
次世代ファイナンス人材の育成方法
次世代のファイナンス部門を支える人材育成について、課題や施策のポイントを解説します。
データアナリティクスという言葉が使われはじめて久しいですが、経営管理や経理財務の領域において、実際に十分に活用できている企業は多くないのが実情です。本稿では、参考事例を紹介しながら、データアナリティクスが経営管理や経理財務のどのようなシーンで役に立つのか、そして負荷の低減や分析の深化にどのようにつながるかを解説します。
労働人口が減少しつつある日本において、企業は人手不足という問題を抱えています。下記のグラフを見てもわかるように、2040年の労働人口は2020年と比較すると20%近く減少する見込みであり、この問題はさらに深刻化することが予測されます。
人手不足に伴い、企業も採用活動を強化していますが、限られた労働人口の中では限界があり、定型業務に関してはアウトソーシングなどの外部リソースを活用することで対応しています。
ただ、正社員が対応せざるを得ない業務領域は残り続けており、データ上も正社員の人手不足が問題となっています。この統計は2019年と古いものではありますが、上記のとおり労働人口が減少しているため、正社員が不足しているという状況は変わっていないと推察されます。
この正社員不足という問題を解消するためには、経営層への報告や、予算の策定など、正社員が対応するケースの多い業務領域においても効率化を進めなければなりません。また効率化のみならず、ビジネスを拡大させていくためには、限られた人材の中でどのように高度化するかを検討することも重要であると筆者は考えています。
経営管理や経理財務の領域で見ると、伝票処理から開示までの業務のうち、マニュアル化できる定型業務については、アウトソーシングによる外部リソースを比較的活用しやすいです。ただし、会計数値の結果に対する分析・報告に関しては、自社に精通した正社員でないと対応が難しく、筆者が業務で関わるクライアントの多くが、この業務に対して負荷を感じています。
多くの企業では、会計数値レベルで結果を取りまとめ、それに対する原因を各勘定の担当(売上ならば営業担当など)にヒアリングすることで分析しています。この分析におけるヒアリング・考察・取りまとめの一連の作業負荷が高いと感じられているようです。
この原因分析、つまりPDCAの「C」の業務にデータアナリティクスを活用することで、サイクルを下記のように変革することができます。
ポイントとなる個所は図表の①~③です。
各費目の担当者へヒアリングするのではなく、結果に対して影響の大きい要因をデータから客観的に導出することができます。
分析アルゴリズムを活用するので、ヒアリング・取りまとめ・考察のような手間はかからず、効率的に原因を特定できます。そしてこれを実現できると、必ずしも正社員で対応する必要はなく、アウトソーシングなどの活用も見えてきます。
単なる効率化に留まらず、今までとは逆に、担当者に対応策立案に向けた改善ポイントを提示できるようになります。担当者の感覚に合う提示をできる場合もあれば、意外な視点を提示できる場合もあるでしょう。担当者は、専門領域の知見および経験に基づいて解釈・判断しているがゆえに、特定のポイントを見逃している可能性がありますが、データを活用することで、網羅的かつ客観的に改善ポイントを提示できます。
担当者は自身にとって重要性の高い課題には積極的に取り組みますが、それが必ずしも財務結果に直結するとは限りません。会計数値から原因を導出し、対応策を提示しているからこそ、会計数値の改善につながります。会計数値の改善を確認できることで、担当者も対応策立案の努力ができると筆者は考えています。
上記で考え方を記載しましたが、ここからは実際にデータアナリティクスを活用して、どのように原因分析の負荷を低減し、分析の深化により対応策立案を促したかを事例を踏まえながら紹介します。
簡略化していますが、分析結果は、下記のとおりです。
決定木は、プロジェクトのいずれの属性が採算に影響するかを特定し、その分岐パターンごとに採算悪化割合を計算するアルゴリズムです。今回の分析に使用した7つの属性に対し、組合せ数を任意としてパターンを作成すると127パターン存在するため、1パターンごとに分析するのは現実的ではありません。しかし、決定木のようなデータアナリティクスの手法を活用すると、マニュアルでは対応できないレベルの結果を負荷なく提示してくれます。
この結果より下記の内容が分かります。
これにより現場部門に以下のようなフィードバックを行うことができます。
上記の結論は、担当者に確認してもらったところ、現場の感覚とも近しいものでした。そして、これを客観的な分析結果として明確化できることで、上層部・人事部などの関係部署も巻き込んだ検討ができるようになります。
ここでは統計を活用した分析方法を紹介したため、経営管理・経理財務の担当者の中には難しさを感じた方もいたかもしれません。ただし、統計分析はあくまでもインサイトを抽出するための手段にすぎません。この取り組みにおいて本当に必要だったことは、「何がプロジェクトの採算に影響を与えているのか」という、ビジネス理解でした。
実際に、この活動の大部分は、プロジェクト損益に影響を与える属性情報の検討と、その収集に時間を要しています。この分析にかけた期間は、全体の期間と比較すると1~2割程度です。
この事例は、外部委託人材活用プロジェクトの一事業における分析ですが、このような原因分析が必要なシーンは、多くの企業にあると筆者は考えています。そして、いずれの分析であっても、「目的に対して何が影響を与えているのか」というビジネス理解なくして分析はできません。これらのイノベーションを起こすのはデータ分析の専門家ではなく、この文章を読んでいる経営管理・経理財務の実務担当者であると考えています。
データアナリティクスの長所に、自動化による負荷の低減が挙げられますが、客観的事実を提示できるという点もあります。
組織においては、声の大きい人の意見が通るケースが往々にしてあります。上記のケースでも声の大きい人が「プロジェクト責任者の管理方法が悪い」と言う可能性があります。ある面から見ればそれは事実かもしれませんが、実態は事業や委託工程ごとに原因が異なり、設備投資の検討と技術者の採用・育成が具体的な対応策として適切でした。
データアナリティクスを活用することにより、社内コミュニケーションの質を変えることができます。ある意見があった際、それが全体の傾向に合致しているかどうかの判断は事業が複雑になるほど難しくなり、その議論・合意形成に時間を要します。しかし、データアナリティクスを活用すると、推測を排除し、客観的事実に基づいたコミュニケーションが可能となります。つまり原因についての推察に時間を費やすのではなく、客観的に明らかな課題をどう解決するかという議論に時間を使えるようになります。
推察に基づいて原因を特定したとしても、関係者全員を納得させるのは難しく、そのうちの何人かは疑問を持った状態のまま対応にあたることになってしまいます。しかし、人は納得のいかない意見に対して力を発揮することはできないものであると筆者は考えています。その原因が客観的事実に基づくものであると納得できたときにこそ、人は力を発揮できるのではないでしょうか。
今後、労働人口が減少していく中、効果的に意思決定をしていくため、また本当に必要な対応策立案に時間を集中するためにも、データアナリティクスは有効な手段となりえます。
多くの企業がPDCAの「C」に時間を割いていると思いますが、本当に大事なのは「C」の次の「A」であり、そこにこそ時間を割いてほしいと筆者は考えています。そして繰り返しにはなりますが、このイノベーションを起こせるのは、このコラムを読んでいる経営管理・経理財務の実務担当者です。
まだ敷居の高さを感じている方もいるかもしれませんが、微力ながらお手伝いさせていただくことも可能です。何か迷うことがある際は、お声掛けいただければ幸甚です。
三吉 重隆
マネージャー, PwCコンサルティング合同会社
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