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2023-04-03
ハイテク覇権をめぐり、米国の対中デカップリング政策が拡大しています。その最前線にあるのが半導体産業です。
バイデン政権は2022年10月、大型の対中半導体輸出規制を発表しました(以下、「2022年10月規則」)。米国は日本政府とオランダ政府に対中規制の協力を求めており、経済産業省は2023年3月31日に規制案を発表しています。
本稿では、連載コラム「地政学リスクの今を読み解く」の第3回「米中デカップリングに企業はどう備えるべきか」で議論した米中デカップリングの動向を踏まえ、米国主導の対中半導体輸出規制の内容、同規制が半導体産業に及ぼす影響、今後の展望について解説します。
米国の対中半導体輸出規制を理解するにあたっては、半導体の戦略的重要性および、半導体産業の構造を把握することが重要です。米国を含む西側諸国は半導体サプライチェーン上のチョークポイントを握っており、これらを対中輸出規制することで、軍事的および経済的な優位性を維持しようとしています。
「半導体は産業の米」と言われるほど重要な物資です。地政学においてその重要性は非常に高く、米中に加え、日本や欧州など各国がその確保をめぐって競争を繰り広げています。
半導体なくして世界経済を語ることはできません。電子機器を製造するには半導体が欠かせず、スマートフォンやIoT(Internet of Things)機器など多くの製品のデジタル化が進むにつれ、半導体の需要は伸び続けています。米国の半導体産業協会(SIA)の試算によると、2022年における世界の半導体出荷額は前年比3.3%増の5,741億米ドルで、過去最高を記録しました1。2030年までに1兆米ドルまで伸びるとの試算もあります2。
安全保障の面でも半導体は欠かせません。戦車や戦闘機、ミサイルなどの防衛装備品には多くの半導体が使われており、軍事面でも半導体の確保が急務となっています。核兵器や超音速ミサイル、自律型ロボット兵器などの最新兵器には人工知能(AI)をはじめとする先端技術が取り入れられており、これらの技術を可能にしているのも先端半導体です。
実際、半導体技術の発展や利用には軍事が関わってきました。例えば、ベトナム戦争の際、米国務省は米国半導体企業と協力して世界初のレーザー誘導爆弾を開発し、航空戦に大きな革命を起こしました3。
戦略的に重要な半導体ですが、そのサプライチェーンはグローバルに広がっていることから、多くの脆弱性を抱えています。実際、コロナ禍では半導体不足が世界的な問題となり、自動車や電子機器の生産が停止するなど、多くの事業影響が出ました。
半導体の製造工程は、設計、前工程、後工程に大きく分かれます(図表1参照)。設計自動ツール(EDA)などを用いて配線回路を設計した後、設計された電子回路をウエハー表面に形成する前工程、チップの形に切り取って組み込む後工程を経て、半導体が製造されます。
半導体製造には非常に多くの素材や装置が使われています。前工程では半導体チップを形成するウエハー、ウエハーに回路を焼き付けるときに原版として使うフォトマスク、エッチングガス、クリーニングガスなどが使われ、後工程では内部接続を行うボンディングワイヤ、外部配線との接続をするリードフレームなどの素材が利用されます。日本半導体装置協会は、製造装置を7つの大分類と35の小分類に分けており、前工程と後工程で使用される装置も異なります4。
半導体製造における付加価値の国・地域別シェアは、各過程によって異なります(図表2参照)。回路設計に使われるEDAやコアIP(知的財産)に関しては、米国と欧州が90%以上の割合を占めています。
デバイス別の回路設計過程においては、ロジック半導体は米国が7割近く、メモリ半導体は韓国が6割近く、DAO(ディスクリート、アナログ、その他)では米国が4割近くを占めています。このように、回路設計の分野では西側諸国が高いシェアを誇り、サプライチェーンのチョークポイントを握っていると言えます。
製造装置においても、米国、欧州、日本で合わせて9割以上を占めている状態です。例えば、前工程で利用される露光装置の場合、20nm(ナノメートル)以下の先端ロジック半導体の製造に必要な極端紫外線(EUV)は、欧州系企業1社がシェア独占をしています。1世代以上前の技術である遠紫外線(DUV)では、欧州系企業に加えて日系企業がシェアを占めており、それ以外に目ぼしいプレイヤーが存在しません。
日系企業は、その他多くの半導体製造装置において高いシェアを誇っています。前工程で使われるコータ・デベロッパや洗浄装置、後工程で使われるウエハー・プローバ、ダイサ、グラインダなどでは8~9割前後のシェアを占めています5。
