
コラムシリーズ 自治体経営の未来を考える 第一弾 なぜ、いま自治体は存在意義の再定義が求められるのか
人口減少やデジタル技術の飛躍的な進化は地方自治体にも大きな影響を及ぼしています。こうした変化の中で、社会の基盤である市区町村の存在意義を再定義する必要性と、どのような取り組みを進めるべきかについて紹介します。
2022-06-07
参加者
デジタル庁
統括官付参事官付企画官
柳生正毅氏
FRAIM株式会社
代表取締役
堀口圭氏
PwC弁護士法人
パートナー
茂木諭
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部デジタルガバメント担当パートナー
上瀬剛
※本文敬称略
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
(左から)上瀬剛、柳生正毅氏、堀口圭氏、茂木諭
上瀬:
鼎談後半ではデジタル臨時行政調査会(以下、デジタル臨調)の主要なテーマになっている政府の法制執務業務支援システム「e-LAWS」についてまずお話を伺いたいと思います。e-LAWSはそもそもどういうシステムなのでしょうか。
柳生:
e-LAWSは法改正等のための法制事務業務支援システムであり、格納された法令データは政府が責任を持って正確性を担保した初の法令データベースです。
e-LAWSの構築以前は、政府の法令データベースは公式には存在しませんでした。政府内で正式な法令データベースの必要性がかねてから議論されていたことに併せて、2014年頃に霞が関で働く女性たちの提言を受け、働き方改革の一環でシステム構築が開始されました。法制事務は長時間労働が前提となる負担が多い業務ですが、効率改善のため、改め文を自動生成する付加機能などを盛り込んでシステム開発されました。
なお、e-LAWSで更新する法令データについて、もともとは各省庁が認証していたのですが、法令改正をした部局は実務作業で忙しく、データベース改正内容を反映するまでに時間がかかっていました。そのため、政府部内でも内閣法制局が改正法令の立案段階でチェックする際に民間のデータベースを利用するという状況が続いていました。
そのようななか、令和4年4月からは法令編纂を所管する法務省がe-LAWSの法令データの整備主体とされたことで、正確で信頼性の高い公式の法令データの整備に向けて大きく前進した形です。その上で、正確性を担保しながら更新スピードをアップしていく方法などについて、現在、検討チームで議論を交わしています。
上瀬:
簡単に日本の法制事務のプロセスについても解説いただけますか。また、現状でe-LAWSを法制事務に使う際の課題などがあればお聞かせください。
柳生:
日本の新たな法令は、改め文形式、例えば「「A」を「B」に改める」という形式で作られます。最初から改め文を書くというわけにはいきませんので、改正前・改正後の内容を新旧対照表で並べて、その差分を改め文として作成していきます。つまり、新データを作って旧データとの差分である改め文を作るという手間が発生しているのが法制事務の現状です。
e-LAWSの法令データについては、内閣法制局の審査等に使える状態ではあるものの、e-LAWS上で全ての作業が行われているというわけではありません。作業プロセスの全体フローとしてはe-LAWSのデータを担当者のパソコンなどに取り出し、ワープロソフトを使って新旧対照表等を作成し内閣法制局に審査してもらいます。さらには国会にも紙で提出して審査してもらい、それが紙の官報で公布されます。紙の官報で出てきた改め文形式の内容を、データベースに反映する必要があります。まだ紙の存在を前提とした業務フローであり、e-LAWSの有効活用にも大きな課題が残っているというのが偽らざるところです。
上瀬:
e-LAWSの活用を含めた法制事務の課題や見直しを行うにあたり、現在、デジタル庁やデジタル臨調ではどのような議論が行われているのでしょうか。
柳生:
デジタル臨調ではデジタル正本の必要性を強く認識し、「政府が法令データベースをいかに持つか」という根本的な問いから議論を組み立て直しています。これまで部分的なデジタル化を行ってきましたが、それでは根本的に改革が進まないという認識からです。
