高まる台湾有事リスク:日本企業に求められる対応とは

2023-02-20

ポイント

  • 短期的な台湾有事リスクは極めて低いが、中長期的な有事の蓋然性は上昇傾向にある。
  • 日本は置かれている地理的・政治的・経済的な環境から、台湾有事の「当事者」となるため、台湾有事は日本企業にとっても有事となる。
  • 台湾有事リスクの検討には、事業・部署を横断する全社的な取り組みが求められる一方、検討自体が自社の地政学リスク管理体制強化に寄与しうる。

ロシアによるウクライナ侵攻から1年が経とうしています。ウクライナ紛争は、企業が地政学的紛争を経営アジェンダとして捉える必要性を思い出させました。一方、東アジアに目を向けると、2022年8月には米国のペロシ下院議長(当時)が台湾を訪問したことを受け、中国軍が台湾近海で軍事演習を行い、緊張が極めて高まりました。

台湾有事リスクの高まりが懸念される今、日本企業はどのように対応すべきでしょうか。今回のコラムでは、台湾情勢悪化の理由を概観し、台湾有事の蓋然性についての見通しを示した上で、日本企業における台湾有事リスク検討のポイントを紹介します。

台湾を巡る国際情勢はなぜここまで悪化しているのか

台湾情勢が緊迫している最大の理由は、中国が対外強硬路線に転換したことにあります。胡錦濤政権(2002~2012年)は経済交流に重点を置き、将来に統一の可能性があれば統一を急がないという戦略をとっていました。

しかし、習近平政権(2012年~現在)になると、胡錦濤時代の経済交流を通じた中台融合のペースは緩慢であるとして、速やかな統一を求めるという戦略に転じました。特に、台湾周辺での軍事的威圧行為は胡錦濤政権ではほとんど見られなかったもので、事実上の停戦ラインである台湾海峡中間線を何度も越えるなど、台湾のレッドラインを試すような行動が繰り返されています。このことが台湾有事に対する各国の警戒感を呼ぶこととなっています。

さらに、米国が中国の変化に対して非妥協的な姿勢で対応しているため、台湾情勢は緩和に向かう気配が感じられません。

米国が台湾を巡って妥協しない理由

米国の非妥協的な姿勢の背景には、軍事・経済・イデオロギー上の理由があります。

米国にとって最も重要な問題は、核の脅威です。中国は台湾を制圧した場合、台湾を拠点に海軍を西太平洋へ展開できるようになります。特に、米軍にとって陸上配置ミサイル以上に対処が困難な潜水艦発射型の核ミサイル(SLBM)を容易に展開できるようになり、米国全土を射程圏内に収めることができます。核の脅威を防ぐために、米国は(非親米的な)中国による台湾制圧を阻止したいのです。

同時に、台湾統一が実現すれば日米同盟も危機に瀕します。中国は台湾を手中に収めることで、南シナ海や台湾海峡をコントロールできるようになり、日本の商船やタンカーを「人質」とした外交や軍事的恫喝を展開できます。また、中国軍は日本海側からも太平洋側からも日本を攻撃することが可能となり、日本は防衛戦略の抜本的見直しを強いられることになります。

こういった軍事的側面だけでなく、台湾には最先端半導体の製造といった経済的価値や、模範的な自由民主主義社会というイデオロギー上の価値があります。以上のような理由から、米国は台湾防衛の義務は負わないものの、台湾への軍事支援などを強化してきました。

このように、習近平政権発足以降の中国が対外強硬路線へ転換し、それに米国が非妥協的な対応を見せてきたため、台湾情勢は近年著しく悪化していました。この状況下でロシアによるウクライナ侵攻が起き、米国社会でも中国による台湾侵攻が現実味あるものとして認知されたため、米国の台湾支援がさらに拡大し、中国がそれに反発するという悪循環に陥っています。

短期的な台湾有事リスクは低い

こうした状況を受け、日本においても「今日のウクライナは明日の台湾」などの言説が飛び交っています。しかし、短期的な台湾有事リスクは低いと考えられます。

1つ目の理由に、2023年時点において、中国は武力行使にて台湾獲得を成功させるだけの「能力」と「意図」を持ち合わせていません。中国にとって台湾統一は共産党一党支配の正統性に直結する問題であり、武力行使の失敗は許されません。中国としては、米軍と自衛隊が介入した場合でも台湾侵攻を確実に成功させるほどの軍事能力を完成させて初めて、侵攻の決断が可能になります。

