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2021-11-25
参加者
東京大学経済学部教授
東京大学マーケットデザインセンター・センター長
小島 武仁氏
PwCコンサルティング合同会社
公共事部 デジタルガバメント統括 パートナー
林 泰弘
PwCコンサルティング合同会社
Strategy& シニアマネージャー
大塚 悠也
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部 マネージャー
古屋 智子
※本文敬称略
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
(左から)古屋 智子、小島 武仁氏、林 泰弘、大塚 悠也
大塚:デジタルガバメントを実現していくにあたり、マッチングやオークションの制度設計などに経済学やコンピューターサイエンスの知見を活用した学問「マーケットデザイン」への注目が集まっています。そこで本日は、東京大学マーケットデザインセンターのセンター長を務めていらっしゃいます小島先生に、「マーケットデザインとは何か」について、まずお話をお伺いしたいと思います。
小島:マーケットデザインはミクロ経済学を中心に発展してきた研究分野で、その名の通り「マーケットをデザインするためにはどうしたらよいか」を研究する学問です。日本語ではもう少し端的に「制度設計の科学」と表現できるでしょう。
社会が発展し複雑化するにつれ、古典的な経済学の視点では市場を分析することが難しくなりました。ひとえに市場といえども、うまくいっている市場もあれば、そうではない市場もある。また伝統的な経済学の視点では捉えられない仕組みが、社会のいたるところに生まれてきました。マーケットデザインは、複雑化した社会における資源配分メカニズムを研究ターゲットとしつつ、社会課題を解決するためのあらゆる仕組み、すなわち「制度」をどのように設計すればよいか、経済学やコンピューターサイエンスの知見から研究する学問分野となります。
大塚:小島先生は日本の保育園の入園制度など、公共的な課題も研究対象とされています。マーケットデザインが対象とする範囲は、一般に想像されるようなお金を使う取引市場以外も含まれるのでしょうか。
小島:はい。経済学者がマーケットという言葉を使う際には、一般に理解されているよりもさらに広い意味を含みます。例えば、「コモディティマーケット」のように買いたい人と売りたい人がいる典型的な市場はもちろんそうですし、それ以外にも、何かしら人と人のインタラクションが起きる場についてはマーケットだと捉えています。
保育園の場合も、子供を入園させたい保護者の需要と、空きポジションを供給する自治体などの供給者がいて、関係者全員の幸せを追求するという意味合いでは市場と似た構造を持っています。ただ価格という伝統的なツールがない場合、資源配分メカニズムに代わるような仕組みをどう生み出せるか。それもマーケットデザインの研究領域となります。
東京大学経済学部教授 東京大学マーケットデザインセンター・センター長 小島 武仁氏
大塚:一般に想像しうるような経済やビジネス領域でなくとも、参加者間に一定の需給関係があり、個々人の満足度を最大化する仕組みの設計が必要となった場合に、マーケットデザインは活用が可能ということですね。なお、マーケットデザインはとても新しい学問だと聞いていますが、世界各国ではどのように利活用が進んでいるのでしょうか。
小島:研究や活用が最も進んでいるのは米国です。私が知る限り、米国の大学においてマーケットデザインの授業が初めて行われたのは2000年です。2012年にノーベル賞をとったアルビン・ロス氏と、2020年にノーベル賞を受賞したポール・ミルグロム氏がハーバード大学で始めたものです。そこからおよそ20年の歴史があると考えてよいと思います。
欧州にも研究者のネットワークが複数ありますし、研究を実際に活用する事例が増えています。英国では2008年に起きた経済危機に際して、中央銀行が銀行へ貸付を公平かつ効率的に行うためにマーケットデザインの知見が活用されました。なお、マーケットデザインから生まれた周波数帯オークションの理論と実践は成功例として有名ですが、現在はOECD加盟国のほとんどが活用しています。日本では最新の学問と捉えられていますが、欧米を中心に広く使われ始めているのが現状です。
大塚:小島先生は東京大学マーケットデザインセンターの設立を牽引されましたが、設立の理由についてもお伺いできますか。
小島:いくつかモチベーションはありますが、ひとつは日本ではマーケットデザインの研究と利用が立ち遅れているという問題意識からです。私自身、日本の仕組みを研究対象とし、制度を改善していきたいという気持ちが強いのですが、個人の研究者には時間もリソースもありません。そこでセンターをつくることにしました。日本にマーケットデザインの技術がしっかりと存在していることを周知しつつ、実際に訪ねて来てくれた方々にしっかりとしたサービスを提供したいと考えています。
古屋:マーケットデザインという言葉自体が日本では新しく、市民権を得るまでにはもう少し時間がかかるように思います。マーケットデザインセンターの活動の幅を広げるために挑戦したいことや、周囲から支援を望むことなどはありますか。
