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米国による対中デカップリング政策は拡大傾向にあります。以前のコラム(「米中デカップリングに企業はどう備えるべきか」)で触れた通り、バイデン政権は経済よりも安全保障を優先して戦略的重要分野における中国排除措置を打ち出しています。
対中デカップリング動向において直近注目を集めているのが対外投資規制です。半導体などの重要分野で、米国企業が中国など懸念国に投資することを制限する規制が、今年中に新設されると見られています。米国政府は欧州や日本など同盟国にも同様な規制の実施を求めており、日本企業に対する影響も今後予想されます。
本コラムでは、執筆時点(2023年5月31日)において判明している同規制の概要と影響、日本企業に求められる備えを解説します。
バイデン政権はこれまで、輸出管理や投資管理、産業政策など各種規制を通じて、重要分野における対中排除措置を打ち出してきました(詳細は既出のコラムを参照)。投資分野では、2018年の外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)成立に伴い、重要技術、重要インフラ、米国人の個人データに関する中国など懸念国からの対米投資の当局審査が厳格化されました。
対内投資規制が強化される一方で、米国のベンチャーキャピタルなどが重要・新興技術の分野で中国企業に投資することや、米国企業が半導体やバッテリーなど重要物資の供給網を中国など懸念国に移転・拡大する対外投資行為は規制対象外となっており、問題視されていました。また、対外投資を通じて重要技術やノウハウなどが中国など懸念国の企業に提供されてしまうことへの懸念も存在しました。
こうした対外投資行為を制限するため、バイデン政権は新しい規制の策定を進めています。外国企業による対米投資を審査する「対米外国投資委員会(CFIUS)」の対になるため、新規制は「Reverse CFIUS」とも称されています。
バイデン政権は大統領令ないしは法律制定による対外投資規制の新設を目指しています。連邦議会による法律制定は時間を要するため、バイデン政権は大統領令を先んじて発行し、それを補完する形で法律制定がされる見通しです。実際、2022年12月に成立した2023年度本予算では、新規制の執行体制確立に向けて2,000万米ドルの予算が計上されています1。
現時点では、大統領令による規制内容は的を絞ったものになる一方、法律制定による規制内容はより広範囲となると見られています(図表1参照)。
図表1:対外投資規制をめぐる法整備の動向
大統領令 | 2022年版国家重要能力防衛法案 | 2023年版国家重要能力防衛法案 | |
策定状況 | 2023年内に発行予定 | 2022年6月に上下院にて提出後、成立せず廃案 | 2023年5月に下院にて提出 |
投資主体 |
※一般の事業会社は対象となるか不透明 |
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投資行為 | 懸念国における、
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懸念国や懸念エンティティに対して、
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懸念国にて国家重要能力分野における、
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対象分野 |
※事後的に対象分野が拡大する可能性 |
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当局申請プロセス |
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出典:米連邦議会法案や各種報道をもとにPwC作成。注:主な内容のみを記載しており、詳細は法案文書などを要参照
大統領令では、先端半導体、人工知能(AI)、量子コンピューティングの分野において、ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティが中国など懸念国に対して投資を行う際、米国当局に事前報告が必要になると見られています。米国当局が当該投資案件は安全保障上問題があると判断した場合、是正措置や案件差止などを指示することができるようになる見込みです2。
