シリーズ:データドリブン経営

経理財務部門における統計解析・データ分析学習のススメ

  • 2024-01-11

はじめに

「データドリブン経営」といった言葉で表現されるように、現在の経営環境においては財務データおよび非財務データを含む、企業・組織内外の多様かつ大量のデータを分析し、さまざまな意思決定につなげていくことが重要になっています。このデータ分析手法の1つが「統計解析」であり、現代のビジネスパーソンが持つべき素養の1つであるとも言われています。

しかし、経理財務部門の方々にとって「統計解析」はあまり馴染みのあるものではなく、縁遠いものだと考えている方も多いかもしれません。本稿では、経理財務部門における統計解析スキルの必要性を解説した上で、同部門に知識・スキルを定着させる方法について考えていきたいと思います。

経理財務部門をとりまく潮流

AIをはじめとするテクノロジーの台頭により、さまざまな職業が自動化されるとの予測があります。経理業務も例外ではなく、伝票処理などの伝統的な経理業務の企業内でのニーズが減少する傾向にあるなど、この変化はすでに始まっています。ただし、この変化は経理財務部門そのものの必要性が消失してしまうことを意味しているのではなく、期待されるニーズが変化しているものと捉えられます。

これは従前から言われていたことですが、今後、経理財務部門の役割は経営層や事業部における「意思決定支援」を中心としたものに変わっていくでしょう。そして近年のテクノロジーの発展は、この変化を加速させているのです。

経理財務部門が意思決定を支援する際には、関連する膨大な情報を分かりやすく整理し、それを伝えることが重要です。

経理財務部門が取り扱うデータ分析の種類としては、セグメント別分析、予実比較分析、期間比較分析などが挙げられますが、経理財務部門が事業部門やグループ会社から取得するデータの種類・量は膨大であり、経営層や事業部門への示唆も高いレベルのものが求められるようになっています。高度な示唆を提供するためには、膨大なデータを的確に分析するスキルに加え、それを分かりやすく伝えるスキルが必要になっています。

計画・予測業務における問題点と今後の在り方

意思決定を支援するために経理財務部門に期待される役割の1つとして、中長期の戦略策定やフォーキャストといった計画・予測に係る業務の精度向上が挙げられますが、それらの業務に問題を抱える会社も多いと思います。

例えば、各組織がさまざまな場所に散在するデータをもとに、手元の表計算ソフトを使って予算を策定しているのが実情です。中には各担当の思いが込められた数値もあり、共通の予測手法が存在しないといったケースが考えられます。また、期中で実績データを入手できたとしても、それが計画と明確なロジックで紐づいておらず、計画との乖離が分析できないといった問題も考えられます。さらに、情報システムの観点においても、多くの情報システムは基本的に実績データを作成・保持するものであり、先行情報をほとんど持っていないといったケースが考えられるでしょう。特に中長期の戦略や計画を策定する上では、社内だけでなく外部環境のデータを用いたマクロ分析・予測が重要となります。

このような問題認識を考えると、これからは統計や機械学習に基づくロジックで構築された予測モデルに対してデータとパラメータを入力し、シナリオシミュレーションを行った結果を調整し、その上で判断するような方向へと改革が進むと思われます。

具体的には、過去の財務情報や関連指標の値の動きから、将来の財務情報の値を予測したり、統計的評価を人間が繰り返すことで説明性の高い説明変数を選択したりすることになります。

これらが実現することにより、データと論理に基づいた信頼性の高い予測が可能となり、モデルの説明変数が成功要因やリスク、管理不能なブレとなって可視化され、重点モニタリング事項が明確になります。結果として、攻めと守りに対して素早くアクションにつなげることが可能になります。

機械学習と統計解析

上記のように効果的な将来予測を行うにあたっては、一般的に機械学習や統計解析といった手法が広く使われています。

機械学習は、コンピュータ(AI)が大量の情報を自動で分析してルールやパターンを導出し、そのロジックに従って、精度の高い予測値を出力します。統計解析は、サンプリングなどによって抽出された限定的なデータ母集団に対して、推定や検定などの統計手法を用いて、平均やバラツキなどのデータの特徴や、回帰分析などによりデータ間の関係性を明らかにします。

では、機械学習と統計解析はどのように使い分ければよいのでしょうか。

機械学習はコンピュータが大量のデータを用いて非常に精度の高い予測値を自動出力できる反面、ロジックが複雑化、またはブラックボックス化してしまい、出力された結果に対する人による解釈・説明が難しく、アクションにつなげることが難しい場合があります。一方、統計解析はデータに対する解釈が明確で、回帰分析などによる予測値の前提条件も分かりやすく、アクションに結び付けやすいという特徴があります。

