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ポートフォリオ管理による事業管理・投資管理については、長年その思想や運用が議論されており、多くの経営者や管理担当者に周知された経営管理手法です。近年では事業の収益性評価を可能とするだけでなく、投下資本、使用資産の効率性を評価する指標としてROIC、ROCEなどを主指標としてポートフォリオ管理を行う企業が増加する一方、その管理が有効に機能していない例も多くみられます。業種や業態により課題はさまざまですが、実務における主な共通課題は大きく、
の2点に分けられます。そこで本稿では、ポートフォリオ管理を行う上で検討すべき重要な検討ポイントと考え方について、上記2つの視点でケース事例をもとに解説します。
事業ポートフォリオ管理を行うにあたっては、最適な資源配分を考慮した投資効率を把握し、意思決定をどのような単位で実施するかを明確にする必要があります。経営環境が加速度的に変化し、また多様化が進んでいる昨今、グループ再編や組織の変更などが適時発生するために、従来の組織の視点でグルーピングされた事業ポートフォリオ単位では見直しが追い付かず、本来管理すべき投資効果が正しく把握できないというケースも多々見受けられます。
価値創出を行う一連の単位を経済性の視点(規模の経済性、経験効果、範囲の経済性でグルーピングできる単位)とマーケットの視点(事業特性、ライフサイクルでグルーピングできる単位)でエコサイクルを明確化し、それに紐づく組織をマッピングすることで事業ポートフォリオの評価単位を定義します。経済性の視点からは「その事業がどう成長しているか」、マーケットの視点では「市場そのものが成長しているか」という将来性を評価し、ポートフォリオごとに施策を立案、実行します。
組織の視点では従来の事業や地域、国といった開示セグメントの分類だけではなく、事業活動を通じて価値を創出する機能の連鎖であるバリューチェーンの視点や、それを支える活動単位を最終的には個人単位で紐づけることを意識して構造化を行い、事業や組織の再編の際にも分解し、組み換えられる単位で管理を行います。
ポートフォリオ管理では、事業ごとに使用している事業資産は連結BSをベースに各事業固有の資産と共有資産を区別し、直課、配賦するそれぞれの対象を定義、区分して管理します。一般的に事業領域の幅が広くなるほど、効率的な業務運用を行う観点から業務管理システムを中心とした共有資産が多くなり、分割ルールを定義するのに大きな工数がかかります。またそれだけでなく、事業再編などの影響で分割ルールを見直す際にも、システムの設定変更などに大きな工数を要することになります。この際考慮すべき点は、詳細な分割が必要な対象に絞り共通費を直課とするなど、管理に要する工数の低減を考慮してルールを定義する点にあります。また、資本コスト(WACC)を把握するためには有利子負債と株主資本の数値の把握が必要であるため、負債の内訳として有利子負債は区分して把握できるようにします。そして事業別に分割したBSをもとに社内取引に該当する残高の消去を行うことで、事業別BSの残高を確定します。
本社費の配賦については、その実施有無について予算編成時に各事業部と認識を合わせ、実績集計時にも予算額で配賦を行う必要があります。本社費の配賦方針は各事業部の配賦後利益に影響を与える一方、事業部門側でコントロールできないコストであるため、その妥当性についても本社部門は説明できるように準備する必要があります。また、事業別BSの議論と同様に、事業、組織再編を想定してメンテナンスや見直し工数が増加するような、複雑なロジックによる運用を行わないことにも留意する必要があります。
費用負担の方針は複雑化を避ける目的から、本社費を配賦せずに収益目標をKPIに設定する期待収益方式や、あらかじめ使用している資産に資産運用効率を意識したレートを乗じてコストを計上する社内金利方式などの運用を行うことなどもルール定義の検討テーマに含め、方針を決定します。