一方で、半導体生産能力を国・地域別にみると、ロジック半導体に関しては、台湾が最先端分野(10nm以下)をほぼ独占し、韓国や米国が一部シェアを占めています(図表3参照)。それ以下の半導体の生産拠点は、台湾ないしは東アジアの国々に集中しています。そのため、台湾をめぐる軍事衝突が生じた際には、半導体の供給が寸断されてしまうことが懸念されています(本連載の第2回「高まる台湾有事リスク:日本企業に求められる対応とは」参照)。
このように、半導体製造には多くの国・地域が関わっており、その一部が寸断されただけでも生産に支障が出てしまいます。また、米欧日が製造に必要なソフトや装置のシェアを握っていることから、それらを対中輸出規制の対象とすると、中国の半導体生産能力は低下することが予想されます。
米国は対中半導体輸出規制をどのように打ち出してきたのでしょうか。規制内容を解説するにあたり、米国規制の背景にある戦略的目的から読み解いていきます。
本連載の第3回「米中デカップリングに企業はどう備えるべきか」でも触れたとおり、バイデン政権は対中デカップリング戦略として「Protect and Promote」を掲げています。半導体をめぐっては、米国などの先端技術へのアクセスを遮断し、中国の半導体産業の台頭を阻止する「Protect」と、産業政策を通じて米国の半導体産業を強化する「Promote」の2つの側面があります。
対中半導体輸出規制は「Protect」において、西側諸国が握るチョークポイントの技術の輸出を制限しています。米国政府は規制実施にあたり、半導体の軍事利用の阻止を法的理由に掲げており、そこから経済よりも安全保障を優先する姿勢が読み取れます。
重要なことに、軍事用途で使われる半導体は必ずしも最先端なものではなく、数世代古いものまで含まれます。そのため、対中輸出規制の対象は最先端以外の技術にまで及んでおり、関連企業への影響が大きくなることが想定されます。
米国の対中半導体輸出規制はトランプ前政権時代に本格化しました。具体的には、安全保障などの懸念がある中国企業に対して、主に最先端半導体や関連する製造機器の輸出を原則禁止としました(図表4参照)。
輸出管理は主にリスト品目、最終需要者、最終用途、仕向地の観点から実施されます。2022年10月規則以前は、主にリスト品目と最終需要者の観点から規制がかけられていました。
例えば、中国大手テック企業を禁輸対象である「エンティティリスト」に追加し、最先端半導体などの対象品目の販売を原則禁止としました。また、一部企業に対しては、米国由来の技術を用いて直接製造された最先端半導体(5G対応半導体など)の輸出も禁止されました6。
上記で述べたとおり、半導体設計に必要なEDAツールは米国企業がシェアの約7割を占めており、これらを用いて設計・製造された半導体の輸出を禁止することで、第3国で製造された半導体についても販売が制限されることとなったのです。
また、中国半導体メーカーが最先端半導体を製造する能力を獲得するのを防ぐため、一部中国大手半導体メーカーを対象に、EUVなどの装置やその他設計ソフトの輸出を禁止しました。例えば、中国半導体メーカー最大手に対しては、10nm以下のロジック半導体の開発・製造に必要な装置やソフトの輸出を禁止しています7。
同時に、軍事最終用途および軍事最終需要者に関しても対中規制が強化され、軍事転用の恐れがある場合や、販売先が軍事活動に従事している場合についても、輸出のためには許可申請が必要となりました8。
一方で、上記の輸出規制では不十分との指摘もありました。一部の中国半導体メーカーにしか規制がかけられておらず、また、その対象も10nm以下のロジック半導体など高性能な分野に限られていたためです。ミサイルなどの防衛装備品にはそれよりも低い性能の半導体も使われており、対象範囲を広げるべきという声が一部議員や有識者から出ていました。
加えて、AIなどの先端コンピューティング、スーパーコンピューターなど新興技術に用いられる半導体についても対象外となっており、問題視されていました。
既存措置の問題が指摘された中で出された2022年10月規則は、対象品目や対象範囲を大幅に拡大するものでした9。その幅広い内容から、同規則を「ゲームチェンジャー」とみる専門家もいるほどです10。
具体的に、対象品目に先端コンピューティング(AIなど)やスーパーコンピューターに関連する半導体製品が追加され、米国技術を用いて直接製造されたこれら製品に対しては直接製造製品規則が適用されることになりました。また、先端半導体(14/16nm以下のロジック半導体など)のほか、先端コンピューティングやスーパーコンピューター半導体の製造に必要な製造機器やソフトも、禁止対象に追加されました。
対象範囲については、これまで禁輸対象でなかった新興半導体メーカーや、AIなど新興技術に関わる中国企業がエンティティリストに追加されました。加えて、最終用途規制として、先端半導体(14/16nm以下ロジック半導体など)の開発・製造を目的とする装置の輸出が禁止となりました11。
また、先端コンピューティング半導体やその設計ソフトなど一部品目に関しては、仕向国規制がかけられ、最終需要者・用途に関わらず、中国への輸出が禁止されることになりました。
