JICA「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」にみるGovTechの可能性

アフリカの奇跡・ルワンダから、今こそ日本が学ぶべきDX

  • 2023-06-26

内戦の悲劇を乗り越え、アフリカ有数のICT立国として再生した「ルワンダ共和国」。同国は今、日本の技術協力を梃にガバメントテクノロジー(GovTech)産業の創出と行政のデジタル化を加速させています。ルワンダのデジタル化の伴走役を務める日本の国際協力機構(JICA)は、2022年7月に神戸情報大学院大学(KIC)とPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)とともにルワンダにおける「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」を開始。アフリカのリーディングICTハブを目指すその挑戦には、日本が学ぶべきことも多いようです。そこで今回は、JICAからガバナンス・平和構築部 STI・DX室の山中敦之国際協力専門員と浅沼琢朗職員、KICから副学長の内藤智之特任教授をお迎えし、PwCコンサルティングでこのプロジェクトをリードする岡村周実と語り合いました。

(左から)内藤智之氏、山中敦之氏、浅沼琢朗氏、岡村周実

官民連携で進むルワンダのDX。“ガイドランナー・伴走者“が見る課題とは

岡村:
山中さんはICTの専門家として、約30年にわたり100を超える国々や国連機関でICTをベースとする開発支援にご尽力されてきました。JICAの専門家としてはルワンダのICT戦略の策定・実行にも協力され、現地ではルワンダICT立国の立役者の一人としてその名が知られているそうですね。まず、ルワンダという国の特徴と、ICT立国に至った経緯を教えください。

PwCコンサルティング 執行役員 パートナー 岡村 周実

PwCコンサルティング 執行役員 パートナー 岡村 周実

山中氏:
ルワンダは赤道のすぐ南に位置し、東西南北をタンザニア、コンゴ民主共和国、ブルンジ、ウガンダに囲まれた内陸国です。「ルワンダ」という国名を耳にして、同国で起きた内戦の悲劇を描いた映画『ホテル・ルワンダ』(日本では2006年に公開)を思い浮かべる方も多いかもしれません。1994年、当時の総人口約790万のうち100万人前後が、虐殺によって命を失いました。しかしその悲劇を乗り越えて、近年は政治的な安定を実現。治安もアフリカ大陸で随一と言われるほど改善され、汚職のない清潔な国として「アフリカの奇跡」と呼ばれる経済成長を成し遂げました。

ルワンダの再生と復興の源泉となったのがICTです。小国のルワンダは天然資源が限られている上に、内陸国のため、貿易や製造業にも不利な面があります。ただし一方で、日本の四国よりひと回り大きい程度の国土に1,200万余もの人が暮らしており、17歳以下の人口の比率が45%と圧倒的に若い人口です。2000年に発足したポール・カガメ現政権は、若い人的資源を育てることで知識集約型経済の育成を目指し、ICTを基幹とする開発戦略を20年以上にわたり推進し続けています。その結果、アフリカ大陸のICT立国として世界的に見ても高い評価を確立するに至ったのです。

岡村:
わずか数年で全土に光ファイバー網を整備したのでしたね。

山中氏:
2010年までに電気すら通っていないような場所に至るまで光ファイバーの基幹網を引きました。ICT関連のインフラを徹底的に整え、規制緩和などでビジネス環境を整備したことで、通信事業をはじめとする投資を国内外から呼び込むことに成功したのです。アフリカのICT立国としてケニアもよく知られていますが、同国のデジタル化が民間主導で進んだのに対し、ルワンダのICT国家戦略は官民連携で推進されていることもユニークな点です。

JICA(国際協力機構) ガバナンス・平和構築部 STI・DX室 国際協力専門員-DX 山中 敦之 氏

JICA(国際協力機構) ガバナンス・平和構築部 STI・DX室 国際協力専門員-DX 山中 敦之 氏

岡村:
浅沼さんは戦略コンサルタントとしてデジタル領域の支援に長く携わってこられたと伺っています。2020年にJICAに移ってDX室の立ち上げに参加し、本案件では山中さんとともにプロジェクトを担当されています。JICAがルワンダでこのプロジェクトに取り組むことになった背景・経緯を教えていただけますか。

浅沼氏:
ルワンダは短期間で「ICT立国」としてのブランディングに成功し、飛躍的な経済成長が実現しました。しかしICT立国としての内実は道半ばであり、国民のリテラシーの向上や行政サービスのデジタル化の加速、投資促進、起業環境・資金調達環境の改善など多くの課題に直面しています。象徴的なところでは、「ICT開発指数世界ランキング」(国際電気通信連合、2018年)でルワンダは153位にとどまっています。国際競争を勝ち抜くのに十分なランクではなく、周辺国と比べても高いとはいえません。一方、投資誘致をめぐる各国間の競争はますます激化しています。ルワンダ国内ではICTを利活用したイノベーションの実証実験が、日本を含む多くの国・企業によって行われていますが、他国への展開事例はまだ少ないのが現状です。

