シリーズ:価値創造経営

非財務情報のマネジメント 価値創造経営管理の構築(後編)

  • 2024-10-17

1. はじめに

非財務情報のマネジメント 価値創造経営管理の構築(前編)では、非財務情報のマネジメントの重要性や、価値創造経営管理を構築する1つ目のステップである価値創造ストーリーの可視化のポイントについて説明しました。価値創造ストーリーを可視化するだけでは経営は何も変わりません。描いた価値創造ストーリーどおりに組織を動かすためには、価値創造ストーリーを構成する戦略の達成度を測定し達成に向けたアクションを促すための仕掛けとしてKPI(Key Performance Indicator)管理を行うことと、価値創造ストーリーの戦略・施策を従業員が自分事として取り組むよう組織に浸透させることが重要です。後編ではKPI管理と組織展開のポイントについて説明します。

2. 価値創造経営管理構築におけるKPIのポイント

① KPIが満たすべき条件

前編で述べたとおり、価値創造ストーリーを明確にすることで、中長期的に企業価値を向上させるために企業が取り組むべき施策が明らかになります。この施策のPDCAを回すために重要になるのがKPIです。そして、KPIを効果的に使用するためには、特定の条件を満たす必要があります。

まずは、目標設定を行うための「SMART」と呼ばれる下記5つの要素を検討することが重要となります。

  • S(Specific:具体的な)誰が見ても理解できるような明確な目標か
  • M(Measurable:測定可能な)達成度や進捗を定量的に評価できるか
  • A(Achievable:達成可能な)現実的に実行可能か
  • R(Related:経営目標に関連した)組織の方向性に適合しているか
  • T(Time-bound:時間の制約がある)期限が明確か

SMARTは目標設定に広く使用されるフレームワークですが、価値創造ストーリー上の無形資産を強化、拡充するための施策の達成度を測る非財務KPIについてもこの条件を考慮する必要があります。

特にMeasurableの条件を満たすためには、KPIの実績データを管理し、分析できる状態にすることが重要となります。データを管理し、分析できなければ、施策の達成度を評価し、改善策を導き出すことができません。従来の財務データに加え、非財務KPIや外部開示が必要な非財務情報も考慮すると取り扱うデータの量と種類は増えますが、保存場所(部署)やデータ形式がバラバラでは分析不能です。従って、業務やシステムの見直しが必要となります。業務であれば、いつどの組織がデータの管理や分析を担当するのか、携わる人材のスキルセットが適切かなどを検討します。システムに関しても、データを管理し、分析するための新たなツールが必要か、また既存のツールが要件を満たしているかなどを確認する必要があります。

このように、データを管理、分析することが可能な業務とシステムを再構築することで、より効果的な意思決定を行い、持続的な改善が期待できます。

また、言うまでもなくKPIの責任者が明確になっていることが重要です。責任者が定まっていない場合、KPIの達成や向上に関して、誰が具体的な行動や改善策を考えるのかが不明確になります。

そして、価値創造ストーリーの明確化によりKPI同士の関係性が構造化されていることを合わせると、他組織との依存関係が可視化され、個別最適から全体最適を図ることが可能となります。

② KPI管理のポイント

また、KPIを管理するにはPDCAサイクルの観点だけでなく、OODAループの観点も重要です。PDCAサイクルだけですと、計画立案時の目標達成を追い続けるため、状況変化に対応できず「即時性」「機動性」に欠けます。そのため、OODAループの観点を加えた両輪で管理していくことが重要です。

OODAループとは、意思決定モデルであり、4つの活動のループとなります。

  • Observe(観察):情報を収集する
  • Orient(情勢判断):観察により収集した情報を整理し、何を意味するのかを解釈し、方向づけを行う
  • Decision(決定):情勢判断の結果を踏まえ、意思決定を行う
  • Act(行動):意思決定を実行に移す

不確実性が高い状況下において、タイムリーに情報を把握し、現場で素早く意思決定を行うことで「即時性」と「機動性」を持って対応することを企図しています。

例えば、「先進的な技術を用いた新製品の売上高」をKPIとして設定したとします。OODAを回すためには、売上高だけでなく、「競合他社の新製品・技術動向」や「顧客課題・ニーズの分析情報」などといった外部環境を察知するための情報もタイムリーに収集することが重要です。素早く市場の動向を把握し事業部(現場)にて意思決定を行います。競合他社が類似技術を使用した新製品を発売していれば、販売チャネルを拡大したり、顧客ニーズが変化していれば、顧客の要求に合わせ製品をアップデートしたりと資源の再配分を検討します。

3. 価値創造経営管理構築における事業部展開のポイント

価値創造ストーリーの明確化および施策に対するKPIの設定は、経営層や経営企画部だけで完結するものではありません。実際に価値創造ストーリーで描いた戦略・施策を実行し、成果を生み出すのは事業部(現場)ですから、価値創造ストーリー・KPI策定の段階から事業部を巻き込むことが重要です。

しかし、長年にわたり、企業が短期的な経済的価値の創出に注力してきたため事業部は、社会的価値の重要性は認識しつつもどのように企業価値につながるのか腹落ちしていないという認識のギャップが多く見られます。また、定常業務以外の業務に従事できるリソースが不足しているなど、さまざまな要因により事業部が主体的に取り組むための素地が整っていないのが実情ではないでしょうか。