さらに、技術品目の輸出ではなく、ヒトを介してノウハウや保守作業が中国に提供されないよう、米国人が中国における先端半導体の開発・製造などに関わることまでもが禁止されました。
このように規制の対象が広範囲にわたる2022年10月規則ですが、そのポイントとして3つ挙げられます。
1つ目は、米国の戦略的目的が変更している点です。本規則の発表前、サリバン大統領補佐官は米国の対中輸出規制の目的について、「数世代先の技術優位性(「sliding scale」)を確保することから、『できる限り大きな』優位性を確保することに変更した」と述べています12。
前述したように、数世代前の技術でも軍事転用が可能な中で、最先端以外の技術も禁輸対象とする方針を示しており、この姿勢が先端半導体(14/16nm以下ロジック半導体など)への対象拡大に表れています。
2つ目は、中国半導体産業の全体を射程に収めている点です。これまでは、懸念のある一部の中国半導体メーカーをエンティティリスト追加していましたが、本規制では先端半導体の開発・製造を最終用途とする輸出を禁止しており、個別企業ではなく、中国半導体産業の全体が規制対象となっています。
先端半導体の開発・製造に関わる中国半導体メーカーは一部に限られ、これらの企業は以前から禁輸対象となっていましたが、今後他のメーカーが開発・製造に取り組むことを見越しての措置と思われます。
また、先端コンピューティング半導体や製造ソフトに関しては仕向国規制が設けられ、用途や需要者に関係なく、中国への輸出そのものが禁じられています。軍事転用可能なAI半導体など、重要製品を中国が自国生産できないようにする意図があると見られます。
3つ目は、米国人による関与の禁止という、新しい規制手法が取られている点です。輸出管理改革法において、米国人が他国における新興技術の開発・製造などに携わることを規制できる条文はありますが、これまでの対中規制では使われてきませんでした。
本規制では、その手法が初めて取られており、その他分野における対中輸出規制においても、同様の措置が取られる可能性があります。
このように対象品目や範囲が多岐にわたる2022年10月規則ですが、半導体サプライチェーンのチョークポイントを握るその他国々の協力なしにして、その効果を最大限に発揮することはできません。
上記で述べたとおり、半導体製造装置は日本や欧州のメーカーが高いシェアを占めており、これらのメーカーの製品が中国に販売されることを防ぐという狙いがあります。
そのため、バイデン政権は日本やオランダに協力を要請しており、既に基本合意に至っているとの報道もなされています13。2023年3月初めには、オランダのスフライネマッハー貿易相が議会へ書簡を提出し、新たな輸出規制を同年夏までに導入する計画に言及しています。規制対象は先端のリトグラフィー装置(DUVの内、波長が短いArF液浸露光)になると見られています14。
一方で日本政府は2023年3月31日、高性能な半導体製造装置23品目を対象とした輸出規制案を発表しました。これまで規制対象となっていなかった、洗浄やデポジション、アニーリング、リソグラフィー、エッチング、検査などの製造装置が追加されました。4月29日までパブリックコメントが募集され、7月に施行される予定です15。
また、米国は輸出管理以外でも中国へ規制をかけている点に注意が必要です。その代表例が2022年8月に成立したCHIPS及び科学法(通称、CHIPSプラス法)で、同法の補助金を受け取った半導体メーカーは中国などの懸念国において、最大10年間、先端半導体やレガシー半導体を製造する能力を拡大する場合に厳しい制約を受けます16。そのため、中国に多くの製造拠点を抱える韓国メーカーなどから懸念の声が出ている状況です17。
このように厳格化が進む対中規制によって、どのような影響が出ているのでしょうか。国・地域別や業種別にその影響を概観します(図表5参照)。
規制の影響が最も顕著なのが、中国の半導体製造企業(ファウンドリ、ファブレスなど)です。上記で触れたとおり、製造装置や設計ソフトにおいて中国は対外依存度が非常に高く、海外の技術なしに先端半導体を製造することは難しいでしょう。
米国の規制を受けて、中国政府は総額1兆元の半導体産業政策を計画し、補助金対象を絞り込む形での支援拡大を進めていると報じられています。しかし、その効果が表れるまでには時間がかかると見られ、中国半導体メーカーへの打撃は免れません18。実際、2022年10月規則の発表後、中国半導体大手企業における新工場建設の遅延や人員の削減が報じられています19。
一方で、多くの中国半導体メーカーは規制対象外や中古の半導体製造装置を購入し、規制が拡大される前に生産能力拡大に必要な機材を確保しようとしています20。中には、規制対象外であり、堅調な需要が見込めるミドル・ローエンドの半導体の生産能力の拡大に注力する企業も出てきています21。