しかし、多くの専門家は、「現時点で中国はその能力を保有していない」と見ています。また、現時点の中国には経済問題など、台湾よりも優先すべき課題が多くあり、武力行使をしてまですぐに台湾を獲得しようという意図は見られません。

2つ目の理由に、米国や台湾が中国の「レッドライン」を越えることはあり得ないということがあります。現時点の中国に台湾侵攻の能力や意図がないとしても、台湾が独立宣言を行った場合、武力衝突は不可避です。

しかし、台湾には独立を目指そうという動きも、米国にそれを支持する動きもほとんど見られません。台湾は、中国の強硬路線に対応するため米国との軍事面および経済面での連携を強めていますが、与党である民進党にも主要野党の国民党や民衆党にも、独立を宣言し、台湾独立を意味する新憲法制定をしようという主張を掲げる政治家はいません。米国も台湾への軍事支援を強化しつつも、台湾独立については支持しないことを何度も表明しています。

こうした状況から、短期的な台湾有事リスクは極めて低いと考えられます。偶発的な小競り合いのエスカレーションは懸念されるものの、米中両国はその回避に注力しており、その蓋然性も低いと思われます。

中長期的な台湾有事リスクは上昇傾向

しかしながら、中長期的な視点で見た場合には、以下の点から台湾有事が発生する可能性は上昇傾向にあります。

第一に、中国は台湾侵攻に必要な「能力」の確保に注力しており、武力行使への「意図」も相対的に高まっていることが挙げられます。2020年代後半、2030年代前半、2030年代半ばなど時期についての合意はないものの、多くの専門家は、おおよそその時点までに「中国軍は米軍と自衛隊が介入しても台湾侵攻を成功させる能力を獲得できる」と見ています。

また、中国社会におけるナショナリズムの台頭により、台湾を巡ってはタカ派の意見が主流になっています。実際、ペロシ議長訪台の際に中国が武力行使しなかったことに「失望した」という声が、中国国内で多くあがりました。さらに、若い世代の政治指導者の中には、現政権よりも強硬な対外政策を求める人物が多く存在します。今後、経済の行き詰まりなどに直面した際、共産党の指導力を回復させるため、中国政府が台湾有事を選択することも否定しきれません。

第二に、日米の抑止力の相対的低下も懸念されます。冷戦後の米国は軍事支出の抑制を図り、軍の前線展開を西太平洋から徐々に引き上げる傾向にありました。もちろん、近年はこの路線から転換し、西太平洋での軍事力を再構築しようと試みています。

しかし、これが中国に十分対応できるものとなるかは不透明です。米国国内では「米国第一主義」などの影響で、他国への関与を避けるべきとの意見が拡大しています。日本においても、防衛力のさらなる構築に対して批判的な世論や憲法上の制約があります。

このようなことから、中長期的な台湾有事リスクについては上昇傾向にあると言えます。

台湾有事は日本企業にとっても有事

「台湾有事は日本有事」。安倍晋三元首相をはじめ、日本の政治家の多くがこの言葉を口にしています。この指摘は妥当であると言えます。台湾有事に際して、日本は「当事者」としての関与を余儀なくさせられるからです。

まず、多くの防衛当局関係者や安全保障の専門家は、有事の際には日本の領土・領海が戦闘領域に入る可能性を指摘しています。台湾島には富士山より高い山々が南北を貫いており、中国大陸側からの攻撃を妨げています。台湾軍は主力戦力を台湾東部に配備しており、中国軍がこれを攻撃にするために沖縄の南西諸島を越えると、日本が作戦領域・戦闘領域となります。加えて、米軍の介入を阻止するために中国軍が在日米軍基地を攻撃することも想定されることから、日本本土の防衛が必要となるでしょう。

また、米軍が介入しようとするとき、在日米軍の基地の使用を認めるかどうかについて、日本政府は判断しなければなりません。日本は米中台からの圧力を受けながら、決定的な政治判断を下すことになります。さらに、自衛隊も米軍とともに参戦する可能性があります。

