シリーズ:ファイナンス人材

次世代ファイナンス人材の育成方法

  • 2025-03-11

1.ファイナンス部門における人材育成の課題

現在のファイナンス部門に従事する人材は財務会計業務における、記帳業務、帳票作成業務、および開示業務や、管理会計業務である分析、そして意思決定支援を提供する業務が主たる役割であることでしょう。しかしながら、その実際には過去の数字に対するアクションに大きな時間を割いているケースが多く、新たな役割や変革を担う余力がない、もしくは対応できる人材が不足しているといった状況をよく耳にします

ファイナンス部門で活躍する人材は、一般的なファイナンスの専門知識と、自社のビジネスモデルや取引形態、各種社内基準やルールといった独自の業務知識を駆使して優れた能力を発揮していました。

ファイナンスに関与する部門で経験・研鑽を積んできた結果、自社独自の知識を身についた方も多いですが、それは、高負荷なトランザクション処理を中心とした業務であったことや、各法人・地域などにサイロ化/分散化された組織であったからこそであるといえるでしょう。

しかし、近年は企業を取り巻く事業環境の変化が年々加速しており、事業の成長スピードもより一層早まっています。それに伴い、ファイナンス部門でもデジタル化・自動化や業務改善を通じてトランザクション処理の比重を軽くする取り組みやさらなる高度化に取り組む企業が多くなっています。これらの変革の基盤となるファイナンス人材は、今後はトランザクション処理スキルだけでなく、大きな変革を実現するスキル、実現した未来でさらなる活躍をするスキルへとシフトすることが求められているのです。

図表1:CFO組織が業務最適化について抱える課題

CFO組織の業務最適化について、どのような課題がありますか(いくつでも)

図表2:CFO/CFO組織に期待される役割が増大したと感じるテーマ

2020年以降、CFO/CFO組織に期待される役割が増大したと感じるテーマはどれですか(いくつでも)

2.ファイナンス人材の意識・行動変革の必要性

ファイナンス人材に求めるスキルやそれを習得するために必要とされる経験が変化しており、デジタル化・自動化や業務改善をした後のファイナンス部門には、より戦略的な機能としての役割が期待されています。つまり、経営・事業に対して意見を述べたり、変革を企画・主導したりする人材が求められるようになります。これはFP&A(Financial Planning and Analysis)機能に属するような特定領域の人材だけでなく、決算処理や資金管理なども含めたファイナンス部門全体で求められる要素です。こうしたリスキリングは長年の経験を積んできたファイナンス人材にとっては非常に大きなチャレンジであることでしょう。

そもそも、従来の日本の雇用制度は、新卒一括採用中心で、異動は会社主導であり、会社から与えられた仕事の積み重ねでキャリアの形成やリスキリングしていくという仕組みでした。各人の意思が通りづらい背景で育ってきた人材に「これからは自分たちでキャリアを考え、自身が必要なリスキリングを行ってください」というのは、簡単なことではありません。しかも、今回の変化を乗り切ればいいのではなく、業務が変革し続けるのであれば、求められるスキルも変化し続けるので、継続的なリスキリングをしていく時代が訪れているのです。

まずは業務への向き合い方とキャリア形成に対するマインドシフトが必要です。
すでに今顕在化している変化を正しく理解し、受け入れ、自分の行動をどう変えるべきかを見直し「自分事化」を促進しましょう。各人材に自分事化をしてもらうためのきっかけ作りこそ、組織が第一にすべきことであるといえます。
その手法はさまざまですが、抑えるべきポイントはインプットではなくアウトプットするトレーニングを提供することです。具体的には自社で促進している変革に対して、自身がどう貢献できるかをコミットしたり、変革そのものを模擬的に企画させたりと、自身の頭で考えて言語化する形式です。通常業務のアウトプット機会のように「組織」ではなく、「変革」と「自分」にフォーカスを当てて思考を巡らせることで「自分事化」のスタートを切るような取り組みを行うことが必要となります。
各人材のマインドシフトがあって初めて、次世代ファイナンス人材に求める要件に賛同し、それを習得するべく効果的にキャリア形成・リスキリングする行動に変化するのです。

3.次世代ファイナンス人材育成方法

人材モデルとスキル定義

マインドシフトとあわせて、自律的キャリア形成やリスキリングを実現させるための人材育成の仕組みを整える必要があります。

まずは、①各人材がめざす姿(ゴール)、②スキル体系と習熟度(ゴールの状態の具体化)を定義することから始めましょう。

① 各人材がめざす姿(ゴール)

将来のファイナンス部門で求める人材像を定め、模倣しやすいように抽象化した人材モデルとして定義します。人材モデルを考える上でのポイントは5、10年先のファイナンス部門の提供価値を予測すること、多様性が生み出す価値を重視し、複数パターン定義すること、多段階で定義することの3点です。

② スキル体系と習熟度(ゴールの状態の具体化)

人材モデルに求めるスキルは、ファイナンス部門のめざすビジョンやミッションが非常に大きく影響するため、企業間で差が出やすい箇所です。世界で戦える専門家集団を目指すのであれば、財務経理に関連する専門的知見やスキルの比重が大きくなりますし、ビジネスパートナーとしての役割を確立したいのであれば、ビジネス・戦略に対する知見やそれを活かした問題解決・変革力に重きを置くスキル体系となります。
また、スキルの習熟度を多段階で定義することも重要です。自身の今のスキルレベルとめざす姿として必要なスキルレベルを比較し、計画的かつ段階的にスキル習得が出来る仕組みとすることが必要でしょう。