バイデン政権は国家戦略上、コンピューティング関連技術(半導体、AI、量子コンピューティングなど)、バイオ技術・製造(遺伝子組み換え技術を用いた医薬品や素材の開発など)、クリーンエネルギー技術(バッテリー、太陽光発電など)を最重要分野と位置付けていますが、本大統領令はその中でもコンピューティング関連技術に的を絞った規制になると報道されています。バイオ・クリーンエネルギー分野が見送られる背景として、米国が同分野で多額の対中投資を行っており、生産面での対中依存が高いことが考えられます(例えば、原薬、バイオ医薬品、バッテリー、ソーラーパネルなど)。
規制対象となる投資行為に関して、ジーナ・レモンド商務長官は米国経済への影響を踏まえて的を絞るとしており、年金ファンド投資などを対象外にすると発言しています。そのため専門家は、対象がエクイティ投資やマイノリティ投資、合併・買収など事業への関与を意図する積極的な投資活動に限られると見ています。
また、一部の技術移転や合弁事業も対象となる可能性も報じられています。新規投資案件のみが規制対象となり、既存の取引に対する遡及的適用はなされない模様です。規制対象となる投資主体はベンチャーキャピタルやプライベートエクイティが中心となり、一般の事業会社が対象となるかは不透明な状況です。
レモンド商務長官は新規制をパイロットプログラムとして開始することに言及しています。同プログラムの期間は1年間とされ、運営状況に応じてその範囲が修正・拡大される見込みです。専門家は、規制開始当初は米国当局に対する投資案件の事前報告が中心となり、それを通じた投資状況の把握を踏まえ、特定案件の差止や特定投資の禁止などの措置が取られると考えています。
上記の通り大統領令が発行されれば、米国企業による中国など懸念国に対する一般的な対外直接投資は規制対象外になる可能性があります。ただし、パイロットプログラムを踏まえて、追加の大統領令発行による規制拡大が行われる可能性もあり注意が必要です。
一方で、法律制定による規制範囲は広範囲なものとなる可能性があります。連邦議会における法整備の動きは、前述したFIRRMAの法案審議まで遡ります。同法の草案には対内投資規制の強化に加えて限定的な対外投資規制の新設が含まれていましたが、最終的な法案から後者は削除されました。
その後、2021年5月に対外投資規制を新設する「国家重要能力防衛法案(NCCDA)」が提出されました3。同法案は、半導体産業への公的投資などを含んだ対中競争法案「アメリカ競争法案(America COMPETES Act)」の一部として2022年2月に下院を通過しましたが、最終的に同年8月成立した「CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)」からは削除され、対外投資規制設立に至りませんでした(ただし、CHIPSプラス法において半導体開発・製造などに関する米国政府補助金を受け取る企業は、中国など懸念国において半導体製造能力を拡張することに制約を受ける)4。
一方で、2022年6月には修正が加えられた2022年版NCCDAが上下院にて再提出されており5、2023年5月には更なる変更が加えられた2023年版NCCDAが下院で再々提出されています6。また、民主党幹部は対中競争法案第2弾の柱として、対外投資規制の法整備に取り組むことを明言しています7。
現時点においてNCCDA成立の明確な道筋は立っておらず、法案審議の方向性も定まっていないため、以下においては2022年版と2023年版の両方を概観し、どれだけ広範囲な法規制が実施されうるかを考察します。
まず、規制対象となる投資主体は米国人(United States person)とされ、米国籍人、米国永住者、米国企業、外資企業の米国法人などが含まれます。そのため、プライベートエクイティやベンチャーキャピタルのみならず、一般の事業会社(日本企業の米国支社を含む)も対象となります。2022年版NCCDAでは、米国人に加えて海外エンティティおよびその関連会社までが対象となっており、米国と関係性を持たない外国企業までが域外適用される可能性がありました。しかし、有識者や産業界からの懸念の声を受けてか、2023年版では海外エンティティに関する文言が削除されています。
規制対象の投資行為(covered activities)に関して、2022年版NCCDAでは、懸念国や懸念エンティティに対して、国家重要能力分野における製造機能を移転・拡張する行為、関連技術や知的財産、ノウハウを提供する行為、同能力獲得に資する資金やコンサルテーションなどを提供する行為とされています。懸念国には中国、ロシア、イラン、北朝鮮、キューバ、ベネズエラが含まれ、懸念エンティティはこれらの国々の影響を受けるないしは関係性を持つ企業と定義されています(例えば、中国の場合は国有企業などが含まれる可能性)。