改め文の作成のみをデジタル化するなどパーツごとに考えてしまうと、最終的に隘路が生じて使いづらくなったり、例外に対応できなくなったりして、誰も使わないシステムになってしまう。そのため、最新の法令データベースを常時提供するためにはどうするのかという観点から、部分最適ではなく法制事務の全体最適を設計・検討することが議論の中心となっています。
将来像としては、e-LAWS上の同一の法令データベース上で法制事務が完結すること目指し、データベースそのものを皆が共有できる形を描いています。官報の電子化についてもデジタル臨調の議論のひとつであり、デジタル官報が実現するのであれば、e-LAWSとの連動は重要になってきます。
e-LAWSを中心とした改革には大きな課題がふたつあります。ひとつは法令にはミスが許されないので、正確性を担保しながら物事を進めていかなければならないというものです。ここについては、概念実証から始めて、法制事務のデジタル化について国会に示しながら慎重に議論していこうと思います。
またデータベースを中心として法律案を作成していくとなると、国会における審議の場がある立法府との関係が出てくるため、政府だけでは完結し得ない部分がありますので、長期的かつ包括的な視野に立った検討・実証が必要になってくると想定しています。
デジタル庁 統括官付参事官付企画官 柳生正毅氏
PwCコンサルティング合同会社 公共事業部デジタルガバメント担当パートナー 上瀬剛
上瀬:
堀口さんはデジタル臨調でのe-LAWSに関する議論を受けて、どのような感想・印象を持たれましたか。
堀口:
当社は法令系出版社と提携しデジタルデータを提供いただきながら、法改正や自治体の省令等が変わった際に文書の編集をサポートするシステムを開発・提供しています。なぜ出版社と提携しているかというと、現時点で我々が参照可能なデータが、民間から提供されたものしかないからです。
e-LAWSはその成り立ちから革新的なシステムであるとは理解していますが、民間の取り組みと比べるとアップデートのスピードが遅いという印象です。その理由のひとつに、クラウド化の遅れがあるというのが私の考えです。e-LAWSや政府系のシステムは、民間が提供しているクラウドベースのサービスとは異なり、リリースから時間が経つにつれアップデートが煩雑になる性質のものだと捉えています。開発当初の段階では研究機関の成果が反映されるなど極めてレベルの高いものだったと聞いていますが、約10年が経過した現在では官と民ができることが逆転してしまっています。
改め文の生成や新旧対照表と改め文の変換技術はミスの原因になっている人力作業を改善するものですが、実は民間の中には自治体の条例を自動化する技術を保有する企業もあります。職員の方が使いやすいようユーザビリティも徹底されており、当社はそれらを応用したり、役立てたりできないかという視点から、デジタル臨調の会合で自社の技術だけでなく提携している企業の技術や知見、周辺環境を紹介させていただいています。
上瀬:
政府でもクラウドファーストやUI/UXの重要性は徐々に認識され始めており、システムをAPIでつなぐことなどを含めた官民連携なども活発に議論されていると聞いています。民間の知見や技術を活用する重要性や限界などについてもご助言いただけますか。
堀口:
法制事務のデジタル化の議論の中で私が重要だと思っているのが、新しいシステムや機能をゼロから作るわけではないということです。そこでまず、ベースシステムとしてのe-LAWSを活かすため、クラウド化のためにどのような障壁があるのか明らかにすべきでしょう。そして民間のサービスと比較検討すべきです。
民間のシステムは、市場の要求に応えるためにアップデートを重ねなくてはなりません。また民間事業者には、e-LAWSと同一の機能があるシステムを保有している事例もあり、そのアップデートの軌跡はe-LAWSの課題解決にも参考になるはずです。e-LAWSの従来の課題感を押さえつつ、現状の技術動向を知り、さらには使いやすさやUI/UXといった一般的なシステムに備えるべき要件やデザインを実装していく上でも、民間企業や各種サービスとの連携から見えてくる点はきっと多いはずです。
