連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

半導体の地政学(前編)

  • 2024-03-25

<本稿のポイント>

  • 半導体をめぐり、主要国は「Protect」(重要技術の保護)、「Promote」(自国産業の強化)、「Partner」(他国との連携)の観点から技術確保や生産拡充の施策を取っている。
  • 米国主導の対中規制が拡大する中で、中国が先端半導体を継続的に国産化・量産化するのは難しい一方、レガシー領域での中国勢のシェア拡大を止めるのは難しく、西側諸国の対中依存拡大が懸念される。
  • 主要国による半導体工場誘致合戦は半導体メーカーにとって投資機会の増加、半導体調達企業にとって調達先の拡大などの恩恵につながるが、補助金受領に伴う中国事業に係る制約や国産化に伴う調達コスト増、過剰投資によるバブル発生などのリスクもある。
  • 総じて、中国半導体産業の発展の全面的な阻止、各国・地域における自己完結型の供給網構築は非現実的であり、官民において「デリスキング(リスク低減)」に向けた現実解としての対中規制や産業政策、供給網戦略が求められる。

半導体をめぐる地政学的競争が加速しています。「産業の米」と呼ばれる半導体はスマートフォンやパソコンなどの民用製品から、戦闘機やミサイルなどの防衛装備品にまで幅広く使われており、経済と安全保障の両面において戦略的物資に位置付けられます。半導体の技術覇権や調達確保をめぐり、米国や中国、日本、欧州などが争いを繰り広げています。

本稿では、こうした半導体をめぐる地政学や経済安全保障の動向を概観し、半導体関連企業における機会およびリスク、企業対応上の検討点を解説します。

半導体産業の基礎知識

地政学や経済安全保障の動向を議論する前に、まず半導体の種類や用途、技術動向、サプライチェーン構造をおさらいします。

半導体の種類と用途

半導体の種類は多種多様です。主な分類として、①ロジック、②メモリ、③アナログ、④センサ、⑤パワーが挙げられます。

データ処理を行う①ロジック半導体は集積回路(IC)とも呼ばれ、電子機器の頭脳に相当するCPU(中央演算処理装置)や、膨大な計算を行うことができ、画像処理や人工知能(AI)などに使用されるGPU(画像処理装置)などが存在します。ロジック半導体の処理能力向上に向けて、半導体メーカー各社は回路の微細化でしのぎを削っており、後述するとおり、各国は微細化された先端半導体の技術・生産をめぐって輸出規制や産業政策を次々と打ち出しています。また、AI技術の急速な普及に伴い、AIに使用されるGPUをめぐる国家間競争が同様に見られます。

②メモリは文字どおりデータ保存に使用され、代表的なものにDRAMやNAND型フラッシュメモリがあります。③アナログ半導体はセンサで取り込んだ光や熱、音声、振動などのアナログ信号をデジタル信号に変換するために使われ、スマートフォンや自動車などで広く利用されています。④センサは人の五感のような機能を果たし、温度や圧力などを測定します。⑤パワー半導体はICではなくディスクリート(個別半導体)に分けられ、電流や電圧の制御が行える特性から、モーターの作動や発電、送電の用途で利用されています。

社会のデジタル化やAIの普及、データセンターの拡大などに伴い、半導体の需要は拡大傾向にあります。国際半導体製造装置材料協会(SEMI)によれば、半導体市場規模は2023年の1,000億米ドルから2030年には1兆米ドルに増加する見込みです*1

半導体のサプライチェーン構造

半導体のサプライチェーンは世界に広がっており、一部の国や企業がチョークポイントを握っているため、多くの地政学リスクを抱えています。

具体的に、半導体の製造工程は設計、前工程、後工程に大きく分けられます(図表1参照)。設計から後工程まで一貫で行う垂直統合型デバイスメーカー(IDM)、設計のみ行うファブレス、前工程のみ行うファウンドリ、後工程のみ行う外部委託半導体組立てテストメーカー(OSAT)といったように、企業によって担当領域が変わります。半導体製造には非常に多くの素材や装置が使われており、前工程と後工程で使用される装置も異なります。

半導体の工程ごとに高いシェアを持つ国々は異なります(図表2参照)。例えば、EDAやコア知的財産(IP)の分野では米国と欧州が合わせて世界シェア9割を占めており、米国企業3社がEDA市場の約7割を占めています。後述する米国の対中半導体輸出規制は、これら米国製EDAソフトウェアを用いて設計された先端半導体を規制対象にすることで、台湾など他国で製造された半導体製品の対中販売を制限しています。