2023年版NCCDAにおける規制対象行為はより詳細に定義されています。具体的に、国家重要能力分野における、対象海外エンティティへの資金提供(エクイティ投資、借入債務など)、懸念国ないしは懸念エンティティが関わる開発・設計・製造・検査などを目的としたグリーンフィールド投資や合同事業(技術移転や知財共有などを含む)、対象海外エンティティとの事業運営の連携(オペレーション支援やビジネスサービス共有など)や経営体制の共有(取締役会への参加など)、懸念国ないしは懸念エンティティからの財政支援(税制優遇など)を受ける事業者によるいかなる行為、米国家安全保障当局の政府調達に関わる事業者が懸念国ないしは懸念エンティティと行ういかなる行為、と規定されています。懸念国は2022年版と同じく中国など5カ国とされる一方、対象海外エンティティは懸念国にて本社を置くないしは上場をするいかなる企業、左記企業が50%以上株式を保有する企業と幅広く定義されています。
そして、対象分野となる「国家重要能力(national critical capabilities)」に関して、2022年版NCCDAはサプライチェーン強化を目的とした大統領令14017号8で指定された分野(半導体製造および先端パッケージング、大容量バッテリー、重要鉱物・素材、医薬品および関連素材など)、国家科学技術会議によって指定された重要・新興技術リスト9(AI、バイオ経済、量子情報科学・技術など)、その他(米国当局が追加で定めた分野)と広く定義しています。2023年版NCCDAは上記リストを踏襲する一方、バイオ経済に関する文言を削除し、自動車製造に関する文言を追加しています。両法案で共通して、対外投資規制の執行を担う「国家重要能力防衛委員会(CNCC)」が、法律施行後180日以内に対象分野の詳細を規定することになっています。
規制対象の対外投資を行う場合、事業者はCNCCに事前申告を行うことが必要となります。2022年版NCCDAでは案件開始の最低45日前、2023年版では最低90日前の申告が義務化されます。CNCCは申告受領後45日以内に申告内容を精査し、安全保障上問題がない場合は当該投資を承認しますが、問題がある場合は審査を行います。90日以内に審査結果をまとめ、必要に応じて緩和措置(投資内容の変更や差止など)を指示することができます。
事前申告を怠った場合や緩和措置命令に従わない場合など違反行為が認められた際、罰金が設けられています。2022年版NCCDAでは最大25万米ドルの罰金が定められている一方、2023年版では最大25万米ドルもしくは当該投資額の2倍のうち大きい方の金額の罰金が規定されています。また、両法案において、事前申告が行われていない場合でも必要性が認められる場合、CNCCが自らの判断で当該投資案件を審査することも可能です。
このように、前述した大統領令に比べて、NCCDAが射程範囲とする投資行為は非常に幅広いことが見て取れます。投資主体を見ても、一般事業会社が対象になるだけではなく、2022年版NCCDAにある通り、米国と関係性を持たない外資企業までもが影響を受ける可能性があります。投資行為においても、個別エンティティに対する証券・資本投資のみならず、生産移転や研究開発、共同事業などを目的とした対外直接投資全般が規制対象となる恐れがあります。対象分野では、2023年版NCCDAにある通り、これまで経済安全保障政策で主眼となっていなかった自動車製造までが規制対象となっています。
一方で、両法案において、CNCCが定める最低金額(デミニマス)を下回る投資や米国の国益に資するとみなされる投資、いかなる通常の事業取引(any ordinary business transaction)などは規制対象外とされており、法施行時にはどれほど適用除外措置が取られるかが注目されます。
NCCDAの規制内容は非常に幅広いため、法律施行の実行可能性や民間企業への事業影響を懸念する声が専門家、産業界、一部議員などから多く出ています10。このような政局において、現時点はNCCDA成立の見通しは立っていません。また、産業界や有識者からの意見などを踏まえて連邦議会において更なる審議が行われることは必至で、法案の内容が修正される余地が十分にあります。
そのため、上述した通り、バイデン政権は先んじて大統領令を発行し、後発的に連邦議会が法案成立を行うことを期待していると見られます。既に、米国政府は大統領令発行に向けて産業界や同盟国との協議を行っており、今年中には発行される見通しです。
一方で、バイデン政権は欧州や日本など同盟国に対して、同様な規制を実施するよう要請をしています。欧州においては、EU委員会が対外投資規制の新設に動いており、フォン・デア・ライエン欧州委員長は2023年3月、規制策定について言及をしています。早ければ今年中にも規制案が発表される見込みです11。また、米国EU間の政策調整を行う貿易技術評議会(TTC)において、対外投資規制実施に当たっての意見交換が行われています12。
