シリーズ:価値創造経営

非財務情報のマネジメント 価値創造経営管理の構築(前編)

  • 2024-10-04

1. 非財務情報を取り巻く流れと経営管理に求められる変化

近年、経営者は企業を取り巻く資本市場、消費市場、労働市場などの急速な変化に直面しています。PwC Japanグループが発表した「第27回世界CEO意識調査」の日本分析版によると、「現在のビジネスのやり方を変えなかった場合、10年後に自社が経済的に存続できない」と考える日本のCEOは64%(世界全体では45%)で、世界全体や米国、西欧と比較して将来に対する危機感が強いという結果が出ています。さらに、東京証券取引所は2023年3月に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」を発信し、2024年に入ってからも資本コストや株価の改善策を打ち出している企業リストを毎月公表しています。各企業は改善策を携えて「企業価値向上」の展望について投資家へ説明することが求められています。

日本企業のPBRの低さについて、本業の収益性の低さに加え、研究開発や人材投資などの無形資産に対する過小投資が、低い成長期待につながっていると考えられます。先述の「第27回世界CEO意識調査」の日本の分析結果において、「自社の改革を阻む要因」として「テクノロジーに対する自社の技術不足」「自社の従業員のスキル不足」などが挙がりました。こうした技術・ノウハウや、顧客・サプライヤーとの信頼関係、組織文化や人材などの無形資産は、価値を創造するために必要な要素でありながら、一朝一夕で得られるものではありません。中長期的な目線で無形資産へ経営資源を投資することが企業の競争優位性を維持・強化するために重要となります。

こうした世の中の流れを受け、具体的に経営者に求められる変革の一つが「価値創造経営管理」の構築です。顧客資産型のサービス事業の拡大、社会課題起点での新規事業の創出など、長期的な企業価値向上を見据えた事業開発や、組織のあり方そのもののトランスフォーメーション、サステナビリティへの取り組み強化といった点を戦略目標に置く企業も増えています。一方で、戦略目標を経営管理にまで落とし込み、無形資産への投資を含む長期的な非財務情報のマネジメントを確立できているケースは多くありません。既存の経営管理の主対象は足元の財務情報でした。長期的な企業成長および社会的価値の創出に向けて、従来の経営管理のフレームワークに非財務情報をどう統合していくのか、また過去と現在に固執せず、未来志向、長期志向で経営をするにはどうすればよいかという点については、さまざまなアプローチがあります。本稿では、「非財務情報のマネジメント 価値創造経営管理の構築」と題し、前後編にわたって企業価値向上を目指すための経営管理の構築方法について論じます。

2. 価値創造経営管理の構築ステップ

価値創造経営管理の構築にあたっては以下2つのステップが必要です。

Step.1 価値創造ストーリーの可視化
Step.2 価値創造ストーリーの経営管理への組み込み

価値創造ストーリーとは、将来のビジネスチャンスやリスクを踏まえて企業活動による価値創造の流れを表すものです。自社の持続的な成長をステークホルダーに説明するためのロジックといった側面から、その重要性は上場企業・非上場企業を問わず広く認識されており、すでに多くの企業が統合報告書などで価値創造ストーリーを発信しています。しかしながら、せっかく描いた価値創造ストーリーが実際の経営に活かされていないケースも多く、まず「Step.1 価値創造ストーリーの可視化」により、中長期的にどのように企業価値を向上させるか、そのために何に取り組む必要があるのかを整理することが肝要です。具体的には、企業が長期にわたって競争優位性を保つための無形資産への投資も含まれ、当ステップ内でどの無形資産の価値を高めるべきかについても明らかにします。次に「Step.2」としてその価値創造ストーリーを経営管理に組み込みます。経営管理に組み込むとはどういうことかと言うと、価値創造ストーリーで展開した諸施策に対してKPI(Key Performance Indicator:組織の目標を達成するために設定する業績管理指標)を設定し、その達成状況やKPI間の相関などをモニタリングすることにより、施策の達成状況を管理したり、価値創造ストーリーそのものを検証する仕組みを構築したりすることです。