製造装置では、米国、欧州、日本が合わせて9割以上のシェアを占めています。特に、最先端ロジック半導体の製造に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置は、欧州企業1社しか製造することができません。また、同じ会社が先端半導体製造に使われる高性能の遠紫外光(DUV)液浸露光装置のシェアの9割以上を占めています。米欧日は自ら高いシェアを持つ製造装置の対中輸出を規制し、中国半導体産業の技術発展を防ごうとしています。

日本企業は一部の製造装置や材料で高いシェアを持ちます。前工程で使われるコータデベロッパや洗浄装置、後工程で使われるウエハープローバ、ダイサ、グラインダなどは8~9割のシェアを占めています。同様に、パッケージ用のビルドアップ材やソルダーレシスト、モールドやアンダーフィルといった後工程材料でも一部の日本企業が世界トップシェアを誇っています*2

ロジック半導体の種類別に国・地域のシェアを見ると、10ナノメートル(nm)以下の先端半導体の9割以上が台湾で製造されています。それ以外の半導体の多くは韓国や日本など東アジアの国々で作られています(図表3参照)。そのため、台湾をめぐる軍事衝突によって供給網が寸断されることが懸念されており、西側諸国による半導体製造拠点の多角化が進んでいます。また、中国がレガシー分野のロジック半導体(28nm以上)で約2割のシェアを有し、それが近年上昇傾向にあることから、西側諸国は対中依存拡大を防ぐための措置も検討しています。

半導体をめぐる地政学・経済安保の動向

半導体の技術や生産の確保をめぐり、米中などの主要国はどのような施策を打ち出しているのでしょうか。西側諸国の対中デリスキングの取り組み、中国による対抗策を順に見ていきます。

西側諸国の取り組み

半導体をめぐっては、トランプ政権が「デカップリング(経済分断)」を掲げ、対中半導体輸出規制などを打ち出したことが記憶に新しいでしょう。その後、バイデン政権は欧州や日本と協力して「デリスキング(リスク軽減)」の方針を打ち出し、輸出規制など対中規制の拡大や半導体生産拡充に向けた産業政策を進めています。

こうした取り組みは、重要技術などの相手国への流出を防ぐ「Protect」、自国の技術・生産優位性を確保する「Promote」、上記の取り組みを他国と連携して行う「Partner」という、米日EU政府が掲げる経済安全保障の3つの柱に分類することができます(図表4参照)。

「Protect」の取り組みで代表的なものが輸出管理です。トランプ政権時代に本格化した対中半導体輸出規制は、当初、最先端半導体(10nm以下のロジック半導体、5G対応SoCなど)やその製造に使用される製造装置(EUV露光装置など)、設計ソフト、これらの装置やソフトを用いて海外で直接製造された半導体製品を対象としていました。規制対象の中国企業も安全保障上懸念のある大手テック企業や、技術発展が懸念される一部の中国半導体大手に限られていました。

バイデン政権は同規制を強化し、2022年10月、2023年10月と相次いで新たな規則を打ち出しました。2022年10月の規則では、規制対象を先端半導体(14/16nm以下のロジック半導体、18nmハーフピッチ以下のDRAMメモリ、128層以上のNANDフラッシュメモリ)まで広げたほか、先端コンピューティング(AIなど)やスーパーコンピューターの半導体製品、関連する製造装置やソフトウェアも規制対象に加えました。先端半導体の開発・生産を最終用途とする場合の製造装置販売を規制対象とし、中国における先端半導体開発・製造への米国人の関与も制限することで、規制範囲は大幅に拡大しました。同盟国連携という「Partner」の観点では、日本とオランダが米国の要請の下、自国が高いシェアを持ち、先端半導体製造に必要な製造装置(DUV液浸露光装置、デポジション、エッチングなど)について輸出規制を行い、対中包囲網を形成しています*3

一方で、同規制の発表後、規制に対応した新AI半導体製品を米国企業が中国向けに販売したり、中国大手テック企業が7nmの先端半導体を搭載した新型スマートフォンを発表したり、中国半導体メーカーが第3国経由で規制対象品目を入手したりと、新たな問題が発生しています。2023年10月の規則はこれらの問題に対応するためのもので、AI半導体の規制範囲を拡大した他、上記の7nm半導体の製造に使用されている1~2世代旧式のDUV液浸露光装置の規制追加や、中国以外の国への輸出の許可申請導入などを行っています*4

