「DX時代において国内テクノロジー企業が本当に為すべきこと」第2回:なぜグローバルのテクノロジー先進企業は、プレゼンスを高めたのか

はじめに(国内テクノロジー企業が陥った課題の振り返り)

本連載は、国内テクノロジー企業とグローバル先進企業の歩みを分析することで、テクノロジーやビジネスの変化の大きい局面において、国内テクノロジー企業がどのような戦略を採り、どのように事業活動を営むべきか、その道しるべとなることを目的としています。

第1回では、国内テクノロジー企業が衝動的にDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みに走る事態に警鐘を鳴らすとともに、戦後復興期から高度経済成長期を経て1980年代までグローバルで高いプレゼンスを発揮していた国内テクノロジー企業が、1980年代後半~2000年代にかけて急速にそのプレゼンスを低下させた原因を、下記の3点で説明しています。

  1. 外部環境情報(マクロトレンド・競合動向)や自社ケイパビリティを踏まえた戦略策定力が不足
  2. 大胆な意思決定を後押しするガバナンス体制・人事制度が未整備
  3. コアケイパビリティ強化に向けた十分な投資と、事業・地域をまたいだ経営リソースの適切な配分の欠如

また、上記の3つの原因を踏まえ、企業が短絡的なDXの取り組みに走る前に学ぶべきポイントとして、下記3点を挙げました。

  • 正しい外部環境情報の収集およびその分析、自社のケイパビリティ分析に基づき、自身のバリュープロポジションを生み出すコアケイパビリティを明確化し、強化する
  • 大胆な意思決定・投資判断を可能にするイネーブラーとしてのガバナンス体制・人事制度を整備する
  • 特定されたコアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込みと、グローバル展開に向けた中長期目線の投資を実施する

第2回の今回は、グローバルでプレゼンスを維持・向上させている先進企業の歩みを考察します。国内テクノロジー企業の歩みに対して、グローバルで活躍する先進企業の取り組みを観察し、突き合わせることによって、本質的な競争優位の源泉を明確化し、国内テクノロジー企業が今後、どのような戦略を採用し事業活動を営むべきかを検討します。

グローバル企業の成功パターン

今回戦略を考察する対象に、テクノロジー業界およびその周辺業界において一定のシェアを維持し続けている先進企業や、株価を著しく成長させると同時にグローバルでのプレゼンス維持・向上に向けて効果的な戦略を策定・実行しているとされる先進企業を以下の通り選定しました。

  • IT系:グーグル、マイクロソフト、アップル
  • SI系:IBM
  • 重電系:シーメンス、GE、アルストム
  • ヘルスケアテクノロジー系:フィリップス
  • 通信機器系:ノキア、エリクソン、ファーウェイ
  • 電子部品系:TSMC

これらの企業について、プレゼンスの維持・向上に寄与していると想定される特徴的な戦略を整理すると、下記の4パターンの組み合わせで説明できます。

  • 徹底したコアケイパビリティ強化
  • コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込み
  • マーケットイン志向と標準化活動
  • デジタル技術を活用したワンストップサービスの提供

徹底したコアケイパビリティ強化

グローバルでプレゼンスを維持・向上させている先進企業は、他社に対して差別化可能なコアケイパビリティを見極め、そのケイパビリティ強化に向けた買収・提携・大規模投資などを継続して実施しています。

コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込み

1点目の「徹底したコアケイパビリティ強化」を踏まえ、コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオのみに絞り込む経営判断も首尾一貫しています。具体的には、コアケイパビリティを生かせない事業はたとえその時点での主力事業であっても売却・切り離しを行う、逆にコアケイパビリティを生かせる事業は買収による強化を実施するなど、事業の取捨選択を躊躇なく実行しています。

マーケットイン志向と標準化活動

コアケイパビリティにフォーカスした投資とコアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込みを踏まえ、グローバルでのコア事業の拡大に向けた活動を推進しています。具体的には、マーケットインを徹底することで市場ニーズを的確に捉えた製品・サービスを開発し、自社の製品・サービスを市場におけるデファクトスタンダード、ひいてはデジュールスタンダードとして位置づけるべく、標準化活動を推進しています。