しかし、中国の半導体調達企業においては、米国の規制の影響が顕在化しています。エンティティリストに追加され、禁輸対象となっている中国テック企業などは、上記の中国国内での半導体製造難の影響を受けていることに加え、海外から先端半導体を購入できなくなり、大きな打撃を受けています。
こうした企業においては、規制対象の先端半導体を含まない製品の開発、規制対象外の半導体製品の調達増、クラウドサービスを経由した規制対象半導体の活用など、規制の穴を突いた応急措置的な対応が見受けられます22。自社による先端半導体開発への投資を拡大させる動きも見られますが、今後も米国主導の規制が強まることが予想される中、その実効性を疑問視する声もあります。
米国の規制は米中のみならず、日本や欧州など第3国の企業にも影響を及ぼしています。影響が顕著なのは半導体製造企業(ファブレス、IDM、製造装置、設計ソフトなど)で、輸出規制により半導体や製造装置の対中売上が減少しています。
特に、規制を真っ先に強化する米国の企業に大きな影響が出ており、これらの企業はレベルプレイングフィールドの観点から、「日本や欧州など他国も同様の対中規制を行うべき」との意見を表明しています23。上記で触れた日本やオランダによる規制実施が行われれば、内容にもよりますが、日本の半導体製造装置メーカーにも大きな影響が及ぶことが想定されます24。一方、企業の中には、米国規制の技術水準以下の製品を開発・製造し、中国事業を継続するところも出てきています。
加えて、対中輸出規制やCHIPSプラス法に含まれる対中規制により、台湾や韓国などの半導体メーカーが中国国内で先端半導体工場を運営・建設することが困難になっています。先端半導体の多くは台湾や韓国など自国で生産されているため、この影響は限定的と見られますが、多くの韓国勢は中国に大きなメモリ生産拠点を持っており、規制対象の技術レベルによっては、生産戦略の見直しを強いられるでしょう25。
そして、第3国の半導体調達企業においても間接的な影響が見受けられます。最大の影響は、中国半導体メーカーからの半導体調達難であり、大手テック企業の中には予定していた中国半導体メーカーからの調達を見直す動きも出ています。一方で、これら企業は中国以外の半導体メーカーからは引き続き先端半導体を調達することができ、半導体製造企業に比べて影響は小さいと思われます。
ここまで、現行の対中半導体輸出規制を見てきましたが、今後、半導体をめぐる米中デカップリングはどれだけ進むのでしょうか。
米国主導の対中半導体輸出規制は今後も拡大する見込みです。その動向を追う上で、以下の点に注目する必要があります。
1つ目に、規制対象がどれだけ広がるかに注視すべきです。米国の戦略的目的の変更に伴い、対象が先端半導体にまで広がっていますが、今後、ミドル・ローエンドにまで広がるかに注目が集まります。半導体技術が今後発展する中で、現在適用されている規制の技術水準が維持されるのか、変更されるのかも不明確であり、その変更によって事業への影響が大きく異なります。
上記で述べたとおり、中国企業が規制の穴を突いて半導体を入手している事例もあり、それらに対して米国政府がどこまでルールを厳格化するかにも注意が必要です。
2つ目に、米国による規制拡大に日本や欧州がどこまで応じるかが重要なポイントです。上述のとおり、米国半導体産業は、レベルプレイングフィールドの観点から、日本など同志国が米国と同様な規制を実施することを求めています。
一方で、日本政府などは規制強化による自国産業への悪影響に鑑み、過度な規制には慎重な姿勢を見せています。日本の半導体装置メーカーなどは、日本政府や産業団体と連携することで米国政府へ働きかけを行い、規制策定の調整を求めることが重要でしょう。
3つ目に、米国政府による規制策定方法の変更についても注意が必要です。通常では、規制案を発表し、パブリックコメントを経てから、最終規制を発表・施行するという流れが取られます。しかし、2022年10月規則ではパブリックコメントを通じた産業界との協議は行われず、最初から最終規則が発表され、施行となりました。
この変更は、半導体企業にとって規制環境の不透明性が拡大し、産業界の利害を十分に勘案しないまま規制が導入される可能性が高まることを意味します。半導体産業団体などは通常の規制策定プロセスへの回帰を求めていますが、米商務省は明確な姿勢を示しておらず、今後の規制策定方法について注意が必要です。
足元で対中規制がどのように変化するかを把握するのに加え、中長期にかけて半導体のバリューチェーンがどのように変化するのかを考察することも重要です。大きく分けて、3つのシナリオが考えられます(図表6参照)。
1つ目が、「中国半導体産業の大幅な弱体化」です。米欧日など主要国が連携し、対中規制をさらに拡大した結果、中国国内における先端半導体の生産が不可能となるシナリオです26。
仮にそうなった場合、米欧日などの半導体製造企業においては、中国事業の大幅な縮小を余儀なくされることが想定されます。一方、半導体調達企業においても、中国国内における半導体調達を大幅に見直すことが必要となるでしょう。コスト競争力の観点から中国半導体メーカーへ調達先を変更することが難しくなり、コスト増となることが懸念されます。