WACC(加重平均資本コスト)は事業ポートフォリオの単位ごとにハードルレートを設定して評価することが理想的ですが、多くのケースではその客観性に対する事業部からの納得感を得ることが困難であるため、不公平感を生む原因につながるケースがあります。そのため、各事業における事業環境やライフサイクルの違いを考慮し、客観性を担保する観点から全社で統一したハードルレートを使用した運用を原則とすることを推奨します。そして、事業のライフサイクルを経済性と市場の視点で分類し、それぞれのライフサイクルステージごとにハードルレートを設定します。以下ではWACCを上回る目標値としてROICを設定したケースの事例になります。
①初期投資ハードルレート
市場が未成熟であり、十分な収益が得られない時期であるため、低めのハードルレートを設定し、継続投資を行うか撤退するかを判断する。WACCは許容できる範囲の低レートを設定する。
②事業育成ハードルレート
投資に対するリターンを評価し、シェア拡大に向けた投資の実施とモニタリングを行い、競争戦略を遂行する。WACCは全社ROIC達成を成立させるレートを設定する。
③基本ハードルレート
投資に対するリターンを評価し、競合との差別化に向けた投資の実施とモニタリングを行い、競争戦略を遂行する。WACCは全社ROIC達成を成立させるレートを設定する。
④合理化推進ハードルレート
投資に対するリターンの推移状況を評価し、合理化による収益確保が見込め、継続的な投資によるリターンの弾力性を判断する。WACCはROICへ貢献度合いに鑑みたレートを設定する(基本ハードルレートより低く、成長カーブがマイナスであっても許容できる水準)。
⑤事業選択ハードルレート
投資に対するリターンの低下状況を評価し、継続的な投資を中止、市場からの撤退を判断する。WACCは全社ROIC達成を阻害していると判断するレートを設定する。
基本ハードルレート自体は上記を原則に設定しますが、投資初期の段階では戦略や自社の特性に応じた個別要件を踏まえ、事業別のハードルレートを設定するケースも必要です。特例のハードルレートの設定は期間を限定するなど、撤退の意思決定をする場合に許容できるサンクコストをあらかじめ設定しておくことも重要なポイントになります。
ハードルレートをクリアした事業の効率性をROICにより判断し、その事業の特性とライフサイクルステージを加味して経営資源の配分を投資戦略として検討します。下記の図は網羅的にパターン化した例になりますが、投資の意思決定を行う際にはROICで評価された率だけではなく、収益の絶対値についても考慮する必要があります。EBITDAなどの収益指標を設定し、目標とする収益や利益といった収益性指標の絶対額についても意思決定に必要な情報に含める必要があります。
それぞれの事業がどのライフサイクルステージにあるのかをCAGRや限界利益の絶対値と時系列データの推移によりライフサイクルクライテリア(Lifecycle criteria)となる指標を定義し、事業がどのステージにあるのかを評価する基準を明確にします。その際、事業そのものの収益性に重点を置いた経済価値評価だけではなく、市場自体の成長性と競合を特定し、自社のシェアをもとに市場価値評価の視点を盛り込んだ評価基準を定義することが重要になります。
多くの日本企業において認識されている課題として、事業撤退・売却の基準がないこと、検討プロセスが明確になっていないことが指摘されており*1、価値評価指標とその運用ルールを合わせて定義することが実務における重要なポイントになります。
*1 参考:2020年7月経済産業省 事業再編実務指針
モデル事例では経済的価値と市場的価値の双方の観点から事業を評価し、営業キャッシュフローをバルーンチャートで可視化しながらROICなどの効率性指標の達成度によりポートフォリオを評価する運用を行っています。経済的価値において注意が必要な点としては、事業ポートフォリオ管理における目標は効率化指標の最大化ではなく、エコノミックプロフィット(ここでは将来キャッシュフローと定義)の最大化にあることです。ハードルレートや効率性指標による評価だけでなく、将来キャッシュフローを現在価値で割り引いた価値をいかに最大化させるかを長期的な目標ととらえ、各ポートフォリオを評価する指標の定義を行うことで意思決定に資する情報の定義を行います。