輸出規制の他にも、米日欧は対内投資管理体制を強化し、中国など他国が自国の半導体企業を買収し、技術やシェアを獲得しないよう規制の網を広げているほか、自国企業が半導体分野で中国などに投資しないよう、対外投資規制の導入も進めています。先行する米国は、2022年8月に成立したCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)の下で補助金を受ける事業者が、中国など懸念国で半導体製造能力を拡大できないよう制約を設けています。2023年8月発布の大統領令で半導体、AI、量子の分野で米国人(外資企業の米国法人、米国企業の海外法人、米国企業支配下の海外企業を含む)が中国などに対外投資を行うことを制限する方針を打ち出しており、今後規則策定・施行が予定されています*5。日本や欧州も規制導入の必要性で米国と合意しており、将来的には同様な規制が敷かれる見込みです。

「Promote」の観点では、各国が国内半導体産業振興に向けて大型の産業政策を打ち出しています。米国では、半導体工場誘致や研究開発支援に総額520億米ドルを投じるCHIPSプラス法が成立した後、総額2,200億米ドル以上、70件の新規事業が発表されています*6。その中には、台湾や韓国の大手半導体メーカーによる先端半導体工場の新設も含まれ、同盟国との連携である「Partner」の側面が見られます。

日本は2022年5月に成立した経済安全保障推進法において、半導体をサプライチェーン強化対象の特定重要物資に指定し、2021年度補正予算で約7,700億円、2022年度補正予算で約1.3兆円、2023年度補正予算で約1.5兆円と矢継ぎ早に公的支援を打ち出しています。日本の場合、自動車や産業機械向けのレガシー半導体へのニーズが高く、台湾と日本のメーカーが協力して熊本を拠点に同分野での工場新設に動いています。加えて、2nmの最先端半導体の日米共同開発や、光電融合技術を活用した半導体の日米韓共同開発といったプロジェクトも進行しています*7

EUでは、現在10%に留まる半導体生産シェアを2030年に20%まで高めるべく、官民合わせて430億ユーロを投じる欧州半導体法が2023年7月に成立しました*8。先端半導体分野に注力する米日などに比べ、EUは主要産業でありグリーン移行の観点からも重要な自動車産業・EV生産向けの車載半導体に注力をしています。既に、台湾の半導体メーカーと欧州の車載関連企業が連携して、車載半導体工場をドイツに新設する計画が発表されています。

中国の取り組み

西側諸国の各種規制を受ける中国は、「Promote」という観点で、半導体の自給自足向上に向けた大規模な施策を実施しています。中国製造2025(2015年発表)では、自給率を2020年に40%、2025年に70%とする国家目標が打ち出されており、国家集成電路産業投資基金の下で2014年に第1期目として1,400億元、2019年に第2期目として2,000億元が投資されています。「Partner」という点では、世界最大の半導体市場である中国に対して台湾や韓国、米国の半導体メーカーが進出しており、生産体制を確立しています*9

こうした試みにも関わらず、米国の調査会社IC Insightsによると、中国の半導体自給率は16.7%(2021年)に留まり、その内訳は中国企業が6.6%、外資企業が10.1%と低水準です*10。同じ試算によると、2026年の自給率は21.2%となる見込みで、国家目標とは程遠い状況です。また、上記で見たとおり、先端半導体の世界シェアは皆無に等しく、7nm半導体生産などが注目を集めているものの、台湾や韓国などとの差は大きいのが現状です。

中国としても、事態打開に向けて対抗策を打ち出しています*11。対中規制や中国経済減速の影響で業績悪化などが見られる中でも、多くの中国半導体メーカーは研究開発投資を増やしています*12。AI半導体の輸出規制対象追加を受けて、中国テック企業はAI半導体の自社開発に注力しており、中国産AI半導体への調達切り替えの動きも見られます*13。中国が従来製造可能なレガシー半導体に注力するプレイヤーも出てきているほか、対外依存度の高い製造装置の分野でも自給自足に向けた動きが加速しています*14

中国政府はこうした取り組みを支援するため、3,000億元規模の追加支援を検討していると報じられています*15。中国では半導体専門人材が約20万人不足していることから、政府支援の下で人材育成の大学プログラムが拡大されており*16、海外研究機関で経験を積んだスキル人材の招致も行われています*17

