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Digital Leapfrog――後発国がまるで“蛙の跳躍”のように先行国を追い越し、一足飛びの発展を遂げる――現象がアフリカ東部のルワンダ共和国では本格化し、行政サービスや通信技術の分野で目覚ましい発展を遂げています。日本が実施する技術協力「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」には、“逆輸入“の期待も高まります。後編では「Digital Leapfrog」を巡る考察を足がかりに、前編に続き、JICAの山中敦之国際協力専門員と浅沼琢朗職員、神戸情報大学院大学(KIC)副学長の内藤智之特任教授、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)のパートナー・岡村周実の4名が論じ合いました。
(左から)内藤智之氏、山中敦之氏、浅沼琢朗氏、岡村周実
岡村:
本プロジェクトの背景の1つとして、発展途上国が中間段階を省略するかのように急成長する「Digital Leapfrog」(蛙の跳躍)現象の本格化があります。近年、多くのサブサハラ(サハラ砂漠以南)アフリカ諸国でスマートフォンの普及率が7割を超え、利用料金が8割以上も低下するなど、ICT環境が劇的に改善されています。その結果、ICTを通じた「金融包摂」をはじめ、医療・教育・公的サービスといった各種サービスで包摂状況が急速に向上しました。例えば金融サービスにおいて、ATM取引やネットバンキングといった中間ステップを飛び越えて、巨大なモバイルバンキング・プラットフォームが突如として登場したのは、まさにDigital Leapfrog現象の典型例でしょう。こうした現象が常態化した現況を、内藤さんはどのようにとらえていらっしゃいますか。
PwCコンサルティング 執行役員 パートナー 岡村 周実
内藤氏:
ご指摘のように、Digital Leapfrog現象の例として、アフリカの通信会社が開始したモバイル決済サービスが挙げられます。スマートフォンのショート・メッセージ・サービス(SMS)を使って、送金・支払・借入などができるサービスで、国内で爆発的に普及したのち、近隣諸国にも急速に広がりました。これは貧困層に金融サービスへの門戸を開き、小売業を中心に幅広い産業に恩恵をもたらしたほか、蓄積された顧客データを基に次々と派生ビジネスも誕生しています。サブサハラ・アフリカ諸国ではこのサービス以外にもさまざまなフィンテック(FinTech)ビジネスが勃興しており、デジタルサービスが群雄割拠している状況です。
そんななか、ルワンダの近況はどうでしょうか。確かにルワンダでもオンラインサービスが普及し、Digital Leapfrog現象が見られます。ただその一方で、国民のICTリテラシーの向上や、ブロードバンドのさらに一歩先を目指すためのインフラ整備が置き去りにされている部分があるのではないかと私は感じています。これは、「モバイル決済の時流に乗る」「限られたリソースをオンラインサービスに集中する」というルワンダ政府の戦略もあるのでしょうが、ルワンダは今、ICT立国として1つの“踊り場”に差しかかっているように思います。だからこそ日本企業にとっては、短期目標ではなく、長期展望をもってルワンダにコミットする価値があります。それを後押しする「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」には大きな意味があるのだと考えます。
神戸情報大学院大学(KIC) 副学長 特任教授 内藤 智之 氏
岡村:
非常に重要なご指摘をありがとうございます。一方で内藤さんがご指摘された“踊り場”の手前の段階ですでに、ルワンダの行政サービスにおけるオンライン技術の進展ぶりは日本から見て驚くべきものでした。一例ですが、ビザ(査証)などはオンラインで10分もかからずに取得できるほどです。戦略的にデジタル化を進めるルワンダから、日本の企業や行政が学ぶべきことは多いはずです。Digital Leapfrog現象が常態化した世界における国際協力のあり方について、浅沼さんはどのようにお考えですか。
浅沼氏:
「民間企業のサービスが飛躍的に普及する」という文脈で語られることの多いDigital Leapfrog現象ですが、私たちJICAの視点からは、「JICAの支援としてどう介入するか」「新たなサービスを生むための競争原理をどう整えるか」という課題があります。その観点でJICAのSTI・DX室が重視するのは、支援先国における「デジタルアーキテクチャ」(多くの組織・社会構成員の間にデータやシステムなどをつなぐ全体像)の構築です。下部から順に、デジタルインフラのレイヤ、データベースのレイヤ、プラットフォームのレイヤと積み重ね、その上にアプリケーション、サービス、ユーザーが載るイメージです。このデジタルアーキテクチャのなかで、行政から見て、①官が主導し民間は共通の仕組みを活用すべき「協調領域」、②民間が自由に競争すべき「競争領域」、の2つを峻別したうえで、各レイヤに対して産業政策を決める必要があるでしょう。