デジタル技術を活用したワンストップサービスの提供

コアケイパビリティにフォーカスした投資、コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込み、コア事業の事業拡大に向けたマーケットイン志向と標準化活動(デファクトスタンダード化およびデジュールスタンダード化)は、事業の安定成長のいわば前提と言える戦略です。これらの基本的な戦略に加え、プラットフォームビジネスを展開するGAFAなどのテックジャイアントだけでなく、業界内で大きなプレゼンスを発揮するSI系、重電系の一部企業は、成長著しいデータ取得・解析技術も活用しながら、コア事業におけるワンストップサービスの提供を実現しています。継続的に収益を生むエコシステムを構築し、顧客、ステークホルダーと連携することで、サービスの付加価値向上を実現しており、結果として顧客の囲い込みにつながっています。

ここからは、4つの成功パターンについて、グローバルの先進企業の取り組み事例を通して詳述します。

徹底したコアケイパビリティ強化

まず、IT系、通信機器系、電子部品系の一部企業の徹底したコアケイパビリティ強化について、特徴的な取り組みを紹介します。

IT系3社(グーグル、マイクロソフト、アップル)はテックジャイアントとして、クラウドAI技術を活用したプラットフォームビジネスを展開しており、他の追随を許さないほどのスピード感でデジタル技術を最大限に活用した取り組みを推進する主体としてのイメージが強いかもしれません。しかし、これら3社の歩みを見てみると、まず他社に対して差別化が可能なコアケイパビリティを見極め、そのケイパビリティの強化に向けた買収・提携や大規模投資などを徹底して進めているということがわかります。

グーグル

グーグルは「検索エンジンなどのアルゴリズムや高度なデータ解析を可能にするAIエンジン」をコアケイパビリティとして位置づけ、広告事業のさらなる強化に向け、B to Cの顧客接点を強化しています。第一に、M&Aを活用した自社ハードウエアの展開が挙げられます。具体的には、HTCのPixel事業買収によるスマートフォン事業への本格参入(2018年)、民生用VRグラスの販売再開につなげることを企図したと想定されるNorthの買収(2020年)、将来的なスマートウォッチのハードウエア販売につなげることを意図したと想定されるFitbitの買収(2021年)などが挙げられます。

第二に、自身のサービス圏への取り込みに向け、入り口となる無料サービスの拡充を図っています。具体的な事例として、広告プラットフォームとしての動画投稿サイトであるYouTubeの買収(2006年)が挙げられます。また、スクラッチ開発でのGmailやGoogle Map、Google Driveなどの無料サービスもユーザー数の増大に寄与したと考えられます。

マイクロソフト

マイクロソフトは「クラウドAI技術(Microsoft Azure)」をコアケイパビリティとして位置づけ、ケイパビリティのさらなる強化に向けて買収や戦略的提携を積極的に実施しています。

第一に、クラウド・AI技術の強化に関して数多くのM&Aを行っています。クラウド移行を手がけるMovereの買収(2019年)、音声AI技術を手掛ける米国のNuance Communicationsの買収(2021年)、オープンソースのファームウエアセキュリティ分析製品「Binwalk」を手がけるReFirm Labsの買収(2021年)のほか、2020年にはIIoT(Industrial Internet of Things:製造業におけるモノのインターネット)開発やオペレーションに係る包括的なソリューションを提供する目的のもと、Rockwell Automationとの戦略的提携を延長しました。

第二に、各産業領域で他のプロダクト・ソフトウエアと連携し、クラウドAIを前提とするIoTソリューションのサービス拡大を目指しています。その例として、自動車領域、宇宙領域、小売領域での取り組みを紹介します。

自動車領域では、モビリティ領域への参入を企図したと想定されるMobile Data Labs(運転距離のデータ取得や記録、算定が可能な企業)の買収(2015年)、自動車の整備作業の効率化やトレーニングでの活用の推進を目的とし、Microsoft Azureと連携したMRデバイス「HoloLens 2」をトヨタ自動車の全国のGR Garageに展開(2020年)、GMの自動運転開発子会社であるCruiseへの20億米ドルの投資(2021年)などが挙げられます。