挑戦機会に重きを置くキャリアパス

次にやるべきはゴールまでの道筋を提供することです。
めざす姿に対して必要な業務経験や研修などをいつ、どのタイミングで行うべきかをキャリアパスのモデルに示します。特に業務経験においては、各人材を成長させるための育成機会としての計画的なアサインが重要です。ゴールに向かってどのルートで、何のスキルを習得できるのかを定めるイメージです。これによって、各人材は自身がめざす姿に対してどう行動したらよいのか、どうキャリアを築くべきなのかを考えるためのヒントを得ることでしょう。
ただし、人材モデルの定義時と同様に、多様性が生み出す価値を大切にするために、択一的なキャリアルートを強いるのではなく、あくまでも自律的キャリア形成の参考情報として活用することが望ましいです。

また、各人材のスキル習熟度を定期的に可視化し、現在の立ち位置を明らかにすることも効果的です。ゴール達成に向けて不足しているスキルを補うために経験すべきことを自ら考え、行動に移すための情報として活用することができるからです。

なお、このスキル習熟度の可視化は人材マネジメントの観点からも有効です。人材ポートフォリオの分析軸にスキル情報を追加すれば、スキルの保有傾向や習熟度合いによって配置を決定したり、組織の育成計画に活用したりできます。また、職務やプロジェクトワークなどのアサイメントにおいても有効です。ただし、スキル可視化にはスキルの陳腐化や発動条件といった特性を考慮した運用が必要です。スキルは積み上げ方式で習熟していくものと思われがちですが、10年前に習得したスキルが現在でも同じ能力発揮を出来るとは限りません。また、特定領域では発揮できていたスキルも場を変えれば発揮度合いが変わることもありえます。人材マネジメントにおいて、スキル情報を用いる際は、こうした特性をどのように取り扱うのかの議論があわせて必要です。

4.ビジネススキル・変革スキルの習得

経営/事業理解と問題解決力の向上

デジタル化・自動化や業務改善をした後のファイナンス部門は、より戦略的な機能としての役割を期待されると推測されます。そのためには、各事業部とのコミュニケーション、コラボレーションを強化するだけではなく、ファイナンス視点でインサイトを導出するスキルを強化しなければなりません。
社内環境に対する理解だけではなく、事業の主戦場における外部環境に関わる理解の向上、および情報収集や分析が必要です。自社ビジネスの特性と市場状況を踏まえ、事業側に提供すべき情報と分析の観点を予め定義し、自社ビジネス、市場競合に対する知見を踏まえたインサイトを提供することを重要業務として設定し、ビジネス知見をもとにした問題解決力、リスク検知力などを強化してビジネスに積極的にかかわっていくことになります。

これらのスキルを習得させるためには、座学型やケーススタディ型の研修整備はもちろんのこと、事業部と関連する機能・役割へのローテーションも視野に入れることが良いと考えられます。ビジネスの仕組みを知ったうえで、そのスピード感や意思決定に至るまでのプロセスを体感し、真に求められる分析・問題解決が出来る人材の育成を目指します。

自律的変革スキルの習得

また、ファイナンス部門の機能・業務も変化に適応し続けなくてはなりません。次々に登場する最新のシステムツールやAIといったテクノロジーに対して抵抗感を抱くことなく、リテラシーとしてスキル化し、情報収集や分析業務へ積極的に活用したり、今のやり方に固執することなく、効果的・効率的方法があれば常に良い方へと進化させるための取り組みを企画・遂行したりといった自律的変革スキルが求められます。

そもそも、変革スキルは通常業務で遂行しているタスクフォースやプロジェクト参画でも習得は出来ますが、その機会は限られています。過去実績のある人材やサクセッサー候補のアサインが中心であったり、そもそもそういった機会自体が少なかったりといったこともあるでしょう。それ自体は現時点の優先順位の問題で致し方ない場合もありますが、次世代のファイナンス人材を育てるための重要な育成機会としての位置付けとする方針転換が必要となります。加えて、「自律的」というワードにある通り、自らの頭で考え行動するというスキルであるため、通常業務の中で分担された一つの役割を遂行するだけではなかなか身につきづらいものです。
また、変革スキルというのは、専門性・ビジネススキル・デジタルスキル・コミュニケーションスキル・マネジメントスキルなど、複数のスキルの掛け合わせで能力発揮できるものです。変革を企画・推進するようなトレーニング機会としての研修を積極的に取り入れ、広く参加できる機会として提供したり、研修の中で優れた企画・推進をした取り組みを表彰して実際に実現するためのタスクフォース・プロジェクト化したりといったことも効果的と考えられます。

5.おわりに

次世代のファイナンス人材に求める要件の変化や育成方法について触れてきましたが、人的資本はその価値自体の変化が激しいものです。変化の先読みと未来への投資(育成)が、企業価値の持続的な向上のカギとなります。
これからのファイナンスの専門性は社内の業務パターンを熟知していることではなく、いかに経営・事業に貢献できるかが重要であり、高い専門性とビジネススキルやコミュニケーションスキルを始めとするさまざまなスキルとの融合が必要となります。ファイナンス人材のマインドをシフトし、自律的にキャリアを考え、リスキリング出来る環境を整えることで次世代のファイナンス人材が育っていくと考えられます。
忘れてはいけないのは「人材はそんなに早く育たない」ということです。現行業務を自律的に遂行できるように育成するだけでなく、5、10年後のファイナンス部門で活躍するために必要なスキルを見据えて、中長期の人材育成をすることが重要です。

執筆者

丹羽 絢子

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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