジタル技術を導入することで、蛙の跳躍のように技術レベルが進展すること。
*2: 本事業の詳細は、補足記事をご参照ください
*3: 参考
ルワンダ国に向けた「デジタルイノベーション促進プロジェクト」のPoC事業として実施した医療施設ライセンス管理プラットフォームの開発について、背景から開発の流れの詳細を紹介します。
民間資本・技術を活用して公共サービスDXを推進する「Digital PPP(Public Private Partnership)」が注目されています。公共サービスのデジタル化事例と、GovTech産業の可能性について論じます。
発展途上国が段階的な発展過程を跳び越えて急成長する「Digital Leapfrog」(蛙の跳躍)現象を巡る考察を足がかりに、ルワンダで推進する「デジタルイノベーション促進プロジェクト」の意義や今後の展開について論じ合いました。
JICAからガバナンス・平和構築部 STI・DX室の山中敦之国際協力専門員と浅沼琢朗職員、KICから副学長の内藤智之特任教授をお迎えし、「ルワンダ共和国」におけるガバメントテクノロジー(GovTech)産業の創出と行政デジタル化の取り組みついて語り合いました。