2つ目が、「米国由来技術抜きの供給網構築」です。米国の一方的な対中規制に対し、日本や欧州など主要国が慎重な姿勢をとり、中国との取引を継続した場合、規制対象である米国技術に依存しないサプライチェーンが構築される可能性があります27。
米国技術抜きということは、米国の規制が及ばないことを意味するため、米国の規制によるサプライチェーンの寸断リスクが低下します。米国以外の半導体製造企業は中国事業を継続することが見込まれ、テック企業や製造業などは中国国内での半導体調達が容易となります。
一方で、上記のような事態を避けるために米国政府は日本や欧州など主要国に協力を呼び掛けており、規制対象外の取引であったとしても、米国側から自粛要請などが出される可能性は否定できません。当該企業においては、自国の政府や産業団体と連携し、中国事業の展開にあたっては慎重な判断が求められるでしょう。
3つ目が、「中国半導体産業の自立化達成」です。前述したとおり、米国の規制を受けて、中国政府は半導体産業への支援を拡大しています。それ以外にも、台湾における高度な半導体技術者の獲得などを通じて、自国産業の強化を図っています28。米国主導の規制が今後強化されたとしても、中国の産業政策が功をなし、先端半導体の国産化が実現する可能性も残されています。
仮にそのようになれば、半導体メーカーにとっては中国勢競合の台頭を意味し、競争環境が厳しくなることが予想されます。一方で、半導体調達企業にとっては中国メーカーから先端半導体を調達できる可能性が高まり、調達先の多角化を行いやすくなるでしょう。
現時点で多くの専門家は、中国が西側諸国の技術なしに半導体産業の高度化・国内化を実現することは極めて困難と見ています。そのため、1つ目か2つ目のシナリオの可能性が高いと思われます。
そのような場合でも、中国は自国生産が可能なレガシー半導体の製造に特化し、同分野でチョークポイントを握る可能性もあります。実際、米国のインテリジェンス組織は、レガシー半導体分野で対中依存が拡大することに警鐘を鳴らしています29。言い換えると、半導体をめぐり、米中双方がチョークポイントを握る可能性も念頭に置かなければならないでしょう。
米国の対中デカップリング政策は今後も拡大する見込みです。半導体はその最前線にあり、関連する企業にはこの政策の影響を見極め、リスク対応を進めることが求められます。
2023年1月に公開したレポート「ビジネスにおける地政学」において、地政学リスク対応の在り方として、足元のリスクへの対応を検討する、そして中長期的な見通しからバックキャストした戦略を策定するという2つの考え方を示しました。半導体をめぐっても、足元で拡大する対中規制への対応だけでなく、中長期における半導体産業構造の変化を見据えたサプライチェーン戦略などへの対応が求められます。実際、一部の日本企業の中には、台湾有事リスクなどを見据えて半導体調達戦略を見直す動きも見られ、企業対応が広がっていると思われます。
一方で、半導体をめぐる各国の動向は、その他分野におけるデカップリングがどのように展開するかを検討する上で重要な示唆を与えてくれます。本連載の第3回「米中デカップリングに企業はどう備えるべきか」で解説したとおり、バイデン政権は19分野の重要・新興技術リストを策定し、その中でもコンピューティング関連、バイオ技術・製造、クリーンエネルギー技術を最重要分野として規制強化を行うとしています。
半導体をめぐる規制手法の進化や対象範囲の拡大が、バイオやクリーンエネルギーなど他の分野でも同様に行われる可能性があります。該当分野に従事する企業は、半導体をめぐる先行事例から示唆を導出することも必要です。
言い換えると、半導体をめぐるデカップリングは、他の産業にとっても注目すべき地政学リスクであり、その動向を調査・分析することが求められているのです。
1 “Global Semiconductor Sales Increase 3.3% in 2022 Despite Second-Half Slowdown.” Semiconductor Industry Association. February 3, 2023.
https://www.semiconductors.org/global-semiconductor-sales-increase-3-2-in-2022-despite-second-half-slowdown/#:~:text=WASHINGTON%E2%80%94Feb.,half%20of%20the%20year%2C%20however
2 “Global semiconductor market is expected to exceed $1 trillion in 2030.” Semi Media. January 11, 2023.
https://www.semimedia.cc/?p=13870
