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2023-02-03
2022年は企業活動にとって波乱の1年でした。コロナ禍の収束と経済活動の正常化が期待された年初でしたが、2月のロシアによるウクライナ侵攻により状況は一変しました。ウクライナ紛争は、サプライチェーン寸断やエネルギー価格の高騰、食料供給の危機をもたらし、景気減速や政情不安が世界に広がりました。
2023年もさまざまな地政学リスクが待ち構えています。インフレの継続や中央銀行の利上げによる景気減速や内政混乱、米中露の大国間競争に伴う軍事衝突や経済分離、国内世論にまで影響を及ぼす影響力工作(Influence Operations)、経済安全保障やハイテク覇権をめぐる産業政策競争など、事業環境を左右する多くのマクロ要因が存在します。日本では、昨年に成立した経済安全保障推進法や改定された安全保障戦略(「安保3文書」)を受けて、経済安保や防衛力強化の取り組みが加速します。
実際、PwCが2022年10~11月に実施した第26回世界CEO意識調査では、インフレ、マクロ経済の変動、地政学的紛争などが主要リスクに挙げられており、CEOの73%が今後12か月間で世界経済が減速すると悲観的な見方を示しています。
新たな1年を迎えるにあたり、企業はどのような地政学動向を注視するべきなのでしょうか。本コラムでは、地域ごとに主要な地政学リスクとその事業影響を解説します(図表1を参照)。
中国においては共産党統治の維持こそが究極の目的であり、経済政策などはその手段として位置づけられます。1期目および2期目の習近平政権では「政治安全保障(=共産党統治の維持)」を含めた「総体的安全保障観」に基づく政策執行がなされました。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)蔓延による社会不安を抑える目的でゼロコロナ政策が取られていましたが、これに対するデモが広がると一変してウィズコロナに政策転換し、社会の安定を図ったことにもこのことが表れています。3期目の習近平政権でも「総体的安全保障観」に基づく政策執行が続くことが予想されます。マクロ経済政策の不安定性や、国内産業・企業の優遇および外資企業からの技術窃取に関する懸念があり、中長期的な中国市場の見通しについて再検討が必要となるでしょう。
韓国では5年ぶりに保守系の尹錫悦大統領が政権を取ったことで、対日・対米関係に改善傾向が見られます。昨年末に公表された「インド太平洋戦略」報告書では、「台湾海峡の平和と安定が朝鮮半島の平和と安定に重要」との認識が示され、対中政策に関しても日米と歩調を合わせた調整がなされています。このため中国による韓国企業へのハラスメントが懸念されます。一方で、半導体に関して韓国企業は先進メモリ生産を中国にある自社工場に依存しており、米国との協力には前向きな姿勢を見せていません。米中に挟まれた韓国は政策の一貫性に限界があり、日韓間での企業協力もマクロ環境という点では前政権時と変わらない脆弱性にさらされるでしょう。
昨年末の統一地方選挙を終えて、台湾では既に来年初の総統選挙に向けた駆け引きが各党で始まっています。2023年1月時点では、国民党を含めて主要な候補者はいずれも対米・対日関係を重視する調整がなされており、習近平政権を満足させるような対中政策を取ると予想される人物はほとんどいません。習近平政権は総統選挙結果にかかわらず、台湾に対して圧力を強め、①武力を背景に統一を迫る政策(以武促統)、②(国民党を通じて間接的に行うのではなく)利益誘導などによる直接的な親中派の涵養、③台湾と日米を離間させる影響力工作を継続させるでしょう。短期的な武力侵攻の可能性は低いものの、緊張した中台関係という環境は残ります。