具体的には、民間リソースが限られる途上国においてはデータベースとプラットフォームのレイヤは、国が主導して共通化した方が効率的にデジタル化を促進できるといた議論があります。例えば国民の機微情報を適切に管理・蓄積してID基盤や認証基盤を整え、さまざまな民間プレーヤーが連携できる状況をつくります。民間は自由な発想で競い合いながら、共通化されたデータベースとプラットフォームに乗るアプリケーションやサービスを開発するのです。Digital Leapfrog現象の状況下、発展途上国の限られた民間リソースを有効に活用するには、このような「適切な領域設定とその峻別」がカギとなるはずです。
JICA(国際協力機構) ガバナンス・平和構築部 STI・DX室 浅沼 琢朗 氏
岡村:
技術協力プロジェクト「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」の背景にあるのは何か――この問いは「なぜ、日本の政府や企業がルワンダに注目すべきなのか」と言い換えてもよいでしょう。私は、「Digital Leapfrog現象の本格化」に加え、次の3つの観点があると考えています。
1つ目は、「行政のデジタル化を大規模に推進するGovTech企業の登場」です。Digital Leapfrog現象は、社会保障(年金・保健医療・生活保護)や警察・教育などの公共サービス、社会・経済インフラの整備、文化財・環境保護といった公共領域のいずれにおいても例外なく発現します。そして、行政のDigital Leapfrog現象を推進する担い手としてとりわけ期待・注目されているのが、GovTechです。ルワンダのほか、ドイツやシンガポール、エストニア、インドなどでも多くの事例を見ることができます。
2つ目は、「全世界・数千社以上のユニコーン企業がGovTech領域から誕生する可能性」です。仮に、各国が政府公共調達予算の10%をGovTechに振り向けた場合、アフリカ諸国全体のGovTech産業規模は少なくとも年間500億米ドルに及びますし、例えばルワンダ政府は公共調達予算の執行目標としてスタートアップ調達10%を掲げています。GovTech企業の一般的な売上高マルチプルに鑑みると、これは50社以上のユニコーン企業を生み出すのに十分な規模といえます。また、同様の計算を踏まえると、全世界のGovTech産業規模は1兆米ドルとなり、これは1,000社以上のユニコーン企業の誕生を示唆しています。世界的なメガテック企業に比肩する規模のGovTech企業が誕生しても不思議はない数字です。
3つ目は、「ルワンダで誕生したGovTech産業が世界を席巻する可能性」です。公共サービスや行政事務の多くは、国・地域ごとの差異がさほど大きくありません。すなわち行政デジタル化で先行した国・地域のGovTech産業が世界を席巻する可能性は高いと考えられます。そこでルワンダのICT省は本プロジェクトを通じ、世界進出可能なGovTech企業を自国に複数生み出して、競争力のある産業をルワンダ国内に興そうとしています。例えばルワンダと日本それぞれの国内で「2024年までにデジタル化される予定の行政サービスの数」を比較すると、ルワンダでは1,519であるのに対し、日本では20という状況です※。もしルワンダのような新興国・途上国が他の国に向けて行政デジタルサービスの輸出を始めれば、それは行政のデジタル化におけるDigital Leapfrog現象を引き起こすことになることでしょう。
内藤氏:
日本とルワンダには、人口構成と同様、全く異なる要素がいくつもあります。だからこそルワンダは、日本が参考にすべきヒントの宝庫でもあるのです。ルワンダをはじめとするサブサハラ・アフリカ諸国では、生体認証やQRコードを使ったサービスが続々と登場し、行政のオンラインサービスで日本に先行している国も少なくありません。それらの国々ではデジタルサービスが簡便なかたちで使いやすく導入され、ユーザーのITリテラシーの成熟度に関係なく普及しています。この事実から日本が学べることは多いのです。
また、ルワンダをPoC(概念実証)の場として再認識することも重要です。たしかに人口が少ないルワンダは、1国の市場規模としては大きくありません。しかしルワンダの先には、世界の大国となる可能性を秘めたナイジェリアがあり、サブサハラ・アフリカ諸国があり、さらに先には日本というマーケットが待っています。イノベーターであれば、ルワンダでのPoCを起点に、長期的な視野と発想でビジネスを展開したいと望むはずです。そんな取り組みを、岡村さんのようなインダストリーサイド、私のようなアカデミア、山中さんや浅沼さんのような公共に近い立場の方たちが一丸となって支援することで、ルワンダと日本のGovTechの層はますます厚くなるだろうと期待しています。