3 Corell, J. T., “The Emergence of Smart Bombs,” Air & Space Forces Magazines, March 1, 2010.
https://www.airandspaceforces.com/article/0310bombs/
4 日本半導体製造装置協会「半導体製造装置分類表」2012年1月31日作成
https://www.seaj.or.jp/statistics/semi_classification.html
5 湯之上隆, 亀和田忠司 「半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~「日本人特有の気質」が生み出す競争力」 EE Times Japan 2021年12月14日
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html
6 Federal Register, Bureau of Industry and Security, Department of Commerce, August 20, 2020.
https://www.federalregister.gov/documents/2020/08/20/2020-18213/addition-of-huawei-non-us-affiliates-to-the-entity-list-the-removal-of-temporary-general-license-and
7 Federal Register, Bureau of Industry and Security, Department of Commerce, December 12, 2020.
https://www.federalregister.gov/documents/2020/12/22/2020-28031/addition-of-entities-to-the-entity-list-revision-of-entry-on-the-entity-list-and-removal-of-entities
8 米商務省は2020年4月、中国に対する軍事最終用途および軍事最終需要者の輸出規制を強化し、リスト指定品目の輸出には承認申請が必要となった。例えば、中国半導体メーカーが製造した半導体デバイスが中国軍の防衛装備品の製造(軍事用途)に使われていた場合、そのメーカーは軍事需要者として、禁輸対象となりうる。詳細は以下の資料を参照。
Lis, S., Test L., and Sergeyeva, M., “Commerce Tightens Restrictions on Technology Exports to Countries of Concern, In Particular China, Russia, and Venezuela,” April 30, 2020.
https://sanctionsnews.bakermckenzie.com/commerce-tightens-restrictions-on-technology-exports-to-countries-of-concern-in-particular-china-russia-and-venezuela/
9 Federal Register, Bureau of Industry and Security, Department of Commerce, October 13, 2022.
https://www.federalregister.gov/documents/2022/10/13/2022-21658/implementation-of-additional-export-controls-certain-advanced-computing-and-semiconductor
10 “Biden’s Chip Curbs Outdo Trump in Forcing World to Align on China,” The Japan Times, November 14, 2022.
https://www.japantimes.co.jp/news/2022/11/14/business/biden-chips-global-reaction/
11 規制対象の先端半導体には、16nmまたは14nm以下のロジック半導体(FinFETまたはGAAFET)、18nmハーフピッチ以下のDRAMメモリ、128層以上のNANDフラッシュメモリが該当。
12 Jake Sullivan, “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan at the Special Competitive Studies Project Global Emerging Technologies Summit,” September 16, 2022.