一方で、米国主導の対中規制の拡大に反発し、中国は自らがチョークポイントを握る重要物資や技術の輸出規制も行い始めています。2023年8月には半導体製造などに使用されるガリウムとゲルマニウムの輸出を許可制とし、同年12月にはEVの主要材料であるグラファイトも許可制としました。半導体・EV関連企業においては在庫備蓄などもあり、直近で目立った影響は見られないものの、今後、規制運用の厳格さによっては中国からの輸入が途絶え、各社の生産体制に影響が及ぶことが懸念されています。

後編はこちら

*1 SEMI, “Shaping A Sustainable $1 Trillion Era,” December 11, 2023,
https://www.semi.org/en/blogs/semi-news/shaping-a-sustainable-%241-trillion-era

*2 EE Times「半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~『日本人特有の気質』が生み出す競争力」(2021年12月14日)
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html

*3 詳細はPwC「加速する米中デカップリング:米国主導の対中半導体輸出規制とその事業影響」(2023年4月3日)を参照。
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/geopolitical-risk-column/vol4.html

*4 Department of Commerce, “Commerce Strengthens Restrictions on Advanced Computing Semiconductors, Semiconductor Manufacturing Equipment, and Supercomputing Items to Countries of Concern,” October 17, 2023,
https://www.bis.doc.gov/index.php/documents/about-bis/newsroom/press-releases/3355-2023-10-17-bis-press-release-acs-and-sme-rules-final-js/file

*5 The White House, “Executive Order on Addressing United States Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern,” August 9, 2023,
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2023/08/09/executive-order-on-addressing-united-states-investments-in-certain-national-security-technologies-and-products-in-countries-of-concern/

*6 Semiconductor Industry Association, “The CHIPS Act Has Already Sparked $200 Billion in Private Investments for U.S. Semiconductor Production,” December 14, 2022,
https://www.semiconductors.org/the-chips-act-has-already-sparked-200-billion-in-private-investments-for-u-s-semiconductor-production/

*7 経済産業省「半導体・デジタル産業戦略」(2023年6月)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/semiconductors_and_digital.pdf

*8 European Council, “Chips Act: Council Gives Its Final Approval,” July 2023,
https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2023/07/25/chips-act-council-gives-its-final-approval/

*9 JETRO「台湾および韓国から見た中国半導体産業」(2023年12月20日)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0101/eb7eb847ba9d8047.html

*10 IC Insights, “China-Based IC Production to Represent 21.2% of China IC Market in 2026,” May 18, 2022,
https://www.icinsights.com/news/bulletins/chinabased-ic-production-to-represent-212-of-china-ic-market-in-2026/

*11 Paul Triolo, “A New Era for the Chinese Semiconductor Industry: Beijing Responds to Export Controls,” American Affairs Journal (February 2024),
https://americanaffairsjournal.org/2024/02/a-new-era-for-the-chinese-semiconductor-industry-beijing-responds-to-export-controls/

*12 日本経済新聞「中国半導体、減益でも研究開発に積極投資 国産化急ぐ」(2023年9月11日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM08AF30Y3A900C2000000/

*13 日本経済新聞「中国IT大手、国産AI半導体へ切り替え急ぐ 米規制受け」(2024年2月2日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2453V0U4A120C2000000/

*14 Jessica Tsai and Jingyue Hsiao, “China Doubles Localization Rate for Chipmaking Equipment, Reportedly over 40%,” DigiTimes Asia, September 22, 2023,
https://www.digitimes.com/news/a20230922PD200/china-ic-manufacturing-equipment.html

*15 ロイター「中国、新たな半導体ファンド設立へ 400億ドル規模=関係筋」(2023年9月5日)
https://jp.reuters.com/markets/japan/GWB7WLKPXBO3PA6DADI7IX7RRI-2023-09-05/

*16 ロイター「アングル:中国、半導体人材の獲得強化 米規制で需要急増」(2023年3月31日)
https://jp.reuters.com/article/idUSKBN2VV03J/

*17 ロイター「焦点:中国『千人計画』が衣替え、国外技術者の獲得作戦続く」(2023年8月27日)
https://jp.reuters.com/economy/industry/REUV3Q2ALBO5BBH3CDEFRIDMEQ-2023-08-26/

連載コラム 地政学リスクの今を読み解く 半導体の地政学(前編)

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執筆者

南 大祐

マネージャー, PwC Japan合同会社

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