これまで見てきたように、台湾有事は日米にとって他人事ではありません。仮に自衛隊や米軍が参戦しないとしても、日米は強力な経済制裁を下すでしょう。また、それに対する中国からの報復制裁が想定されます。このような制裁の応酬が続く中で、経済が大きく落ち込むことが考えられます。

どの場合であっても、台湾有事は日本企業にとっても「有事」となることは必至です。つまり、短期的には有事のリスクが低いとしても、中長期を見据えた対応が必要となるのです。

日本企業による台湾有事リスク対応状況

台湾有事リスクの検討に向けて、企業はどのような取り組みを行うべきなのでしょうか。1つの指標となるのが、PwC Japanグループが2022年8月に行った「日本企業の地政学リスク対応実態調査」です(図表1を参照)。

図表1 日本企業の地政学リスク対応実態調査2022

海外事業を展開する企業のうち、7割強が台湾有事リスクを重要な懸念事項であると回答し、約3割が有事シナリオの検討や個別事業への影響分析を行っています。具体的な対策として、約2割がサプライチェーンのチョークポイントの特定や見直し、従業員の安全確保措置を検討しています。このように、一部の企業ではすでに、台湾有事リスクの分析からリスク軽減策の検討にまで着手しています。

台湾有事リスク検討における5つのステップ

リスク分析から対応まで一貫した取り組みを行う上で必要となるのが、以下の5つのステップです(図表2を参照)。

図表2 台湾有事リスク検討のアプローチ

Step1 台湾有事シナリオの洗い出しと選定

1つ目が、有事シナリオの洗い出しと選定です。台湾有事と一言で言っても、中国軍による台湾離島への侵攻、台湾本島周辺の空海路封鎖、台湾本島への侵攻など、さまざまなシナリオが想定されます。物理的な軍事行為の他に、重要インフラや政府機関などへのサイバー攻撃、国内世論操作を目的とした情報工作などが同時で発生することも考えられます。また、台湾防衛のために米軍や自衛隊が軍事介入するか否かによって、戦況や被害の度合いが大きく左右されます。

上記のように、台湾有事は多岐にわたります。そのため、具体的な検討に入る前にシナリオの幅出しを行い、自社としてどのシナリオをベースに事業影響や対応策の検討に入るか、判断することが必要です。万が一の観点から「ワーストケース」として台湾本島の軍事侵攻を考慮し、蓋然性の観点から「ライクリーケース」として台湾封鎖を検討するなど、自社のリスクマネジメント方針に照らし合わせた選定が求められます。

Step2 選定シナリオの詳細分析

次に、選定シナリオの詳細を分析していきます。仮に台湾本島侵攻というシナリオを選んだとして、国際情勢がどのように展開するかを白紙の状態から描くのは容易ではないでしょう。このステップで現実味のあるシナリオを描けず、検討に苦労する企業も多々見受けられます。

有効なアプローチの1つに、「軍事」「経済」「社会」の観点からストーリーを描くという手法があります。

軍事の観点では、「中国軍が台湾に対してどのような武力行為を行うか」「台湾軍ならびに米軍や自衛隊はどのように応戦するか」「紛争がどのように決着するか」など、主要論点を設けて戦況を想定していきます。

経済の観点では、「米国や日本など西側諸国がどのような対中制裁を行うか」「中国がどのような報復制裁を行うか」「制裁合戦下において、事業をコンプライアンス上継続はできるか」など、ビジネス環境の変化を捉えていきます。

社会の観点では、「中国において反日不買運動が起きるか」「西側諸国において中国事業見直しの世論が高まるか」「世論を受けて競合企業は中国事業を継続するか」など、レピュテーションリスクを考慮していきます。

描いたストーリーに基づいて台湾有事の具体的なイメージを社内で共有し、ベースシナリオに関する合意形成をしていくことが重要です。このプロセスが不十分なまま検討が進むと、途中で認識の不一致が明らかとなり、リスク検討をやり直すことになりかねません。ロシア・ウクライナ紛争における有事対応なども踏まえつつ、関係部署間での意思疎通が必要となります。