各ステップの具体的な方法論と実践にあたって陥りやすいポイントについて、前編ではStep.1、後編ではStep.2に焦点をあてて説明します。またこの取り組みは全社的な経営管理の変革ですので、検討を始めるタイミング(前編にて紹介)、検討するにあたって必須となる事業部の巻き込み(後編にて紹介)など、企業の担当者が直面しうるポイントについても言及します。

3. 企業価値の構造化による価値創造ストーリーの可視化

価値創造ストーリーが経営に活かしきれていない理由の一つに価値創造ストーリーが経済的・社会的価値につながる価値連鎖を論理的に説明しきれていないといった価値創造ストーリーの質の問題が挙げられます。経営管理に組み込み価値創造を実現するためには実用性を伴う価値創造ストーリーを描く必要があり、その要件として以下が考えられます。

1)企業のパーパス、ミッション、ビジョン、マテリアリティを反映していること

2)創出価値として経済的価値だけでなく、社会的価値を包含していること

3)短期だけでなく中長期の成果を包含していること

4)競争優位性、独自性の要素を含んでいること

5)企業活動から企業価値向上への連鎖(因果)が明確になっていること

6)クリティカルパスが明確になっていること

7)投資家、従業員などのステークホルダーにとって理解しやすいこと

これらの要件を充たす価値創造ストーリーを描くためには、まず企業価値の構造化を行う必要があります。価値創造ストーリーは企業活動がどのように価値を創出しているか説明するものですが、まずは創出したい価値を起点に実現に必要な要素を構造的に整理し、具体的な施策にまでブレークダウンすることで、「どのような価値の連鎖を経て企業価値が最大化されるか」「競争優位性の強化・維持のために重要な取り組みは何か」などを明らかにします。

企業価値の構造化にあたっては、「価値創造マップ」というフレームが活用できます。価値創造マップは企業価値の最大化につながる諸要素の因果関係を効率的・効果的に整理するための考え方であり、「企業価値」を起点として、以後「創出価値」「戦略目標」「ドライバー」の3つの階層で価値創造に必要な構成要素を整理していきます。各階層の定義は次の通りです。

  • 創出価値:経済的価値と社会的価値それぞれの観点から目指す価値を指す。経済的価値は売上や利益、ROIC、ROEなどの財務成果を指し、財務諸表などの短期的な成果だけではなく、技術やノウハウ等無形資産の強化によって競争優位性を高めた結果得られる将来の財務価値を含む。社会的価値は企業のパーパスやビジョンなどを反映し、ヘルスケア機器メーカーであれば「健康寿命の延伸」、医薬品メーカーであれば「感染症の脅威からの解放」など、企業がどのように社会的責任を果たすのかを示す。
  • 戦略目標:上記の価値を創出するために、どのような戦略や取り組みを採るかを示す。具体的かつ測定可能な目標が示されることで、組織は共通認識を持って適切に意思決定や資源配分を行うことができる。
  • ドライバー:戦略目標の実現に向けた重要施策を指す。戦略目標を達成するための重要成功要因(KSF:Key Success Factor)を特定し、その因果関係を考慮して多層的に整理する。前段で「企業が持続的に価値を創造するためには無形資産への投資による競争優位性の維持・強化が重要」と述べた通り、この重要成功要因には技術・ノウハウや、顧客・サプライヤーとの信頼関係、組織文化や人材などの無形資産も含まれる。「戦略目標に沿って企業の競争優位性を維持・強化するために必要な無形資産は何か」を意識し、ドライバーに織り込む。

図表は、電子機器メーカーを例に、価値創造マップを用いて企業価値の構造化を行ったサンプルです。企業価値の構造化の流れとして、まず目指す「創出価値」を明確にし、具体的な方向性として「戦略目標」を設定します。さらに、価値創造マップの左から右に向かって「これを達成するためにはこれをやることが必要」というように因果関係を意識しながら「ドライバー」を定義していきます。