宇宙領域では、2020年に宇宙ベンチャーのSpaceXと提携し、宇宙空間におけるクラウドサービスの展開を発表しました。Microsoft Azureの競合であるAmazon Web Service(AWS)は、2018年に衛星を活用する「AWS Ground Station」というサービスを提供済みで、マイクロソフトは今回の提携により、AWSとのクラウド競争で攻勢をかけるとされています。

小売領域では、マーケティングに関する事業展開を意図したと想定されるPromoteIQ(オンライン小売業者にマーケティング技術を提供する企業)の買収を2019年に実施しました。

アップル

アップルは「UI/UXを高めたインストールベースとしてのハードウエアとさまざまなサービスの開発能力」をコアケイパビリティとして位置づけており、2010~2019年にAIスタートアップを20件買収する※1など、新サービスを生み出すための開発能力の拡充を図っています。具体的には、iPhone Xの特徴であるFace ID技術の開発に不可欠だったイスラエルの顔認証技術企業RealFace(2017年)、Apple Musicなどのデジタルサービスの強化に不可欠だったとされるミュージックアプリケーション提供企業Shazam(2018年)、動画内容の解析、タグ付け、検索を容易にする動画解析AI技術を開発したVilynx Inc(2020年)などの買収が挙げられます。

また、コアケイパビリティにフォーカスした投資の文脈で、担当するバリューチェーン自体の絞り込みも積極的に行っています。具体的には、質の高い生産能力を有していない、かつ生産量を柔軟に調整できない自社工場を閉鎖し、鴻海などのEMS(電子機器の生産受託サービス)に生産委託する体制を構築しています※2

テックジャイアントだけでなく、通信機器系のファーウェイも、自身のコアケイパビリティを見極めた上でそこにフォーカスした投資を遂行しています。

ファーウェイ

ファーウェイは「アナログとデジタルの交換機開発で培った通信機器に対するノウハウ」をコアケイパビリティとして位置づけ、研究開発に莫大な投資を実施できる社内体制を構築し、パートナリングなども通して中長期的な視点で技術向上に向けた開発を推進しています。

第一にファーウェイでは、中長期的な企業価値を高めるための投資が実行しやすい社内体制が構築されていることが挙げられます。ファーウェイは株式非公開企業であるため、自社の判断で中長期的な投資戦略を採用でき、原則的に売上の10%を研究開発費に充てることが可能になっています※3。実際、2019年の研究開発費は年間の売上の15.3%に相当する約2兆506億円(1人民元=15.57円で換算)※4となるなど、大規模な研究開発投資の確保を実現しました。

第二に、ファーウェイは地域の人材に合わせた拠点配置戦略に基づき、パートナリングも駆使した大規模な研究開発体制をグローバルで実現しています。具体的には、日本の拠点では製品のアーキテクチャに関する開発、欧州の拠点では5G開発、サンフランシスコの拠点ではユーザーエクスペリエンスの研究、ロンドンの拠点ではデザインに関する研究など、地域別に最適化された研究開発体制を整備しました※5

電子部品系のTSMCは、自社が担うバリューチェーンを絞り込み、その領域でのケイパビリティに絞って徹底的に強化する特徴的な事例と言えます。

TSMC

TSMCは、「ファウンドリー(半導体デバイスの生産に特化した企業・工場)としての高性能な半導体製造技術」をコアケイパビリティとして位置づけ、莫大な技術投資や技術提携などを通して継続的に強化を実施しています。

第一に、TSMCのCEOを務めるC.C.Wei氏は2021年、「今後3年間で約1,000億米ドルを投資して、最先端技術や特殊技術の生産能力や研究開発を強化すると同時に、グローバルサプライチェーンの信頼を高める」と発表しました※6

第二に、高い技術力を有する半導体製造装置メーカーなどとの連携を強化することで、新しい製造技術の開発に取り組むなど、自社のコアケイパビリティ向上に向けた技術提携を進めています。具体的には、2021年に茨城県つくば市に研究開発拠点(TSMCジャパン3DIC研究開発センター)を新設し、半導体の製造装置や素材に強みがある日本メーカーや研究機関(イビデン、芝浦メカトロニクスなど)と提携することで、3次元実装技術の開発を進めています※7

コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込み

前章では、コアケイパビリティに徹底的にフォーカスした投資や技術提携などの取り組みについて紹介しました。一方で、グローバル先進企業の多くは、自社のコアケイパビリティを見極めた上で、ケイパビリティを生かせる領域に絞って事業ポートフォリオの最適化を進めており、国内企業にとっても学ぶべき点があると考えられます。

本章では、IT系、重電系、通信機器系の一部企業について、コアケイパビリティを生かせる領域に事業ポートフォリオを絞り込む特徴的な取り組みを紹介します。

まず、IT系のグーグルは「検索エンジンなどのアルゴリズムや高度なデータ解析を可能にするAIエンジン」をコアケイパビリティとして強化し、このコアケイパビリティを生かすことができるB to Bクラウド事業へのポートフォリオ拡大を進めています。

グーグル

グーグルは、コアケイパビリティである「B to C事業で培った検索アルゴリズム・AIエンジン」を生かすことができるB to B向けクラウド事業に、事業ポートフォリオを拡大する戦略を採っています。具体的には、他社クラウドとの共存を前提としたクラウドインフラ(マルチクラウド)の導入を通して、他のクラウドプレーヤーの注力が遅れている領域(ヘルスケア・小売・金融)を中心に、出資・M&Aを活用して業界特化サービスの提供を開始しています。

ヘルスケア領域では、AI創薬企業XtalPiへの出資(2018年)を通じて、デジタルを活用した創薬分野へ進出し始めています。

小売領域では、実店舗の小売業者を支援するハードウエアとソフトウエア技術を開発するスタートアップPointyの買収を2020年に公表し、小売分野の機能強化を通じて、アマゾンへの対抗を図っています。

金融領域では、米金融機関6行とデジタルバンキングの「Cache(キャッシュ)」プロジェクトで提携し、2021年のサービスローンチに向け取り組みを推進しています※8

重電系各社もコアケイパビリティを生かせない事業はたとえその時点での主力事業であっても売却・切り離しを行うなど、事業ポートフォリオの絞り込みを徹底しています。

シーメンス

シーメンスは、2000年頃から激化した日米との競争による収益悪化を踏まえ、2010年代にかけて差別化が困難で収益安定性が低い事業から撤退する構造改革に取り組んでいます。具体的には、2005年から2006年にかけて、当時売上高の約2割を占めていた通信事業を切り出し、携帯電話端末事業をBenQ、通信インフラ事業をノキアにそれぞれ売却しました。また、2007年には自動車電子部品部門VDOを独コンチネンタルに売却、2017年には照明事業を担うOsramの株式を完全売却しています。

一方で、高い技術力が必要とされ、参入障壁の高いヘルスケア、社会インフラなどのB to B事業においては、再編、M&A、ジョイントベンチャー(JV)設立などによる強化を実施しています。具体的には、2006年に医薬・化学大手Bayerの診断薬事業を買収、2011年に中国の電機大手と風力発電設備の合弁会社を設立、2013年に鉄道設備の設計・製造および物流を扱う業者Invensys Railを買収、2014年にロールスロイスのガスタービン事業を買収しました。

GE

GEは事業ポートフォリオの評価を行うためのフレームワーク(=ビジネススクリーン)をコンサルティングファームと共同で開発するなど、業界内でも先進的なポートフォリオマネジメントの取り組みを推進する重電メーカーと言えます。

実際、現在ではヘルスケア、航空、電力、再生可能エネルギー事業を重点分野に位置づけ、ケイパビリティ拡充に向けたリソース集中のため、他事業の売却・切り離しを推進しています。具体的には、2015年にGEキャピタルの金融事業から撤退することを発表し、2016年には創業以来の基幹事業である家電事業を青島ハイアールに売却。2020年にはスマートホームを手がける米サバント・システムズに電気照明事業を売却、2021年に航空機リース事業をアイルランドのリース大手に売却しています。

アルストム

重電コングロマリットとして多角的に事業を展開していたアルストムは、現在は安定的な収益が見込める鉄道関連事業にフォーカスし、事業ポートフォリオの絞り込みを図っています。具体的には、2006年に造船部門を売却、2015年にGEに発電・送配電事業を売却、2018年にGEとのエネルギー合弁3社の持ち分をGE側に売却しました。一方で、注力する鉄道関連事業では、2021年にカナダのボンバルディアの鉄道事業(ボンバルディア・トランスポーテーション)を買収するなど、事業拡大を図っています。

