
「世界中の人のココロを動かす作品とは?」〜世界で共感を呼ぶ作品の道程を探る〜
広島出身の映画監督で深いテーマ設定や情動の描写などに定評のある森ガキ侑大氏をお招きし、PwCコンサルティングの平間和宏が、世界に羽ばたく映像コンテンツ作りの要諦、不易流行や今後の業界展望について語り合いました。
※本稿は広島国際映画祭で開催されたトークイベント(2024年11月24日実施)を基に構成した記事です。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
「エンタテイメント&メディア(E&M)ダイアログ」では、さまざまな分野のプロフェッショナルとの対話を通じて、変化が激しいE&M業界のトレンドを見極め、未来志向のアジェンダを設定し、健全に業界を発展させる取り組みを行っています。
今回は、広島出身の映画監督で深いテーマ設定や情動の描写などに定評のある森ガキ侑大氏をお招きし、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)ディレクターの平間和宏が、世界に羽ばたく映像コンテンツ作りの要諦、不易流行や今後の業界展望について語り合いました。
左から森ガキ侑大氏、平間 和宏
平間:この広島国際映画祭では、戦後の復興と希望の象徴である広島を支えたのは人々の持つポジティブな力であるとされており、海外からの作品も含めてポジティブな力を持つ作品を数多く上映されていますよね。生き抜くための強さや人と人との絆を大切にされ、広島で出会いをつくる、という素晴らしいテーマにわれわれも強く賛同しています。今回、E&Mダイアログは「広島国際映画祭2024」の特別トークイベントという形で参加させていただけたことを大変光栄に思っています。
私たちはエンタテイメントコンテンツの価値向上の取り組みの一つとして、広島大学の「脳・こころ・感性科学研究センター」の皆さんと一緒に共同研究を行っていますが、今回の森ガキ監督との出会いもまた良縁を感じており、情動変容を描くプロである監督に、いろいろとお話を伺えることを楽しみにしていました。まずは森ガキさんが広島時代になぜ映画監督を目指そうと思ったのか。幼少期のお話から紐解いていければと思います。
森ガキ:私は広島県五日市に生まれ育ち、高校時代は陸上部に所属して練習に明け暮れていました。大会でもトップレベルまでいけたんですが、のちに世界レベルで活躍される選手が県内にいたため、壁にぶち当たり、陸上では食べていけないと思って、何か道を探さないといけないという状態になりました。
でも、部活も終わってしまって、いざ、これからのことを考えようとすると、心の中が空白状態になってしまったんですよね。そんな折、学校に通う道の途中にあったレンタルビデオ屋に立ち寄って、ひたすら映画を借りて見るようになったんです。つまり、現実逃避ですね。
平間:分かります(笑)。私も同じでした。モラトリアムですよね。ちなみに当時見た作品で、今も森ガキさんの心の中に残っている作品は何ですか?
森ガキ:『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』などですね。人の心を動かしたり、充電してくれたりする映画って、すごく素敵だなと思いました。そこから漠然と「映画監督」になるってアリかも?どうしたらなれるのか?と考え始めたんです。
平間:もし、そのタイミングでゾンビ映画とか違う作品にハマっていたら、映画監督になっていなかったかもしれないと。(ちなみに、私はゾンビ映画の大ファンですが)
森ガキ:可能性は高いですね。それからは、映画監督になる方法が書かれた本などを読んで、漠然と思い描いたりしていました。あと広島で育ったことも大きいと思います。広島は海が近く、自然豊かな環境で土遊びをしながら育ったので、その感性が映画に活かされているところもあると思います。また広島は美術館が多いので、よく親と一緒に訪れた記憶もありますね。
平間:感性豊かな幼年~青年期に内受容感覚が揺さぶられるような環境に身を置くことができた、というのは現在の森ガキ作品の独特な視点/視座、表現手法などに通じる重要な要素かもしれませんね。
森ガキ侑大氏
平間:念願の映画監督という職業にたどりつくまでには紆余曲折、いろいろなご苦労もあったと思います。キャリア初期では、TVCMやMVなどの監督をされていらっしゃいますが、TVCMやMVなどの仕事と映画制作ではフォーマット以外でどのような違いがあるとお考えですか?