こうして整理した価値創造マップを「ドライバー」から「創出価値」に向かってたどることにより、「ドライバーとして特定された『重点施策』を中心とした経営資源の投下によって戦略目標を達成し、そのアウトカムとして得られる創出価値によって企業の競争優位性を維持する」といった論理的な価値創造ストーリーができ上がります。

さらに、経営管理の仕組みとして、各「ドライバー」が企業価値へもたらすインパクトや投資対効果をモニタリングしながら、より重要度の高い「ドライバー」を事業活動へ落とし込み、推進することで、価値創造の継続性と実効性を向上させることができます。論理的な価値創造ストーリーは、ステークホルダーとの強力な対話材料となるだけではなく、実際の経営意思決定の場においても持続的成長に向けた重要な鍵となるでしょう。

以上、価値創造マップを活用して創出したい価値とその実現に必要な施策を構造的に整理することで、価値創造ストーリーを可視化する手法を説明しました。続けて、この手法に沿って価値創造ストーリーの可視化を行うにあたり、留意すべきポイントを4点紹介します。

4. 価値創造ストーリーの可視化にあたって留意するポイント

(1)「戦略プランニング」および「戦略クラフティング」の視点を持つ

価値創造ストーリーは、企業が価値向上施策を検討する起点となるものであり、可視化の際には「戦略プランニング」という戦略策定の考え方が活用できます。具体的には、ビジョンの実現によってもたらされる価値として想定される将来(例えば10年先の市場環境や社会環境)を仮定し、そこから現在までの最適な道筋をバックキャストの視点で捉えることが、価値創造ストーリーを描く上で重要となります。

ただし、不確実性の高い時代において、実際に10年先まで通用する価値創造ストーリーを描ききることは容易ではありません。運用する中で、価値創造ストーリーそのものを適時見直す必要があります。その際に重要となる考え方が、「戦略クラフティング」です。「戦略クラフティング」とは、「戦略プランニング」と対照的な戦略策定手法として経営学者であるヘンリー・ミンツバーグが提唱したものです。目的を明確にして逆算的に最適かつ最短の道筋を描くことを「戦略プランニング」と呼ぶのに対し、「戦略クラフティング」は、活動を通じて現在の社内外の環境を捉え、ビジョンを価値観として前提に置きながら適時柔軟な対応を行います。急速かつ想定外に環境が変化しうる昨今、価値創造ストーリーは世の中の状況と乖離していく可能性があります。「戦略プランニング」および「戦略クラフティング」の視点を持ち、価値創造ストーリーの可視化、見直しを行うことで、その実用性や競争優位性を維持することができます。「戦略クラフティング」を経営管理に取り入れる方法の一つとして、変化の速い状況において有効とされるOODAループ(Observe:観察、Orient:情勢判断、Decision:決定、Act:行動)の活用があります。1年や四半期といった形式的なタイミングではなく、継続的に課題を発見・解決しながら環境の変化に迅速に対応し、価値創造を実現する仕組みの構築が可能となります。

(2)「戦略目標」を具体化する

前述の通り、「戦略目標」は価値の創出に向けてどのような戦略や取り組みを採るか示すものです。「戦略目標」を軸に投資対象となる活動の特定や優先順位付けを行うため、取り組みの方向性まで「戦略目標」を具体化することが望ましいといえます。例えば、「脱炭素に向けたGHG(温室効果ガス)排出量低減」という目標だけでは、どのようにGHG排出量を低減させるのかが不明瞭です。「ゼロエミッション生産拠点の拡大」のように、もう一段具体化することでその達成に必要なアクションが明確になります。