日本において対外投資規制の議論は未だ顕在化していませんが、米国や欧州が規制実施に動く中、日本政府に対する要請が強まることが予想されます。実際、5月に広島で開催されたG7首脳会談では「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」が発表され、重要・新興技術流出防止の枠組みとして対外投資規制を設立することが言及されました13。
大統領令発表までその詳細は不明ですが、各種報道の内容が正しければ、米国のベンチャーキャピタルやプライベートエクイティが最も大きな影響を受けるでしょう。実際、一部投資会社は安全保障専門家などに相談し、自社の対中投資戦略やポートフォリオの見直しを行っていると報道されています。
一方で、米国のベンチャーキャピタルによる中国テック産業への投資は米中貿易戦争が本格化した2018年の356億米ドルをピークに低下傾向にあり、2022年には72億米ドルまで下がっています(図表2参照)。米中デカップリングの拡大や中国ゼロコロナ政策の長期化、習近平政権による政策の不透明性増加などを背景に、多くの米国投資家は対中投資に慎重になっていると考えられます14。
中国テック産業におけるベンチャーキャピタル投資を地域別に見ると、その大半がアジアから行われており、北米が占める割合は低下傾向にあります(図表3参照)。その背景として、投資会社の多くが米中間でオペレーションを分離し、米国拠点では米国企業への投資を、中国拠点では中国企業への投資を行っていることが考えられます15。
また、米国ジョージタウン大学の安全保障・先端技術研究センターの調査によると、米国投資家による中国AI企業への投資が全体を占める割合は限定的です16。2015年から2021年の間に行われた中国AI企業への投資のうち、米国投資家が関与したのは投資総件数(2,299件)の約17%、投資総額(1,100億米ドル)の約37%でしたが、米国投資家のみで行われた投資は総件数の約9%、総額の約7%に過ぎず、その他投資は中国投資家や第3国投資家と共同で行われたものでした。
米国投資家による中国回避の動き、米中拠点間における投資事業の分離、米国投資家が中国ハイテク分野への投資で占める割合、一部投資企業における大統領令を見越した事前対応などに鑑みると、大統領令の発行による追加的影響は限定的となる可能性があります。ただし、パイロットプログラムを通じて投資状況を把握した後、米国当局が規制範囲を拡大することも想定されるため注意は必要です。
大統領令による事業影響が限定的となる可能性がある一方、NCCDAが原案に沿って成立した場合、大きな事業影響が想定されます。半導体やバッテリー、重要鉱物、重要・新興技術や自動車製造などの分野において、中国など懸念国にサプライチェーンを移転する場合や、中国企業など懸念企業と事業提携を行う場合など、米国当局への事前報告が必要となり、場合によっては投資案件の見直し・中止が求められる恐れがあります。また、条文の定義が広く曖昧であるため、仮に成立した際、拡大解釈による法適用がされないか懸念が残ります。
米国のロジウムグループがまとめたデータ17によると、米国企業の対中直接投資(フロー)は2010年以降年間120~150億米ドルで推移していましたが、コロナ禍にあった2020年には86.9億米ドルに低下しています(図表4参照)。
当該データにおいて、NCCDAの対象分野と関連する産業(自動車・輸送機器、電子機器・機械、健康・医薬品・バイオ技術、情報通信技術)は、2010年から2020年にかけての投資総額(約1,469億米ドル)のうち37%(536億米ドル)を占めています。もちろん、実際に規制対象となる半導体やAI、量子、バイオ技術、バッテリーなどは上記割合の一部ですが、その数字の大きさからもNCCDA成立による影響の大きさが窺えます。
また、大統領令あるいは法律制定によって対外投資規制が施行された場合、輸出管理や経済制裁、産業政策など関連する各種規制と同時並行でコンプライアンスが必要となるため、企業対応が複雑となることにも留意が必要です。
例えば、対中投資案件が重要技術の移転を伴う場合、対外投資規制のみならず輸出管理の観点からも法規制遵守が求められる可能性があります。経済制裁の面では、中国人民解放軍や人権侵害に関与するとされる中国企業が「Non-SDN中国軍産複合体企業リスト(NS-CMIC List)」に掲載されており、これら企業に対して米国人が証券投資を行うことは禁止されているため、同規制も遵守することが必要です。