こうした課題を解決するには、政府が主導することで、イノベーション創出のエコシステムを強化したり、対外発信機能を強化したりするなど、統合的な施策を進めることが不可欠です。ルワンダ政府はこれらの点を踏まえ、①ICT起業家のPoC実施・サービス構築環境の強化②デジタルプラットフォームとの連結性の強化を行うことにより、デジタルイノベーションエコシステムが包括的に強化されることを目的とする技術協力プロジェクトをJICAに要請しました。その背景には、JICAが2009年以来、ルワンダに対してICT支援を継続してきた実績および信頼関係があり、現在JICAはルワンダICTセクターワーキンググループ(各国ドナーの調整会議体)の共同議長も任されています。このプロジェクトの要請を受けてわれわれJICAは、プロジェクト実施のコンサルタントとしてKICとPwCコンサルティングにお力添えをお願いしたうえで、2022年7月に「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」を本格的にスタートさせた──これが今回の経緯です。

JICA(国際協力機構) ガバナンス・平和構築部 STI・DX室 浅沼 琢朗 氏

JICA(国際協力機構) ガバナンス・平和構築部 STI・DX室 浅沼 琢朗 氏

ルワンダのおける「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」

図 ルワンダのおける「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」

2022年9月にルワンダ共和国ICT省と全体戦略の方針を合意し、現在は①ルワンダ・モデル実行管理の枠組み設計/官房機能の立上げ支援とともに、②行政サービスのデジタル化支援(PoC)や、行政サービスデジタル化をGovTechが担う上で必要となる③法改正(公共調達法)の支援、GovTechを含む④スタートアップ(起業家)支援に着手しています。本プロジェクトは2026年6月まで行われる予定

日本とルワンダ、正反対の構造から見える景色

岡村:
初めてルワンダを訪問した際、ルワンダ政府の「意思決定の速さ」に驚きました。山中さんは、国家戦略の進め方についてルワンダが日本と異なる点、他国と一線を画する点をどのようなところに感じますか。

山中氏:
日本と比較すると、ルワンダは「戦略に基づく積み上げがきちんとできる国」だと思います。法律を改正するスピードも日本に比べて格段に速い。国全体をサンドボックス化していて、パッケージで自国を宣伝することにも長けています。例えば、米国の救命ベンチャーがドローンを使った輸血用血液製剤の輸送実験を行ったり、英国の保険会社がパイロット事業に取り組んだり、クレジットカード大手が他社の電子マネーとの相互認証を実施したり。「ルワンダでの検証を通して培った知見を他国に展開できる」ことを、国を挙げてアピールする姿勢は、日本には不足するものではないでしょうか。また、実証実験の目標値やクリアすべきハードルがどんどん高くなっていくのは、やはり勢いのある国ならではでしょう。もちろん政治指導者のリーダーシップも大きな後押しになっていると感じます。

岡村:
内藤さんは行政のデジタル化について、ルワンダ政府と日本政府の取り組みの違いをどのようにご覧になりますか。

内藤氏:
日本とルワンダは、国家の成り立ちや拠り所が根本的に違っているのだと思います。ルワンダの国家指導者は「この国をどうしたいのか」を、国民に向けて常に自分の言葉で発信し、強く支持されています。対して日本では、そうした理念や“確固たる信念”に基づく政治的リーダーシップは広い支持を得にくく、「国のあり方」について自分の意見を明確にもつ国民も多くはないと思います。

根っこの部分でこうも異なるルワンダと日本の対比は簡単ではないのですが、私はむしろ両国の違いの大きさにこそ、日本がルワンダを参考にすべきヒントがあると考えます。例えば、ルワンダと日本の人口ピラミッドは、ざっくり言えばそれぞれ三角形と逆三角形であり、全く逆の構造です。逆三角形の日本では、上(高年齢)の世代の層が厚いため、どうしても高齢者を意識した政策決定になりがちです。

反対に、三角形のルワンダは下(若年)の世代の層が厚いので、若者が活躍するための政策に重点を置くことになります。全く新しい技術やICTサービスを導入するとき、日本では高齢者に十分配慮し、時間をかけて、社会的影響が最小限になるようなサービスデリバリーが求められる。つまり、何か新しいことを始めるために“捨てることができるもの”が少ないわけです。他方、ルワンダには“次々と捨てながら選択を試せる環境”があります。「何を捨てると、何が得られるのか」という大胆な実証試験をルワンダで実施すれば、日本の行政や企業が学べることは決して少なくないはずです。

岡村:
人口構造が逆三角形の日本は、アジャイルでスピーディな取り組みや、ディスラプティブイノベーション(破壊的技術革新)の実践には不向きといえるのかもしれません。これは日本だけに限ったことではありません。これからは、新しい行政サービスを冒険的に実施し、その成果を他国に提供する側の国と、そのサービスの受益者となる側の国に分かれていくのではないでしょうか。

その意味で興味深いのは、開発途上国における「Digital Leapfrog」という現象です。“leapfrog”とは、すなわち「蛙の跳躍」ですね。サブサハラ(サハラ砂漠以南)のアフリカ諸国では、固定電話といった中間段階を飛ばして一気にスマートフォンが普及した結果、忽然として巨大なモバイルバンキング・プラットフォームが出現しました。今回の「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」の背景にあることの1つは、こうした「Digital Leapfrog現象の本格化」です。後編ではこのDigital Leapfrog現象について議論を深め、GovTechの可能性を掘り下げていきます。

主要メンバー

岡村 周実

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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川埜 裕介

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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