
グローバルプロジェクトマネジメントにおける9つの留意点
20年以上にわたる日本、米国、アジア、欧州の複数拠点を巻き込んだグローバル環境での実経験をもとに、グローバルプロジェクトにおける9つの留意点を提示します。
2021-12-24
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が引き起こした昨今の不安定な経済環境において、各日系企業の海外市場に対するフォーカスは弱まることを知りません。最近のPwC Japanグループによる調査結果では、向こう3年程度の中期的視点において日系企業の6割以上が海外市場を成長マーケットとして捉え、9割以上が今後とも海外事業を維持もしくは強化・拡大すると回答しています。
さまざまな経営課題解決のために努力を続ける中でも、特に海外拠点や取引先が絡む海外事業におけるプロジェクト推進については難局に陥る企業が多いようです。筆者も20年以上にわたり、日本、米国、アジア、欧州の複数拠点を巻き込んだグローバル環境でのプロジェクトマネジメントにおいて、多くの成功や失敗を経験してきましたが、一番の学びは「グローバルプロジェクトの成否の90%は立ち上げ時に決まる」という点でした。
本稿では現場での実経験をもとに、グローバルプロジェクトにおける9つの留意点を提示したいと思います。
グローバルプロジェクトの多くが日本の本社の意向から始まります。「市場環境・競合関係分析」「現地の法規制、商慣習やコンプライアンスへの対応」などの調査プロジェクトや「業務上の不正・横領への対応」「現場の報告体制やスピード改善」「海外事業を推進する現地デジタル人材の育成」のような人材・組織系プロジェクトから、「バリューチェーンにおけるデジタル化」「海外を含む連結決算の早期化」「M&A後のビジネス定着化」といったプロセス改善、システム導入プロジェクトのようなものまで、多岐にわたりますが、どのようなプロジェクトであっても、以下のポイントに配慮しながらその目的について現地との合意形成を行うことが肝要です。
海外で採用された現地エグゼクティブやマネージャーレベルの人材に対しては、明確なJob DescriptionとRole & Responsibilityが定義され、定量目標・定性目標の達成度で評価されます。よって、グローバルプロジェクトの目標を日本の本社視点で設定したとしても、それが海外の現地法人にとって意味のあるものかどうか、自分の評価につながるものかどうかで、現地の従業員は、そのプロジェクトの善し悪しを判断します。
例えば「グローバル勘定科目統一による決算早期化」という目的を定義したとしても、果たしてそれは本当に、ローカル視点からも意味のあるものなのでしょうか。勘定科目をグローバルに合わせることで、海外現地での個社決算では工数や手間が増えるだけ、となることも考えられます。このようなポイントを事前に洗い出し、本社・海外現地法人それぞれのメリット・デメリットを理解したうえでプロジェクト目的への合意形成と協力を得ることが、成功への第一歩となります。
海外法人との間で英語を使用して合意形成を図るのは容易なことでありません。そのためか、本社でグローバルプロジェクトを企画する際に「私はA国の現地法人に5年も駐在していたので、彼らの業務プロセスや課題はよく理解している」という「前提」をベースにプロジェクトの目的・目標を設定し、海外法人との合意形成に時間をかけない、もしくは省略するというケースが散見されます。「現地の業務プロセスが単純であるため本社プロセスをそのまま適用できる」などと安易に考え、現地への説明や合意形成に十分な時間をかけないまま進めた結果、現地法人やステークホルダー(利害関係)の反感を招きプロジェクトが停滞・中断することや、実行直前で要件定義のやり直しを迫られるなどの事態も起こりえます。
本社のみならず、プロジェクトに関わる全ての海外拠点におけるステークホルダーを定義・分析することが非常に重要です。グローバルプロジェクトに関わる海外の統括会社は合意していても、その傘下にある生産や販売子会社、BUが合意していないというケースはしばしば発生します。下図のようなテンプレートを使って、各ステークホルダーの力関係、プロジェクトに対するスタンスや期待値などを把握すると良いでしょう。
物理的に離れている場所で進めなければならないグローバルプロジェクトにおいて、共通のプロジェクトマネジメントフレームワークを整備することが大切です。
グローバルのプロジェクトかどうかにかかわらず、どのような視点でプロジェクトマネジメントを行うかについて体系化し、関係者で共有することが大切です。PMBOK(Project Management Body of Knowledge)の「The 12 Principles of Project Management / 8 Knowledge Area」*のような基本原則をベースに、プロジェクトマネジメントにおける方向性や管理ポイントを明確にします。PwCではグローバルで「The 12 Elements of Delivery Excellence」を全てのプロジェクトに適用することが推奨されておりプロジェクトにおけるレポーティングやリスク評価、品質管理などに使用しています。
* Project Management Institute, 2021. PMBOK® Guide 7th Edition.