事業部に主体的に取り組んでもらうためには、①取り組みの目的や意義を明確にすること、②事業部にとってのメリットを示すこと、③スモールスタートにより取り組みのハードルを下げることが重要です。

① 取り組みの目的や意義を明確にすること

現在では、多くの企業がサステナビリティに関する取り組みや目標をホームページや統合報告書などで公開していますが、それらの取り組みの目的やその結果が何をもたらすのか、従業員まで納得しているケースは少ないと思われます。ステークホルダーからの期待、規制対応などの背景も含め、企業のミッション、ビジョン、バリューと連動させ、目的や意義を丁寧に説明する必要があります。

② 事業部にとってのメリットを示すこと

価値創造ストーリーを明確にすることで経営層に対して投資配分の理由を説明しやすくなることや、従業員に対して、自分たちの活動がどのような連鎖で企業価値向上に貢献しているかを可視化し説明しやすくなるといったメリットが考えられます。

③ スモールスタートにより取り組みのハードルを下げること

最も重要な戦略やプロジェクト、協力的な事業部などから検討を開始して価値創造ストーリーの明確化および施策に対するKPIの設定を行います。スモールスタートにより明らかになった取り組みの問題点を解消してから他の領域や組織に展開できるため、取り組みに対するハードルが下がります。また、取り組みによりもたらされた効果の実体験や具体的なアウトプットができるため、ゴールイメージを持って取り組むことができます。

4. KPIの活用イメージ

① 相関分析による企業価値構造の検証

非財務KPIには、経験則に基づく仮説により設定されるものが含まれます。そのため、実績データを蓄積し、KPI間の関係性を分析することで当初想定した仮説の確からしさを検証し、必要に応じて価値創造ストーリーを見直さなければいけません。

たとえば、「新ソリューション企画数(上位)」と「データ収集対象顧客数(下位)」という関係性があるとします。これは、顧客の規模、顧客が属する業界の動向、過去の取引条件などといったデータを保持している対象顧客が多いほど情報が増え、新たな企画が生み出されるという経験則を基に設定された仮説です。

図表1 KPIツリーサンプル(電気機器メーカー)
図表2 相関分析結果のサンプル(KPIツリー一部抜粋)

しかし、いずれのKPIも目標値を超えているにも関わらず、各KPIの実績データに対して相関分析を行ってみたところ、相関関係が見られなかったというケースもありえます。

このような場合、相関が見られない要因として以下のようなものが考えられます。

  • データ収集対象顧客数の目標値が低く、新たなソリューション企画を生み出すのに十分な数ではない
  • 新ソリューション企画数に影響する別の要因が働いている
  • データ収集対象顧客数の増加が新ソリューション企画数に影響を与えるのに時間がかかる
  • データ収集対象顧客数を増やしても新ソリューション企画数には結びつかない

要因を追究するためには、相関が見られたケースも含め、上記のような仮説を基にさらなる分析を行う必要があります。たとえば、新ソリューション企画数の向上を促す要因として、「最新技術の研修実施回数」を特定した場合、それを新たなKPIとして導入し、企業価値の構造化を再度行います。

また、相関分析を実施した結果、KPI間に明瞭な関係が見られないからといって、すぐに別のKPIに変更すべきかどうかは慎重に検討する必要があります。例えば、「人権に関する教育研修受講回数」や「チャレンジ回数」など、倫理的な要素や活動全般に影響を与える要因は、中長期的な視点で考えることが重要です。

つまり、KPIの設定と変更においては、単なる相関だけでなく、中長期的な視点や倫理的な観点も考慮に入れて検討することが肝要といえます。

② 相関関係のモニタリングによる環境変化の把握

実績データを蓄積し、KPI間の相関関係を時系列で分析することで状況変化を捉えることも重要です。一定期間相関が見られていたが徐々に見られなくなっている場合、経営環境に何らかの変化が起こっている可能性が高いことが示唆されます。

例えば、従業員の最新技術に対する理解度が高まれば新ソリューションのアイディアが生まれやすくなるという仮説を基に、「新ソリューション企画数(上位)」と「最新技術の研修実施回数(下位)」を設定していたとします(図表1参照)。一定期間にわたり、これらのKPI間に強い相関が存在していたが、目標を達成しているにも関わらず徐々に相関が弱くなる現象が見られた場合、関係者へのヒアリングや追加のデータ分析を実施し原因を調査します。このケースでは、研修内容がアップデートされておらず、技術トレンドが変わってしまい、新たなソリューション企画に結び付いていない可能性などが考えられます。

このように時系列でデータ分析することも、社会要請の変化や技術の進歩、消費者の嗜好の変化といった経営環境の変化を察知するために非常に重要です。

5. 最後に

本稿では、価値創造ストーリーを経営管理に落とし込むためのKPI管理および組織展開時のポイントについて解説しました。前編後編通して、本稿が中長期的な企業価値向上のために必要な取り組みを経営管理に組み込むためのヒントとなれば幸いです。

執筆者

矢尾 優樹

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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小池 亮

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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堀江 絢子

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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