また、市場価値評価の視点からは当初想定していなかったリスクが事業環境において顕在化したり、ディスラプターが出現したりするケースなども考えられることから、リスク因子を加味して将来性を検討することで戦略目標や投資判断を見直し、バックキャストの視点で戦略自体の再構築を検討します。事業ポートフォリオ評価、投資を継続するか否かの判断は、定期的に運用を見直すことで機動的に実行します。
(モデル事例における事業評価)
経営管理に関わるシステム開発では、予算やプロジェクト期間の制約から既存のアプリケーションや業務プロセスを極力変更しない方針でシステム開発が進められるケースが見られます。現行業務への影響を軽減する考え方を起点に進められたシステム開発においては、データ収集の自動化に重点が置かれるものの、データそのものの最適化については検討が先送りされるケースがあります。また、スクラッチシステムや表計算ソフトなどによる加工が伴うレポーティング業務などは非効率であり、調査自体に大きな工数を要することから、業務自体は変更せず、インターフェースの見直しやデータベースの一元化のみを短期効果として目標とするプロジェクトケースも多くみられます。
このような場合、効率化の効果は業務が自動化された範囲にとどまります。マネジメント視点のレポート要件に基づいてデータ要件が設計されていないことから、データ収集自体は自動化されても、担当者による表計算ソフトなどによる加工が伴うレポート作成の負荷は軽減されません。
そこで、ポートフォリオ管理においては事業管理、投資管理の意思決定を行うにあたって、どのKPIをどういった単位、切り口で管理するかについてルールを定めます。データ設計の際にはその管理要件をデータ管理方針に反映し、データの粒度やマスタ情報を付与することで、マネジメントが求める管理単位で蓄積し、抽出と加工をシステム上で行えるようにする必要があります。アプリケーションやインフラの制約から検討を開始するのではなく、「必要な情報は何か」を明確にした要件定義によりデータを整備することが、データドリブンの視点でポートフォリオ管理を行うにあたっての要諦となります。
ポートフォリオ管理の運用ルールを整備し、マネジメント要件を反映したデータ整備を行っても、その情報やKPIが単体で管理され、それらの関係が明確になっていない状態では誤った意思決定が下される可能性があります。例えばKPI自体は目標を達成していたとしても、バリューチェーンの視点で分解した場合、いずれかの機能の努力をほかの機能が阻害しているかもしれず、そのような実情は上位のKPIを管理しているだけでは把握できません。そうならないためには、意思決定に必要となる要素の優先度を明確にし、その構成要素を分解して構造化することが必要です。そうすることにより1つのKPIをバリューチェーンや部門別レベルで評価することが可能となり、より具体的な施策を立案し、実行できるようになります。
また、財務、非財務データをどのような経営基盤、データベースを用いて可視化するのかを、現状のシステムインフラ、システム間連携、フロントシステムの状況を整理してデータ収集と統合管理の方法と合わせて検討すべきです。そうすることで、担当者レベルのマニュアル作業を介することなく、蓄積された情報をダイレクトにマネジメント層に共有できるようになり、PDCAサイクルを高速で回すことが可能になります。
(主たるKPIを起点に構造化されたツリーをドリルダウンして分析)
以上のように、事業ポートフォリオ管理は価値創出の単位、評価方針を定義することを起点として、運用を行う上で必要な業務ルールを設計し、浸透させることにより、経営者が事業の状況を常に把握、評価できるシステムを構築してリスクを回避、意思決定することが必要です。そして、そうなることで初めてその機能が有効に作用しているといえます。また、事業環境の変化やリスクの検知により継続的に事業ポートフォリオおよび運用方針を見直すことで、その有効性が維持されます。事業ポートフォリオ管理により適切に目標管理を行うことが、各国にまたがる事業を統合的に経営し、グループ全体としての戦略を実行・実現することにつながります。グローバル・グループガバナンスの整備および高度化は、経営管理における重要な取り組みといえます。