小島:やはり個人の研究者だと、論文を書いて同僚の学者に評価してもらうことが仕事になるので、一般社会に周知することが得意でない人もいますし、そうするインセンティブもそれほどありません。私の場合、個人的にマーケットデザインという学問を実際に使うことに興味があるので、メディアインタビューなどに答えて、発信を続けてきました。ただ、より動きを加速させるためには、大学全体や外部団体、企業と連携して組織的な動きに発展させることが重要だと考えています。
古屋:他の大学にマーケットデザインセンターなど関連研究機関が増えることについてはどう思われますか。
小島:研究所については、増えれば増えるだけよいと考えています。研究拠点が増えれば、研究全体も盛り上がりますので。すでに慶應義塾大学にはマーケットデザイン研究センターがあり、ワクチン配布の問題では同センターに所属する研究者との協業も行いました。また研究所というフレームワークの他に、最近では東京大学エコノミックコンサルティングという会社が設立されています。マーケットデザインに限らずですが、東京大学などの経済学者が中心となり経済学の知見を生かしてコンサルティング業務を行っています。日本以外だと経済学を活用したコンサルティング業務はすでに盛んに行われています。日本でもそのような動きがにわかに増えてきていて、とてもよいことだと捉えています。
PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 マネージャー 古屋 智子
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 公共事業部 デジタルガバメント統括 林 泰弘
大塚:マーケットデザインセンターで提供されているサービスも、コンサルティングに近いという印象を受けます。コンサルティングには、専門家がそれぞれの課題に時間を使わなければならず、レバレッジが利かせにくいという特徴がありますので、マーケットデザインの裾野をより効率的に広げるためには戦略も重要になると思います。そこで例えば、保育園のマッチングアルゴリズムを無料公開して各自治体の主体的な利用を促すなど、公共分野からマーケットデザインの活用を加速させていくというような動きについてはどうお考えになりますか。
小島:とてもよいアイデアだと思います。実はそれに類することをすでにやっており、発表されている論文にあるアルゴリズムのひな型をベースに、コードを書いて広く公開しています。ただ、自治体職員の方々がそれをチェックされるということはあまりないので、簡易的なUIをつけたウェブサイトの形式でも公開しています。各自治体が保有しているデータさえ入れてもらえればどこでも利用可能です。
一方で、保育園の問題でレバレッジを利かせることが難しいと痛感する側面は、約1,700ある自治体がそれぞれ少しずつ異なった選定方法や基準を採用している点です。私たちから見ると違う理由があまりなさそうな場合もありますが、一方でもっともな事情により基準を変えたくないというニーズが少なくありません。個々の要望に沿ってアルゴリズムをカスタマイズする際には、私たちのような専門家が個別に相談を受ける必要があります。
大塚:そうした設計に関しては、小島先生のような経済学の専門家の知見が必須となるのでしょうか。
小島:ある程度の知見があれば誰でもできるケースと、できないケースがあります。後者で言えば、それまで誰も考えたことがないような問題が出てきた際に、少しプログラムが書けるという現場の担当者が対応して失敗した例も過去にはあります。
マーケットデザインには、保育園の他にも研修医の配属や人事などの問題を取り扱った研究事例がありますが、結局、最適なデータを使って、公平性のみならず「誰に涙を飲んでもらうか」という判断に納得感を持ってもらえるようにしなくてはなりません。その物差しをつくるためには、コンピュータープログラマーだけでなく、経済学者の知見がどうしても必須になると思います。
さらに言うと、市場には個々人の希望や好みをしっかりと表現できる場が与えられているという優れた点があります。一方で、ワクチン問題や保育園問題にしても、公共的なものは公平性や倫理的な観点を考慮しなければなりません。個人の要望を取り入れつつ、公平性を担保する仕組みを意思決定者の狙い通りになるようデザインしていくことこそ、マーケットデザインが目指すところです。
大塚:マーケットデザインの定義がなかなか消化できなかったのですが、「個人の思いをしっかり聞いて公平な制度設計としてまとめる学問」という言い方ができるということですね。
小島:そうですね。それがマーケットデザインの大前提となります。
大塚:そして、単に数学的に問題を解くだけではなく、個々人の要望を踏まえて全体を最適化するためには優先順位をつける必要があり、「誰に涙を飲んでもらうか」という点を、議論を通じながら合意していくことが非常に重要ですね。効率的にマーケットデザインを普及させていく方法については、今後も考えていく必要がありそうですね。
小島:はい。ぜひ一緒に考えていただきたいテーマのひとつです。
林:デジタルガバメントを推進する政府・行政・自治体担当者などにとって、マーケットデザインは強力なツールになると考えています。制度をつくる意思決定者がマーケットデザインを使いこなすには、どのような資質や行動が求められますか。