また、通信機器系各社もコアケイパビリティを見極めた上で、それを生かすことのできる事業への絞り込みを行っています。

ファーウェイ

ファーウェイは「アナログとデジタルの交換機開発で培った通信機器に対するノウハウ」をコアケイパビリティとして位置づけ、通信キャリア向けの通信機器事業をコアとして、通信会社以外の企業などで使われる情報通信システム領域など、コアケイパビリティが活用可能な領域にフォーカスして事業の幅を広げています※9

ノキア

通信インフラ事業大手のノキアは、2011年まで携帯電話端末事業においても世界的な大手でしたが、iPhoneとAndroid搭載端末が独占的な地位を築き、従来のケイパビリティによる差別化が困難になったことを踏まえ、それまで本業であった携帯電話端末とその関連事業から完全撤退を決意しました。

2013年にマイクロソフトに主力の携帯電話端末事業と「HERE」を除く地図サービスなどの各種ライセンスを売却し、2015年には「HERE」についてもドイツの自動車メーカー連合に売却しました。

一方で、2006年にシーメンスとの合弁事業としてNokia Siemens Networksを設立し、携帯電話の通信インフラ事業に進出していたことから、携帯電話端末事業からの撤退を契機に通信インフラ事業を本業として位置づけ、2013年にNokia Siemens Networksを100%子会社化、2015年にはフランスの通信インフラ機器大手Alcatel-Lucentを買収することで事業規模の拡大を図っています。

エリクソン

「通信インフラに関するノウハウ」をコアケイパビリティとして位置づけるエリクソンは、通信インフラ事業にフォーカスしてM&Aなどを活用して成長し、その他関連事業は売却するなど、事業ポートフォリオ管理を徹底しています。具体的には、携帯電話とインターネットの技術到来によって重要性が高まった携帯端末事業にソニーとのJV(Sony Ericsson)を設立することで取り組むものの、2011年にSony Ericssonの保有株をソニー(現ソニーグループ)に売却し、端末事業から撤退しました。

一方で、通信インフラ事業については、2020年に米国に拠点を置く企業向け無線エッジWAN 4G/5Gソリューションのマーケットリーダーであるクレイドルポイントを買収し、事業規模の拡大を図っています。

マーケットイン志向と標準化活動

前章では、自身のコアケイパビリティを見極めた上で、ケイパビリティを生かせる領域に絞って事業ポートフォリオを最適化する取り組みについて紹介しました。これらと合わせて、グローバルの先進企業はコア事業の地域拡大に向けた取り組みとして、マーケットイン型の製品・サービス開発、レディメイドのサービス開発、自社サービスの標準化活動(デファクトスタンダード化およびデジュールスタンダード化)を推進しています。

本章では、IT系、重電・ヘルスケアテクノロジー・通信機器系の一部企業について、グローバルでの事業拡大に向けた特徴的な取り組みを紹介します。

IT系のグーグル、アップルは、入り口となる顧客接点(ハードウエア、検索エンジンなど)を強化し、自身のサービス圏に入った顧客に対して、データに基づいて個人ごとに最適化されたサービスを提供することで、顧客基盤の維持・拡大を実現しています。

グーグル

グーグルは、顧客志向を徹底したユーザーフレンドリーな検索エンジンなどを接点として顧客を自身のサービス圏に取り込み、個人データ(ライフログなど)を取得することで、個人ごとに最適化されたサービス提供を実現しています。結果として、B to C領域において圧倒的なユーザー基盤(約40億人程度と推定※10)を実現しています。

アップル

アップルは、顧客志向を徹底したユーザーフレンドリーなハードウエアを接点として顧客を自身のサービス圏に取り込み、ハードウエアを通して取得した個人データを活用し、個人ごとに最適化されたサービス提供を実現しています。アップルが運営するアプリケーションのダウンロードサービス「App Store」や、音楽・映像配信サービス「Apple Music」などを通じ、結果としてiPhone利用者数は2020年9月時点で約10億人※11、Apple Watch利用者数は2020年12月時点で約1億人と、通信端末として圧倒的なユーザー基盤を有しています※12