Step3 リスク事象の可視化

シナリオの詳細な分析の次は、リスク事象の可視化です。作成したストーリーを基に、自社のアセットやバリューチェーンといった観点から、事業への影響可能性を分析していきます。ヒト・モノ・カネ・データという視点で例を挙げれば、戦時下における従業員への身の危険(ヒト)、台湾封鎖に伴う供給網の寸断(モノ)、対中金融制裁による決済の滞り(カネ)、サイバー攻撃による情報の流出(データ)などが考えられます。

また、主要市場や生産拠点、調達先の構成比や重要度など、自社の事業形態によって影響は大きく異なるため、Step 3では一般的な台湾有事シナリオを自社特有のリスク事象に置き換える作業が必要となります。そのためには、日本本社や現地法人の各担当部署と連携した情報共有や協議が不可欠であり、全社的な取り組みが求められます。

Step4 リスク事象の優先付け

自社特有のリスク事象を特定したら、影響の度合いや自社の行動指針に基づき、優先度を付けていきます。金融制裁に伴う資産回収の滞りや、特定事業の停止による売上減少など、数値化できるものは数値化し、その度合いを見える化していきます。また、重要部品や原材料のサプライチェーン寸断による生産停止など、事業の継続および存続を左右する事象に関しても、優先事項として整理していきます。

一方で、有事発生時に自社にとって優先すべき項目が何なのかを明らかにし、事業の継続・停止・撤退を含む対応の基本方針を定めておくことも必要です。例えば、従業員の安全確保やブランドイメージの保護を最優先事項とした場合、これらが脅かされるリスク事象(自社拠点周辺での軍事攻撃、国内世論からの撤退要請など)が発生した際、物理的な損害が無くとも事業の停止や撤退の判断を迫られることになります。

Step5 対応策の検討・実行

最後に、優先度の高いリスク事象を中心に、対応策の検討・実行を進めていきます。ここでポイントとなるのが、有事発生時の危機対応と、有事リスクを見据えた戦略的備えの区別です。

戦時下における従業員の安全確保といった有事下での事業継続計画(BCP)と、有事発生による台湾からの半導体調達停止リスクを踏まえたサプライチェーンマネジメント(SCM)戦略では、リスク管理の観点が異なります。前者では有事発生時の危機対応が軸となる一方、後者では平時における自社戦略の見直しが軸となるでしょう。

この違いを念頭に、担当部署の割り振りやロードマップの策定など、具体的なアクションに落とし込むことが大切です。

結び:台湾有事リスクの検討を通じた地政学経営の強化

上記のとおり、台湾有事リスクの検討には、事業・部署を横断する全社的な取り組みが求められます。見方を変えると、検討自体が自社の地政学リスク管理体制強化に寄与するとも考えられます。

地政学リスクの高まりから専門部署を立ち上げたものの、全社的な認知向上や体制構築に苦心をする企業が散見されます。台湾有事という代表的な地政学リスクを取り上げ、シナリオ策定から対応実施にかけての業務フローを築き上げるプロセス自体が、全社的なケイパビリティ強化に寄与すると思われます。

例えば、ある企業では台湾封鎖に伴う供給網寸断のリスクを可視化するために関連部署から情報収集したところ、2次サプライヤー以降の可視化が全くできていないことが判明したそうです。このように、台湾有事リスクを検討する中で、自社が抱える課題が浮かび上がってくることもあるでしょう。

台湾有事リスクの検討を切り口とした事業改革の実行も想定されます。コロナ禍における生産停止などで損害を被ったがサプライチェーンの可視化を遂行できていない、チャイナリスクが念頭にあるもののポートフォリオの多角化が進まないなど、地政学リスクに由来するさまざまな経営課題を抱える企業は少なくないでしょう。台湾有事リスクの検討を1つの足がかりとして、事業戦略やSCM戦略の変革に取り組むことも考えられます。

ウクライナ紛争をはじめとする地政学リスクの高まりを背景に、企業が有事リスクを経営アジェンダとして検討することの重要性が増しています。とはいえ、どこから手を付けるべきかと悩まれる経営者もいることでしょう。本コラムが、そのような方々の検討の一助となれば幸いです。

高まる台湾有事リスク:日本企業に求められる対応とは

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執筆者

南 大祐

マネージャー, PwC Japan合同会社

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吉田 知史

マネージャー, PwC Japan合同会社

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