森ガキ:TVCMもMVも映画も、「人の心を動かす」ということをゴールに掲げているので、そういう意味では同じですし、そこは絶対に必要だと思っています。ただ、コマーシャルはクライアントの商品やサービスの魅力を伝えるために作りますが、映画は自分の感性を商品にして皆さんに届けるものだと思っているので、そこが大きく違うところかもしれません。
平間:映画の場合も興行面では与えられる制約はあると思いますが、作品面ではご自身の感性以外でも、訴えたいテーマやメッセージなどを込めることが可能ですし、それが作風にも繋がります。これまでの監督の映画のなかで、共通で伝えたいテーマや根底にある共通のメッセージなどはありますか?
森ガキ:作品で共通しているのは「社会的なテーマ」です。自分が社会に対して何を思い、何を感じているのかということが一つでも二つでも伝えられたら、それは映画化する意味があると思っています。例えば、私は広島出身なので戦争についても考えていますが、もっと身近なところで言うと、デジタル化が進み、数字を追い求めていく社会や未来、数字が多ければ正義という世の中の風潮に危うさを感じています。
平間:データで可視化されることで合理性や効率性、再現性を常に求められるケースが増えている、便利になることや楽になること=幸せなのか?と。
森ガキ:これまで人の幸せの尺度は数字で語られませんでしたが、いまはプライベートでもなんでも数字になり、その人の価値を測るものになってしまっています。ただ、再生数やフォロワー数が多ければいいのかといえば、必ずしもそうとは限らない。数字によって本質的な部分が見えにくくなり、つかみ難くなっている社会はすごく心配です。デジタル化によって失われたものもあるということをずっと考えていますね。
平間:近年、「デジタル・デメンチア」というキーワードも出てきていますが、事象を多面的に捉えられず、深く考えられなくなったり、感性が鈍って感動や共感性に乏しくなったりする新たな社会問題が確かに存在しています。
人の心を動かすメカニズムや余韻の研究している私からしても、受け手の感性の地盤沈下に危機感を持っていらっしゃる森ガキ監督の社会に対する問いかけには、賛同するところ、大です。
森ガキ:例えばこれまでに大恋愛や大失恋をしているかでも、おそらく作品を見た後の感想は違うので、幼少期や青春時代に感性を揺さぶられる体験をすることはすごく大きいですよね。その体験の地盤沈下は危うい。受け手が感動し難くなっているのではないか?日本発のよい作品は本当にたくさんあるので、もっと若い人、そして世界に届けないともったいないと思います。
平間 和宏
平間:監督の作品は、日本のとある地域やコミュニティなどが舞台で、ハイコンテクストな細かい描写もありますが、「海外で伝える」という点でお話をしたいと思います。監督はご自身の最新作がチェコで開催された第58回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭に選出され、先日ワールドプレミア上映にも参加されましたが、現地の方の反応はいかがでしたか?