また、上記で触れた通り、2022年8月に成立したCHIPSプラス法では、半導体製造拠点設置の補助金などを受け取る半導体企業において、中国など懸念国で生産能力の拡大を制約する要件が課されています。そのため、半導体分野の対中投資を行う際、CHIPSプラス法の規制と新設される対外投資規制の両方の対応が必要となることも考えられます。
加えて、米国が対中投資規制を施行した際、中国政府が報復措置を行う恐れもあり注意が必要です。以前のコラムで議論した通り、対外技術依存度が高く、もともと外資規制を行っていた中国政府は、米国の対中排除措置に対する報復措置を控えてきました。
しかし直近において、中国当局はサイバーセキュリティ上の懸念や反スパイ法改正案可決を背景に外資系企業の捜査を行っています。中国政府は、米国が自国企業による中国半導体産業への投資を規制した場合、断固として反対するとしており、規制実施時の中国側の反応が懸念されます18。
米国による対中投資規制の実施が迫る中、日本企業はどのような事前対応を行うべきなのでしょうか。日本におけるベンチャーキャピタルの規模は米国などに比べて小さく19、日本において米国大統領令と同様な対外投資規制が実施された場合の影響は限定的となると思われます。一方で、図表5にある通り、日本企業による対中直接投資額(フロー、香港を含む)は2014年から2022年にかけて年間1.2~1.8兆円(約87~130億米ドル、1米ドル=138円)で推移しており、米国企業による対中直接投資額(図表4参照)と比肩しています。NCCDAのような規制が日本国内で実施された場合の影響は大きくなるでしょう。
はじめに、大統領令やNCCDAをめぐる政治動向や規制内容を把握することが求められます。規制内容の広さや法解釈の難しさに鑑みて、弁護士事務所など外部専門家の知見を活用することも考えられます。連邦議会の公聴会などで有識者が規制内容を議論しており、これらを情報収集に活用することも可能です21。
規制内容を踏まえて、自社事業にどのような影響が及ぶかを分析することも必要です。特に、法解釈によってNCCDAの適用範囲が非常に広くなることが考えられるため、対象となりうる重要分野に従事する企業においては、中国など懸念国における投資計画(企業買収、事業連携、技術開発、サプライチェーン移転・拡充など)を幅広く検証することが求められます。
また、米国だけではなく、欧州や日本など同盟国における動きを追うことも重要です。特に、今年中にはEU委員会が対外投資規制法案を発表する見込みであるため、欧州内の政策議論にも注意が必要となります。
自社への潜在的影響を把握したうえで、米国政府当局などに産業団体などを通じて意見表明をすることも検討に値します。実際、多くの米国の民間企業や産業団体は過度な対外投資規制に対する懸念を表明しており、そうした声を受けてバイデン政権や連邦議会は大統領令やNCCDAの中身を修正していると報じられています22。
大統領令においてはパイロットプログラム期間におけるパブリックコメントの機会が想定されるほか、NCCDAにおいてはこれから法案審議が本格化するため主要議員などに働きかける余地があると考えられます。
これまで対外投資規制の詳細を議論してきましたが、同規制は数ある対中デカップリング政策の1つに過ぎません。米中対立下における事業環境の変化をとらえるためには、以前のコラムで示した通り、各種経済制裁や輸出入規制、政府調達規制などさまざまな関連政策を整理し、ヒト・モノ・カネ・データなどの視点からデカップリングのリスクや企業対応を考察することが求められます。
具体的に、対外投資規制の施行は、カネの分野で米中間の投資フローを妨げるだけではなく、モノの分野で重要物資をめぐるサプライチェーンの分離や重要技術をめぐる技術開発・事業連携の滞りを悪化させるでしょう。現時点では、CHIPSプラス法や半導体輸出規制など大型政策が打ち出されている半導体産業において最も米中分離が顕在化しています。対外投資規制はこの動向を加速するばかりか、バイオ技術・製造やクリーンエネルギー、自動車製造などその他産業における経済分離にもつながる恐れがあります。
米中対立の狭間に置かれる日本企業においては、自社の産業や事業の特性を踏まえたうえで、デカップリングの拡大を見越した事業戦略、研究開発、サプライチェーン管理などの対応がますます必要になるでしょう。
1 2023年度本予算は、財務省と商務省のそれぞれに1,000万米ドルの予算を計上しており、各省庁に対して対外投資規制の新設と執行に必要なリソースについて報告書をまとめることを規定している。3月3日には、各省庁が同報告書を連邦議会に提出している。
Brett Fortnam, “Omnibus Includes $20 Million for Outbound Investment Review,” Inside U.S. Trade, December 23, 2022.