したがって、データが大量にあり、可能な限り精度の高い予測値を得たい場合は、一般的には機械学習が有効です。しかし、高すぎる精度よりも解釈性を重視する場合、例えば売上を予測するにあたって、売上に対するプラスとマイナスの要因を洗い出してシナリオプランニングを行い、打ち手を検討するような場合は、統計解析のモデルを用いるべき、という考え方ができます。

また、機械学習モデルは統計理論が随所に応用されていることから、統計解析は機械学習を理解する上での前提知識となっています。そのため、統計解析を理解することは、データ分析・将来予測を行い、出力結果の解釈や説明、アクションの検討を行う上で必須だと言えます。

経理財務人員に必要なスキル

ここまで、経理財務部門に求められる役割や、将来予測の重要性、それに対する統計解析の有効性について述べてきました。ここからは、経理財務部門が効果的なデータ分析と将来予測、経営層や事業部門の意思決定支援を行うために、どのようなスキルを獲得すればよいかを考えていきます。

まず、会計に関するスキルはもちろん必須となります。しかし、ここでいう会計スキルには、簿記や経理業務といった財務会計に関するものだけでなく、経営管理全般の知識、事業計画策定や見通しといった予測業務プロセスの理解も含まれます。こうした基礎知識や業務知識が前提としてなければ、機械学習や統計解析によって出力された結果から、意味合いや洞察を導き出し、打ち手につなげることは難しいでしょう。

このような会計スキルに加えて必要なのが、統計解析スキル、可視化・分析スキルであり、そこから得られる洞察を経営層や事業部門に分かりやすく伝えるためのコミュニケーションスキルです。

ここでいう統計解析スキルとは、回帰分析などの統計学における基礎理論に加え、数多ある統計手法、機械学習を含むデータ分析手法の中から目的や課題に応じて適切なものを選択し、実践できる力です。可視化・分析スキルには表計算ソフトでの可視化・分析スキルももちろん含まれますが、それ以外の専用ツールやプログラミング言語のスキル、分析結果可視化ツールの活用力、PythonやR言語などを用いた分析処理を行う実践力が含まれます。そしてコミュニケーションスキルは、得られた洞察を経営層や事業部門に伝え、打ち手を実行に移させる力です。ドキュメンテーションやプレゼンテーションといった実践的スキルも大切ですが、日頃から経営層や事業部門とコミュニケーションをとり、会社や事業部門の業務内容、課題や戦略を理解しておくことも重要です。このような社内における関係を構築するスキル、経営や事業を理解するスキルが、データ分析を通じて価値ある提案を行う上での土台になります。

統計解析・データ分析スキルの修得方法

経理財務部門内で、統計解析やデータ分析に関するスキルを自然に修得させることは簡単ではありません。ある程度高度な数学やプログラミング的な知見も必要になる分野であり、会計を専門にしている方にとってはとっつきにくく、何から学んでいけばよいのか分からないかもしれません。それに、現場に十分なノウハウがない状況下では、日本企業で多く行われている配置転換やOJTを中心とした育成方法では内容的に難しい側面もあります。したがって、Off-JT、オンライン・オフライン、内部・外部、集合・個別などの育成手法を、有機的に組み合わせて従業員に提供することが求められます。その中で、組織内で学習のガイドラインを示したり、学習補助や報奨の制度を設けたりするなどの施策が必要になるでしょう。

ここで統計解析やデータ分析の学習を進めるためのいくつかの方法を示します。

個人学習の観点で、書籍やeラーニングなどによる学習、資格・検定の取得が考えられます。まずは外販・公開されている統計に関する書籍、インターネット上の学習サイトなどのeラーニングを使って、個々人が基礎的な内容を学ぶ必要があります。その上で、知識の体系的復習、力試し、学習の証明として資格・検定にチャレンジしてもらいます。組織としては、受験料の補助や資格有無を人事評価や配属につなげることなどにより、学習のモチベーションを高める仕掛けが必要になります。

次に組織主導の観点として、企業内部あるいは外部の研修への参加を促す方法が考えられます。ここでの達成目標は、個人学習を通じて修得した統計知識と実務を紐づけ、業務に活用できるようになることです。そのため、外部研修を採用する場合はできるだけ実践的なものを選択することも必要ですが、自社業務への適用という観点では、できるだけ内製化していくことが望ましいでしょう。

最終的には、トレーニングされた人員が関連業務で実践し、経験を積んでいくこと、そして実務を通じて得られた知見を社内研修やOJTを通じて組織内に展開していくことを仕組み化することが有効です。

執筆者

大木 和俊

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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