2022年は、日本の安全保障政策が新たな次元に突入した転換期であったと言えます。5月には経済安全保障推進法が成立し、12月には今後10年程度の外交・防衛政策の基本方針を示す「国家安全保障戦略」、今後10年間の防衛力強化目標を示す「国家防衛戦略」、今後5年間で整備する装備品やその予算などを示す「防衛力整備計画」からなる安保3文書が閣議決定されました。経済安全保障推進法は、各国が経済的手段を通じて政治・安全保障上の利益を追求する動きを受け、日本としても、供給網強化やインフラ強靭化による「戦略的自律性」と、技術優位性の確保による「戦略的優位性・不可欠性」を保持することで経済の安全を保障すると同時に、経済面からも安全保障を強化しようというものです。①重要物資の供給網強化、②基幹インフラの安全性確保、③先端技術の研究推進、④機微技術の非公開特許の4本柱からなります。2023年においては、4本柱それぞれの分野でより詳細な基本指針(ガイドライン)の策定が予定されており、関連する企業は対応を検討しなければなりません。安保3文書ではミサイル発射の兆候が明らかな敵基地を叩く反撃能力の保有が明記されるなど、日本も盾と矛のうち矛の役割を担うことが示されました。また防衛費の増額にあたっては増税も検討されており、どのような制度が構築されるのかをめぐった論戦が2023年には繰り広げられるでしょう。
バイデン政権は、戦略的重要技術・物資をめぐり、経済的合理性ではなく安全保障を優先して対中デカップリングを推し進める姿勢を取っています。特に、コンピューティング(半導体、量子、AIなど)、バイオ技術・製造、クリーンエネルギーを重点分野としており、2023年にかけて輸出規制や投資規制などを強化する見込みです。こうした分野に従事する企業はその動向を注視し、事業影響の分析や対応策の検討を行う必要があるでしょう。
2022年11月の中間選挙で共和党が下院を獲得し、ねじれ議会となったことで、環境やインフラ、移民、社会保険など重要課題をめぐるバイデン政権の法案が成立することが極めて難しくなりました。一方、共和党によるバイデン政権関係者の失政をめぐる調査や、下院共和党内の派閥対立に起因した議会の機能不全が予想されます。年内に期限を迎える連邦政府の債務上限引き上げをめぐり民主・共和両党の折り合いがつかず、経済にマイナス影響が及ぶ恐れもあり、その動向が注目されます。
激化する米中デカップリングに加え、2022年に米国で成立したCHIPSおよび科学法やインフレ抑制法に含まれる半導体・EV・クリーンエネルギー関連の供給網強化施策を背景に、製造拠点を隣国のカナダやメキシコに移転する動きが加速するでしょう。特にメキシコは、安価で大きい労働市場や米国との物流の利便性、リチウムなど鉱物資源があり、半導体(特に後工程)やEVバッテリー、製薬品の製造拠点として期待を集めています。しかし、オブラドール政権によるエネルギー分野の国営企業優遇やそれに伴う米メキシコ間の貿易摩擦、メキシコ国内の治安の悪さなども存在するため、生産拠点移管にあたっては、企業は政治リスクを考慮することが求められます。
バイデン政権は2021年12月に「民主主義サミット」を主催し、それに合わせて人権侵害に悪用されうる品目に関する輸出規制の枠組み「輸出管理・人権イニシアチブ」の立ち上げを発表しました。今年3月29日~3月30日、米国はオランダなどと第2回サミットを共同開催する予定です。これに合わせ、新たな人権関連規制が発表される可能性もあり、顔認証技術や監視システムなど規制対象となりうる品目を扱う企業は注視が必要です。
2022年2月に開始したウクライナ紛争は、停戦の糸口が見えず長期戦となるリスクが増しています。ウクライナ東部ドンバス地域とクリミア半島の支配を最低ラインとするロシアに対し、ウクライナはこれら地域の奪還を掲げており、和平交渉の着地点が見えていません。米国や欧州諸国は、対空ミサイルや戦車など武器提供を拡大しており、ウクライナは戦闘を続ける姿勢です。米欧が攻撃用兵器をウクライナに提供したり、ウクライナがロシア本土への攻撃を拡大した場合、ロシアがNATO加盟国を直接軍事攻撃したり、核兵器使用に走ったりする可能性が低いながらも存在し、欧州域内では、特にサイバー攻撃やインフラ破壊工作のリスクにも注意を払う必要があります。