https://insidetrade.com/daily-news/omnibus-includes-20-million-outbound-investment-review
Andrew Duehren, “U.S. Prepares New Rules on Investment in China,” The Wall Street Journal, March 3, 2023.
https://www.wsj.com/articles/u-s-prepares-new-rules-on-investment-in-technology-abroad-a451e035
2 本稿における大統領令の内容に関して、以下の記事を参照。
Christian C. Davis, et. al., “Biden Administration Plans for Outbound Investment Regulation Coming into Focus,” Akin Gump Strauss Hauer & Feld LLP, March 13, 2023.
https://www.akingump.com/en/insights/alerts/biden-administration-plans-for-outbound-investment-regulation-coming-into-focus
Gavin Bade, “White House Nears Unprecedented Action on U.S. Investment in China,” Politico, April 18, 2023.
https://www.politico.com/news/2023/04/18/biden-china-trade-00092421
Jenny Leonard, “Biden Aims to Unveil China Investment Curbs With G-7 Backing,” Bloomberg, April 21, 2023.
https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-04-20/biden-to-unveil-china-investment-curbs-before-g7-summit-in-may?sref=FCcoZMVe
Emily Benson and Margot Putnam, “The United States Prepares to Screen Outbound Investment,” Center for Strategic and International Studies, April 27, 2023.
https://www.csis.org/analysis/united-states-prepares-screen-outbound-investment
Timothy J. Keeler, et. al., “Commerce and Treasury Release Update on Outbound Investment Provisions,” Mayer Brown, April 28, 2023.
https://www.mayerbrown.com/en/perspectives-events/publications/2023/04/commerce-and-treasury-release-update-on-outbound-investment-provisions
Hans Nichols and Dave Lawler, “Biden’s Next Move to Box China out on Sensitive Tech,” May 26, 2023.
https://www.axios.com/2023/05/25/china-investments-ai-semiconductor-biden-order
3 2021年版NCCDAの法案文書は以下のリンクからアクセスが可能。
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/senate-bill/1854/text
4 CHIPSプラス法に含まれる対外投資規制の詳細は、以下の記事を参照。JETRO「始動したCHIPSプログラム、サプライチェーンに与える影響は(米国)」(2023年5月8日)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0501/f620adcf8aefb0df.html
5 2022年版NCCDAの法案文書は以下のリンクからアクセスが可能。
https://pascrell.house.gov/uploadedfiles/ros22860.pdf
6 2023年版NCCDAの法案文書は以下のリンクからアクセスが可能。
https://delauro.house.gov/sites/evo-subsites/delauro.house.gov/files/evo-media-document/nccda-118th_house.pdf
7 JETRO「米上院の民主党幹部、対中競争法案第2弾の作成に向けたイニシアチブを発表」(2023年5月8日)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/05/17e920fc9ae7290e.html
8 White House, “Executive Order on America’s Supply Chains,” February 24, 2021.
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2021/02/24/executive-order-on-americas-supply-chains/
9 National Science and Technology Council, “Critical and Emerging Technologies List Update,” February 2022.
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2022/02/02-2022-Critical-and-Emerging-Technologies-List-Update.pdf
10 例えば、CFIUSを以前率いたトーマス・フェッド元財務省次官補(投資安全保障担当)は「米国人」や「懸念エンティティ」「国家重要能力」などの定義が非常に広義かつ曖昧であり、規制適用範囲が非常に広くなる恐れがあるため、法案の更なる詳細化や修正が必要と述べている。
Thomas Feddo, “Statement of the Honorable Thomas P. Feddo Before the United States Senate Committee on Banking, Housing, and Urban Affairs,” September 29, 2022.
