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サイバーフィジカルシステムの構築への貢献が大きく期待されている量子コンピューター。今後量子コンピューターの活用による社会変革、すなわち量子トランスフォーメーション(Quantum Transformation:QX)の実現が期待されています。しかしそこには倫理的、法的、社会的に熟慮しなくてはいけない側面があります。それが責任あるイノベーションです。後編では大阪大学の岸本充生教授と中央大学の岩隈道洋教授に、QXの実現に向けて私たちが具体的にどう取り組むべきかを伺いました。
対談参加者
大阪大学 社会技術共創研究センター長 教授
岸本 充生氏
中央大学 国際情報学部 教授
岩隈 道洋氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
谷井 宏尚
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
藤根 和穂
※本文敬称略
左から)谷井 宏尚、岸本 充生氏、岩隈 道洋氏、藤根 和穂
藤根:
産官学の中の官である政府は自らがデータを利活用する立場であると同時に、データを利活用する際のルールを決める立場でもあるということでした。これまでのテクノロジーの管理、それから政策の作り方の在り方そのものも変わっていくべきだということのようですね。
岸本:
まさにそうです。量子技術の時代になり、知識を持ったステークホルダーがより限られてきた時、特定の声だけが政策に反映されることにもなりかねない。それが、良い結果ならいいですが、上手くいかないことも考えられます。その辺りは戦略的に考えるべきだと常々感じています。
藤根:
量子コンピューターはサイバーフィジカルシステムの構築に多く活用されるAIとの親和性が高く、さらに人々のデータ収集ということでは量子センサーの活用も増えると考えます。そのため、PwCコンサルティングではQXの時代へ向けた取り組みを進めています。
量子技術はその多くがいまだに研究開発段階ですが、近い将来、量子コンピューターを活用したサービスや製品が普及し、政治・経済へ大きな影響を与えるであろうと言われています。ELSIへの考え方について、法学者として岩隈先生はどのようにお考えでしょうか。
大阪大学 社会技術共創研究センター長 教授 岸本 充生氏
中央大学 国際情報学部 教授 岩隈 道洋氏
岩隈:
量子暗号※1が例に挙げられると思います。電子署名法などで想定している暗号のシステムは、今使用しているコンピューターがどんなに頑張ったとしても、合理的な時間や負荷では暗号を解くことはできないという前提でできています。既存のコンピューターに比べ、原理的に処理速度が飛躍的に向上する量子コンピューターが台頭する初期段階で、その前提は崩れてしまうでしょう。
また、AIやデータ処理に量子コンピューターが使われ、解析速度やデータ量が飛躍的に増えると次の段階の問題が生じます。例えば現在は、データの本人とデータを取り扱う事業者以外の、第三者への提供に関わる同意モデルが個人情報保護法で採用されています。今後、高度なAIが量子コンピューターに実装された状態で、人の身体に関するデータを解析することができるようになると、解析結果が本人の理解を大幅に超えることも予想されます。そこに遺伝情報が含まれると、本人だけではなくその子孫の情報を含まれることにもなります。身体の個人データ(カルテのデータからゲノム情報まで含む)に関する第三者提供の本人同意が、本当の意味での同意となり得るかということが問題になります。つまり、本人が自己の情報の意味や影響を全て理解していて、それに対してコントロールするという観点からの同意モデルでは対応しきれない可能性があります。そのため、同意に代わるモデルが必要になると思います。データを使う目的やそれによってどんなアウトカムが期待されているのかを一般の人にも分かりやすいように説明することで、公益のために個人情報を使うことに納得してもらうということが必要なのかなと思います。
※1:量子力学の性質の活用で通信内容を秘匿することを目的とした技術
藤根:
日本は諸外国と比較して量子技術開発そのものが遅れていると言われていますが、海外でのELSI議論の現状はいかがでしょうか。
岸本:
生成AIに代表されるような、個別企業が囲いこんでいるような技術に対しては難しい面もありますが、量子技術はまだまだ社会実装される前なので、早い段階から人文・社会科学者が関わるべきだと思っています。早めにこの問題に着手すべく、2022年12月に大阪大学ELSIセンターから、量子技術のELSIを扱った既存研究の簡単なレビューレポートを出しました。
海外の最近の文献を読むと、量子技術に関する国家プロジェクトの中に哲学者や法学者が参加している事例が既にあるんですよね。また、世界経済フォーラムも量子技術のガバナンスを1つのテーマとしています。最近OECDでもレスポンシブルな量子開発というプロジェクトがスタートしています。しかし、日本が必ずしも遅れているわけではなく、量子技術のELSIに関しては同じスタートラインに立っていると思っています。
藤根:
次に気になるのは、明確な規制がない現状に対して「法的にはOKだが、倫理的にはアウト」ということもあると思います。ものすごくセンシティブな議論かと思いますが、先生方はどのように考えていらっしゃいますか。
岩隈:
法的にOKだけど倫理的にアウトというと、例えば人権マターがそういった問題だと捉えられがちな傾向があります。特にプライバシー侵害や名誉毀損のような事案が発生した場合、その責任の有無を決定づける重要な要素として、被害者の気持ちの問題が含まれるからです。全く同じ事象でも「相手から謝罪があったから許す気持ちになる」「相手が何をしても許す気持ちになれない」と当事者次第で結果が異なることがあります。企業の法務部の人たちとこれらについて議論する機会がありますが、社内でのコンプライアンス活動を進めるにあたって、個人情報保護法のような企業が遵守すべき事項が明示されている法律や、事前に文書を作成できる契約については法務の問題と捉えるのに対し、プライバシーの漏えいや名誉毀損の事案が発生した場合の対処については、被害者の気持ちの問題、ひいては倫理や社会的受容性の問題として考える傾向があるようです。
しかし、被害者の気持ちが傷つくのは、前提としてのプライバシー侵害や名誉毀損という不法行為があったからで、基本的には法的な問題として考えるべきです。事前に準備してあったスキームで処理できることは法務マターで、それ以外は倫理マターという単純な枠組みだけでは考えてほしくないと思います。
また、個人情報などデータを扱う側が特に意識すべきなのは、データの向こうには生身の人間がいて、直接のクライアントだけではなく、その人たちもステークホルダーであるということです。今後はそこを重く考えないと、データを使って世の中にポジティブな影響を与えようと思っても、ネガティブな方がより大きく出てしまうなど、想定外の事態にもなりかねません。企業の法務担当者だけではなく、エンジニアなどもっと多くの人がELSIを学ぶ機会を持ってほしいと思っています。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 谷井 宏尚
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 藤根 和穂
藤根:
ELSIを含めた議論の中で、法律については欧米と日本、中国あたりを比較する中で、ハードローで対応する国とソフトローで対応する国があることをよく耳にします。その辺りの議論は日本ではどのような状況でしょうか。
岩隈:
日本はAIに関する法律についてはソフトロー重視で進めようとしていましたが、ここにきてそれでは足りないという議論が出始めてきています。例えば、交通事故のモデルで考えると、ドライバーは自賠責保険、任意保険に入っているので被害者は救済を受けられるという仕組みがある。それは事故が起こるということを前提に法制度が組み立てられているからハードロー※2になっているわけです。
※2:自動車損害賠償保障法
科学技術の分野で被害者が生まれる前にハードローを準備するのは難しいとしても、何かあったときに社会がそもそも議論もしてなかったという事態は防ぎたい。方向性が見えていれば既存の仕組みを使いながら、ハードロー、ソフトローの双方を有効に使いながら救済できるようにする、というのが重要かと思います。
谷井:
社会がWeb3.0になっていくように、情報テクノロジーの仕組みが管理型から分散型になっていくとき、ELSIの考え方にも変化があるのでしょうか。
岸本:
新しい技術を持つ主体が官から民に移ってきているのと同じように、ELSIも民間の取り組みから始まるということがこれから起こってくると思います。そうすると官のルールメイキングというのも、民間の自主的な取り組みの中のベストプラクティスを受ける形で進められていくと思います。
民間でいち早くELSIに取り組み、そのやり方をデファクトスタンダード化した人たちがルールメイキングに大きな影響力を与えることができ、それが競争力の源泉になっていく。そうなると民間が早い段階からELSIに取り組むインセンティブにもなります。これが理想だと思います。
岩隈:
企業は新しい技術を開発していく中で、データの向こうにいる人たちもステークホルダーであることを想像してほしいと言いましたが、私の立場からはここを強く訴えたいです。
一方で、一番効果があるのは、ユーザーやデータの要素になる個人など一般の人々もELSIへの理解を深めていくことだと思います。ステークホルダーが「私の情報をちゃんと管理できていますよね」というアクションを出していくことが、データを扱う企業への一番の緊張感になると思います。
藤根:
社会全体にELSIリテラシーが必要なのですね。最後に、まとめとして責任あるイノベーションを実現していく上で、産官学の協働はどうあるべきか、先生方からご意見をいただけたらと思います。
岸本:
昔は官がリードしていましたが、今は変わってきています。量子技術は非常にいい事例になると思います。研究開発の初期段階から実装されたら社会にものすごい大きいインパクトがあると言われていて、かつ実装までの時間的余裕がある。人文・社会科学系の研究者が関われる余地が今あるからです。その他、官よりも産が最先端の情報を持っていること、国際的にも協調と競争がいいバランスで進んでいること、ステークホルダーに広がりがあるということからも、責任あるイノベーションにおける協働を考える上で今後の教科書になるでしょう。
岩隈:
量子技術は初めからグローバルな問題を生むので、各国でいろんな規制を考えるときに、話し合いの場をちゃんとつくることが官には一層、求められます。産も学もそれぞれ行っていますが、それを最終的にハードローのレベルまで持っていくとすると、ルールの協調には官が責任を持たないといけないですよね。
最先端の技術において、産学は自らのモチベーションで外国と情報交換をするので、それぞれの立場で先行してELSIに取り組むでしょう。官は自国の中のルールメイキングだけではなくて、諸外国のルールメイキングやソフトローの動向についてもキャッチアップしながら、官の強みを出していく。官が主導するというより、産学にちゃんと寄り添って束ねていくというモデルがいいのかなと思います。
谷井:
先生方のお話を聞いて、QXというテーマにおいて官に期待されること、そして官を支援するPwCコンサルティングのやるべきことがはっきりしてきました。ありがとうございました。
藤根:
産官学をつなぐという、私たちの役割がクリアになりました。本日はありがとうございました。