日本のプロジェクトにおいてはプロジェクトタスクやWBS(Work Breakdown Structure)を作成・管理するときに表計算ソフトを利用し、レポーティングではプレゼンテーション資料を一から作成するケースが多いようですが、グローバルでの透明性を確保し、リアルタイムでプロジェクト進捗や課題状況を共有・管理し、各レイヤーでの円滑なレポーティングを行うための共通ツールを導入することが極めて重要となります。プロジェクトツールは製品によって使い勝手や管理する項目の細かさやグルーピングなどが微妙に異なりますが、何を採用したとしてもプロジェクトマネージャー、チームリーダー、メンバーそれぞれがツールの使い方を学び、プロジェクトプランやタスクを定義する作業を通してプロジェクト自体への理解を深めることで、プロジェクト管理品質の均一化を実現することが可能となります。
Job Descriptionベースで動く現地採用の社員がプロジェクトに参加する際には、その責任範囲、タスク、アウトプットを明確に定義、ドキュメント化し、合意形成を行うことが重要となります。そのためには、プロジェクトの目的・目標に応じた的確な方法論をプロジェクト標準として採用し、各拠点を巻き込んで方法論をベースにタスクやアウトプットを定義することが近道です。ソリューションベンダーが提供する方法論やシステム導入以外に、当社のようなコンサルティングファームが整備している数々の方法論の採用を検討することも近道の一例となるでしょう。
グローバルプロジェクトで最も苦労するのはコミュニケーションです。言語や文化の違いによる微妙なニュアンスの違いなどもあり、特にコロナ禍で対面でのコミュニケーションがとりづらくなっている昨今の状況においては、メール、電話、Web会議などさまざまな手段について、用途や目的に応じて考慮し、事前に計画しておくことが大切です。
筆者自身もトラブルを抱えたプロジェクトの言わば「火消し」に入るとき、最初に確認するのはコミュニケーションプランです。なぜなら経験上、タスク、スケジュール、課題一覧はあってもコミュニケーションプランが定義されていないプロジェクトはうまく進まないケースが多いからです。コミュニケーションは意思をもって行うものであり、「言わなくても分かっているはず」「これはさすがに伝わっているはず」というのは思い込みです。目的や参加者に合わせ、最適なコミュニケーション方法を選択しましょう。
普段から議論慣れした海外の人々との、英語を通した議論・交渉・説得は至難の業です。また、グローバルのビジネス環境では、口約束を避け、合意事項を正しい文書として残すこと(ドキュメンテーション)が全ての基本となります。特に欧米のビジネスではできる限り詳細に文章で書き起こす文化が定着しています。ビジュアルでメッセージの全体像を伝えるとともに、コンセプト、合意事項など重要な内容は全て文章に書き残したうえで共有することが肝要です。
英語は世界共通言語ですが、日本人にとっては、学校教育で学んでいるにもかかわらず、ビジネスに通用するレベルでの習得は難しい言語でもあります。そのためか、日本語で作成したプロジェクト資料をそのまま自動翻訳にかけるケースや外注の翻訳業者に丸投げするケースに加え、深く意味を考えずに翻訳しているケースが散見されます。これは正しく意図を伝える(コミュニケーションを図る)観点からだけではなく、相手に対する敬意という観点からもマイナスに働く可能性があります。また、資料などにおいて、英語化することでスペースが足りなくなり非常に小さなフォントを使って無理に詰め込んでいるケースも同様です。会話もドキュメントも、見た目を重視して何となく伝えるのではなく、丁寧かつ要点を明確にして何としても相手に伝えようとする気持ちが大切です。根気強く続けることで、信頼関係を構築することにつながります。
以上9つの留意点に共通して言えるのは、「基本に忠実であること」です。そのためには立ち上げ時に細心の注意を払い、周到な準備をすることが肝要です。「敵を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」とあるように、海外事業プロジェクトマネジメントに潜む敵(ワナ)をよく知り、それに対峙する自社の体制を客観的にとらえることが、その周到な準備においても不可欠となるでしょう。PwCが世界150以上の国に擁するプロジェクトマネジメントに精通したコンサルタントが、読者の皆様のグローバルプロジェクトマネジメントにおいて「敵」と「己」を知るお手伝いをできる日がどこかであれば幸いです。
パートナー,PwC米国
大手商社での実務(海外駐在含む)経験を経てコンサルティング会社に転身し、20年以上にわたりコンサルティング業務に従事。2019年にPwCに入社、2020年より米国のPricewaterhouseCoopersに赴任。
特にグローバルプロジェクトマネジメントおよびITコンサルティングを専門とし、複数のグローバルERP導入案件を成功に導いた実績を有する。直近では自動車メーカーおよびサプライヤー含む製造業クライアントに対するAI、RPA、Smart Factoryなどのデジタルトランスフォーメーション(DX)やサイバーセキュリティ関連の案件を担当。
通算15年以上にわたる米国での業務経験(現地ローカルおよび駐在員)があり、日本、米州、欧州、アジアなど複数地域をまたぐグローバルシステム(主にERP)導入および運用・保守案件を得意とする。
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