一方で、ISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)などがリリース・浸透し始めていますが、政府の認証制度は極めてハードルの高いものであると感じています。また調達においても継続性の観点や資本力の評価が、新興ベンチャーやスタートアップ系企業にとっては不利に働いている。こうした構造的な問題は、システムのアップデートや官民連携の遅れに影響を及ぼしているのではないでしょうか。
FRAIM株式会社 代表取締役 堀口圭氏
PwC弁護士法人 パートナー 茂木諭
上瀬:
e-LAWSは課題を抱えながらも変革期にあるということなのですが、政府のこうした動きに対して企業法務の実務的な視点で期待する点はありますか。
茂木:
e-LAWSには正確性と迅速性が欠けていたということだと思うのですが、法律は国民が規制されるものでもありますし、便益を享受する源泉でもあると思います。そして何より予測可能性という観点でも、正確なものを迅速に閲覧できるようになることが重要だと感じています。また使いやすさや、ユーザー目線の利便性の追求も推進していただけると現場の人間としてはありがたいですね。
柳生:
確かに使ってもらえないと意味がないという点については、検討チームでも大きな議題になっています。法令を作る各省、審査する内閣法制局、法令データベースとして活用していただく事業者の方々、また参照いただく国民の皆様など、e-LAWSには多様なユーザーが想定されます。これを広くしっかり捉えてみようというのが検討チームの方向性です。霞が関の中に閉じた思考をいかに脱却できるか、またUI/UXにしても外部の知見や技術を取り入れられるようにしっかり検討していきたいです。
茂木:
これまでに慣れていた法制事務の在り方をデジタルに対応させていくという点にも、多くの困難が伴いますね。
柳生:
はい。その点についても課題は多いと思います。ただ作業がどんどんデジタルに置き換わっていくなかで、現状の法制事務に疑問を抱いている若い世代は少なくありません。彼らが実際に法令面の作業に関わった際、形式面ではなく法改正の目的にしっかりと注力できるような環境を整えながら、働き方を同時に改革していくという意味で、e-LAWSを含む法制事務のデジタル化というのは抜き差しならない重要なテーマです。霞が関の働き方改革という文脈での象徴的な意味合いも持ちます。
繰り返しになりますが、法制事務の在り方自体を変化させるためには、システム設計の革新性とミスを生まない慎重さを両立させることが重要だと思います。「現在のやり方が一番安全」という認識が改革を困難にさせる最大のネックとなっているため、実証や説得作業は欠かせません。
茂木:
今後、法制事務は完全にシステムで代替することが前提となっているのでしょうか。
柳生:
検討チームではシステムでは絶対に代替できないケースもあるだろうと想定しています。例えば、法律の中には公布から施行まで期間が長いものがあり、その間に複数回にわたり改正が行われるケースがあります。もしくは改正の順序が直前まで決まらないというような場合も、単にシステムで代替するといったことは困難でしょう。人の介在を含めてどこまで全体最適化するかが非常に重要な論点となります。また同時に、システムで何でもできる、反対にシステムで対応できないから使わないという二者択一に陥らないよう、仕組みの本質をしっかり周知することも必要だと考えています。
茂木:
人間が頭で考える仕事と、それをサポートするシステムの在り方について、いかに追求し全体最適化するか。これは堀口さんが提供されているサービスや、私たち法律事務所も抱えている共通の論点・課題と言えますね。
上瀬:
この一年間で、規制改革、行政改革、そしてデジタル改革の動きを通じて、現在の日本が抱えている課題が浮き彫りになってきました。またe-LAWSや法制事務、民間ビジネスとの関係性などにおいて全体的な革新をもたらし、デジタルガバメントを実現するために、クラウドファーストやUI/UXを含めたさまざまな対応が必要ということも明らかになりました。今後はデジタル臨調でさらに具体的な検討が進んでいくということですが、ゲストのお二方のご活躍を心より期待しております。本日はありがとうございました。
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