(3)バリューチェーンを意識したKSFの洗い出し

「戦略目標」を達成するために必要な「ドライバー」を洗い出す際、販売、生産といったバリューチェーンにコーポレート機能を加えた企業活動のプロセスを軸に考えることも有効です。顧客や社会に対する価値に直接的に関与しうる下流から上流に向け、販売→生産→開発→企画→コーポレートといった流れで上位階層の達成に必要なKSFを段階的に抽出することで、因果関係の飛躍を防ぎ、かつ実際の事業活動につなげることが容易となります。

参考として、「ドライバー」を特定するステップについて図表のサンプルを例に取り説明します。サンプルでは戦略目標に「革新的モノづくりソリューションの開発」が設定されています。革新的なソリューション開発のKSFとして、社内の知識・ノウハウを活用・蓄積するための社内外コラボレーションが必要と考えられるため、「製造/販売/開発横断でのコラボレーション促進」「オープンイノベーションの促進」を「ドライバー」として定義します。さらに開発に至る前段として、コラボレーションに持ち込むコンセプト企画が必要になるため、「新しい顧客価値を生むソリューション企画」を「ドライバー」として定義できます。同様の考え方で上流のプロセスに向かって連鎖的に「ドライバー」を整理し、最終的に「ダイバーシティの推進」「チャレンジできる環境づくり」のような企業文化に関する「ドライバー」にまで多層的にその因果関係を整理します。

(4)網羅性にこだわりすぎない

前章で、因果関係の飛躍を防ぎつつ「ドライバー」を洗い出すよう述べましたが、一方で、「ドライバー」を網羅的に洗い出すことにこだわりすぎないよう注意する必要があります。戦略目標に照らして、より重要性の高い「ドライバー」に絞ること、加えて限りある経営資源を有効活用するためのクリティカルパスを意識することで、より効率的・効果的に重要施策を特定することが可能となります。

5. 価値創造経営管理の検討タイミング

ここまで非財務情報を含めた価値創造経営管理について、その重要性や構築のポイントを述べました。昨今の経営環境の変化から変革が求められると述べましたが、非財務情報のマネジメントは全く新しい経営アジェンダではなく、すでに構想・推進している取り組みと連携・整合しながら進めるべきであると考えられます。

例えばすでに経営管理の見直しやシステム刷新などの取り組みに着手している場合は、経営管理の構築・運用といった点において重なる検討項目が多く、非財務情報のマネジメントについてスコープに含めて経営管理のあるべき姿について考える良いタイミングと考えられます。また、非財務情報に関するトレンドとして、いくつかの企業で優先施策として位置付けられていることの一つにTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)などのEU地域を中心に義務化が予定されている非財務情報開示に関する提言・指針への対応があります。これには、規程を踏まえて開示する非財務情報の選択や、情報収集にあたっての基盤整備、適時・適切な開示のためのプロセス構築などが含まれます。価値創造経営管理の構築・運用においても管理する非財務情報の選択や基盤整備など、検討項目について重なる部分が存在し、法令対応と価値創造経営管理の構築について、連携しながら推進することで効果性・効率性を担保するとともに、会社全体の取り組みとして一貫性を持たせることができます。なお、企業によっては非財務情報の開示について、財務情報の管理部門とは別の部門が対応を推進するケースがあり、非財務情報の開示対応とそのマネジメントを統合的に考えるにあたっては部門をまたぐ体制づくりが求められる点に留意が必要です。

6. 最後に

本稿では、非財務情報のマネジメントを実現するための「価値創造経営管理の構築ステップ」と、そのStep.1である「価値創造ストーリーの可視化」について説明しました。

後編では事業活動の成果として非財務情報を管理するために必要なKPIの設定および、その運用方法について論じます。今回整理した価値創造ストーリーに沿って持続的な価値創造を実現するために、活動をどのように評価して改善につなげるべきか、KPI設定時の留意点や具体的な活用イメージについて説明します。

執筆者

矢尾 優樹

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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小池 亮

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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興梠 美羽

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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