重電・ヘルスケアテクノロジー・通信機器系の一部企業は、市場環境や地域のニーズを捉えたマーケットイン型の製品・サービスの開発、汎用的なニーズを捉えたレディメイドの製品・サービスの開発、標準化活動を通したデファクトスタンダートおよびデジュールスタンダードの構築を積極的に実施しています。

ファーウェイ

ファーウェイは「技術主導」をテーマとして掲げてはいるものの、現地ニーズへの対応を徹底し、各市場のニーズを捉えた製品の開発・アップデートを推進しています。

上記のマーケットイン志向と合わせて特徴的な取り組みとして、ファーウェイは標準化活動を積極的に推進しています。従来通信キャリアが握っていた知的財産を押さえるため、ファーウェイは5G/6G技術やIoT技術(NB-IoT)などの情報通信領域の標準化を積極的に推進し、自身の技術をデジュールスタンダードとして位置づける取り組みを進めています※13

シーメンス

シーメンスは「SMART戦略」と呼ばれる地域戦略を展開し、市場環境や地域のニーズを捉えた製品開発を実施しています。「SMART」はS:Simple(シンプルな性能)、M:Maintenance Friendly(メンテナンスが容易)、A:Affordable(安価)、R:Reliable(信頼性が高い)、T:Timely to market(最適なタイミングでの市場展開)の頭文字からとった略称で、製品価値の基本概念としてこれらの基準を満たす製品ラインナップを揃えることを方針として掲げています。

上記の実現に向けシーメンスは、研究開発機能からアフターサービスまでのバリューチェーン全てをローカルで構築し、現地の大学などの研究機関とともに研究開発を行うことで、機能・価格などの現地ニーズを的確に捉えた低コスト製品をスピーディーに開発・販売しています※14。例えばヘルスケア事業においては、研究開発からアフターサービスまでの機能をインドに構築し、現地の研究機関と協働することで、現地のニーズに対応した安価なMRIやCTを開発・販売しています。また中国においては、多数の建設プロジェクトによって粉じん汚染が引き起こされ、電力変換器の誤動作が発生したことを踏まえ、機能性がシンプルであると同時に信頼性がより高く、上記の中国の環境要件に適応したコンバーターを開発・販売するなどしています。

フィリップス

フィリップスは、世界に例を見ない速度で高齢化が進む日本国内にヘルスケアソリューションの研究開発拠点を設立し、グローバルに展開可能な製品・サービスの開発を進めています。

高齢化が進む日本では、医療の集積地として、医療現場、健康・予防領域の課題を解決する新たなイノベーションの創出が期待されることを踏まえ、同社はグローバルへ展開可能な製品・サービスの開発をミッションとするイノベーション研究開発拠点Co-Creation Centerを2018年に設立しました。Co-Creation Centerは、日本の医療現場、健康・予防領域のアンメットニーズや既存の課題を発掘・整理し、グローバルでのニーズや課題に対応できるシーズとなるソリューションを開発する拠点として位置づけられています※15

デジタル技術を活用したワンストップサービスの提供

前章では、コア事業の地域拡大に向けた取り組み、具体的にはマーケットイン型の製品・サービス開発、レディメイドの製品・サービス開発、自社サービスの標準化活動(デファクトスタンダード化およびデジュールスタンダード化)について紹介しました。一方で、業界内で大きなプレゼンスを発揮するSI系、重電系の一部企業は、データの取得・解析技術を活用しながら、コア事業において顧客にワンストップサービスを提供しています。

本章では、一部先進企業によるワンストップサービス提供に向けた特徴的な取り組みを紹介します。

SI系のIBMは、従来型ビジネス(IT関連サービス、コンサルティングサービスなど)を起点に、M&Aを活用してソリューションビジネスにも進出するなど、ワンストップサービス提供に向けた領域拡大を進めています。

IBM

IBMは、「従来型のSI機能」がコアケイパビリティであると想定され、IT関連サービスを安定的に提供していますが、積極的なM&Aや提携を通して業界特化型のサービスを強化することで、顧客企業の全社的なデジタル変革を一貫して支援できる体制を構築しています。

