{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
「エンタテイメント&メディア(E&M)ダイアログ」では、さまざまな分野のプロフェッショナルとの対話を通じて、変化が激しいエンタテイメント&メディア業界の不易流行を見極め、未来志向のアジェンダを設定し、健全に業界を発展させる取り組みを行っています。今回は、広島大学「脳・こころ・感性科学研究センター(BMKセンター)」のセンター長である山脇成人特任教授とPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)ディレクターの平間和宏がアカデミズム、特に感性科学の観点から見たエンタテイメントコンテンツの提供価値について語り合いました。
平間:エンタテイメントの提供価値とは――。この原点に立ち戻ると、「楽しませる」ことに留まらず「人のこころを動かす」「感動体験」の提供にあると言えます。この情動変容のメカニズムはどの程度解明されているのでしょうか。「感動」や「余韻」といったこころの動きを可視化することは可能なのでしょうか。これらが定量的に測定、把握できれば、コンテンツの作り手にとってもコンテンツの価値を高める有用な手段の1つになるでしょう。その手がかりを探るべく、今回はこの分野の第一人者であり、広島大学で「脳・こころ・感性科学研究センター(BMKセンター)」を率いる山脇成人特任教授をお招きしました。
(左から)平間 和宏、山脇 成人 氏
先日、実際に広島にあるBMKセンターを訪問させていただきましたが、MRIなどが完備されているほか、脳科学や心理学、感性工学など各分野の先生が所属され、教育や産学連携までを視野に入れたプロジェクトを推進されている、世界でオンリーワンの複合研究拠点とお見受けしました。まずはBMKセンターの概要をご紹介いただけますか。
山脇:当センターは、人間の本質である「脳・こころ・感性」を、脳科学を中心に、医学、工学、情報科学、人文社会科学、脳機能計測・制御など分野融合的に探求する研究施設として、2018年に設立されました。感性工学というのは、広島大学名誉教授で、私の恩師でもある長町三生先生が提唱した学問なんですね。BMKセンターでは、この感性工学・感性脳科学の学問体系を確立するとともに、新たな大学院教育による人材の育成、さらにその成果を教育、健康、医療、ものづくり、ビジネスなどに社会実装していくことを目指しています。
感性におけるネガティブからポジティブまでをとらまえた研究拠点というのは、世界でも当センターだけです。こころの問題には0から100までの幅があって、ネガティブまたはポジティブのいずれか片方からの視点では、せいぜい50~60までしか語れません。憂うつや不安といったマイナスの側面を見ているからこそ、対極にあるポジティブな感性の本質を捉えることができると考えています。
平間:エンタテイメントの真髄を深く理解するためには、ポジティブな表層的な感情面ばかりに目を奪われずに、情動の深い振れ幅を押さえる必要があるという点は大変示唆に富んでいますね。
私たちも「作品への没入や情動の振れ幅によって『感動』や『余韻』などの形成に差異が生じるのではないか」という仮説を持っており、実はそのモデリングを検討している時期に、情動変容や感動に関するアカデミックな研究、学術論文を調査していく中で、BMKセンターにたどり着き、今回先生にオファーさせていただいたという経緯があります。
山脇:私はエンタテイメント業界については門外漢ですが、実際に平間さんとのディスカッションを重ねていくと、私の研究と共通するベースモデルやキーワードがあると分かり、非常に関心を持ちました。また、これまでの活動なども拝見し、作り手を支援したい熱意や、その志、使命感にも共感できましたし、「社会実装まで一緒にできるのでは」と考えています。
平間:エンタテイメント&メディア業界の現状について少しお話しさせていただきますと、デジタルインパクトにより、この20年でメディアやコンテンツを取り巻く環境は大きく変わりました。情報に溢れ、レコメンデーションやパーソナライズが高度化すればするほど、受け手の注目や関心を追いかけ続けるアテンションエコノミーがもてはやされ、作品性の低下が懸念されています。
エンタテイメントコンテンツ本来の価値とは、単なる「暇つぶし」にとどまらない「楽しさ」「興奮」「高揚」、さらに「感動体験」を提供できることであり、明日への活力を生むもの、もしくは大げさかもしれませんが「生きる糧」となるものでもありたい。特にIPビジネスにおいては、「感動」というその場で終わってしまうフロー型の価値で終わらずに、「余韻」を形成し、ファンになってもらうというストック型の価値提供も重要です。近年、“推し活”やファンエコノミーが注目されていますが、グローバルマーケットへの進出強化も視野に入れる場合、ビジネス面でも大変重要な視点となっています。
