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自動運転やドローンによる宅配のような新しい技術やサービスの開発が進み、社会課題の解決や新しい価値の創造へ向かっています。これらはサイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合したもので、サイバーフィジカルシステムと言われています。
サイバーフィジカルシステムの構築に今大きく期待されているのが、従来のコンピューターより格段に処理能力の高い量子コンピューターです。今後、量子コンピューターの活用により社会を変革すること、すなわち量子トランスフォーメーション(Quantum Transformation:QX)が期待されています。しかしそこには倫理的、法的、社会的に熟慮しなくてはいけない側面があります。そうした側面を早い段階から考慮することが、責任あるイノベーションにつながります。そのような背景のもと、PwCコンサルティングはDXの先のQXの時代に向けて、大阪大学と「責任ある量子技術開発」の共同研究を開始しています。
今回は、日本におけるQXの先駆者として研究に取り組んでいる大阪大学の岸本充生教授と中央大学の岩隈道洋教授をお迎えし、QXの現状や、私たちが今、そして今後行うべきことなどについて伺いました。
対談参加者
大阪大学 社会技術共創研究センター長 教授
岸本 充生氏
中央大学 国際情報学部 教授
岩隈 道洋氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
谷井 宏尚
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
藤根 和穂
※本文敬称略
左から)谷井 宏尚、岩隈 道洋氏、岸本 充生氏、藤根 和穂
藤根:
デジタルトランスフォーメーション(DX)によってサイバー空間とフィジカル空間の高度な融合が進んでいます。その一方で、新たなテクノロジーが社会に及ぼす負の影響への注目が高まり、「責任あるイノベーション」のプロセスにおいて、新技術はELSI(Ethical, Legal and Social Issues:倫理的、法的、社会的課題)を十分に考慮したうえで公共の利益のために開発されるべきと考えられるようになってきました。
岸本先生は、2020年に大阪大学社会技術共創研究センター(以下、大阪大学ELSIセンター)を立ち上げ、科学技術のELSIに関する総合的、学際的な研究とその実践に取り組まれています。そこでまず、ELSIとは何か、また、なぜ新技術の開発はELSIを考慮する必要があるのかを教えてください。
岸本:
ELSIという言葉自体は、実は1990年にすでに米国で使われ始めています。ヒトゲノムの解読プロジェクトの中でスタートした1つが、ELSI研究プログラムというものでした。これは、私たちが今日議論をしようとしているELSIとほぼ同じ考え方で、ヒトゲノムが解読された際、社会的にどんなネガティブな影響が生じるのかを技術が実装される前にあらかじめ検討し、それらに備えるということでした。その結果としてできたものの1つの例が、遺伝子情報差別禁止法と言われていますね。
今までのさまざまな技術開発を振り返ると、社会に普及するときにこれらの作業は必ずしも行われていなかったと思います。しかし近年は多くの分野において、技術が社会実装される前にあらかじめ課題を抽出し、備えようという動きが出てきています。
大阪大学ELSIセンターの発足は、企業はもちろん、最近は大学もイノベーションが求められていて、大学の中で技術開発している先生方と一緒に、ELSIに早い段階から取り組むためです。
大阪大学 社会技術共創研究センター長 教授 岸本 充生氏
中央大学 国際情報学部 教授 岩隈 道洋氏
藤根:
岩隈先生は、法律情報システムや情報法が専門です。2021年に設置された中央大学ELSIセンターにおいて、法学者の視点から「DXの進展とELSIの在り方」などについて研究をされています。
サイバーフィジカルシステムの社会応用が進む一方で、サイバー空間には新たな危険があるという話も耳にします。具体的にはどういった課題が指摘されているのでしょうか。また、デジタル社会におけるELSIの重要性について、法学者としての考えをお聞かせください。
岩隈:
インターネットやAIなどの分野の研究、実装が進んでいく中で、既存の法律で解決できる問題もあることはあります。でもやはり、人間社会が持ち合わせないシステムや仕組みが新たに生まれたり、コンピューターの処理能力が高まったりすることによって、これまでの法制度が前提としていたものをはるかに超えるものが現れる可能性があります。そのような時に、既存のルールでは対応できなくなるということも考えていかなければいけません。ELSIの2つ目の文字の「L」はリーガル(Legal)ですが、サイバーフィジカルシステムの発達とともに、ELSIの中核の1つの分野として問題解決を図る必要があります。
藤根:
岸本先生はDXが急速に進む現代においては、どのような注意が必要とお考えでしょうか。
岸本:
誰にでも身近で分かりやすい安全、健康といった分野では元々リスクマネジメントは行われてきています。ただ、デジタル化が進んでいくと対象が非常に広がり、かつネットワークでつながっているというところで、これまでと違うアプローチが求められています。守りたいものについても人の安全、健康だけではなく、人権、環境、民主主義などに広がっていますよね。「脅威」も「守りたいもの」も、どんどん多様化しています。それが物事を難しくしていると思うし、ELSIへの取り組みがより重要になってきている理由だと思います。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 谷井 宏尚
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 藤根 和穂
谷井:
私たちは中央省庁、独立行政法人、自治体などをクライアントとしてコンサルティングサービスを提供しており、クライアントから求められるコンサルティングだけでなく、新たな課題を見つけて、それに応じた提案なども行っています。さまざまなテクノロジーが社会に出てくる中で、国としてどのような取り組みが必要なのか、どういった意識が必要なのか、お二人からご意見を伺いたいです。
岩隈:
マイナンバーやマイナンバーカードを例にとると、個人情報が流出したときのリスクの大きさが社会に不安を与えているわけですよね。大事なことは個人情報が本人の知らないうちに利用されてネガティブな形で返ってくるってことをどう防ぐかということ。
今は先にカードありきで、カードの新規作成に一生懸命になってしまっているように見えますが、本来はデータの利用目的をもっとはっきり打ち出して、まずは国民に理解してもらう必要があるのではないでしょうか。本当の意味での社会的コンセンサスをつくることに、もっとエネルギーを使っていくべきです。
岸本:
これはすごく大きな問題で、これだけで1つのテーマになりますね。官としては2つの立場があると思います。1つはマイナンバーのように、自らがデータを利活用する立場。もう1つは民間も含めデータを利活用する際のルールを決める立場です。
前者の場合、例えばいくつかの地方自治体ではヘルスケアや教育の分野でデータ利活用を積極的に行い始めています。ただ、企業や大学と異なり、倫理審査や法務チェックといったセーフガードがあまりない中で行っている印象が強いです。ですから、そこにELSIの考え方や、EBPM※のような、データ利活用が社会にとって有益だということを先に示すやり方をもう少しこの分野にも取り入れられたらいいのかなと思います。
後者の場合、最先端の科学技術の情報を持っている人が、政府ではなく民間にいる中で、どう政策立案していくかというところが課題になります。民間から人を引き抜くのも1つですが、透明性のある情報提供を行う新しいロビイングの仕組みを制度化することも必要なんだろうと思います。
※EBPM。エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案(内閣府HPよりhttps://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html)
谷井:
今、岸本先生がおっしゃった民間がテクノロジーを持っているという点はそのとおりですね。今後それは加速していくので、やはり官としてはいかにキャッチアップして、対応するかという観点が必要なのだと感じました。