小島:「こうするべきだ」とはあまり言えないのですが、お願いとしては「なんでも相談してほしい」と思っています。直近の事例をあげますと、コロナワクチンの配布問題があります。この問題には価格という素晴らしいツールを使うことはできませんが、みんなが欲しがっているワクチンがあって、効率よく公平に分けなければならないという目的があります。この点では保育園の問題とも類似していて、マーケットデザインが扱うマッチングの問題とはとても親和性が高いです。海外では研究者が協力する事例が多く、私たちもそうした方がよいと感じて発信を続けていましたが、相談に来てくれる自治体はまだ限られています。
林:自治体でワクチン接種が始まった際に、混乱したという話もいくつかありましたが、小島先生ならどんな助言をされますか。
小島:私たちとしては、予約の方法を少し変えるだけで問題がかなり改善できると予想していました。ただ多くの自治体はマーケットデザインセンターに相談しようという発想がまずなかったと思いますし、とりあえず自分たちで仕組みをつくるところがほとんどでした。内製するのは決して悪いことではありませんが、これまでにない新たな仕組みを作る際には専門家に制度のデザインを外注する、もしくは相談するというような思考を持っていただくことが非常に重要だと感じています。
林:ワクチンの件で積極的に相談に来られた自治体の特徴や共通点はありますか。
小島:ひとつはメディア報道や政策レポートなどにアンテナを張っている点、もうひとつは首長などトップがマーケットデザインの事例に興味を持っていることです。
林:デジタル庁の取り組みでは「誰一人取り残さない」ことが大切にされています。政府や自治体では既存のルールに沿った業務の自動化や合理化は進んできていますが、一方で小島先生のお話をお伺いしながら、「そもそも制度自体はどうなのか」「個人の思いが反映できているか」「涙を飲んでいる人はどういう基準でそうなるのか」などといったことは今後も継続して議論が必要だとあらためて気づきました。「誰一人取り残さない」を実現するためには前提の議論が大事だなと。
小島:非常に重要なことだと思います。例えばデジタルトランスフォーメーション(DX)にもいくつかの段階があります。最初は既存のタスクを自動化する段階、次に自動化すると簡単にできるタスクが増えてくるので、それによって制度自体をより柔軟にブラッシュアップしていく方向性を模索する段階に入ります。
林:政府や自治体の業務の中で、イメージしやすい具体的な事例はあるでしょうか。
小島:保育園の事例がまさにそれにあたると思います。現在、入園の選定作業は基礎自治体のレベルで行われています。ひと昔前は、基礎自治体の外に人が移動することが少なかったので、小さい範囲での選定作業が効率的だったのかもしれません。しかし今は選定作業の数が1,000人でも1万人でもデジタル技術を使えば同じように簡単に処理できます。また、親の居住地と勤務地の自治体が異なる場合が多いという実情もあります。すなわち、基礎自治体など小さい単位で行うメリットがどんどん減っていますし、反対に各自治体でバラバラに仕組みをつくることのコストが増えています。
先ほどの話を重ねるならば、DXが進むなかで保育園の入園決定を基礎自治体でやるべきなのか、もっと広域でやるべきなのかというような、制度そのものの議論が必要になっている段階です。ワクチンについても同様で、デジタル技術をうまく使いこなすことができていれば、より広域で配布の仕組みをつくることもできたはずです。
林:政府や自治体全体がDXの先に何があるのかを見据えたときに、PwCコンサルティングでは「デジタル広域連携」という構想を検討しています。地理的に離れた自治体でも、課題が似ていれば同じサービスで解決できるはず。デジタル空間で“広域連携”することで、より効率的に共通の課題を解決しようという構想です。広域でマッチングを行う技術が発展すれば、教育のような大きな課題に関してもさまざまなシェアリングによる最適化が可能になるでしょう。そんな日本社会になればいいと考えています。
小島:技術の発展で広い範囲で共有できることは着実に増えているとは思います。一方で、技術の発展に比べて仕組みが追いついていないケースが多々あるというのが、現在の日本社会を見ていて率直に感じる印象です。
大塚:ありがとうございます。前編では小島先生にマーケットデザインについて解説いただきました。また、デジタルガバメントとマーケットデザインの親和性についても触れました。後編では、デジタルガバメント実現のためにマーケットデザインの知見をいかに活用すべきか、より具体的な事例を踏まえながら議論を深めていきたいと思います。
PwCコンサルティング合同会社シニアマネージャー Strategy& 大塚 悠也
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部 デジタルガバメント統括
パートナー
大塚 悠也
PwCコンサルティング合同会社
Strategy& シニアマネージャー
古屋 智子
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部 マネージャー