これらの現状を踏まえ、これからのコンテンツビジネス成功の鍵は、高い再現性を伴った感性工学視点における情動変容のマネジメントにあると、私たちは考えていまして、以下の「コンテンツ受容サーキュレーションモデル仮説」をご紹介させていただきました。
コンテンツ接触前(事前)に興味が喚起されるファクターが存在し、ポジティブな「期待」が醸成されることで、実際のコンテンツ受容(事中)に移行。さらに作品への没入度合、情動の種類と振れ幅が掛け合わされることにより「感動」へと高まり、「余韻」が形成される。それが事後の好意形成、ファン化、さらに他者への「推奨」といった事後の行動へつながる。
山脇:時間軸のファクターが入っている点が興味深いですね。当センターでは感性可視化のモデルとして、従来の2軸モデルに「過去」と「未来」の時間軸を加えた、独自の3軸モデルを構築しています。時間には、ポジティブとネガティブとの深い相関があります。基本的に、ポジティブな感性というのは未来を志向したときに生まれるんですね。逆に過去を振り返るときは、ネガティブな感情に陥りやすい。「ワクワク」や「憂うつ」などの感性を可視化するにあたって、この時間軸の視点は不可欠なのです。
最初に、PwCコンサルティングのモデル仮説を聞いた際、共同研究も可能ではないかと思えるほどの類似性があったため、大変驚きました。
「快-不快」「活性-不活性」を2軸とした従来の円環モデルに、「過去-未来」の時間軸を加えたBMKセンターの独自3軸モデル。未来への期待がワクワク感の醸成につながることを分かりやすく示している。(出典:BMKセンターパンフレット)
平間:感性工学の観点から、「感動」や「余韻」の形成におけるプロセスを解明したい場合、まずは情動変容をどのように可視化、定量化するかという課題があると思います。一方で、「事前」を「過去」の体験とした場合、ここにはどのような変数、ファクターが存在しているのでしょうか。
山脇:事前段階で影響を及ぼす変数としては、その人固有の「経験」があります。例えば戦争を経験した人としていない人では、戦争映画を観たときの情動反応が異なります。過去の経験が個々の感性や感情評価にも現れてくるんですね。だから、事前情報というのはものすごく重要なんですが、測定、分析時にそれらを踏まえたスクリーニングの仕掛けを作ることは可能だと考えています。
平間:過去の経験が重要ということであれば、例えば、寝食も忘れるくらいの大恋愛や大失恋などの経験がない場合、バーチャルな恋愛シミュレーションなどの事中に湧き上がる「トキメキ」といった情動は、個々で大きな差異が生じるということでしょうか。また、バーチャルの世界で経験を積み上げていくことで、リアルの世界での体験にも同じような情動が起きたりするということでしょうか。
山脇:バーチャルでもときめいたり、ドキドキしたりはします。むしろ今の子どもたちは、バーチャルの中で新たな脳モデルを発達させていくのだと思います。ただ、バーチャル体験は身体の実体験を伴わないまま脳が全部処理してしまいます。何かを感じるとき、実は脳と内臓が連動して処理するのですが、片方だけの処理になってしまうことで、この脳と内臓の間のネットワークが機能しなくなることが危惧されるのです。
平間:五感だけでなく、臓器も脳の動きや情動に関わってくるのですか。大変興味深いですね。たしかに、日本古来の表現としても「腹を立てる」「腑に落ちる」などがあります。
山脇:感情の発生メカニズムには、脳と腸などによる臓器間ネットワークが関与していることが分かっています。例えば、うつなどの感情障害が起こる前には、夜眠れない、食欲がないといったさまざまな症状を訴える不定愁訴(ふていしゅうそ)の状態の人が多いのです。これも脳と臓器の機能不全から来るものだと考えられています。
恋愛でドキドキするという感覚も、脳が過去の経験を参照して未来を予測することで、心拍が早くなるという仕組みです。つまり、情動とは脳(こころ)と臓器(体)とそれらをつなぐ神経などの協調機能の結果生じるものなのです。
平間:現時点では、まだリアルな体験がメインであり、バーチャルリアリティはあくまでもそれを呼び起こすための再現装置ということですね。
山脇:とはいえ、バーチャルが当たり前になれば、そこでの体験も脳には蓄積されていくでしょう。しかし、人はデジタルやバーチャルの世界だけでは生きていけないので、結局はリアルな社会でリアルな対人関係をつくっていくことになります。そのときは、バーチャルでの体験を現実空間で呼び起こすという逆転現象が起こるかもしれませんね。
広島大学 脳・こころ・感性科学研究センター(BMKセンター) 特任教授 山脇 成人 氏