※出典:日本デジタル庁「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化のために検討すべき点について」
岡村:
最後に、ルワンダで推進する「デジタル・イノベーション促進プロジェクト」の今後の展望について皆さんに伺いたいと思います。JICAとしては、本プロジェクトで得られた知見をどのように活用していくお考えでしょうか。
浅沼氏:
JICAがルワンダで積み上げてきたICT領域での実績・モデルを、他国の支援にも展開する可能性を見据えています。ルワンダが抱える「マーケットサイズが小さい」「スタートアップが育ちにくい」「もっと投資を呼び込みたい」といった課題は、程度の差はあれどこの国にも共通のものです。一般的に行政サービスは入札基準が厳しく、大きな企業しか受注できませんが、この行政サービスの門戸をもっと開放して、多くの民間企業を育てたい。内藤さんがおっしゃるとおり、ルワンダのマーケットサイズを超えた飛躍をルワンダ企業に提供したい。そもそも、デジタルには国境などありません。ルワンダは広大なマーケットへの入口になるのです。ルワンダ企業、日本企業、他の外国の企業との連携事例も、どんどんつくっていくつもりです。
さらにもう1点。ルワンダに限らず、多くの途上国は政府側のマンパワー不足という課題を抱えています。途上国が国外から受ける資金援助には、近年、ODA以外に民間からのファイナンスも増えています。多様なマネーが多様なルートで流入していますが、ルワンダを含む途上国政府では、人員・スキル不足のためにそれらの適切なマネジメントが必ずしもできていません。世界銀行や各国の公社など、さまざまなドナーの手が差し伸べられ、民間企業も次々と参入する状況下、多様なリソースをその国の戦略に沿って有効活用するかが問われています。本プロジェクトでは、セクターワーキンググループという枠組みを通じて、ドナー間の利害調整のみならず、デジタルアーキテクチャに「協調領域」「競争領域」を適切に設定し、リソースを有効に活用できる素地をつくろうと考えています。こうした知見をルワンダ政府に蓄積していきたいですね。
岡村:
本プロジェクトでは「GovTech産業の創出」と「行政デジタル化の加速」を同時に推進していきます。これを実現するには、官民連携の新たなスキーム「ルワンダ・モデル」を確立して、両者の歯車をかみ合わせなければなりません。しかし、行政における予算計画主義と、デジタル世界における価値行動主義(アジャイル)は、相互に相容れない難しさもあります。そして、これはルワンダに限らず、日本や米国でも見られることです。本プロジェクトはそこに踏む込み、デジタルサービスのアジャイル開発を、いかに公共調達の枠組みに取り込むか、その適切なあり方を探ります。その意味で「行政サービスのデジタル化支援」と併せて、「公共調達法の改正支援」にも注目していただきたいですね。
山中氏:
「GovTech産業の創出」と「行政デジタル化の加速」を実現するうえで、テクノロジー自体は大きなハードルではありません。課題の本丸は、戦略や政策、法規制の部分です。ここが整わないと、民間がせっかく生み出した革新的な技術やサービスを生かし切れない。本プロジェクトはその“本丸”、すなわち根本的な問題を解決しようとする試みです。
ルワンダは、サブサハラ・アフリカ諸国のなかでもとりわけ安全かつ清潔(汚職の少なさ)で、規制の枠組みも多くはありません。地政学的にもアフリカの東西南北をつなぐハブ的な存在。国全体として「PoCの場(新たなサービスや技術を検証できる実験場)」であることを打ち出し続けています。今、「アフリカで起業したい」という意欲的な若者が私の周囲でも増えています。日本のスタートアップには、世界市場へと展開できる可能性のあるルワンダで、ぜひビジネスにチャレンジしてほしいですね。
JICA(国際協力機構) ガバナンス・平和構築部 STI・DX室 国際協力専門員-DX 山中 敦之 氏
内藤氏:
日本のスタートアップには、ぜひ最初から世界を目指してほしいと思っています。すでに成熟期を迎えている日本のマーケットに閉じるのではなく、これから伸びる途上国のマーケットを切り拓いていくべきです。KICとしてもこのプロジェクトを、若い力を後押しするものにしていきたいと考えています。
岡村:
PwCコンサルティングとしても、PwCルワンダやPwCドイツなどと連携しながら、GovTech産業や行政デジタル化の潮流と事例に関し、調査・研究を実施しています。本プロジェクトを通じ、実効性ある世界最先端の戦略・方法論の開発・支援を進めてまいります。皆さん本日はありがとうございました。