欧州諸国はロシアに対し、現時点で9弾に及ぶ制裁を科してきました。欧州経済にも痛みを与えるロシア産原油やガスの輸入制限などの施策にも踏み込んでおり、今後もロシアとの経済的デカップリングは進むと考えられます。ロシア側も報復として、欧州へのエネルギー供給量を操作し、こうした攻防に伴う欧州でのエネルギー供給不安は今後も継続すると考えられます。足元のエネルギー供給確保のため、EUおよび加盟各国は、ロシア産を代替するエネルギー資源確保と活用に動いています。脱炭素の大目標自体は変わらず、カーボンニュートラルに至るスケジュールや道行きに変化が生じています。
EUはグリーン、デジタル分野を重点として産業政策を進めてきました。米国が2022年にインフレ抑制法(IRA)で打ち出した北米産電気自動車への税制優遇に対し、欧州諸国は、欧州からの自動車産業の流出につながるとして強い反対を示しました。米国への対抗策として、加盟国に適用されるEUの産業補助金ルール緩和と域内産業支援拡大に向けた議論が行われています。さらに、EUは、デジタル分野でも米国を中心とするIT大手企業への対抗策を打ち出しており、各種支援策によるEUのデジタル産業育成と共に、米国などのIT大手企業による独占的地位の獲得阻止を継続すると考えられます。
中国に対しては特に、EUと中国の包括投資協定(CAI)の承認に向けた議論の是非や、欧州委員会が2022年に提案した強制労働産品の禁輸法案について議論が行われています。加盟国レベルでは、中国への経済的依存脱却について認識が高まっており、特に、夏に決定予定のドイツの新たな対中戦略は注目を要します。また、中国への技術流出を阻止するため、対中半導体輸出規制をめぐる米国からの協調要請、欧州企業による対中投資の規制強化などについても、検討が進む見込みです。
ASEANの結束を揺るがすミャンマー情勢という問題がありますが、域外からも米中間での東南アジア各国をめぐる駆け引きという圧力が存在します。昨年末の首脳会談を経た米中は、短期的に直接的な対立よりも、特に東南アジア・南アジア・大洋州地域諸国を自らの陣営に取り込む競争を繰り広げると考えられます。安全保障面では、フィリピンの親米回帰により南シナ海での対立が再顕在化する可能性が低いながらも存在します。経済面では、中国の一帯一路やグローバル開発イニシアチブといった構想を受けて米国がどう巻き返せるのかという競争が、東南アジア地域において顕在化するでしょう。
中国の賃金上昇や米中デカップリングの進展に伴って、製造業を中心に大手企業のインドシフトが進んでいます。しかしながら、中国とは異なる政治体制であるとはいえ、インドも相当に政治的なリスクを抱えています。まず、ヒンドゥー教徒に政治上の優先的地位を与え、ヒンドゥー教の規範を政治に反映させるヒンドゥー至上主義の台頭があります。モディ政権においてはマイノリティに対する差別と抑圧が高まっています。さらに、経済成長に伴って排外的なナショナリズムも表面化しつつあり、それは「教師面」をする欧米への不満という、中国と似た論理を内包するものとなっています。このような排外的ナショナリズムは対外関係にも影響を与え、「親露反中」路線は兵器購入という戦略的な側面だけでなく、大衆からも支持されるものとなっています。一方で、周辺国においては伝統的な宗教対立の枠組みだけでなく、大国として台頭するインドの脅威を受けた反インド感情も生まれています。これらはチャイナリスクと似た構造をかかえており、中長期的には「インドリスク」が発生する可能性に留意が必要です。
中南米では、2018年にメキシコ、2019年にアルゼンチン、2021年にペルー、チリ、ホンジュラス、2022年にコロンビア、ブラジルと左派政権が誕生し、2000年代の「ピンクの潮流」が再来したとも言われています。しかし、コロナ禍やウクライナ紛争を背景とした景気悪化や汚職などをめぐる政治混乱で、各国の政権運営が困難になっています。2023年は、中央銀行の利上げなどを背景とした経済減速による政治混乱や治安悪化、利上げによる米ドル建て債務拡大に伴う左派的財政出動への制約、アルゼンチン10月総選挙におけるフェルナンデス政権の苦戦ないしは失脚など、事業環境の不透明性が増すリスクが存在します。
エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラ、ニカラグアにおいて権威主義や汚職が拡大傾向にあります。エルサルバドルのブケレ政権は、コロナ禍のロックダウン措置を通じて行政の権限を拡大させ、2022年3月には治安維持の一環として非常事態を宣言し、市民への取締りを大幅に強化しました。同年12月には、ホンジュラス議会がギャング対策の一環として非常事態を宣言し、一部地域で憲法上定められている権利を一時停止しました。これを背景に、米国やメキシコなどへの移民が増加しており、やそれに伴う受入国の治安の悪化も指摘されています。民主主義の後退に歯止めがかかる見込みは薄く、2023年も同問題が悪化するでしょう。
南米の国々は、リチウムや銅といったEV製造などに必要な鉱物を豊富に有しており、近年、資源採掘の投資が増加傾向にあります。また、アマゾン森林破壊などで国際的批判を受けていたブラジルのボルソナロ大統領に代わり1月に就任したルラ大統領は、2025年COP30のアマゾンでの開催に意欲を示すなど、環境保護の姿勢を打ち出しています。一方で、事業環境の悪さや法規制の不透明さなどが資源開発の進展に影を落とす可能性や、景気後退や政治混乱を背景にルラ政権がどこまで環境政策を打ち出せるか未知数な部分があり、今年、中南米でグリーン経済が進展するか注目されます。
イランと欧米の核合意再建に向けた協議は停滞状態にあり、イランの核開発制限と対イラン制裁解除は早期には見込めない状況が継続します。2022年末、右派のネタニヤフ元首相がイスラエルの首相に返り咲きました。新政権下では、パレスチナとの緊張が高まるだけでなく、イラン敵視政策の復活も懸念されます。こうした中、欧米から経済制裁を受けるロシアは、軍事や経済面でイランとの協力を深めています。欧米とロシアの対立がアラブ諸国やイスラエルとイランとの対立も先鋭化させることが懸念されます。
エネルギーのロシア依存から脱却するため、欧州諸国は中東・アフリカ諸国からの原油・ガス輸入や、化石燃料資源開発への投資を増加させています。その結果、産油国の国際的な発言権は強まっており、こうした国々は当面の資源開発を進めつつ、資源輸出と引き換えに、新エネルギー関連技術の輸入や新産業の育成支援などを進めていくと考えられます。他方、ナイジェリアなど北部アフリカでの宗教勢力による暴力やエチオピアにおける内戦など、アフリカ地域の内政不安定は継続しており、2022年にケニアやブルキナファソで見られたように、選挙に伴う混乱やクーデターによる突然のビジネス環境変化といったリスクも存在します。
ウクライナ紛争に伴い、ロシアやウクライナから穀物を輸入していた中東・アフリカ諸国に供給不安が広がりました。穀物輸出継続のための黒海の穀物回廊合意は4か月ごとに延長する必要があり、ロシアが合意履行の停止や延長反対の意向を表明すれば、穀物価格の急騰につながるリスクが残っています。また、2023年も欧米でのインフレと金融引き締め政策は続くと予想されています。これらは通貨安、輸入物価上昇をもたらすことで、経済のファンダメンタルズが脆弱な新興国にマイナスの影響を与えやすく、特にエネルギーや食糧の輸入国において、物価高騰と経済不振が政情不安につながるリスクが継続します。
PwC Japanグループが2022年8月に実施した日本企業の実態調査では、約8割の企業が地政学リスクが近年増加傾向にあり、経営戦略上重要であると回答しています。上述のように、2023年もさまざまな地政学リスクが各地域で予想されます。足元のこうしたリスクを踏まえ、自社への悪影響を最小化する対応を検討していく必要があるでしょう。次回以降のコラムでは、上記の地政学動向をそれぞれ取り上げ、その詳細や事業影響を解説します。