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2022/09/16/remarks-by-national-security-advisor-jake-sullivan-at-the-special-competitive-studies-project-global-emerging-technologies-summit/
13「日米蘭、半導体の対中輸出規制で合意 公表はせず=報道」『ロイター』2023年1月28日
https://jp.reuters.com/article/usa-semiconductors-meetings-idJPKBN2U61FO
14 Bounds, A., “Netherlands Puts Servicing of Chipmaking Tools in China under Review,” Financial Times, March 10, 2023.
https://www.ft.com/content/2454c019-3b53-4679-b70f-ad1ac929bdd7
Allen, G. and Benson, E., “Clues to the U.S.-Dutch-Japanese Semiconductor Export Controls Deal Are Hiding in Plain Sight,” March 1, 2023.
https://www.csis.org/analysis/clues-us-dutch-japanese-semiconductor-export-controls-deal-are-hiding-plain-sight
15 日向貴彦、古川有希「経産省、高性能半導体製造装置23品目を輸出規制へ」『ブルームバーグ』2023年3月31日
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-03-31/RSBP9PT0G1KW01
16 「米国、中国企業と10万ドル超の取引禁止 半導体補助金で」『日本経済新聞』 2022年3月22日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN2153D0R20C23A3000000/
17 Sohn, J., “South Korea Says U.S. Chips Act Subsidies Have Too Many Requirements.” The New York Times, March 7, 2023.
https://www.wsj.com/articles/south-korea-says-u-s-chips-act-subsidies-have-too-many-requirements-825b3fe9
18「中国、半導体産業支援策を計画 1兆元規模で期間5年=関係筋」『ロイター』 2022年12月13日
https://jp.reuters.com/article/china-usa-chips-idJPKBN2SX0IB
Liu, Q., “China gives chipmakers new powers to guide industry recovery,” Financial Times, March 21, 2022.
https://www.ft.com/content/d97ca301-f766-48c0-a542-e1d522c7724e?shareType=nongift
19「中国半導体、米制裁で工場建設遅れ 自給率向上に影響も」『日本経済新聞』 2023年2月15日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM09AO40Z00C23A2000000/
20 Shilov, A., “China Backdoors US Chip Sanctions, Buys Used Banned Equipment.” Tom’s Hardware, February 4, 2023
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https://www.scmp.com/tech/tech-war/article/3211416/tech-war-chinese-chip-firms-stockpile-equipment-ahead-us-japan-netherlands-agreement-tightening
21 Strumpf, D. and Lin, L., “China Chases Chip-Factory Dominance—and Global Clout.” The Wall Street Journal, July 24, 2022.
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https://www.ft.com/content/9706c917-6440-4fa9-b588-b18fbc1503b9
23 “SIA Statement on New Export Controls,” Semiconductor Industry Association, October 7, 2022.
https://www.semiconductors.org/sia-statement-on-new-export-controls/
24 「半導体規制で日米蘭連携、装置メーカー『中国事業』に打撃」 『日刊工業新聞』 2023年2月17日
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00663791
25 Wu, D., “US Likely to Put a Tech Cap on South Korean Chipmaking in China,” Bloomberg, February 24, 2023.
https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-02-24/us-likely-to-put-a-tech-cap-on-south-korean-chipmaking-in-china?sref=FCcoZMVe
26 Chen M., and Shen, J., “Chinese Chipmaking Technology Development May Stall at 40nm Scale,” DigiTimes Asia, March 17, 2023.
https://www.digitimes.com/news/a20230316PD218/china-ic-manufacturing-semiconductor-equipment-smic-us-china-chip-ban.html
27 詳細に関しては、カーネギー国際平和基金の分析を参照。
Sheehan, M., “Biden’s Unprecedented Semiconductor Bet,” Carnegie Endowment for International Peace, October 27, 2022.
https://carnegieendowment.org/2022/10/27/biden-s-unprecedented-semiconductor-bet-pub-88270
28 「中国半導体企業、台湾で「スパイ行為」活発に」 『日本経済新聞社』 2022年4月19日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM182TZ0Y2A410C2000000/
29 Office of the Director of National Intelligence, “Annual Threat Assessment of the U.S. Intelligence Community,” February 6, 2023, pp. 9.
https://www.dni.gov/files/ODNI/documents/assessments/ATA-2023-Unclassified-Report.pdf
南 大祐
マネージャー, PwC Japan合同会社