具体的には、Weather Channelの買収による気象業界に関するビッグデータ取得(2016年)、Opteviaの買収によるパブリックセクター向けのCRMソリューション強化(2016年)、会話ベースの商品レコメンドソリューションを提供する企業Expert Personal Shopperの買収による小売業界のソリューション強化(2016年)、Oniqua Holdings Pty Ltdの買収による製造業における在庫最適化、機器故障予測、スペアパーツ最適化、計画外の業務停止、資産管理の最適化に関するソリューション強化(2018年)などを推進しています。

重電系2社については、積極的なM&Aや提携を活用して従来の製品売りのビジネスからバリューチェーンを拡大することで、顧客のLTV(ライフタイムバリュー)向上に向けたワンストップサービスの提供を実現しています。

シーメンス

シーメンスは2014年の中期経営計画にて、従来の機器販売にとどまらず、ITを活用してアフターサービスまでカバーするワンストップサービス体制にシフトする姿勢を表明し、実際に活動を推進しています※16

中期経営計画発表前後の具体的な活動として、積極的なIT企業買収、JV設立などを通してソフトウエア機能の強化を進めています。2013年にはスマートグリッドを手がけるJVをコンサルティングファームと設立しました。また、2016年には米国の半導体設計ソフトウエア企業Mentor Graphicsを買収しており、IoTプラットフォーム「MindSphere」の構築を実現しました。「MindSphere」内にユーザー、ステークホルダーを巻き込んだエコシステムを構築し、顧客のバリューチェーン全体でそれぞれのプロセスにマッチしたソリューションを提供可能な体制を整備することで、顧客のLTV向上を実現しています。

アルストム

アルストムはCBM(Condition Based Maintenance)の活動の一環で「HealthHub」というサービスプラットフォームを展開することで、ワンストップサービスを提供し、顧客の囲い込みを図っています。

具体的なサービスとして、予知保全を実現することにより顧客の車体・インフラのメンテナンスコストを低減し、稼働率を最適化するとともに、車両稼働状況をモニタリングすることで車両配置の最適化を実現しています※17

終わりに

ここまで、テクノロジー業界テクノロジー業界およびその周辺業界(IT系、SI系、重電系、ヘルスケアテクノロジー系、通信機器系、電子部品系)において、グローバルでプレゼンスを発揮し続けている企業の歩みを考察してきました。

上記企業について、プレゼンスの維持・向上に寄与していると想定される特徴的な戦略を整理すると、下記の4パターンの組み合わせで説明できることを示しました。

  • 徹底したコアケイパビリティ強化
  • コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込み
  • マーケットイン志向と標準化活動
  • デジタル技術を活用したワンストップサービスの提供

グローバルの先進企業の歩みを俯瞰すると、デジタル技術が急速に発展しビジネストレンドも大きく変化する時代に差し掛かっている中でも、短絡的なDXの取り組みに走る前にまずコアケイパビリティを強化することを戦略の基軸としていることが分かります。

市場で差別化可能なコアケイパビリティを見極めて強化し、コアケイパビリティを生かすことのできる事業ポートフォリオへ絞り込み、コア事業のグローバル展開に向けた活動を着実に遂行しています。一部企業はハードウエア製品を起点に、データの取得・解析技術も活用しながら、顧客にワンストップサービスを提供しています。

ここまで、第1回では国内テクノロジー企業が陥った課題と短絡的なDXの取り組みに走る前にすべき反省について、第2回ではグローバルでプレゼンスを維持・向上させる先進企業の戦略について考察しました。

第3回では、国内テクノロジー企業の歩みとグローバルで活躍する先進企業の取り組みを突き合わせることによって、本質的な競争優位性の源泉を明確化し、国内テクノロジー企業が今後、どのような戦略を採用し事業活動を営むべきかを検討します。

※1 出所:Max Jungreis, 2020年.「アップルが過去10年でAI企業を買収しまくっていた…グーグルやマイクロソフトを上回る」『Business Insider』(2021年7月30日閲覧)
https://www.businessinsider.jp/post-217371