平間:VUCAやコロナ禍など先が読めない現実世界の現状や、“損をしたくない”というZ世代の感性などを勘案すると、エンタテイメントには受け手が期待する、最大公約数的な誰もが分かる「予定調和」を仕組むことも求められています。これがテンプレート型の作品によるコンテンツの量産につながり、世界で既視感に溢れたコンテンツのコモディティ化が進んでいます。
一方で、作り手としては、その予定調和をポジティブに崩すことで受け手の情動変容を促し、特に「新奇性」という新たな提供価値が作品性を高める機運、バックラッシュ(揺り戻し)が起きることは必然ですよね。
山脇:意図的に予定調和を乱す、つまり「予測誤差」をつくることは重要だと考えます。人は無意識に、「次はこういうことが起こる」と予測しながら作品を受容しています。そして、そこには常に多少の誤差が生じています。その誤差が、過去の経験測と比較してプラスであればポジティブな情動として喜び、マイナスに働くと失望する。この予測と誤差の開きが大きいほど、驚きも感動も膨らむのです。ここに、エンタテイメントの本質に通じるポイントがあるのではないでしょうか。
平間:単純に予想を裏切るバッドエンドを仕掛けるだけではマイナスに働くこともある、と。原作と映像作品が異なるストーリーとなった場合、ファンが離れていくケースもありますよね。ポジティブな予測誤差を作品にどう埋め込むかという部分を突き詰めていくと、また違った余韻や感動が生まれるかもしれません。ストーリーテリングやキャラクターへの共感、自己投影など、この辺りはエンタテイメント業界の制作現場のプロフェッショナルな暗黙知と感性科学を上手に組み合わせることで、日本独自のクリエイティビティプロセスに昇華できそうですね。
山脇:音楽でいう「転調」などはまさにその好例ですね。転調は曲に「ゆらぎ」をもたらしますが、このゆらぎが人間の心拍とシンクロすることで、音楽への没入感が生まれるのです。
平間:日本には古くから、「風姿花伝」や「陰影礼賛」などの各界の古典名著もあり、様式美やわび、さびといった日本情緒の中にも、ゆらぎのヒントがありそうですね。日本発のエンタテイメントを世界に広げるためには、誰もが分かるローコンテクストのテンプレート化を進めると同時に、ハイコンテクストを継承していくことも差別化要因として重要ではないでしょうか。個人的にも感性科学アプローチをこれらの領域に持ち込むことで、余韻(afterglow effect)研究は日本がリードできると思っています。
これらの文化や地域性なども日本の素晴らしいアセットだと考えていますが、先生も広島ご出身で、感性工学・感性脳科学も広島生まれの分野。こうした「地域性」を特別に意識されていらっしゃいますか。
山脇:私自身、広島生まれの被ばく二世でもあるので、この研究やBMKセンターを通して、「世界平和」や「こころの安寧」といったメッセージはグローバルに発信していきたいと思っています。一方で、データの収集はオールジャパンでやっていかなければならないため、さまざまな地域やセクターとの共創も必要になってきます。
平間:素晴らしいですね。私たちも作品力を高めるためのクリエイティブプロセスの改善という目標に向けて、今回のお話でその道筋が見えてきました。さらに、感性科学アプローチによるビジネスインパクトは、エンタテイメント業界のみならず、エディテイメントなど幅広い分野への応用が期待できます。PwCとしても地域共創への貢献は重点活動の1つですので、ぜひ、ご一緒させていただければと考えています。
山脇:私も、最初は「なぜエンタテイメントのお話がうちにきたのだろうか」と思ったのですが、対話を重ねるうちに目指すところは同じなのだと理解できました。単なる構想に終わらず、社会実装を視野に入れているところにも共感が持てます。エンタテイメントを通じて教育やヘルスケア、ひいてはウェルビーイングの発展や課題解決を図るためにも、今回の対談、そして今後の共創には大きな意義があると感じており、PwCコンサルティングとの取り組みには大いに期待しております。
平間:まさに、真のクリエイティビティのイノベーション、実践していきたいですね。本日はどうもありがとうございました。
広島大学
脳・こころ・感性科学研究センター(BMKセンター)
特任教授 山脇 成人 氏
1979年広島大学医学部卒業。1981年国立呉病院精神科医師、1982年科学技術庁在外研究員として、ワシントン大学医学部精神医学研究室に留学。1990年から広島大学医学部教授、2018年から同大学 脳・こころ・感性科学研究センター特任教授・名誉教授。専門は臨床精神医学、うつ病の神経生物学と精神薬理学。最近の研究は、fMRIやAI技術を用いた感情や感性のニューロイメージング。
E&M業界の企業に対するビジネスコンサルティングサービスを提供してきた経験と知見を生かし、本シリーズではE&M業界からさまざまなゲストをお招きし、対話を通じてE&Mの未来に向けたインサイトをお届けしていきます。