森ガキ:最初は「どうなんだろう?」と思っていたのが正直なところでしたが、かなり手応えがありました。大いに受け入れてもらっていましたね。先ほど話していたように、“数字を追い求めることによって効率化ばかりを求め、人の感情がついていけない社会”が裏テーマですが、それは世界共通で感じられているのだな、と。
平間:近年、OTT(Over-the-top media service)の浸透で映像作品がより世界に発信しやすい環境になりつつありますが、最初から海外の受け手も意識して作られているのでしょうか。
森ガキ:はい、実はそれはあります。私の作品は欧州の観客に受け入れられる内容だと思っています。興行面の視点で言えば、「海外で評価された」ことがきっかけとなって、日本で見たいと思ってくださる方が増えることもうれしいですし、映画監督としての成功ステップとして「海外の評価」をより意識する時代でもありますね。
平間:監督の作品を鑑賞させていただきましたが、作中では主人公が女性だったので自己投影や追体験による感情の惹起は起こり難いはずですが、モヤモヤしたラベルの付いていない感情が生じ、エンドロールを眺めている最中もセルフリフレクションとでも言いますか、特徴的な余韻が残りました。もちろん、完全懲悪の手に汗握る興奮、大団円という作品にも大きな価値があると思います。一方で監督が『ショーシャンクの空に』を見て生き方を決められたように、世界中の人にとって何か一つでも背中を押すことができたら、それもエンタテイメントの大きな価値ですよね。
森ガキ:作品を通じてテーマやメッセージを伝えたい想いや、自分の中で想定している「裏の答え」はありますが、受け手の皆さんには、「こう見てほしい」というより、それぞれの解釈があってよい。エンタテイメントに包んで受け取ってもらい、各々でいろいろ考えられる、そういう作品なので、皆さんにはその「余白」を楽しみながら見ていただければと思います。
平間:生成AIやデータ利活用が今後も進むことは、もはや不可逆的な潮流ともいえます。その反動で売れそうな“テンプレート作品”やマーケティングの工夫にばかり目が奪われ、多様性の時代と言われるのに、作品はコモディティ化していくという新たな課題があると考えています。監督は、幼少期の原風景や、自然の恩恵がある場所で育ったことが実はプラスになっており、映画作りの構想や演出をする上でも、大きな武器になっているという話をされていました。また、行き過ぎたデジタル化へのバックラッシュを指摘されていますが、これからの映画に対する課題や、映画人として守っていきたいことなどを、お聞かせいただけますか。
森ガキ:デジタル化は止められないので、配信はどんどん進化していくと思います。効率面ではすごくいいですし。例えば、出かける準備をしなくても、電車に乗らなくても、家の中ですぐに映画を見る、ということは容易にできる。でも、「よい思い出として残る」ということも含めて映画の価値とするならば、誰かと映画館に一緒に行けば、帰り道に映画の話をしたり、それがきっかけで寄り道して買い物をしたり……映画とプラスアルファの思い出が残る。
数値化ももちろん大事だけれど、そればかりに捕らわれないようにしたいですし、大量消費に飲み込まれない作品を生み出したい。感性、嗅覚みたいな本質、根本に迫るものを今の時代だからこそ再認識、再定義することはすごく大切だと思います。
だから、時にはデジタルデトックスも必要だと思います。今日の映画祭会場もそうですし、やはり映画館で見る映画って思い出になりますよね。「映画館で映画を見てほしい」と伝える活動は今後も続けていきたいと思っています。
平間:リアルやライブの価値もありますよね。個人的には監督の作品に35mmフィルムやワンシーン・ワンカットの撮影スタイルなどからも“魂は細部に宿る”に通じる強いクラフトマンシップを感じます。これも、監督流のデジタルへのアンチテーゼというメッセージと受け取りました。
今回のE&Mダイアログは、広島国際映画祭の特別トークイベントとしてお招きいただき、広島の地から世界へ羽ばたいた気鋭の森ガキ監督に貴重なお話をお伺いすることができました。ありがとうございました。
左から森ガキ侑大氏、平間 和宏
E&M業界の企業に対するビジネスコンサルティングサービスを提供してきた経験と知見を生かし、本シリーズではE&M業界からさまざまなゲストをお招きし、対話を通じてE&Mの未来に向けたインサイトをお届けしていきます。
広島出身の映画監督で深いテーマ設定や情動の描写などに定評のある森ガキ侑大氏をお招きし、PwCコンサルティングの平間和宏が、世界に羽ばたく映像コンテンツ作りの要諦、不易流行や今後の業界展望について語り合いました。
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