https://www.banking.senate.gov/imo/media/doc/Feddo%20Testimony%209-29-22.pdf
米国商工会議所は、NCCDAが成立すると「グローバル市場において米国企業が競争、成長、拡大することが困難となる」ほか、同法規制は「あまりにも範囲が広いため明確な安全保障との関連性がない取引の多くが対象となってしまう」と反対の声を挙げている。
U.S. Chamber of Commerce, “U.S. Chamber Letter on the Bipartisan Innovation Act,” March 16, 2022.
https://www.uschamber.com/international/u-s-chamber-letter-on-the-bipartisan-innovation-act
11「EU、先端技術で対外投資規制 中国念頭に軍事転用阻止」『日本経済新聞』(2023年4月14日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA30CJK0Q3A330C2000000/
12 Emily Benson, Francesca Ghiretti, and Daniel Elizalde, “Transatlantic Approaches to Outbound Investment Screening,” Center for Strategic and International Studies, January 17, 2023.
https://www.csis.org/analysis/transatlantic-approaches-outbound-investment-screening
13 外務省「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明(仮訳)」(2023年5月20日)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100506778.pdf
14 Ali Imran Naqvi and Annie Sabater, “China Sees Huge Decline in US Private Equity Investments in 2022,” S&P global Market Intelligence, February 7, 2023.
https://www.spglobal.com/marketintelligence/en/news-insights/latest-news-headlines/china-sees-huge-decline-in-us-private-equity-investments-in-2022-74018423
15 Rishi Yengar, “Silicon Valley Is Beating Washington to China Decoupling,” Foreign Policy, April 3, 2023.
https://foreignpolicy.com/2023/04/03/silicon-valley-china-washington-tech-decoupling/
16 Emily S. Weinstein and Ngor Luong, “U.S. Outbound Investment into Chinese AI Companies,” Center for Security and Emerging Technology, Georgetown University, February 2023.
https://cset.georgetown.edu/publication/u-s-outbound-investment-into-chinese-ai-companies/
17 Rhodium Group, “China Investment Monitor: Capturing Chinese Foreign Investment Data in Real Time.”
https://rhg.com/impact/china-investment-monitor/
18 “China Says It Will Resolutely Object if U.S. Curbs Investment in Semiconductor Industry,” Reuters, May 11, 2023.
https://www.reuters.com/technology/china-says-it-will-resolutely-object-if-us-curbs-investment-semiconductor-2023-05-11/
19 日本のベンチャーキャピタルの現状については以下の資料を参照。
松井優二郎、文谷和磨「わが国ベンチャービジネスの現状と課題」『日銀レビュー』(2022年6月)
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2022/data/rev22j11.pdf
20 日本銀行のデータは、ロジウムグループのデータのように国家重要能力に関連する個別産業(自動車・輸送機器、電子機器・機械、健康・医薬品・バイオ技術、情報通信技術など)にて区別されておらず、本稿では製造業・非製造業の分類で記載。日本銀行のデータは以下を参照。
日本銀行「業種別・地域別直接投資」https://www.boj.or.jp/statistics/br/bop_06/bpdata/index.htm
21 例えば、以下の議会公聴会を参照。
United States Senate Committee on Banking, Housing, and Urban Affairs, “Examining Outbound Investment,” September 29, 2022.
https://www.banking.senate.gov/hearings/examining-outbound-investment
The Select Committee on Chinese Communist Party, “the Hearing Notice: Leveling the Playing Field: How to Counter the Chinese Communist Party's Economic Aggression,” May 17, 2023.
https://selectcommitteeontheccp.house.gov/committee-activity/hearings/hearing-notice-leveling-playing-field-how-counter-chinese-communist
22 例えば、2023年版NCCDA策定に当たり、主導する民主党下院議員は産業界からの意見を反映したと述べている。
Hannah Monicken, “Key House Lawmakers Unveil Revised Outbound Investment Screening Bill,” Inside U.S. Trade, May 9, 2023.
https://insidetrade.com/daily-news/key-house-lawmakers-unveil-revised-outbound-investment-screening-bill
南 大祐
マネージャー, PwC Japan合同会社