※2 出所:竹内一正, 2019年.「iPhoneが成功した3つの理由、もしアップルが自ら製造していたら?」『Diamond Online』(2021年7月30日閲覧)
https://diamond.jp/articles/-/198264?page=3

※3 出所:劉尭, 2017年, 「ものの数年で世界トップレベルの企業へ躍進したHuawei成長の秘密~半年に1度CEOが交代する"蜂集団"」『PC Watch』(2021年7月30日閲覧)
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1077549.html

※4 出所:Huawei, 2020年, 「ファーウェイ、2019年度業績を発表」(2021年7月30日閲覧)
https://www.huawei.com/jp/news/jp/2020/hwjp20200331a

※5 出所:劉尭, 2017年, 「ものの数年で世界トップレベルの企業へ躍進したHuawei成長の秘密~半年に1度CEOが交代する"蜂集団"」『PC Watch』(2021年7月30日閲覧)
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1077549.html

※6 出所:Alan Patterson, 2021年, 「TSMCが2021年の設備投資を300億ドルに再度引き上げ」『EETimes Japan』(2021年7月30日閲覧)
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2104/21/news070.html

※7 出所:新宅あゆみ, 2021年, 「台湾TSMC つくばに研究拠点 日本政府も助成」『朝日新聞』(2021年7月30日閲覧)
https://www.asahi.com/articles/ASP506T1WP50ULFA01B.html

※8 出所:岩田太郎, 2020年, 「「グーグル銀行」誕生か? グーグルの新金融サービス「Cache」の狙いはどこに」『ビジネス+IT』(2021年7月30日閲覧)
https://www.sbbit.jp/article/cont1/41399

※9 出所:小平和良, 2017年, 「中国発の世界企業、華為技術の実力」『日経ビジネス』(2021年7月30日閲覧)
https://business.nikkei.com/atcl/report/15/278209/022200099/

※10 参考文献:we are social, 2019年, 「Digital 2019」(2021年7月30日閲覧)
https://wearesocial.com/uk/blog/2019/01/digital-in-2019-global-internet-use-accelerates/
※インターネットユーザー約44億人に対し、グーグルの検索エンジンのシェアが90%とした場合のラフな推計

※11 出所:Neil Cybart, 2020年, 「A Billion iPhone Users」『ABOVE AVALON』(2021年7月30日閲覧)
https://www.aboveavalon.com/notes/2020/10/26/a-billion-iphone-users

※12 出所:Neil Cybart, 2020年, 「Apple Watch Is Now Worn on 100 Million Wrists」『ABOVE AVALON』(2021年7月30日閲覧)
https://www.aboveavalon.com/notes/2021/2/11/apple-watch-is-now-worn-on-100-million-wrists

※13 参考文献:高野敦, 2019年, 「「自動車や産業機器にも」、通信以外に浸透するファーウェイの5G技術」『日経クロステック』(2021年7月30日閲覧)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00594/022500005/

※14 参考文献:Navi Radjou and Jaideep Prabhu, 2013年, 「Siemens Gets SMART by Focusing on Simplicity」『strategy+business』(2021年7月30日閲覧)
https://www.strategy-business.com/article/Siemen-Gets-SMART-by-Focusing-on-Simplicity

※15 出所:Philips, 2018年, 「フィリップス、日本初のCo-Creation Center設立のご案内」(2021年7月30日閲覧)
https://www.philips.co.jp/a-w/about/news/archive/standard/about/news/press/2018/20180626-pr-philips-tohoku-co-creation-center-unmet-needs.html

※16 参考文献:Siemens, 2014年, 「Annual Report 2014」(2021年7月30日閲覧)
https://www.siemens.com/investor/pool/en/investor_relations/Siemens_AR2014.pdf

※17 出所:Alstom, 2019年, 「HealthHub™ Smart asset monitoring for optimised life-cycle cost」(2021年7月30日閲覧)
https://www.railway.supply/wp-content/uploads/2020/11/trainsscanner-i-healthhub-%E2%84%A2.pdf

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執筆者

樋崎 充

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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木村 弘美

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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諏訪 航

プリンシパル, シドニー, PwC Australia

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坂野 孔一

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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田村 光

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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